第30話 救いたい、救えない
「この度はご協力いただき感謝いたします。ですが、今後は危険な事は為さらぬこと、そしてパライオ大森林には立ち入らぬことをお約束いただきたい」
「勿論です。今回は見失えば終わりだと思いまして、つい……。以後決してしないとお誓いしますよ」
パライオ大森林を引き返したわたし達はマーヴスネットに戻り、在駐所の兵士さんに二人の星詠みを預け、売買人達を引き渡した。対話するノーヴを通じて少し苦言を呈されたけれど、当然だと受け入れる。
「時にお嬢様はどちらの姫君であらせられましょうか? もしよろしければ星詠みさまとご一緒にお送りいたします」
「あ、わたしは大丈夫です。それより……二人はこれからどうなるんですか? 故郷へ帰れるんでしょうか」
「ご安心ください。お二人には一度エステレア宮殿で保護された上でご帰郷いただきます。その後、正式に宮殿へ上がられるでしょう」
「そうですか……あの、差し出がましいですが、体調が良くないんです。大丈夫でしょうか……」
「ご存知の通り星詠みさまは星術が使えない分、耐性がありません。つまり治癒術も良く効きますから、すぐに良くなられますよ」
星詠みは星術が使えない……。
そういえばウラヌスが言っていた。星術が使えない人もいるにはいるって。ただ珍しいから、わたしも使えないのは言ってはいけないと……。
「それに宮殿ではウラヌス殿下が治癒術がお得意と聞きます」
わたしの心を読んだみたいに兵士さんが彼の名前を出す。もうすっかり遠い人になってしまったんだと、何だかそう感じた。
そんな感傷的になったわたしに、不意打ちでルジーが爆弾を落としてくる。
「そういやエイコって星術は何が使えるんだ?」
ルジーの中でわたしはいまだにエステレアの深窓の令嬢ということになっている。
「そ……その話は後でしよ」
「何で? いや、何の属性かなーって知りたいだけなんだけど……」
「こ、ここで雑談したら申し訳ないでしょ。お仕事場なんだから」
「それはそうだけど……」
いまいち納得していない様子でルジーがわたしを見る。どうして、どうして今それにこだわるの。
彼は少しだけ口を閉じた後、また何かを思い出した様子で開いた。
「そういえば家はどこなんだ? 帰らないにしても、場所くらいは訊いても良いか?」
「……」
みんなの視線が一斉にわたしに集まってるのを感じる。二人の星詠みさえわたしを見てる。
「わ……わたし本当は、記憶がないの」
予想通り場がどよめいてしまった。でもそれ以外に何て言ったら良いか分からなかった。
スカートを握り締めるわたしに、兵士さんが勢い良く立ち上がる。彼が一人用の椅子に座っていたら、さぞ派手な音を立てて倒れていたと思う。
「ほーー保護させていただきます! 今すぐに!!」
「い、良いんです!」
「何が良いものですか! 民は当然、まして姫君が行方不明など、大問題です!」
「ひ…姫じゃないです!」
「ではそのお召し物は? そこいらで手に入る一品ではございません! だいたい、記憶がないのであればご身分も判らないでしょう!!」
「これは貰い物です…!」
「どなたからですか!?」
まずい、これ以上答えられない。前のめりな兵士さんの後ろに唖然と座っている二人、カシアペとクラウゼにこっそり視線を送る。すると二人はわたしに気付いてくれたから、小さく手を振った。
<またね>。
その気持ちを込めて笑い掛ける。可愛い笑顔が返ってきたのを見届けて、在駐所から飛び出した。
「エイコ!? 記憶喪失って…どういう事だよ! ウラヌス達が言ってたのは!?」
「エイコ嬢! 一旦落ち着きましょう!」
追い掛けて来たルジーとノーヴ。でもその後ろから、少し遅れて兵士さんもやって来た。
「言える事なんてなんにもないから! これ以上問い詰めるなら、やっぱりわたし一人でやってく!」
「わ……分かった! 一旦逃げて話そうぜ! な!」
あっという間に追い付いて来たルジーがわたしを抱き上げて、ノーヴと二人して町を駆け抜ける。町の人達が驚いた顔でこっちを見ていた。
その内の一人がそれはもう驚いた表情で、悲鳴に近い声を上げて。
「ゆ……誘拐か!?」
ま…まずい!
人から見たら男二人が女一人を抱えて走ってる。誰が見ても上等らしい服を来た女を抱えて。しかも兵士さんに追われながら。
「ちがう……違うんです!! 誘拐じゃないですー!!」
一生懸命に声を張り上げたけど、届いてるのかよく分からない。
居住区も魚がたくさん並ぶ市場も通り過ぎて、わたし達はそのままマーヴスネットに二度目の別れを告げたのでした。
「じゃあ、人攫いの大元を叩きに行きたいです」
「しかし大元と言いましても、どれだけの国が関わっているか分かりませんよ。そう簡単に尻尾を掴ませるとも思いません」
駆け抜けて来た草原。さすがに町の外まで追い掛けられる事はなく、わたし達は一本の木の周辺で今後について話し合っていた。
「そうだよね……」
「まぁ、国も捕らえた奴等から話を聞き出すでしょうし、そうまでしてエイコ嬢が頑張る必要はないのでは? 国が苦戦しているのですから、そもそも土台無理な話でしょう。……一般人にはね」
ノーヴの言う事はもっともなんだと思う。
想いはあるのに、どう動いたら良いかが全然分からない。
「怪しい集団とかいないの?」
「世界規模でいえばアザー崇拝教でしょうか。関係があるかは全くの未知数ですがね」
「アザーを崇拝…? しかも、世界規模なの」
「記憶がないんじゃ分かんないよな。邪教だよ。各地でちょこちょこ問題起こしてるけど、なかなか尻尾を掴ませないんだってさ」
「……」
「エイコ嬢? まさかとは思いますが、アザー崇拝教について嗅ぎ回るおつもりではありませんよね」
「……それってまずい?」
「かなり危険ですね」
わたしが自業自得な目に遭うのはともかく、二人までわざわざ危険に晒したい訳はない。
でも、許せない。本人の意思はないものとして扱う、人を人とも思わない所業。あの子達の姿は……エレヅ城でのわたしを思い出す。
行動に移したいのに、敵の可能性が広すぎて逆に行動が決まらない。
考え込み掛けた時、おもむろに遠くの方が騒がしい事に気付いた。
「何だァ?」
ルジーとノーヴも騒ぎの方を眺める。何だか大きな黒い影が見えた。正体を見極めようと目を凝らすと、やがてあらわになったのはーーアザーの大群だった。
「……アザー暴走……!!」
誰からともなく出た、緊迫の声。
いつか脳裏に見たような光景がわたし達の前に広がっていた。




