第19話 理想郷
ビエンド渓谷にて、謎の一団と合流してアザーを退けたわたし達はお互いに紹介し合っていた。まずわたし達が名乗った後、次は大剣を携えた人の番だった。
「俺達はアザー狩り専門傭兵団、勇壮なる剣だ。俺は団長のバウシュカ。まずこいつが俺の右腕フブラヴァ」
「よろしく。団の方針やアザー狩りの戦略を練らせてももらっているよ。まぁ、いわゆる参謀……かな」
バウシュカが示した彼、フブラヴァからはどことなく高慢さが滲み出ている。
次に紹介されたのはあの巧みに星術を扱う少年だった。
「こいつはベガ。優れた星術使いだが特攻隊長だ」
「自分で言うのも何だけど、僕の力を見た人からは天才って言われるよ。治癒術だけは苦手だけどね」
得意げに胸を張るベガ。実力に裏打ちされた自信が見て取れた。とくにこれといって優れた物がないわたしには眩しい存在だなぁ、なんてぼんやり思った。
そして最後に、紅一点の少女。彼女はフブラヴァが紹介した。
「この子はピピン。私の弟子だ。まだまだ未熟な修行中の身だが、頑張り屋で将来が楽しみだよ」
「ピピンよ。よろしく」
少しぶっきらぼうにピピンは言った。可愛い桃色の髪に見惚れていると、恥ずかしそうに顔を逸らされて胸がキュンとした。
そこにウラヌスが感嘆の息を吐く。
「やはりヴァレントスパーダだったか。最後に小耳に挟んだ情報では近くの森でアザー暴走の制圧に参戦したと聞いたが……ここでも仕事を?」
「ああ。あの暴走の余波か分からんが、この渓谷でもアザーが少々活発だと討伐依頼を受けてな。そこでお前さん方に会った訳だ」
「本当に助かったよ。礼を言う」
「何、アザーの脅威から人々を守るのが俺達の役目というものよ!」
腰に手を当て豪快に笑うバウシュカ。きっぷの良い人柄だ。
「時に、こんな所へどうした。見たところお前達二人はともかく、その少女は冒険者でもあるまい。一般人の通るような場所ではないぞ。向こう側に行きたいのなら整備された道があるだろう」
「お察しの通りおれ達は観光客だが、この渓谷は人の手の入らぬ場所こそ見どころだろう。なまじおれとオージェが戦えるからと、こちらを通ってしまった」
「なるほど。同感だ。在るがままの景色こそ、雄大な美の本質が見える。……しかし今日中に渓谷を越えるのは不可能だぞ。アザーの動きも活発で危険だ」
そこでバウシュカは団員を一瞥する。それからわたし達に向き直って彼の印象通りの提案をしてきた。
「渓谷の終わりまで同行するのはどうだ。俺達は良い戦力になるぞ。な、ベガ」
「当然だね」
ウラヌスとオージェは顔を見合わせる。それから二人してちらりとわたしを見た。またお互いに戻した視線にオージェが頷いて、ウラヌスはバウシュカの提案を歓迎した。
「ありがたい、そうさせてくれ。ただ、そう君達の仕事を邪魔するのも悪い。せめて今晩だけでも共に越えてくれると助かる」
「もちろんだ。大船に乗ったつもりでいてくれ!」
話が纏まったみたい。わたしはピピンに微笑みかけて、また目を逸らされる。
この世界の人達って色んな髪と瞳で良いなぁ。魔法みたいな力だって使えるし。どうせならわたしも何かあれば良かったのに。ここに来た拍子に力に目覚める、とか。
(なんてね。そんな都合良く無理か。でも、ならわたし、どうして呼ばれたんだろう)
何の力もないのに……。
(……そういえば、皇帝や皇子がわたしの事を何か、名前以外の呼び方をしていたような……。何だっけ)
思い出せない。
嫌な記憶に蓋をしてしまったのか、煙掛かったみたいにぼやける。その中でわたしを助けてくれた女の子だけが浮かび上がってきた。
(あの女の子、どうなったかな。大丈夫かな……)
早く、エステレアの皇子様のもとへ行きたい。
わたしはまだ見ぬ遠い海の向こうとやらへ、想いを馳せた。
特筆する出来事もなく、ただアザーを駆逐しながら渓谷を進み、あっという間に夜。
ベガのおかげで難なく火を起こし、夕食も拵えたわたし達は焚き火を囲んで憩いの時を過ごしていた。
(腕の振るい時だと思ったのに……)
スープを一口嚥下して思い出すのは調理時の事。
『エイコ、今日の夕食はサラダとパン、それから簡単なスープにしよう』
一緒に調理してくれるウラヌスがそう言った。
『どうして? せっかくだから、ウラヌスとオージェが初めてだって喜んでくれたやつ作りたい』
『あの揚げ物だな。あれは美味かった。もう少しだけ、おれ達三人の秘密のご馳走にしておきたいんだ』
『秘密の……?』
『そうだ。また作っておくれ。おれ達だけの為にーー』
何だかウラヌスらしくない子供みたいな理由だった。すごく喜んでくれたから、また食べさせてあげたかったのに。
「バウシュカ達はさぁ、何で団を作ってまでアザー討伐に励むの? ピピンなんてまだ小さいのに……」
パンを千切ながらオージェがバウシュカに問い掛ける。豪快にパンを噛み千切っていた彼に代わり、フブラヴァが答えた。
「人々がアザーに怯えることのない世界を作りたい。それだけだよ。このピピンは故郷をアザーに襲われてね、そこに私達が通り掛かったのが出会いさ。……哀しい事だよ。アザーに脅かされる人々が、後を絶たない」
「そうか……君達には敬服する。アザーも昔は暴走などしなかったのに、何が起きているのか」
「森の暴走すごかったらしいね。あの時は帝都にいたけど、街が騒然としてたよ」
「あれは本当に大規模だった。ローダー殿下の指揮は素晴らしかったよ」
……聞きたくない名前。
そこでこれまで黙っていたピピンが口を開く。それはいとけない少女とは思えない暗さと重さで以って、忌々しげに吐き出される。
「必ずアザーを滅ぼしてやる」
生きてきた世界が違う。
そう、感じた。でも、わたしも両親のいなくなった理由が誰かにあったなら、あるいは、彼女と同じ目をしていたかもしれない。そうも思う。
(みんなが幸せな世界なら、どんなに良いか)
現実は非情だ。




