第4話 二人の剣士
この世界に呼び出されからいい事が一つもなかった。辛い事ばかりだった。
このままわたしは飼い殺しにされて、良いように利用されて、死んでいくのかもしれないと思っていた。
でも、そんな絶望の中にいたわたしを助けてくれた女の子がいた。その事実がわたしにまだ生きたいっていう活力を与えてくれる。だから勇気を振り絞ってお城の塀を飛び降りたわたし。
だけど特に運動神経が良い訳じゃないから強かに身体を打ち付けてしまって。痛みに丸まっていたら誰かの足音が近寄って来た。
(しまった! お城の人だったらどうしよう…!!)
自分のとろくささに嫌気がしながら飛び起きる。そうしたら、二人の男の人がわたしを目掛けて駆け寄って来た。
「ひっ……!」
知らない姿が怖くて両腕を胸に抱いて縮こまる。無意識に後退ったようで、背中が壁に激突して呻き声が漏れた。
「君、大丈夫か!? 落ちた音がしたが…!」
よく通る、でも優しい声が紡いだ言葉が耳に残る。
(あれ…? わたしを捕まえに来たんじゃ、ないの)
混乱してばかりの頭だったけれど、わたしを心配してくれる言葉はちゃんと拾えた。
少し待ってみても飛んでこない怒声や嘲り。だからおそるおそる瞑っていた目蓋を開いてみる。
まず、白が一面に見えた。それから差し色の青。昼間の空みたいな青と、夜みたいな深い藍。そして星の光みたいな銀色。清爽な印象を受ける服だと思った。
「怯えているのか? 大丈夫……何もしないさ」
わたしを労る声だけが降ってくる、から。そっと顔を上げてみた。そうすると、星の煌めきで染めたような白銀髪の人がわたしを覗き込んでいて。長い睫毛の下、天穹を閉じ込めた瞳が柔らかく緩んだ。
(綺麗な青……)
優しくて、温かい。大丈夫だよって言われていると感じられた。
「背を痛めたんだろう。見せてごらん。治してあげるから」
晴れ渡る空に見惚れていたわたしは、彼が続けた言葉にようやく我に返る。
大きな手が伸びてきて反射的に肩を震わせてしまった。それを見て彼は手を止めて……そっと手のひらを見せた。
「大丈夫だ。痛いのを治すだけ……悪いようにはしないから」
「……」
「怖がらなくて良い。信じてくれ」
穏やかな口調。それからわたしの許しを得るように緩く傾けられた頭。
(大丈夫、この人は違う。あの人達とは全然違う。だから大丈夫、大丈夫……)
懸命に自分に言い聞かせて何度も浅い呼吸を繰り返す。まともな反応を返さないわたしに、焦れることなく待ってくれる彼に、おずおずと背を差し出した。
「いい子だな…」
まるで動物か幼い子に向けるみたいな声色だ。でも今のわたしはそれだけ情けない姿を晒してしまっているんだ。
彼が少しだけ動いた気配を感じると、治療士とやらが放ったのと同じ光がわたしを包んで。打ち付けた痛みがあっという間に消えてしまった。
「よく頑張ってくれた。もうどこも痛くないだろう?」
「……は、はい。あの、あ、ありがとう…ございました」
「当然のことをしたまでさ。何があったか知らないが、次からは気を付けるといい。世の中は善人ばかりじゃない」
「はい。すみませ……」
「ちょいちょいちょーっとごめん! さっきからオレの存在消さないで〜」
突然割り入ってきた第三の声にハッと視線を滑らせる。怪我を癒してくれた人の向こう、少し離れた所にもう一人、浅葱色の頭の人がいた。
思い返してみれば駆けて来ていたのは二人だった。でもちゃんと見た時には一人しかいなくて。緊張しながら様子をうかがうわたしにもう一人の男の人は懐っこい笑みを浮かべる。
「さっきはびっくりさせてぇ、ごめんね。いきなり野郎が二人も迫って来たら怖かったよね〜」
……もしかして、わざと離れた場所にいてくれたのかな。
「あいつの言う通りだ。怖がらせてすまなかったな。近くを歩いていたら音がしたものだから、何かあったのかと飛び出してしまった」
「でもさ、こんな子鹿ちゃんみたいな女の子が困ってたんだったら来て良かったよ、ね!」
「……本当にありがとうございました。わたしこそ、失礼でした。すみません」
こんなに良い人達だったのに失礼な態度を取ってしまった。申し訳なくて頭を下げると二人は<気にしなくて良い>と言ってくれる。
罵られないし、話が通じる。しかも助けてくれた。
ここに来て傷付いてばかりだった心がまた少し癒されて、落ち着きを取り戻す。それを向こうも感じ取ったのか、腫れ物を扱うようだった空気が少し変わった。
「じゃあな」
だけど、だからこそ白銀髪の人は軽く手を振って去ろうとする。
それを見て、再びサッと不安がわたしを支配した。
行ってしまう。彼等がいなくなればわたしは今度こそ、この世界で独りきり。独りで生きていかなきゃならないんだ。それはとても恐くて、けれど。
『エステレアの皇子殿下のもとを目指すのです。きっと貴女を探しておられる!』
わたしを助けてくれた女の子に言われた事。
誰かがわたしを探している。その人のもとへ行けば、この不安がなくなるのかもしれない。良い未来が待っているのかもしれない。
孤独の中で、それは今のわたしを支えてくれた。
咄嗟に彼の腕に縋る。驚いた顔がわたしを見下ろして。変に思われたかな、とか心配になったけれど。それよりもこのチャンスを逃してどうするんだって気持ちが上回った。