第16話 同行五人
仄暗い坑道を進む。光がなくなれば、前後左右どころか天地も判らなくなるだろう闇の中。行く先から聞こえるカリカリと壁を掻く音に、分かれ道をオージェが一つずつ照らす。
右。ただの闇。
左。ーー何者かの、ムカデのように蠢く脚。明度を増した光がその正体に迫る。取り払われていく闇に浮かび上がったのは……巨大な多足類の軀を持つアザー。
表情のない仮面の奥から漏れ出る、枯れたような不気味な咆哮が鼓膜を震わせた。
「きゃあああ!!」
どうしてそんなにホラーそのものの登場の仕方をするんだろう。ウラヌスとオージェに片付けられるアザーに視線が釘付けになりながら、思考の隅で考えた。
そして気付く。反対側の道からも、何かが来ていることに。
旗めくボロ布のような軀に白い仮面。まるで死神のようなアザーが骨みたいな腕を伸ばして、こちらに向かって来た。
「いやあぁああ!!」
「そっちもか! ほいほいーーっと」
でもそのアザーは、ウラヌスが斬り捨てる前に力なく横たわった。その後ろから……剣を持った活発そうな男の子が現れる。
「……ひ、人だー!!」
「ほんとに!? あ、ああ……助かったー!!」
さらに後ろからは弓を持った女の子が現れた。
「何々? 何の騒ぎ?」
わたしの疑問はオージェが代弁してくれた。
男の子と女の子は涙目で、心底嬉しそうにこちらに近付いて来ると語り始めた。
「オレ達<マオ>を求めてこの廃坑に来たんだけどさ、途中で変な奴等に襲われて、一緒に来たおっさん達が逃げちゃったから右も左も判らずに迷ってたんだよ! 酷い話だろ!?」
「そうよ! あいつら許せない!」
話の途中でころりと怒りに転ぶ。激情に戦慄く二人に対してオージェは至って平常だった。
「栗毛の男二人?」
「え……何で知ってんの?」
「廃坑の外で会ったの。ってか見た感じ君らエレヅ人でしょ? 炎の星術は?」
「うっ……あんま得意じゃないんだよ。風は得意だけどさ。あと地の星術」
「へー! 珍しいね~」
男の子と女の子がチャッカマンよりはマシ程度の火を出す。ローダー皇子の側近が使っていた炎術はもっと威力があったから、本当に個人差があるんだと改めて思った。
「あの男達が酷いのは分かったが、子供がマオなんか探すな。あれの危険性をちゃんと理解してるのか」
今度はウラヌスが二人を嗜める。マオって、何だろう。
「子供じゃねぇ! アンタ等より少し歳下なぐらいだろうが!」
「そんな事より…お兄様達は何をしにここへ? 私達、明かりがないから道が分からないの。ついて行かせてもらえないかしら」
「まぁ、置いては行けないな……。おれ達はここを町とは反対側に抜ける」
「あら? 何の為に?」
「肝試しだよ~」
オージェのおどけた様子に女の子が笑った。
「勝手な行動は取らないこと。守れるな」
「ええ、私はガーネット。よろしくね。こっちは……」
「ルジーだ。よろしく」
「おれはウラヌス、こっちはオージェ。この子はエイコだ。よろしくな」
頭を下げて挨拶する。するとわたしを見てルジーが不思議そうな表情を浮かべた。
「あれ、エイコ……武器は? こんなアザーだらけの場所で丸腰は危なくないか」
「……!!」
痛いところを突かれて息を呑む。素早く代わりに応えてくれたのはウラヌスだった。
「エイコは戦いの訓練は受けていない一般市民だ。おれ達が戦うから問題ない」
「へぇ。ウラヌス達はエステレア人だろ? 観光か?」
「ああ。エイコはエレヅが初めてでな。各地を回ってるんだ」
「ふーん……そっか、エレヅの服、似合ってるぜ。エイコ。オレも守ってやるから安心しろよな」
「あ…ありがとう……」
わたしを覗き込んで笑うルジーに少したじろぐ。元気で親しみがあるけれど、距離が近い子だな。
そんな彼をガーネットが少しだけ強い口調で諌めた。
「ルジー! 私も守ってよね。じゃなきゃ援護してあげないんだから!」
「へいへい。分かってるよ…」
「もー! 何か態度が違うわよ! 良いわよ。じゃあウラヌス達に守ってもらうから」
ウラヌスの腕にガーネットが抱き付いた。図らずも豊かな胸が押し付けられてる。ガーネットはわたしと同い年くらいで、でも色っぽくて艶がある。衣装も大人っぽくて素敵だった。
綺麗な横顔がウラヌスを挑発的に見上げる。
(なんか……もやもやする……)
ウラヌスはわたしのものじゃないのに。勝手な自分の心に嫌気がした。
「ルジー達さぁ、何かに遭遇したんでしょ? 姿とか全然見てないの。……ありゃ、こっち崩落してるわ」
時折崩れて進めない道を避けながら進むわたし達。その先頭を行くオージェが立ち止まった。
「見てない……けど、何か変な気配があった」
「逃げた男達とおんなじ事言ってンねぇ。声は聞いた? あ、道具落ちてる。みんな足元気を付けてね」
進路を変えた彼にわたし達も続く。
オージェの言う通り、道に放置されたままの道具が転がっていることがあって危なかった。
「声も聞いてねぇ。聞いたら最後なんだろ」
「らしいねぇ」
「その声さぁ、マオだったりしねーかな?」
「マオの鳴き声はこうだよ」
<な~お>。
まるで猫みたいなオージェの声が坑道内に反響した。可愛い声なはずなのに、場の雰囲気のせいかいやに不気味に聞こえる。
ガーネットとは反対側のウラヌスの腕に縋り付いた。
「どうしたエイコ。静かになったな。……大丈夫かい」
彼の優しい声が降ってくる。
「……マオって何?」
「アザーの王と言われる生き物だ。あまりに危険過ぎて懸賞金が掛かっている。だが、見た目がアザーとかけ離れていて奇妙な生命体なんだ」
「どうして危ないの」
「強過ぎるんだ。たった一撃であらゆる生命を奪う。ただ気まぐれで、近付くと瞬殺されることもあれば、いつまで側にいても平気なこともある」
「ふぅん……感情が読めない生き物なんだ」
「そうだ」
わたし達の会話にガーネットが参加してきた。
「マオを知らないなんて、そんな人いる? 世界中で有名じゃない」
「エイコは事情があって屋敷の奥で大事に育てられたんだ。だから今こうして、見聞を深めているのさ」
ガーネットから一瞬だけ怪訝な表情を向けられる。
その顔が<何で自分で答えないんだ>って言っていた。
何か、あんまり良くない印象持たれたかな……。
どう反応すれば良いか分からなくて、目を逸らす。すると前方が開けた場所に出たのに気が付いた。今まで以上に道具が散乱していて、鉱夫の人達が逃げ惑った様子がうかがえるようだった。
あるいはここを荒らしに来た人達が、何者かの存在に暴れたか。
「……何かいるな」
ウラヌスの今日一番の不穏な発言が飛び出した。