第163死 葬儀屋と騎士と怪物と
▼ヤングホビーエリア▼
大きく吸い、吐き出した。
白い男のいてつく吐息に、
警戒心を極限まで高めていた2人のD級探索者は射程外へと回避していく。
狂い狂った黄色い眼の見据えた先へと──強力な息吹が通り過ぎ一瞬にして凍っていく路面と店々。
破壊の限りを尽くし、荒れ果てた街に棘立つ白氷の荒々しさが残る。
ブレス後の疲れた隙を見て、敵へと特攻したアッパーナイトが重い愛剣を振るうが──当たらない。へなへなな中腰の白い男は獣のような動きで地を砕く程の威力を持つ剣刃を避けて、逆にゆらゆらと踊りながら鋭い貫手による突きの連打でアッパーナイトを翻弄圧倒して吹き飛ばし地に膝を突かせた。
「【ダブツ】ッッ」
隣のハンバーガー屋から奇襲。黒髪とインナーカラーのピンクを乱した葬儀屋が、右の拳を大地へと捩じ込んだ。
素速い動きもなんのその、これまでの戦闘で積み重ね強化した物理スキルで地を砕いたショックウェーブが避けようとした敵を巻き込み裂き粉塵をあげながら運んでいった。
女は左手にかっぱらったチーズinバーガーを大きく一口──投げ捨てた。
「はにゅむ──にょい鉄塊野郎、下手くそなチャンバラすんなおめぇ邪魔だ!」
「お前こそ慣れない拳は使うな、アマ」
「またそれかよクソの役にも立たねぇくせにうちを舐めてんじゃねぇよあぁん?」
黒スーツに睨まれながらも、青と金の鎧のナイトはおもむろに立ち上がり体勢を整えた。
「それにしてもこいつなんなんだ、頭おかしすぎねぇか」
「アレは酔拳だ」
「あぁん酔拳?」
彼方から真っ直ぐと──やり返しに殴りかかってきた貫手を避けた、そしてブレス。
「だから効かねえよ──殺すぞ」
スキル【棄魅選】を発動。身に纏わりつく凍らされた事象を棄て、スキル【ダブツ】の魅力を上げる事を選んだ。
氷を砕き、すぐさまお返しに右の拳を突き刺そうと──べっと舌を出しその上に謎のタブレットが一粒、先程以上に素速すぎる白い男は狂気を増した眼で、
「しまッ!?」
「【パワーブレイク】ッ」
鉄拳と貫手がぶつかる。メキメキと砕ける白い突き指に苦悶し発狂し冷静さを欠いた──次に放った左の鋭い突きは青い兜を斬り裂く。
「シールドバッシュ」
合わせたのは強烈──強烈なアッパーをお見舞いした。
天へと突き上げた左の鋭いカイトシールドは白い顎を砕き宙へと突き飛ばし──ばたりと地に堕ちた。
【UR】パーティーシルドで慢心した葬儀屋の窮地へと瞬間移動。強度の高い騎士のインファイト術で狂気の貫手攻撃を返り討ちにした。
「お、おめぇも殴ってんじゃねぇか鉄塊野郎!」
「勘違いするな、騎士のシールドバッシュだ」
「勘違いはおめぇだよ! あほか! 喧嘩屋なら最初からその玩具のクズ剣捨てとけッ!」
「騎士のシールドバッシュだ」
「あほか……なんでもいいから剣は拾うなよ、くそよえぇおだぶつだぞ」
「仕方のない」
青金の騎士は半壊した兜を脱ぎ捨てた。剣は捨て置き、2枚の赤いカイトシールドを装備し──
おだぶつりかなえとアッパーナイト、2人のD級探索者は起き上がるソレと向かい合う。
シャカシャカと取り出した──2、3粒と、べっと出した長い舌の上へと謎のタブレットを増やし。ダラダラと唾液を垂れ流す狂人は疾る────
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▽▽▽
────ヤツは強すぎた……。幾ら拳を浴びせても起き上がる頑強さに、もはやその増していく狂気のテンションとの差は大きく開き──────全力を振り絞ろうが到底敵わないチカラの差がソレにはある。
ズタボロにされた騎士がいる。騎士の誇りである盾と鎧も散り散りと砕かれた。決して振るわないと誓ったハズの拳を振るっても……とどかない。
スキルを駆使して両足指と左腕左目、味覚の感覚を棄て、自身の魅力を上げる選択を取り続け必死に肉を切り足掻いた────上位探索者としてのプライドと実力、男勝りな己の全てのチカラを掛け合わせたオンナの天井ではソレには全く追いつけなかった。
圧倒的なイカれたチカラの前に──凍っていく──────
「オーバーコートっ!!!」
ビカビカと荒々しく黒パーカーを取り巻く雷膜が、ふきつける白い吹雪を紙吹雪の如く吹き飛ばし景色を緑に染め上げていく。
吹き付けるそよ風の中でいきり勃つミドリの触覚はテンション3。三日月に笑う白い歯は──
「じぇっとォォミトンパンチ!」
飛んでいった。緑の右手首は尻に雷爆のエンジンを得て光速で──吹雪吐き出す白い唇へと届いた。
遠隔操作された握り拳は回転を加え敵を捻り吹き飛ばす。
しゅーしゅーと白煙を上げる右の甲を舐め上げていく。地に伏した2人の前に颯爽と現れた、紅い瞳の怪物が振り返りおどけて見下す──
「────うえぇ、びんびんの死の予感に来てみたものの……派手にヤラれてんねッ、おたきゅら!」
「冴えないモブユニットたちのピンチに現役美少女JKこのオーバー未惇がただいま見参!!! ボコられムーヴおつかれってね!! てかここけっこう寒っ!」
目の覚めるようなミントグリーンの雷光が止んだ。地に伏した者たちは何故か回復した己のチカラをプライドを振り絞り、壊れた身体でゆっくりと立ち上がる。
「だれがモブだぁこら……ころすぞ……ッ」
「……気を付けろ戦士オーバー未惇。D級2人でも敵わなかった相手だ」
「えぇ、ナニ言ってんのズタボロ中堅騎士くん? まだまだ大きい予感がアッチにもアッチにもあんのに!」
「あぁん予感?」
「探索者の殺気のことか?」
「のんのんっ素人にはわからんのですよ、ってね!」
「誰がじゃ! ッア痛てて……」
「まぁそうぅ吠えなさんナぁ、こんなの速攻で終わらすから見てなよ。D級を超えたE級……DODOの最強でナンバーワン、新生オーバー未惇ってヤツをッ」
宙を舞い戻って来たミトンをバッチリと再び纏う。
白い怪物は荒れ果てたステージを一歩イッポゆっくりと──
だらり、舌の上にはカシャカシャと──ミントを4粒。狂った黄色い眼と紅い眼光はギロリ、ニヤリ、と不可視のレーザービームでぶつかり合う。
対峙するミントの怪物、テンションを一段上げたミトンの怪物が───氷雪と雷光を散らしながら狂気と狂気をぶつけ合い絡まり合った。