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星聖エステレア皇国  作者:
バハル自治区編
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第47話 流行り風邪

 エステレア皇国を立ちバハル自治区の領土へ降り立ったわたし達。各国との流通の要、バハルで最も栄えた港街……から動けないでいた。

 港で猛威を奮っていた流行り風邪によって。


「わたし、少しお買い物してくるからみんなは休んでてね」

「駄目だ!!」


 六人部屋の宿。わたし以外の全員がダウンした状況に、病人向けの食材を補充しようとしたけれど、ウラヌスの強い拒否が返ってきた。

 ただしその声は掠れ気味で、それだけで彼の調子が悪いと物語っている。

 ベッドシーツを剥いで身を起こした彼を寝かしつけに戻り、胸を少し押せばたやすく彼はベッドへ戻った。


「もうみんなが摂れそうな物がないの。良くないのは分かってるけど、わたししか動けないもの。気を付けるから」

「駄目だ……」


 赤い顔と据わった目で懸命に訴えてくるウラヌス。動いた拍子に額から落ちた濡れ布巾を戻してあげた。


「すぐ帰って来るから。ちゃんと休んでてね」


 でも彼は、すぐにまた起き上がってしまう。


「……一人にはしない……おれも行く」

「ウラヌス……」


 傍目に見て朦朧としているウラヌスだけど、これでマシな方だった。他の五人はというと、喉がやられてろくに話すことも出来ずに伏せっている。

 初めに体調を崩したのはルジーだった。次にオージェ、ノーヴ、シゼル……そしてウラヌス。実はバハル海域で嵐に遭い、酔ったルジーを甲板にてウラヌス以外の三人が介抱していた日があって……。

 あからさまに雨に打たれた人から順に罹患している。

 最初は患者を隔離していたけど、あっという間に全員同室になってしまった。


「でも、そんなにしんどそうなのにーー」


 言い掛けた言葉を落下音と水音に呑み込む。発信源を見るとオージェの腕がシーツからはみ出ていて、下にグラスが落ちていた。


「オージェ。お水が欲しかった? 待ってね」


 ウラヌスを再びベッドへ戻す。

 濡れた床は後にして、ひとまず洗ったグラスに新しいお水を注ぎ持って行くと、オージェが少し身を起こしてくれるので飲ませてあげた。


「あいやと……」

「うん。もう少しおやすみなさい」


 呂律が回ってないオージェだったけど、わたしの言葉は理解出来たようで薄っすらと微笑んだ。首筋を触るとまだまだ熱い。

 なかなかに重い風邪だ。既に罹患した人達曰くきちんと身体を休めさえすれば長引くことはないみたい。でも辛そうだ。


(食欲ないなら無理して食べなくて良いだろうけど、お水だけなのも心配……。何か塩分とか摂れそうな物が欲しいな。ウラヌスとルジーは少し食欲戻ってきたみたいだし、消化に良さそうな物を……)


 やっぱりお買い物に行こう。

 床を拭いてから身をひるがえすと、ウラヌスが剣を手に立ち上がるところだった。


「おれもいくぞ……」


 もう置いて行っても後を追ってきそうな感じだ。


「駄目だよ」

「……なら、へやをでてくれ。うつる」

「移るならもう移ってるよ。ほら、座って」


 また彼を押し戻して手拭いを洗いに行く。戻るとウラヌスはまだ座っていた。備え付けの卓上からこっそり荷物を取ると、力なく俯いていた顔がゆらりと上がった。


「しんでやる」

「……は、」

「きみになにかあったら、しんでやる」

「……ぇ……えぇー……!?」


 剣を支えに何とか腰掛けている様子なのに、言ってることが物騒過ぎる。


「えーこはおれがしんでもいーのか。いきてられないのはうそか!」

「えー!?」


 どんどん呂律が回らなくなってる。無理するから!


「おれをひとりにするのかぁー!」

「わ、わー! 分かったから! どうどう」


 熱が上がっちゃう。他のみんなも起きちゃう。

 興奮するウラヌスを咄嗟に抱き締めて頭を撫でると、腰に腕が巻き付いてきた。熱にうなされてるせいで頑是ない子供みたいだ。

 この人達を元気にしたいのに、これじゃ本末転倒になってしまう。


「一人で行くのはやめる…一緒に行こっか。でも、一眠りしてからね。今ので疲れちゃったでしょう」

「ん……」

「いい子いい子。さ、おやすみなさい。ウラヌス……」


 多分、今の彼は深く物事を考えられなくなってるんだろう。あんなに粘っていたのから一転、すんなり納得してくれて素直に横たわった。

 あやすように何度か胸元を優しく叩けばスッと目蓋を閉じて、規則正しく呼吸を始めたので他の三人の様子も見て回る。最初に罹ったルジーはだいぶ良くなってきたと思う。シゼルなんて眠り姫みたいでちゃんと目を覚ますのか心配になった。

 ノーヴは無言で目を開けていてびっくりした。


「ノーヴ? どうしたの。しんどくて眠れない?」

「仮面のあおむしが…どくぬまでダンスを……」


 可哀想に。すっかり熱にうなされてしまって。

 そっと目蓋を撫で付けるとそのまま眠りに就いたようだった。




 それから数時間後。目を覚ましたウラヌスと一緒に市場へ食材を買いに出て来たは良いけれど、やっぱりウラヌスは目が据わっていた。

 彼の様子も気にしながら街を行く。風邪の影響で人気は少なく閑散としている。活気のない光景を眺めながら歩いていると、すぐ目の前に虫が飛んできて思わず声を上げた。


「わ! 虫か……」


 胸を撫で下ろしかけた時、視界の隅にスラリと白刃が現れる。


「羽虫……?」


 ウラヌスの抜き身の剣だった。


「わ、わ、わー! 虫だよ虫! 大丈夫だから!」

「羽虫? 赤い…!?」

「ん…?」


 虫の話なのかな?

 ひとまず飛んでいた虫は無事逃げていった。一眠りしたとはいえ、ウラヌスの体調は依然として悪かったみたい。正気か定かじゃない彼を市場の前に座らせて休ませる。


「やっぱりまだ無理だったんだよ。ごめんね、連れ出して。すぐ終わるからここで待っていて」


 そう告げて身をひるがえしたわたしの腕がぐいと引かれ、そのまま尻餅をついた目の前に怖いくらいの勢いで鞘が突き立てられた。


「どこへいく……?」


 お買い物だって。

 横から近過ぎる顔が覗き込んでくる。荒く吐き出される息が熱かった。


「み……見えるとこしか行かないから。わたしの居場所も分かるんでしょ…?」

「……なにかあれば、ころす」


 こわい。対象がわたしでも相手でも。

 著しく低下していくウラヌスの理性にお買い物を急いだ。彼が赤い髪を見ただけで剣を抜いてしまわないために。

 ーーそうこうして看護を続けること数日、ようやく全員の風邪が完治してわたし達は旅の再開となる。ここからエレヅ行きの船に乗り込む予定だった。

 しかしその計画は、想定外の出来事によって早くも頓挫する。

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