第142死 栄子の午後
「なんでまたいんだよ!」
「ここ、わりと居心地がいいので」
「俺がすごく悪いんだよ!」
帰宅部の孝太は無事、学校から帰ってきた。
帰ってきたら玄関に予感の跡があり、落ち着かない心で心を準備し、戸を開けた。また自分の部屋に白ジャージの長身がいた。
やわらかな午後の陽射しが射し込む障子窓のフィルターの前。
学習机は試し読みした漫画本や子供用ことわざ辞典、懐かしの漢字ドリルに、恐竜図鑑、アイスコーヒーとどら焼きに占拠され──そこからこの長身女の人物像を推し量るのは、困難で混沌。
ガチャリと開いた戸に対して、青いチェアーをくるり。
白くひび割れた黒表紙をパラパラともう一度めくり閉じた。
右の黒髪をさらりとクビうしろまで細指に絡めてかきあげて、一言。
「これのつづきはないのですか」
「知るかよ! ないよ!」
「これから主人公が仲間を連れて最終決戦のムード、べらぼぅに盛り上がるところで……」
「たのしんでんじゃないよ満喫じゃないって俺ん部屋! ッてかそれ途中の一巻しかねぇだろ、話もわかんねぇのに盛り上がるも参加できずに期待も何もないだろ……」
「ええ、なので余計に妄想の余地があり気になります。ワクワクのエンターテイんメントにはお金を払わないといけません、何か要る物ありますかコウタくん? コロッケ、アイス、少年誌?」
「コロッケ……アイス、少年誌……じゃなくて! なんでもいいからさメシまでに帰ってよね!」
「ええ、メシまでには帰って来ます、必ず」
「チガウその帰ってじゃない!! ほんとノ帰って!!」
席から立った長身は微笑みながらすれ違い、ドア前に立ち尽くすブレザー姿の孝太の左肩をぽんぽんと──靴先を半回転、黄色いシューズを履き外へと繰り出して行った。
「めっちゃ散らかってる……」
状況的におもった事はとりあえず掃除機をかけようと──リュックを背負った男子学生はすこし埃っぽい部屋をながめながら。
▼▼▼
▽▽▽
時刻は午後4時13分。アクビが出そうなほど変わり映えのない景色を過ぎて行き、見つけてしまった。
見つけてしまったら吸い寄せられて入っていく、誰もが一度は見たことがある誰も知らない人通りの少ない所にある謎の古びた本屋。
吸い寄せられるというよりはより詳細に言うと、単なる興味本位やレトロ感からくる憐れみと──栄子の人生は、余裕。ここに何が無くとも別に損失にもならない、ふらっと、構わないのだ。
▼ちいさなふるい本屋▼
入るやいなやパパッとダンジョンを探索するように、静寂のBGMを聞きながら本と本の細道を抜けてゆく、そしてまたも見つけてしまって立ち止まる。
コーナーとかさなり合う。隅から隅までを長身は手を伸ばして手に取ったり元に戻したり、パラっとめくって、首を傾げたり頷いたりを繰り返す。
そんな不審な客異常な長身が目に映る、スパホをだらだらとイジっていた金髪の女性店員はしばしながら見しながら──
「おいここ本屋だけどさ、漫画屋じゃねぇぞ。漫画コーナーの規模と品揃えの悪さで察しろ……。メインではない事に」
──なにやらおもしろい店員が来たなと、霧に包まれるような感覚に振り返りながらパパッと答えた。
「ええ、急いではいませんので。一応大きなハンバーグの裏に敷かれたパスタを確認です」
「はぁ? もういいだろそれより」
「私小説などあまり読みませんよ?」
「だろうな。いいよいいよお姉さん金あるよな。ほら」
ブリーチした金髪、8割金髪2割黒の見た目がヤンキーな女店員の指し示した方向にはレトロ感に合うポップな手書きの張り紙。
「店長が選ぶ3冊、手相本占い初回1000円? なぜ?」
「何故じゃねぇ。本屋来ても何がいいかわかんねぇだろ今ドキの忙しいフリした電子なガキどもは、単に選ぶんじゃなくてそれっぽいことをシステム化して私がしてやってんの。安心しろ占いはちゃんとした占星術とデー」
「それよりこの二千六百きゅうじゅうさんまんイッセンというマン」
「おい、なんでだおい」
「ええ、慈善ではありませんので」
「客と店の関係に慈善も何もないだろ。地味に憐れんでんじゃねェぞ」
「ええ」
「ったく、なんだその古そうな──おっ?」
白ジャージがいつの間にやら持っていた黒いシンプルな表紙。伸ばされた手の先のそれを確認──やる気のなさそうなヤンキー女店員は表情を変えずおもむろに高い背を見上げ、古びた本ごしの握手。
「てかはなせ」
「話しています」
「話そう、査定だ」
「ブックモっフでしか売りません」
「んなところで売るな。ジュースも飲めないだろ、飲みたいだろ」
「ええ、ふふ」