第49話 暗躍
アザー暴走の現場は本当に近く、出動する自警団に着いていけばすぐに着いた。
大地を覆い尽くさんばかりの夜色が盛大な土煙を立てて暴れている。それを自警団と冒険者、もしくは傭兵の人達が制圧しようと奮戦していた。
でもアザーの数は多くみんなの顔には焦りが見える。
「戦況はどうだ!?」
「だいぶ押されてしまった!」
声を飛ばし合う自警団の人達。
一方こっちでは、ウラヌス達が困惑の表情を浮かべた。
「このアザー達、普通じゃない。……やけに統率が取れている」
「え……」
ウラヌスの呟きにアザーをよく観察すると、確かに連携する姿がそこかしこで見られた。これまで見てきたアザーはこんなに協力していない。そこまでの知能がないといえた。
ましてマーヴスネットで見た暴走時のアザーたるや、正気を失ったかのように暴れていたのに。
「どうするウラヌス。参戦する〜?」
「ああ……ん?」
頷きかけたウラヌスは言葉を止める。そしてどこかを注視し始めたので倣うと、戦場から少し離れた場所、樹々の茂みに紛れる人影があった。
木陰ではっきりとは見えないけれど、多分黒いローブで頭まで覆っている。
得体の知れない不気味さを感じる人達だった。
「あのローブと仮面……まさか」
ノーヴが驚愕の声を上げる。続きはウラヌスが引き継いだ。
「アザー崇拝教、か……!?」
それは、邪教と呼ばれるもの。
「奴等はここで何をしている……?」
「ウラヌス、この暴走、まさかあの人達が関係しているとか……」
「……アザーと意思疎通など出来ないはずだが。しかし何か臭うな」
「行ってみる?」
わたしの問い掛けにウラヌスは少し迷った目でわたしを見た。アザー崇拝教は危険な組織だから、彼は関わるのを良しとしていなかった。でも。
「わたしの視た記憶はアザーが関係してた。アザー崇拝教の人達が関係してても、おかしくはないよ!」
「……そうだな。よし、探ってみよう!」
彼の掛け声でわたし達は喧騒の真っ只中から少し外れ、アザー崇拝教らしき人達が隠れている場所へ忍び寄る。
幸い気付かれている様子はない。
全貌が見えてくると、その異様さにゾッとした。
(アザーと同じ仮面を被ってる……)
あの一切の感情が読み取れない気味の悪い物を。
その時、背中から嫌な感じがした。じっとりと纏わり付くような、重苦しい気配。
「そこか!?」
身体を引かれると同時に発砲音が聞こえた。わたしを抱くウラヌスの腕に、庇われたんだと理解して、音がした方をおもむろに見る。
ノーヴが星銃を構えていた。その銃口が向けられた先からぼとりと落ちてきたのはアザー……いや、人間。その人はまるで骨がないように身をくねらせ、起き上がった。
「外したか!」
「包め暗黒、静謐の眠りを!」
シゼルの星術が直撃する。だけど闇の名残りの後にはーー何もなかった。
『闇は始まり。我等の母なる腕』
爽やかな風が吹き抜ける樹々の騒めきの中、不釣り合いな声がどこからともなく響いた。
『闇こそーー始まり』
騒めきが濃くなる。穏やかだったはずの風は勢いを増し、突風となってわたし達を通過した。
そして夜色の者は誰もいなくなる。頭上からひらりひらりと舞い落ちる葉だけが、残された。
「狂信者め!」
ルジーの苛立つ声が響く。
世界中で邪教と呼ばれる集団。人を襲うアザーを信仰対象に掲げている人達。
どうして、あんな恐ろしいものを信仰するんだろう。アザーがいなければきっと世界はもっと暮らしやすくなるのに。
『闇こそーー始まり』
だけど耳にこびりついて離れない。
だってその言葉自体は、そうだと思ったから。
「エイコ、大丈夫か?」
「う、うん……」
守ってくれていたウラヌスからそっと身を離す。そこでオージェが声を張り上げた。
「見ろよ! アザーが瓦解していくぜ!」
「本当ですわ。やはり、彼等が関与していたのかしら」
彼の言う通りアザーの連携は乱れた……というより、それ自体がなくなって見える。
さっきまで苦戦していた自警団側が徐々に押し返し始めていた。
「アザー崇拝教の行方も気になるが、ひとまず参戦しよう。エイコはたとえ力を使えそうになっても、今は使っては駄目だ。素性が知られると面倒なことになる」
エステレアの足を掬おうとする人達から狙われてしまうだろうから。それにアザー崇拝教の真意も分からないから、物事がどう転ぶか想像が付かない。
(そもそもわたし、力を思うように使えないけど)
それが出来たらきっとみんなの助けになるのに。
みんなが戦うのをわたしは、護衛に付いてくれたシゼルと一緒に歯痒い思いで眺めていた。
「これからどうする? まだ船は出ないらしいし」
アザー暴走も鎮圧され、ジューク港に戻ってきたわたし達はこれからの事ついて話し合う。
オージェの問い掛けにウラヌスはもう決まっていた様子で返事した。
「アザー崇拝教を追う」
「ま、そうなるよねぇ」
「危険だが、エイコの視た記憶と何か関係している可能性が出てきた。奴等の存在と共にアザーの連携が消えたのは気になる」
「最近、アザーの暴走頻度も異常ですし。三国で立て続けに起きるなんて、きな臭いですわ」
「ああ……邪神崇拝の少数派の者達。具体的な活動内容は今まで掴めなかったが、奴等はとんでもない事をしているのかもしれない。一度調べておこう。まずは情報を集めたいが……アザー崇拝教について知る者などいるだろうか」
「調べる行為自体が怪しまれるだろうねぇ」
そんなに危険視されているんだ……<邪教>なんて呼ばれているぐらいだもんね。
「……実は、私の知人に昔アザー崇拝教について調べていた者がおります」
話は迷路入りかと思われた時、ノーヴからの思いがけない言葉にみんなの視線が一気に向いた。
「本当かノーヴ! どこにいる? 良ければ話は聞けそうか」
「それが少し辺鄙な所なのですが……このジューク港から東へ行った先に沼地があります。そこを越えるとただ一軒、居が構えられている。それが彼の屋敷です」
「厭世の暮らし〜?」
「そうです。アザー崇拝教について調べるのを彼はやめて、人里離れた地へ籠った。片脚と正気を失ったのです」
「!!」
誰からともなく息を呑む気配。衝撃が過ぎてわたしは一瞬理解が追い付かなかった。
「それって、話を聞けますの?」
「多少は。それに世話役の者がおりますから、彼女にも何か聞けるかもしれません。あまりその話題をしたことがないので、私も彼女が何を知るのか分かりませんが」
「いや……行ってみよう。礼を言う、ノーヴ」
「とんでもない」
ノーヴは<ウラヌスに恩を売れた>とばかりに機嫌良さそうに笑んだ。知人が脚と正気を失った原因を今から追求するのに、なんで笑ってられるの……? その人、絶対何かされてるよ……。
でもその怖いものなしな感じ、心強くもある。
「エイコ、大丈夫か? 顔色が良くないぜ」
ルジーがわたしを心配してくれた。そう言う彼もあんまり顔色が良くない。でも普通の感性にかえって安心した。
「大丈夫。みんないるから」
「そうだ。おれがいるからな……」
ウラヌスが横から抱き付いて主張してくる。
そういえばルジーはバハル海域で現れたおばけを放って健やかに寝てたな。そんな過去を思い出して、わたしは自分こそ怖がり過ぎなのかと錯覚しそうになったのだった。




