第129死 波綿岩死、忍びの心
「ふぅ……なんか落ち着く……」
「あの、痛いんだけど……」
「いつもの抱き枕がないんだから仕方ないでしょ──ふあぁ────」
「……わたし抱かれまくら? ……忍ぶ、私は甲賀流ニンジャ……あつ……」
甲賀流ダイダラボッチを抱き枕に、ふわもこ感触にだきつきながら玉藻前お嬢様は眠りへと────
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【4日目】
午前9時12分。
朝食は3種のどら焼きセットと熱いお茶。たっぷり餡子味、たっぷり生クリーム味、たっぷり甲賀流カレー味。
カフェ【ひとしのび】の個室、畳の上でいただいていく。落ち着いた空間で女忍者とモーニングを、寝起きの栄子は少しぼさついた黒髪をととのえつつ。
「今日はあなたの修行にご一緒させてくださいあやかさん」
「え? なぜ……私の修行なんて栄子さんに必要ないと思うけど。見習いだしレベルが違いすぎて……」
「知りたいのです、忍びの心を」
「しのびのこころ……?」
平坦なトーンで、そう言い放った。
忍びを見つめてどら焼きを食らう。イマイチなカレー味をあじわい熱いおいしいお茶でゆっくりと流し込んでいく。
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手裏剣の花畑とマキビシの野、穴の開いた古いお寺。どこかで見たことのある境内に足を踏み入れた2人は──
「え、なにこれ……」
「ふ、アートでは?」
謎のアートを横断しながらガタつく戸を開け、古びた寺の中へと入っていく。
昨日の一夜から幾度も刃を交えたイケてるおじ様忍者に勧められた事がある。
忍びの心。
『お前のような大きな赤子は、まずは知れどれだけ見て見ぬ振りをし未熟だったのかを。俺のたどり着いた忍びの心、俺の弟子に手でも繋いでもらってな、ははははまた殺しに来るぜ少しは人ヲ殺せるイイ女になっていることだ──』
栄子が甲賀流忍者見習いあやかから教わる忍びの心とは。
【波綿岩死】。師匠から弟子へ受け継がれたその心を栄子は学ばせてもらえるようだ。
まず瞑想。という途方もないものではなく、手と手を繋ぎ合い共有しソレを実際に経験することにより悟りを1段階すっ飛ばす事には成功した。
波に浮かぶ綿、沈みゆく岩の心。
お手本のような美しいそのみずいろの心のビジョンを────
「えと、なんていえばいいかな。無? ではないけど私は海にはなれないから最初は池になる、できれば庭になる、みたいな?」
「なるほど、ええ、わかりました、ひじょうに」
ふたたび手を握り合う。
今度は栄子の心のビジョンを共有していく。
軋む古い木板の上で胡座を組み、両手を互い互いに絡めて合わせ目を閉じ、向き合う────
「────やはり私は池にはなれないようです、身長でしょうか?」
「ひろいうみ……身長、かも……」
ガタがたりっ。重く引っかかり開く音が鳴る。
空間に射し込む光量が増し──
「あんたたちなにやってるのそれ……」
「エイコ、何か意味ありげだな?」
「あれつけていたのですか?」
「暇だったからな」
「ここって忍者以外何もないのよ、いい加減飽き飽き後輩のノッポを尾けるぐらいしか娯楽がないから」
「で、なにやってんのこれ」
「「波綿岩死」」
「ってナニよ!!」
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「なによこれ荒れ荒れじゃない!?」
「べらぼぅに荒れに荒れたエイコといったかんじだな……やはりこの日本で私と同じで底知れない女だ、はははは」
「これはすごい荒れすぎ……綿というより難破船、かな」
「うぅ、気持ち悪くなってきた……栄子もうソレやめなさい!!」
「ええ、なるほどそういうことでしたか、ふふ、このかんか」
「いい加減そのわかったフリをするなァァァ」
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古い寺の中がレッスン場、木の格子窓からやわらかな陽が射し込む神聖なる雰囲気での波綿岩心の修行。
途中加入したメンバーもあわせて、問題点や実力を可視化するため筋の良い順に甲賀流忍者見習いあやかに点数を無理矢理つけてもらった。
①七月 75点
②月無 69点
③栄子 11点
「栄子まじで才能ないんじゃない。って地味に容赦ないわね」
「エイコは普段から見ているとすこし不器用なところがあるからな、この結果。受け入れるしかないぞエイコ、フフ」
「そうですね。ここまで差があるとひじょうに、ええ」
「え?」
「なにあやかを襲おうとしてんのよ」
「ハグで慰めてもらおうと」
「いい歳した大人がそんなのしないの!! そんな荒れ荒れな心でいつもクールなフリをしてた反省だけしてなさい」
ハグをしようと伸ばした手は手首をぐいと掴まれ、いたらなかった。更にせんぱいからきついお言葉ももらってしまい。これにはパパッと言い返す言葉も浮かばなかったようだ。
「それにしても波綿岩死とはすごいな、べらぼぅに私のなかの感覚がひろがっていく」
「正直なめてたわ、ここにきて本物の忍者にやっと会えたってかんじ」
「え、わたしは見習いなんだけど」
「なわけないでしょ!! 抱き枕がなぞに落ち着いた理由がわかったわ」
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胡座を組み、4人で向かい合い手を繋ぎ合う。できた中央から空間に広がる。
大荒れの海に、4人を乗せた舟は砕けて、身は沈む、待っていた悪魔の触腕を、斬り刻み、添いおよぐ人魚の甘言を無視して、ふたたび光を目指し浮かび上がるのは────
「ものになったか」
「はい、わかりました」
「波に浮かぶ綿と底に沈む岩の心というものが」
「フ、役者として次のステップに行けたなエイコ」
「ええ」
「どこが綿と岩よ。4人がかりでやっとって、ほんと才能ないんだからっ。あぁしんど」
「才能? 私は主役ですよ?」
「はぁはいはい」
「エイコ自信の塊というのもべらぼぅに考えものだな、テレビで虚勢を張りないモノを見せているだけの一部の女優や俳優を見てみろ」
「ふふ、私にはありますんで。カリスマというものでしょうか?」
「それをないっていうのよ、ほんと私に比べたら才能ないのよ栄子もっと努力よ努力あんた、足りてない」
「しっちーに同意だな。私を超えるにはカリスマだけでは足りないぞエイコ」
「すこし……先輩方は、なぜそんなに?」
「「点数」」
「……ふふ、きょうのお昼はナニにしましょうか」
ひとだんらく。時刻はいつの間にやら正午過ぎ、寺内での雑談、説教はつづいている。
波綿岩死、忍びの心。栄子の見せた心のビジョンは荒れに荒れていた、ソレを共有した仲間とともに乗り越えていく死にものぐるいに見せる白い歯、エンターテイんメントの始終のようであった。