第48話 それぞれのこと
「街娘、貴族の姫君、星官服……色々と見てきたが、バハル冒険者姿も可愛いな」
衣装屋を出てすぐ、しみじみと噛み締めるようにウラヌスが言った。
ジューク港で流行っていた風邪にわたし以外が罹患したものの、全員すっかり元気になったので当初の予定通りバハル人の衣装へ衣替えした。着替えたのはウラヌスとわたし、それからシゼル。オージェはエステレア人の要素が一番強いので、バハルの服だとかえって目立つとそのままになった。
薄く明るい青髪に水の星術を得意とする。それがエステレア人の多くを占めるらしい。
「ありがとう。ウラヌスも格好良い。……そんなに見られると恥ずかしいよ」
「……はぁ……」
ウラヌスはわたしの返事を聞いてるのか分からない様子で、いろんな想いが詰まってそうな息を漏らしている。何故かわたしの手を握ってきた。
エステレア以外の衣装に身を包む彼を見るのは初めて。暗い落ち着いた色でがらりと印象が変わって、見たことのない姿にドキドキした。なんだかいっそう色気を感じる。
「ウラヌスばかり見てないで、私のことも見てくださいな」
後ろからシゼルが肩に手を置いてしなだれ掛かってきた。しっとりとした良い匂いに頭がくらりと酔う。
「……両手に花……?」
「ウラヌス、シゼル。エイコが混乱してきたから、そろそろやめたげたら?」
やめてくれなかった。
「え! シゼルのお母さまってバハル人なの」
「ええ。私、混血ですの。だからエステレア人には珍しい闇の星術を扱えますのよ」
衣装屋を出て船の乗船券を買いに行く道すがら。わたし達の会話はお互いの身の上話になっていた。
同じバハル出身のノーヴが反応する。
「母君のご出身はどちらですか?」
「中央よ。皇都へ祖父の商談について行った先で父と出会ったそうですわ。父は非番の日だったから騎士とは思わなかったみたい」
「中央ですか…久しく行っておりません。この星銃は、あそこのとある商会で買ったのですよ」
「それって、西区で一番大きな店だったりしまして?」
「ええ。……まさか」
「母の実家ですわ」
「なんと、母君はあの大店のご令嬢でしたか……!!」
ノーヴが投資しようとしている気がする。
「何不自由なかったおかげで何も出来ない人ですけれど。ずいぶんとおっとりしていますし。それより貴方はどちらの出身でして?」
シゼルから飛び出したおっとりというワードに対してみんなが物言いたげな表情をした。でも彼女が話題を次に移したから、素直に従う。
「私はここの出身です。ついこの間まで自宅で有意義に過ごしていたのですが、そこのルジーに何故か目を付けられまして。旅の出資者としてエステレアへ連れ出された所存です」
「だって星銃って超高価な物だろ? そんなの持ってるなんて、金持ちに決まってるし。オレ、どうしてもマオ討伐の賞金欲しいんだよ!」
「ま〜だマオ探してたわけぇ? そんな大金どうすんのよ。ってかガーネットは?」
ルジーの熱弁にオージェが呆れた声を出す。でもずっと気になってて訊けなかったことをさらりと訊いてくれた。
「実家の宿屋がさ、経営難なんだよ。だから一旗揚げてやるんだ! ガーネットは旅の途中で……」
「は? ……まさか」
さっきまで朗らかだったのに。突然の深刻な表情に空気が凍る。
あんなに元気だった彼女が、まさか。旅の危険を改めて突き付けられた心地になった時、ノーヴが話を続けた。
「運命の相手とやらを見つけて去って行きましたな」
「そ……」
良かったです。
オージェもホッとしたやら想定外過ぎたやら、複雑な表情を浮かべる。それから気を取り直したようにお兄さんらしい顔になって、親しげにルジーと肩を組んだ。
「ま、マオ討伐ってのはいただけないけど、家のためだったとは。感心だねぇ。てかノーヴの家あンなら何で宿泊まったのさ。言えよ〜」
「絶対に泊めません」
それは断固とした姿勢だった。
「ウラヌスとオージェは乳兄弟なんだろ? オレ一人っ子だから兄弟って憧れるんだよなー」
本当にそう。わたしもルジーと同じく一人っ子だから、昔はよくお姉さんを欲しがってたなぁ。
「ウラヌスは血の繋がった弟君と妹君もたくさんいるぜ。ま、長男なのに昔は一番やんちゃで、無茶な星術放って城壊したりさぁ」
「オージェ、それ以上は減給する」
「げ……」
「生々しい罰ですな」
「オージェも負けず劣らずやんちゃでしたわ。私、二人が城郭に脱出用の絡繰をせっせと作っているのを何度も見ましたもの」
「衝撃の事実なんだが……」
まさかあの謎の回転扉?
あれのおかげでわたし、割と大変な目に遭ったんだけど……。
軽くだけど、それぞれのことに一通り触れた後、自然とみんなの口が閉じる瞬間が訪れた。わたしのことは誰も聞いてこない。多分、聖地で見たものについて何らかの周知がなされてるんだ。
ウラヌスの気遣いに胸が切なくなる。こうして彼は、わたしの知らないところでも守ってくれている。
「……わたしの世界が育った世界はね……」
みんなの意識が一気に集まるのを感じた。隣でウラヌスが息を呑んだ気配がして、手を握られる。それを握り返して<大丈夫だよ>って伝えた。
あの日、ウラヌスがわたしを抱き締めて話を聴いてくれたから。わたしの孤独を包んでくれたから、こわくない。それに……。
(ずっとこうして、話したかった。何も隠さない本当のわたしで)
ようやくだ。頑張って生きてきて良かった。
本当のわたしを受け入れてもらえる場所が、この世界にもちゃんと在った。
その幸せを噛み締めて<わたし>の話を始めるーー。
「現在エレヅ方面海域にアザーが大量発生中でして、渡航中止となっています」
「は? まじで〜!」
準備は万端。いざ乗船券を買いに行くと告げられたのは渡航出来ないというショッキングな事実だった。
嘆きの声を上げたオージェの後ろから、ウラヌスが販売員さんに問い掛ける。
「いつからだ?」
「一昨日からです」
「……まだまだ収まらないな。海上では討伐隊も陸のようには行けないだろう。困ったな、これは長引くぞ」
彼と同じようにみんなの眉が顰められた。
嵐といい、流行り風邪といい、なんてタイミングの悪さ。ひとまず販売所から離れて輪になったところで、周囲にわたし達と同じように困り顔の旅人達が何組もいることに気付いた。
「陸路はないの?」
わたしの疑問にみんなは首を振る。答えてくれたのはノーヴだった。
「バハル自治区は島なのです。船がなくてはどこへも行けません。ここには飛竜も棲息していませんし」
エステレアの白竜で行くのはその後の竜の扱いが困るし、完全に不法入国だからと、とうに却下済み。仮にエレヅからエステレア救国のための旅の許可を得られても、密かに邪魔が入るのは目に見えている。
つまり……手詰まりだ。
「……ごめん、オレが最初に風邪に罹ったりしたから」
「君のせいじゃない。君が罹らなくとも、誰かが最初の罹患者となっていたさ」
「だろうねぇ。こんだけ流行ってたらさ」
「ウラヌス、オージェ……」
温かい世界に優しい気持ちが湧いてきたところだったのに、ふいに自警団の人達が物々しく何かを話しているのが目に入った。
「あら、何かしら」
みんなも気付いたようでそっちを見る。会話を聞き取ろうと近付くと、かなり慌てているのがうかがえた。
「アザー暴走だと!? この間、エレヅとエステレアでもあったばかりじゃないか! 海でもアザー大量発生中だってのに」
「近いぞ、かなりヤバイぜ! 俺達の隊も状況によっちゃあ出動だとさ」
わたし達は顔を見合わせる。
「この発生頻度は、いくら何でも異常だ」
ウラヌスの言葉が重くのし掛かった。わたしの視た記憶には、アザーの不穏な動向がある。彼もそれを思い出したようでわたしを見た。
「……行ってみよう、エイコ。どうせ船は出ない」
「うん!」
力強く頷いたわたしに、彼も頷き返してくれる。それからみんなも。
そしてわたし達は港を飛び出した。




