第140死 事務局長と若い新入職員
▽風呂場▽
湯けむりよりも緊張感が漂っている。
知り合ったばかりの男女2人が、狭い風呂場にて──
身体にタオルを巻いた狗雨雷叢雲が風呂桶に座る全裸の青年の髪を洗い上げていく。
どうしてこうなったのだろうか……予期せぬ訪問後のシチュエーションに、
末っ子の彼としては、なんとも言えない……姉に髪を洗ってもらっているようなそんな心地良さがやさしくアタマとココロに泡泡と、ざーざーと、伝っていく。
流れおちていき────
「狩野千晶、あなたはなかなか男性にしては艶のある髪をしていますね」
艶のある……思ってもいないお褒めの一言をもらってしまった。
鏡から見える背後の女性が彼の襟足毛先をやさしく撫でながら確認するような手つきで。
「えっと俺普通に洗ってドライヤーしてるだけですけど……」
「……」
何かを間違えてしまったのか……あたたかいシャワーの止まった浴室の沈黙が静寂を成す。
鏡に映る黒髪ロングのストレート、その重力に真っ直ぐに垂れ下がるものを見つけて青年はおそるおそる口を開いた。
「クウラさんの髪の方がすごい艶々でですごい……と思います。……えっと……なんかえっと、大和撫子って感じの」
「……」
またも何かを間違えてしまったのかと……彼女は黙りこくり襟足をただただ撫でながら──
「あえ!?」
「ェ!?」
──ざっくりと髪を切られていた。
濡れまとまった黒をシャワーで流し落としていく。
少し男性にしては伸びていた襟足の癖っ毛が……無い。
緑の唇をした狗雨雷がいる、何らかのスキルを行使したということなのだろう。
いきなりの出来事に驚き唖然としてしまった青年──やがてシャワーの音は止み。
「これからはDODOの一員としてそのダラけた心を入れ替えてください。狩野千晶、現実とは甘いエンターテインメントばかりではないですよ」
DODOのトップは微笑ってはいない、至ってクール。だけどDODOの一員として、その言葉は青年の胸を打った。心の奥までドキドキと──
「えっと……ハイ!!!!」
浴室に響き渡る声量、今日1番の音量で。自然とニヤりと白い歯をみせていた、曇りゆく鏡越しのやり取り。
「……なんですかその返事は」
「え!? 俺ドッツのしょ」
「もう少し切りましょうか、先程のように応用で指先にノセたスキル【パフェキス(緑)】の実験です。狩野千晶」
「イヤちょっええッ!?」
DODOの事務局長と若い新入職員。先ずはトップ自ら、新入職員になった彼のダラけた毛先をチョキチョキと────人差しと中指に軽く緑のキスをして、曇る鏡に映った彼女は少しだけ微笑ったのかもしれない。