第31話 未だ知らぬ宿命
「逃げるぞエイコ!!」
ルジーがわたしを抱き上げて駆け出そうとする。でもわたしは気掛かりを思い出して、彼の胸を叩いた。
「マーヴスネットは!?」
「そうだ…!!」
今しがた出て来たばかりの町は目の鼻の先にある。アザーの大群が素通りしてくれたら良いけれど、そんな保証はない。一刻も早く知らせないと、恐ろしい事態になってしまう。
足を止めたルジーをノーヴが珍しく鬼気迫る顔で急かした。
「我々も死ぬぞ!?」
「でも…っ、放っとけねーよ! 町の人達、多分まだ気付いてねぇぜ!!……あ!」
言い合いが始まってしまった。その時間を惜しく感じて、わたしはルジーの腕の中からもがき出る。
(速く、もっと速く…!!)
気持ちばかりが逸って町が遠く感じる。その時、また身体が浮遊感を覚え、先程よりずっと速く町との距離が縮まっていく。
目を瞬かせて確認すると、ルジーがわたしをもう一度抱いてマーヴスネットへ走っていた。その隣にはノーヴが並走している。
「ルジー! ありがとう…!!」
「ごめん、言い合ってる場合じゃなかったよな!」
「嗚呼、星よ。我等に救いの煌めきを与えたまえ」
ルジーは何か祈ってるみたいだった。
「兵士に伝えたら私達も避難しますよ! よろしいですね、エイコ嬢!」
「う、うん!」
町の門番が目視出来る距離になった。切迫感をあらわに近付くわたし達に、彼らはサッと表情を固く変えた。
「何事ですか!?」
「アザーの暴走が起きました! こちらへ向かって来ます!!」
「なッ……!!」
わたしの言葉に目をひん剥いて、みるみる顔が青ざめていく。そして飛び上がらんばかりに慌てた。
「貴方達はお早く避難を!!」
門の上にいた兵士さんが警鐘を鳴らす。焦燥を煽るけたたましい音が大きく響いた。
門を潜ると、慌てて逃げる人々と入れ替わりに門へ向かう兵士さん達が目に入る。そしてそれは進むごとに増えていった。わたし達は彼らの後を追って町の奥へ入って行く。
でもそんなわたし達の目の前に、松葉杖を突く人が飛び込んで来た。どう見ても遅い。間に合わない。
「ルジー…!」
「任せとけ!」
「薄々そんな予想はしていたとも!」
わたしを下ろしてルジーは怪我人を抱き上げる。
「だ、誰…!?」
「手を貸すぜ!」
戸惑う町の人にルジーが頼もしく声を掛ける。
もう一度走り出そうとした。でも、今度は一歩一歩を何とか進んでいるおばあさまが目に入る。
「おばあさま! 一緒に逃げましょう」
「エイコ嬢!」
「……ッ、ノーヴは先に逃げて良いよ! わたし、この人と一緒に行く!」
「…分かりました! お連れします!!」
今度はノーヴがおばあさまを抱き上げてくれた時だった。門の方から喧騒に混じって兵士さん達の悲鳴と思しき声が耳に届く。
ーーまさか、もう? まだ人々の避難も済んでいないのに。
違っていて欲しい。そう思いながら振り向いた先に、家々の隙間からこちらへ荒々しく向かって来るアザーが見えた。
「待て…! 人々のもとへは行かせん!!」
後ろから一人の兵士さんが現れて剣を振るうけれど、別のアザー達に引き倒されて夜色の中に取り込まれてしまう。
「凍れ!」
そこに放たれた氷が現れてアザー達を氷漬けにした。術を使ったのはノーヴだ。
アザーの隙間から兵士さんが這い出て来る。
良かった!
そう思ったのも束の間。別の場所から雪崩れのように別のアザー達が押し寄せて来た。
(ーー嗚呼。死んでしまう?)
町の人も、ルジーもノーヴも、わたしも。
みんなここで。
(わたしにウラヌスのような力があれば)
全部守れるのに。この恐怖から解き放ってあげられるのに。
(力が欲しい……力が!!)
初めての渇望だった。心の底から望む、苦しい程の生への活路に息を詰めた時ーー青い光がアザーを辿り、町の外まで駆け抜ける。そして光は奴らをまるで風化するように崩壊させた。
悶えるように身を捩らせながら、やがてアザーの何もかもが跡形もなく消える。始めから何もなかったみたいに。
残されたわたし達の間には……唖然とした沈黙が流れた。
「ほ……星詠みさまじゃ。青き御業以て、闇を照らす異界の者……まさしく言い伝えにある御力。母なる星の落とし子」
静寂を裂いたおばあさまの言葉。戦慄く唇。目に焼き付けようとするように大きく開いた瞳が、わたしを見た。
「今のは何事だ!? まさか……」
門の方から兵士さん達がやって来る。その中に勇壮なる剣の人達がいて、わたしを見つけるなり驚いた様子で駆け寄って来た。
「エイコじゃないか! また会ったな!」
「バウシュカ……ピピンも」
「今の光、見たか? アザーが一瞬にして塵になりやがった。……っと、怪我はないか。アンタ達も」
「わ、わたしは大丈夫。みんなも怪我はない?」
わたしの問いにみんなは答えない。ただ驚きを貼り付けた顔でわたしを見ている。
……どうしてそんな顔で、わたしを見るの? まるで……まるで、今のをわたしがやったみたいに。
……あれ? でも今の光、見覚えがある。
頭に光景が流れ込んで来た時に、同じ光を見た事がある。
「……エイコ? どうしたの」
ピピンが不思議そうにわたしに問い掛けた。我に返って、彼女に何でもないと言おうとした。でもそれより早く、バウシュカが口を開いた。
その内容は信じられないものだった。
「しかしエステレアも大変な時にアザー暴走が起きたもんだな。国が滅ぶってんで、異界の星詠みさまが召喚されたらしい」
「……え?」
「おっと…まだここまで情報が届いてなかったか。皇都じゃその話で大騒ぎだぜ」
「し……しらない。どういうこと? エステレアが滅ぶって、なに?」
「宮殿の星詠みさま方がエステレア滅亡を詠われたそうだ。しかも、第一皇子殿下の死まで」
「…………」
ーーウラヌス。
周りの全ての音が、ひととき止まった。ルジーもノーヴも、町の人々も。場の収拾に務める兵士さん達も全部忘れ去る。
「……うそ……」
「これは世界が揺れるぞ。聖地エステレアが滅ぶとあれば、世界の終わりと同義だ」
真っ白になる頭の中に、ふと光景が浮かんだ。
煌めく満天の星空の下。
清廉な白亜の城で、どの星々より強く輝く一点の光へと押し寄せる黒影。
城が崩れ、大地は割れ、空は翳り。星明かりの届かぬ世界へと成り果てていく。
崩壊する世界の中、影に呑まれていく光ーーウラヌスの姿。
(夢じゃ……なかった?)
あの時は意識が朦朧として、悪い夢を見たのだと思っていた。
(でも関係があるとは限らない……だけど、まるで)
世界の滅亡と、ウラヌスの死、その時のようじゃないか。
世界を見つめる彼の横顔が、脳裏に焼き付いて離れない。




