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星聖エステレア皇国  作者:
大エレヅ帝国編
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第1話 異界の娘

 知らない床。落ち着いた深い色味で厳かな様式の床を、暗闇から弾き出されたわたしの意識は拾った。

 わたし、知らない場所で横たわっている。そう認識した時にはもう、上半身が反射的に飛び起きていた。


「初めまして、ご機嫌いかがかね。異界の娘、異界の星詠みよ」


 誰。知らないおじさまを、わたしの目は映す。

 ゆったりと重厚そうな長いローブに身を包み、身や衣装のあちこちを金の装飾で彩る壮年の男性。彼は高い頭からわたしを見下ろして、内容の割には何の親しみも感じられない声色で言った。


「え……? ど、どなたですか……? ここは……」


 突然知らない場所で目覚めて、知らない男の人に見下ろされて、訳の分からない単語を言われて頭が混乱する。不安と戸惑いで視線を彷徨わせると、おじさまの隣におじさまによく似た男の人がいることに気付いて、若くて信じられないくらい容姿が整っているけれど、おじさま同様にどこか視線が冷たいと感じた。

 二人の両側と後ろには数人の槍を持った人達がいる。まるでお話の中の兵士みたいだった。

 そしてわたしの周りは、おじさまとおにいさまと同じ紅と深いブラウンの衣装に身を包んだ年齢も性別もバラバラの人達が囲んでいる。室内は橙の明かりに鈍く照らされていて、窓が一つもなかった。


(なに? なに……これ? わたしの国じゃない。絶対人種も違うっていうか、あの二人の髪……赤い)


 とくにおにいさまの方は目も覚めるような鮮やかな赤だった。


「我はローダー。そなたはこの大エレヅ帝国の力となる為に呼ばれた。娘よ、名を申せ」


 威厳というより尊大な態度で名前を訊かれる。少しムッとしたけれど、逆らうのは怖かったのでひとまず答えることにした。


「…エイコ、です」

「ではエイコよ、その身命を賭して我が国に忠誠を誓うのだ」

「は……!?」


 状況にさえまだ理解が追い付いていないのに、次々と勝手な事を言い出すおじさまに思わず反抗的と捉えられそうな声が漏れてしまった。

 すると案の定、おにいさまが翡翠みたいな瞳でキッとわたしを睨み付けて声を荒げる。


「無礼であるぞ、娘! こちらに座すは偉大なる大エレヅが父、皇帝陛下なり。その振る舞い、気を付けよ!」

「ひっ…!」 


 大きくて強い声と言葉に肩が揺れる。

 ますます怖くなって、わたしは小さく縮こまる。一度ぶるりと身体が震えたのを感じると、もう駄目だった。次々と震えが湧き起こって、止まらなくなる。そんなわたしにおにいさまは更に言葉を重ねた。


「早く忠誠を誓え、エイコ。さすればそなたの為の贅を極めた衣装も、調度の揃う部屋も、温かな食事も何もかもが与えられる。これは名誉なのだ」


 今度の声は落ち着いている。でも、もうわたしはパニック寸前で。何も分からないのに忠誠を誓うなんて考えられなくて、でもたくさんの視線から睨まれるのは嫌で、その板挟みとなって言葉が何も浮かばなかった。

 するとおにいさまの後ろから老いた小さなおじいさまが現れて、二人を宥め始める。


「まぁまぁ陛下、殿下。そう急き立てては満足に口も開けますまい。星詠みの力を持つ以外は、見るからに凡庸な娘ではありませぬか。多少は時間も必要と存じます」

「リビウスよ、しかし……」

「殿下。急いては事を仕損ずるのです。なに、焦ることはありません。術は成功したのです。あちらには無事紛い物が届いていることでしょう。つまり、時間はあるのです」


 穏やかな口調でありながら、彼もわたしへ向ける言葉は冷たく突き放したものだった。

 リビウスと呼ばれた人の話に皇帝とやらは少し考えて、頷く。そしてもう一度わたしを見て言い捨てた。


「では、軟禁しておけ。予定通りの部屋で良い」

「は!」


 皇帝の言葉に兵士達が威勢の良い返事を返す。鎧に包まれた大きな身体がわたしを両側から無理矢理立たせて、どこかへ引き摺って行こうとする。


「いや、やぁ…!!」


 咄嗟に震える声と身体で抵抗を示したけれど、あまりの体格と力の差の前では何の意味もなかった。


「やだっ、やだー! 離して、お母さん! おかあさーん!!」

「お静かに! 口を塞がれたいのですか!」

「わあぁん!!」

「塞いでおけ」


 皇帝の冷たい声でわたしの口は布を咥えさせられる。もう泣くだけで暴れていないのに乱暴な手つきで、大きな手で、怖かった。

 わたしのどんな訴えもこの人達には届かないんだ。そう思うと涙が溢れて止まらなかった。しゃくりをあげて、えずいても布は外されないし、引き摺られるのも終わらない。


「ようこそ、異界の星詠みよ」


 わたしの背中に向かってそんな声が掛けられた。愉悦を含んだ、とても、嫌な響きだった。

 おじさまでも、おにいさまでも、おじいさまでもない。敬意を払うような相手なんかじゃなかった。彼等は悪魔だ。人の心が分からない、理解し合えない生き物。

 わたしの尊厳をズタズタに引き裂かれて踏み躙られたのに、これ以上の抵抗が出来ない弱い自分が辛かった。情けなくていっそう涙が溢れるばかり。

 無慈悲な歩みがわたしを暗闇に連れて行く。一歩、また一歩と進む度に絶望は深まっていった。

 無駄だって分かっているのに。


 もう何処にもいない父と母を、ずっと、頭の中で懸命に呼び続けていた。

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