第168死 そよ風
祝勝のムードからカリスマの存在が放つ冷静な一声は説得力があり効果的だ。おのおのが今置かれている現実離れした現実と、堺市とその身に迫る危険を察した──よくしゃべる、よく聞く、よく慌てる、そんな市民たちの雰囲気は伝染していった。老人女子供身体が不自由な者を優先し続々と食糧を持ち運び地下シェルターや無事な屋内に避難していき────。
戦いの熱の少し冷めた丘梨栄枯とパラソルガールは至って冷静クールに、この堺市の状況下に入ってからの少ない情報を推測し合いパパッと擦り合わせていった。
「ナニかあるとすれば、あのポールタワーよ。すっかり刻々禍々と黒ずんでいったわ。ハイセンスにおそらく間違いないわね」
「ポールタワー。役割的には聳え立つ死のダンジョンの祭壇といったところでしょうか、べらぼぅに非現実を推測しルールに従いピースを当てはめていくと」
「さすが丘梨栄枯少ない情報と直感力でそこらの吐い信者よりパラッとワタシと同じ思考術を展開できるようね、その解釈で正解よ。マァ、おかしなイベントを盛り沢山にしてくれてドッツのお膝元をピンポイントで襲撃なんてそこそこ敵もヤルようね。──ワタシはそうねすこし……ファンサービスしすぎた、かしら?」
栄枯と同様のテンポですらすらと喋り終え、白傘を閉じたパラソルガールと栄枯の目がしばし合った。
「────そうですね。あちらの方に3つほど……べらぼぅひじょうにイヤな予感がしますが。とりあえずテッペンから町を見下ろしてきます。何かを見つけたら貰った傘にサインしますよ」
1、2、3指折りし指差した危険な方角。そしてこれから目指すみえているポールタワーへの視線。パラソルガールに貰った緊急連絡用の白い折り畳み傘とペンをどこかへと仕舞った。
「ふふふふふ、それがいいわ。ワタシはキュプロのぱっぱら達を探すわ、校長だもの」
「ではっ」「ふふふ」
最後はお互いかるく微笑み──黒い塔へと走っていく丘梨栄枯の長身を、海月のバンダナを髪に纏わせ直したパラソルガールが見送りだし────傘をヒラき背にした。
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堺市を丸々呑み込み、今もなお雷電を放ち広がり続けている虹色と白黒多色が濁り混ざる巨大シャボン玉のナカ。その中の、
──各地で非常なバトルが巻き起こっている。それは並々ならぬ──
▼雨とコーヒー1970エリア▼
哀愁と音と憩い、雨とコーヒーと1970の音楽が似合うそんな街が様変わりノ台無し、ファンシーに染め上げられていくアートな街は。狂気の月と熱いホットプレートの題材にも飽きた──悪魔的衝動に任せて暴れ回っている。
「【ルナシルド】」
「【吸・ホトプス】」
蒼月色の球体シールドは絵の具ミサイルと噴き出るインクを撥水し弾き無力化した。
スキル【ホトサス】で浮遊追行させたホットプレートがそのコードプラグを伸ばし地に突き刺した。辺りに飛び散り彩るインクをみるみる褪せさせて吸い上げていく。更に増やしたコードが背負う少女のくびれに繋がり。
「【ルナシルド】のブーメ!」
無理矢理に共有したエネルギーの高速循環供給により、出力。
シールドを重ねた頑強な苺月色の妖しい三日月が、手持ちの杖の号令で敵を撃つ。
切れ味鋭く戦車の装甲を赤く抉りダメージを与えていった。そして軌道は素速く弧を描き少女の手元の方へと戻ってきた──杖の操作で苺月を粉々に砕き宙に散らばるその欠片をまたホットプレートのスキルで吸い上げていく。月の少女とホットプレートの青年によるエネルギーリサイクルコンボで恐るべき大技による継戦を可能にしていた。
「────ん? なんか……吹き抜けた……そよ風?」
「ビビット供物悪魔的ァァァアーーーーーートぅッッッ」
「うおぉ!?」
少女は【UR】STOP標識を使用、突っ込んで来た黒と赤色の悪魔戦車に対して突っ立てた標識。カード効果のSTOPの命令で一瞬スピードを落としたがそのままルールを無視して串刺して棒切れはひしゃげる。
青年の一瞬の油断を一瞬のカードアシストでカバー。棘棘前装甲の串刺し走行を、なんとか少女を背負いながら回避。
「集中してホットプレート! 生身と戦車だから!」
「分かってるって!!」
「分かってる……?」
「あ、えとハイ!!! アカリさん足は!」
「……もう少し! 威力と射程は蒼の民を刻まないように私がコントロールするからその調子でエネルギーを送って、いい感じで追い込めてる!」
「……っすね!」
2人は策を練り敵に対する攻略法が固まりつつあった。戦車の攻略は順調、この調子でと、もう一踏ん張りの気合を入れてオカッパの少女を背負いカーキの背は汗を垂らし躍動する。
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▼ファッションパレードエリア▼
ビル街を吹き抜けるそよ風は────
「なにか……」
少しシャツ越しの胸に手を置き、
「どうしたの葬儀屋?」
「いえいえ。市民の避難に飲み水の提供はこれで粗方完了したのではないでしょうか」
「ん、そしたらわたしは香と夏海の様子見てくるかもじゃん。葬儀屋はどうする?」
「私もカードを切ったりスキルでバリケードを作るぐらいは出来ます、協力させてください。あ、それにきっと水も必要ですね!」
「ん! アツいじゃん。渇くかもじゃん。ジュンビ行こう!」
なるべく急ぎバッグに適当な物資を詰め込んだ。こちらへと未だ撤退はしてきていない、マネキン達を抑えているであろう香と夏海の援護へと2人は向かった。
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▼ヤングホビーエリア▼
それはそよ風どころではない────びん、びんっ、と跳ね上がったアイスグリーンの触角が。
「この感覚はぁーー、にゃははははッッッ、下手なお芝居よりこっちだよねぇ。──吐い信者なら。……あっちのノッポもハデにやってんねぇ。でもでも本日の主役はボス級を既にぶっ殺したこのオーバー未惇ってもう決まってんのさね! はふはふほふじゅるずるるるるる」
「豚汁食いながらなに言ってんだ……て、ノッポって栄子きてんのか!?」
炊き出し。炊き出しといえば豚汁、終焉を迎えつつある世界で、豚汁。
ぐつぐつと煮えたぎる大鍋からよそい、人々へとご提供していくボロついたジーンズを履いた若者集団。
「終焉豚汁いっちょー!」
「んだこれ、おい糸コンなんてゴミ入れてんじゃねぇぞ殺すぞ!」
「す、すんませんカナエ姐!」
「騎士として……豚汁に玉ねぎはいらない」
白く荒廃した美しいけしき、凍えた大地でいただく豚汁一丁。
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▼コロッセウム(ブロック)▼
20分以上の激戦を経てお互いに勝負を決める決定打がない。
幾度串刺しにしても中々死なない侍をその竜頭の大口から丸呑み食らったDFドラゴンは────樹液を垂れ流し天へと奇怪な音で吠えた。
スキル【ザンキル】のストックを1つ失った無敵時間を利用しつつ、【LR】パーティーアクアばくはブレードを使用して水爆効果のノッた名刀白蜜で滅多斬る。仕上げに【UR】金平糖手榴弾でカラフルに咲き乱す花を添え、更に発動させたスキル【ハラキル】で自爆。
難敵デスフォレストドラゴンは太く硬い樹皮の首を落とされ樹木竜というその特異性の持つ体内構造を内部から再起不能なまでに破壊された。
もはやダメージは限界、わざわざ弱点へと招き入れた侍に腹のナカから刀で斬られては成長再生は追いつかない。
鎮座していた竜が、黒く大地へと溶け朽ちていった。
甘い樹液に濡れた侍は名刀を仕舞い、からりと枯れ葉に落ちた、刀を拾い上げた。
「ふぅーぃい、根こそぎ完了ってねぇ。大地樹木さんの生命力舐めてたねぇ」
「鉄丸も人質おつかれ──なになに捨てたりしないって旧相棒」
「お侍様! お見事な剣捌きでした!!!」
「おう、まこんなもんよ朝飯前ってな。とんだ塩試合になっちまったが……違いの分かるいい観客だぜ嬢ちゃん、お、塩結び。にしても────タ・ケ・カ・ワ……とは初めて見たぜ……古風すぎて、押し寄せる哀愁におじさん泣けちゃうねぇ」
最前線の客席で手に汗握りおにぎり握り見守っていたサムライガールは、食糧カードを切り作った塩昆布入りの握り飯を竹皮に包み試合終わりの侍の男へと駆け寄り届けた。勝利後の古風な味をいただきながら────。
「よしゾンビ侍の相手は俺が次出るぞ! いいよな太陽王!」
一等高い賓客席から前のめりに、槍を手持つ金髪の男が今にも眼下へと向かいそうな。
背にした王は、豪華な席に座りながら────その雷白色の目を見開いた。
「──── この感覚は──あの心機人類……──チガウ、炎……ッははは! 我に黙り良からぬつまみ食いそれとも大胆に盗みでもしたか」
吹き抜けた風は、太陽王と名乗る吸血鬼まで届き、
「これは……若い女の子の香りですね! 知ってた知ってた! ふふふふ」
その香りは、野蛮ではない。芳しい若い華が、王の隣に立つ蔓眼鏡をかけた女の鼻を荒げさせ、
「お、おおおおお! んだこの馬鹿みてぇに垂れ流してるチカラは」
誇示するチカラを持つもの同士であれば、
「それは私たちもですね! 燦々とわざわざですけどっ! あっ! わかりましたコレは向日葵の香りですね! シロい程よき恋愛の……そうですっ! 密かな愛の香りぃ! ふんふん、ふふふふッ」
「そうだったな! おいおい来んのかぁヒマワリモンスターがこっちによ! それっぽっちで俺によぉ!」
「ナカナカ面白くなってきた所だ。この世の果てで、我太陽王と共に、ソノ果て待つ死と炎に、サダメの舞台で挑み遊ぼうぞ!!!」
豪華な地上のパーティーへと舞い降り、王席に踏ん反り返る赤髪の王は、この古を模したコロッセウムにて、吹く風に靡いた心でニヤリと座してチカラある者たちを待つ。




