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星聖エステレア皇国  作者:
大エレヅ帝国編
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第20話 拝啓、愛する貴方へ

 私の知らぬ間に皇子様が出掛けて、幾日経ったか。


「まだ、お帰りにならないのですか」


 清廉なお城。

 水流の音に涼みながら、テラスでお茶を頂く。この国特産の茶葉は私の好みに合わなかったから、趣向に合う物を他国から取り寄せた。カップを口元に寄せると香る甘さに顔が綻ぶ。


「皇子はお忙しい方でいらっしゃいますから……。ですが、じきにお戻りになられますよ。何と言っても星詠みさまがいらっしゃるのですもの」

「私に、呆れていらっしゃるのかしら。私が詠えないばかりに……」

「何をおっしゃいますやら。星詠みさまは慣れぬ世界で緊張していらっしゃるのです。ご心配せずとも、いずれ詠えるようになられますよ」

「……そうよね。ありがとう、ミーヌ」


 一番に私の世話を焼いてくれるミーヌは、皇子の乳母らしい。私を優しい言葉で甘やかしてくれる彼女。そのおおらかさが心地良かった。

 紅茶を一口、それから切り分けてもらった焼き菓子も一口。うん、美味しい。次は元の世界の物でも焼いてもらおうかしら。皇子と二人で分けて、将来の話をするの。


(早く逢いたい。早く、帰って来て)


 愛しい人。私の人生を完璧にしてくれる人。

 早くここに来て、私の不安を取り払って欲しい。心配しなくとも、じきに星詠みの役目を果たせるようになると言って欲しい。

 それをこなして、ゆくゆくはこの国の皇妃となる。


(本物になれる)


 私は選ばれたのだから。

 薔薇色の未来に、そっと微笑んだ。



✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎



 ーー焚き火の弾ける音がする。薄っすらと目蓋を開くと、隣で眠るウラヌスが目に入った。


(火の番、代わったんだ……)


 いつも精悍な顔が、今はあどけなく緩んでいる。無性に可愛く感じて、ひっそり口角を吊り上げた。


(いつもありがとう。あなたのおかげでわたし、この世界で生きてる)


 初めて出逢ったのは帝都のお城の外。逃げ出したばかりで怯えるわたしに優しくしてくれた。それからエステレアまで一緒に行ってくれることになって、村やバディオン、ズェリーザ廃坑に渓谷と旅を続けている。

 彼らがいなければわたしはあの日、すぐに連れ戻されていたかもしれない。


(おやすみ、ウラヌス…)


 わたしが眠る前にも交わした言葉をもう一度、心の中で告げて目蓋を閉じようとした。その時、彼の胸元に小さな紙が落ちているのに気付く。

 わたしはそれを、深く考えずに手に取った。

 何だろうって。まだ半分微睡みの中にいたわたしは渓谷に入る前の事を忘れて。何気なく見たそれの折り畳まれた内側、そこに見知った文字を見つける。


(えーー)


 つい、開いてしまった。記されていたのは懐かしい文字。

 <拝啓、愛しい貴方へ>。

 元の世界の言語が、並んでいた。


(なに? え……?)


 その下の文字は読めない。この世界の言語だ。

 手が、震える。どうしてこの文字が記されているの。どうしてウラヌスがその手紙を持っているの。

 混乱の中わたしは、掻き集めた理性でなんとか手紙を彼の懐に差し込む。起こさないよう慎重に、慎重に。それから寝返って、シーツを深く被った。


(拝啓、愛しい貴方へ)


 愛しい、貴方へーー。

 一粒、勝手に眦から滴がこぼれて、頬を伝った。

 自分で何の涙なのか分からなくて、いっそう混乱する。ただ、誰かがウラヌスにこの言葉を贈った、そう思うと胸が締め付けられるようだった。


『おれは恋なんてしたことはないよ』


 あんな事を言っていた癖に。そりゃそうだ、ウラヌスを周りの女の子達が放っておくはずない。

 わたしの知らない所で、ウラヌスがわたしにしてくれるみたいに女の子に優しくする。女の子と過ごす。今まで考えもしなかった彼の<人生>。

 わたしの知らない顔の姿が、そこにはある。

 わたしはそこに入れない。だってこの旅はエステレアからの迎えと合流すれば終わるもの。ウラヌスとオージェと過ごす時間は有限だ。


(……早く、皇子様に会いたい)


 これ以上ウラヌスに執着しないために。

 ちゃんとお別れが出来る内に。身の程知らずな主張を彼に、ぶつけてしまわない内にーー。


(ウラヌス)


 何度も彼との思い出を反芻しながら、いつの間にか眠っていたわたしは、また夢を見た。

 燃え盛る炎、吹き荒ぶ風、押し寄せる水、鳴り響く雷……厄災の中をたくさんの人々が逃げ惑っている。人種も性別も年齢も様々な人達が街を、野を、森を川を。安全な所なんて何処にもない。そんな様子で。

 人々の足元には事切れた者達が横たわる。でも走っている人々も次々と彼らに続いていった。

 まるで終末。

 そうして駆ける者の全てが過ぎ去った後、次に現れたのはーー争う人々だった。




「じゃあな! ここまで来ればあと少しだ。気を付けて越えろよ」


 バウシュカが手を振る。渓谷の終わりも見えてきた頃、わたし達は勇壮なる剣と別れた。彼らにはまだアザー討伐の任務が残っている。大剣を手に去って行く背中を少し眺めて、わたし達もまた目的地を目指して歩き出した。


「ここさえ越えたらゾビアは目の前。もーちょっとだから頑張ろうね、エイコ」

「うん。わたしは大丈夫」

「ほんと? 疲れたらさぁ、ちゃんと言わなきゃ駄目だよ」

「ありがとう、オージェ」


 何となくウラヌスの隣を歩くのが気まずくて、オージェの少し後ろを行く。でもそうしていると、突然ウラヌスが傍に来てわたしの手を取った。


「な、なに…?」

「愛想で言っているんじゃない。本当に何でも、言っておくれ」

「え……、ど、どうしたの? 突然。…大丈夫、何かあったらちゃんと言うよ」

「……約束だ」


 彼があまりに真剣で、思わず頷く。

 今、そんなに深刻な話だったかな。ひとまず手を引こうとしたら、予想外に強く握り込まれて離れなかった。

 戸惑うままにウラヌスを見上げる。

 わたしを探るような、そんな眼差しに居心地の悪さを覚えて。

 助けを求めてオージェを見る。そうしたら彼も、ウラヌスと同じ目でわたしを見ていた。

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