第164死 【ネコ戸】
狂気は廃墟を跳ね飛び、白氷を滑りながら緑の軌跡を掻い潜る。
操作する二つのミトンの追尾拳は敵の動きを捉え切れず、本体自身の手指から同時に放った【UR】フィンガーバルカンの弾幕を貰いながらも勢い走り肉薄。
白い獣は飛びかかる────
「オーバーコートッ」
出力を上げた雷膜が、鋭く迫る貫手を防ぎ獲物に感電しダメージを与え続ける。
その荒々しいガードに無理矢理手を突っ込み突き破ろうとする白い男を寄せ付けない。
それでもなお涎を垂れ散らしながら突破しようと試みる狂気の眼に──戻って来た緑のダブルミトンが横腹に突き刺さる。
ニヤつく、黒パーカーの少女を襲った力任せのアタックが失敗し吹き飛ばされた。
【UR】フィンガーバルカンを再び使用。今度は残エネルギーで両のミトンの指先からばら撒かれる雷の弾丸が、殴り付けた敵を追撃し蜂の巣にしていく。
敵の突き刺さった廃墟が更に粉々にされ────
「にゃははこれぞ隙無し新生オーバー未惇! ってね! 予想通りまぁまぁアンノウンくんも強いけどっテンション4で十分かなぁ」
グレーの粉塵が明けて──
シャカシャカと、白いケースを振り揺らし粒を口内へと取り込んでいく。やがて長方形のケースごと──飲み込んだ。
天へと柱が突き抜けるように────青白く冷たいオーラが発狂する男から溢れ出た。
狂気を増し眼が、口が、更に吊り上がっていく。おぞましい冷気が廃墟のステージに吹き抜け、青白い狂気が陽気に挑発し構えるターゲットへと疾り出した。
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「おい、吹っ掛けた割にやばくねぇかアイツ……」
「どちらもDランクの枠に収まらない想像の上だな。だがヤツの動きが更に……隠し持っていた切り札を早々に切ったといったところか」
「チッ、おい探索者ならカードで援護だ」
「やめておけ」
「はぁ?」
「アレは戦いの熱が上がる程リズムに乗るタイプだ。リングの上での下手な水差しは余計なお世話だと俺ならそう思う。……必要なら頼んでいたはずだ。やめておけ」
「チッ────」
戦いを見守る、ぶつかり合うチカラとチカラは正にステージ違い。アッパーナイトは壊れた装いで静観し、おだぶたつりかなえは苦い顔をしながら黒いヘアゴムで後ろ髪を束ねた。
「これはきついかにゃぁはは」
「──テンション5!」
雷膜の防御にこれ以上電量を割いていてはジリ貧の未来。戦いの流れを読んだ彼女は。
予想外に押されはじめてしまい、更に戦いのテンションを上げたオーバー未惇。鍛えたテンション5は約1分20秒の爆発的な戦闘力の底上げが成される、その時間を消費した後のデメリットの大きい彼女の切り札。
それを惜しみなく解放した。秘蔵のミントタブレットを全て喰らい狂気のオーラ全快の白い男はそれ程までの相手であった。
オーバー未惇の触覚はより濃くより荒々しく、ジャスト・ミントグリーンに鮮やかに激しく発光していく。ここから先の戦いは制限時間付き、ニヤリと──それでも彼女はより一層笑いながら。
鉄壁のオーバーコートを纏いながら出力を増した緑の雷光と、青白くチカラを吐き出しながら歪む狂気の氷雪がぶつかり合う。
獣達は地を跳ね構造物を跳ね、空を斬り裂きバチバチと幾度も重ね合わさっていく。
「互角以上……これも切り札という事かとてつもないスピードとチカラだ」
「おいっうちに強化カードよこせ鉄塊野郎」
「ダメージを負ったお前では見えていないだろう」
「るせぇ、無茶には無茶だろうが!!! いくら怪物同士だろうが馬鹿デケェアレがっ出力がっ続くとは思えないんダロッ」
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街全体が凍るほどの──グレーの空から豪雷が乱雑やに地に堕ちるほどの──
出し惜しみのない戦いは最終局面を迎えつつある。怪物と怪物がぶつかり合い発生した雹と雷が地を砕く。吹き荒れる中、逞しいナイトはナニかを準備する黒スーツの前で赤い盾を構えて────
「これぐらいはやらせてくれ」
「はん、何もただやられてたわけじゃねぇ少々無防備になるからしっかりうちを守れよナイト」
「あぁ、役割は分担されるものだ」
「騎士様の台詞じゃねぇな」
「……戦闘中お前のスキルのチカラが徐々に上がっていくのは感じていた。だが同じく当てられなければ意味がないぞ」
「ただの脳筋じゃねぇんだよ、制限系のスキルってのは死の商売人のうちが1番上手く扱える……ギリギリの果てを見極めて…………──よし来たッ」
「【ネコ戸】」
「──起きろシロ」
何の変哲もなかった空間が歪む。
どこからか宙に現れた──銘木である黒柿の箱から引き出され、ぬるり、這い出た。
白いネコは、黒スーツの肩に乗り。餅のように胴体を伸ばしながら、マフラーのようにかなえの細首に巻き付いていった。
複数のカードによる肉体の強化効果の下準備を重ね重ねさらに、おだぶつりかなえが身体の中の不必要な感覚を棄てに棄て、選んだのは妖しげな魅力を放つ白いネコ。ソレを召喚するためのスキル【ネコ戸】であった。
己の肉体を維持する必要で最低限。葬儀屋は限界可能な限りを見極め無茶をし膨大なコストを支払って久々に喚び出された──白いネコは、ギリギリと召喚者の頬を長爪で引っ掻き、血にぬれた爪を研ぎながら妖しくワラった。