第114死 堺からアマ
尼崎アスレチックパークを後にした。遊び尽くした、遊び疲れた、彼女のこの後の予定はやはり、銭湯。
運動にバトル、ホットな身体を地獄のアイスでクールダウンして爽やかな気持ち、白ジャージにそっと吹く夜風を浴びる彼女は目的地をめざして尼崎市内を歩いていく。
妖しいムラサキのライトアップ。
気になったそれになんとなく引き寄せられたのは、心の余裕からだろうか。
自由人栄子は立ち止まり──その聳え立つ紫城を眺めていく。
再建されたのは50年以上前、それからずっと維持されつづけているこの尼崎城。浅い歴史も深まっていき、今、栄子の瞳のカメラに映っている。
私丘梨栄枯が死のダンジョンから帰って来て3日目。好きな事かは分からない……まだ探し続けているのでしょうか? なんにしても今の栄子はべらぼぅな余裕があるようです、あの日を境にこれまでとは全く違った……こういう人生を再スタートし送っている、ええ、こういう人生を──────
「なに時代劇?」
「ナイフ持ってない?」
「クナイ?」
「忍者?」
「背高ッ!」
「忍べてなくね」
「えやばっ!?」
「キレッキレ」
「てかナニが起こって……」
「はたらけわたしの動体視力!」
おかしな催しが始まっている、と──集まってきた少数の観客の見守る中、紫の城をバックに背の高い白とフードを被った黒が対峙している。
「なんでしょうか? 今日の稽古はつい先程終わったんですが」
「……そんなにただよわせてさぁ」
「おばみんちゃんを誘ってるんでしょおおおお」
発狂しながら元気に走り向かってきた相手に対して、構えた黒い果物ナイフがいなしかわし、虚空を斬る8度目の銀閃を受け止めた。銀のナイフがギリギリと合わさり、珍妙な生物を象ったフードの中で歯を食いしばり笑う少女が栄子の視界に映り。
「何故ッ赤の他人を殺そうとしているのでしょう」
「だって死なないんでしょうおおおおあはははは」
黒フードの少女を黒いナイフは大きく弾き返した──体勢を立て直して懲りずに、今度は二刀を逆手に握りしめ、再び栄子に纏わりついて来た。
剣技というよりは殴りつけるような攻撃、まともなものではないが身軽で速い、速すぎる攻防を制したのは──
ひじょうに鬱陶しい謎の少女に対して、一閃。
地に叩きつけるように放った黒い一閃に慌てて重ねた銀の双刀はぶつかり、耳を貫く高い金属音とともにキラキラと砕けた。
栄子のパワーをその身に受け吹き飛ばされた。激しい戦闘で黒いフードは下がり、露わになった黒髪。
「ありゃ、おじゃんだ?」
「このままつづけられると困ります、ええ、ひじょうに」
「なんでなんでぇ、こんなに楽しい予感しかしないのに」
「楽しいのは初対面のあなたで、私はこれ以上汗をかきたくはないんです、はっきり言って今日はもうお腹いっぱいですので、タイミングが悪すぎて呆れます、ええ!」
「あははははタイミングは、タイミングはさぁ……丘梨栄枯! 今ってね! ってねええええ!」
威力を失ってしまった得物を見せつけるように、ぐーぱー、と前にした両手を開き柄を捨て去った。
と同時にニッと歯を見せ、加速。白ジャージの元へと素手で突貫。
「止まらないのですか!」
「トマレないのぉおおおお」
狂い殴りかかってきた相手に対しては、長い手足で対抗。訳の分からない相手をナイフでぶった斬る訳にもいかず──生じた隙に宙を浮いた黒服、そこから伸びた健脚、黒いスニーカーが栄枯の利き腕ごと薙ぎ払っていった。
炸裂した空中──水平蹴り。半月を描くような鮮やかな蹴りが長身を彼方へと運んでいった。
何かにぶつかり轟音が鳴り響く、ギャラリーはどよめく。パフォーマンスにしてはド派手過ぎた目の前で起こっている訳の分からない出来事に。
「アレ? 斬らない? おかざり栄枯? あはははまだまだ受け取れるよねええ丘梨栄枯! せっかくの堺からアマなんだからァァァ」
城の足元、石垣を砕きぶつかった長身。謎の少女からもらった蹴りでその体格からは想像出来るはずもない予想外のパワーにやられて強く身を打ってしまった。
ガラガラと崩れる石垣、砂埃が舞い散っていく。真っ白なジャージは汚されてしまい、ズバズバと突き刺さってくる紫の殺気のレーザー、視界の先にはまたあの狂った少女が迫ってきていた。
なにも彼女は殴られて喜ぶような善人というわけではない。ヤラれた分の痛みは身体に伝わり眉間をよせ顔を顰める。
「ええ、せっかくの意味が分かりませんそれほど遠くもないです! 幻闘シミュレーターポイントリアル展開」
今の私には余裕がある。リミッターの狂った人間の相手は、自分がしなければならないのだと──
紫にライトアップされた城下、妖しく微笑んだクールなお姉さんに肉薄した狂気の美少女、白ジャージの足元から展開し広がった緑グリッドの黒い風呂敷は包み込みように──一瞬にして彼女のセカイの中へと2人は呑まれていった。
スパホで撮影しているギャラリーも、ぞろぞろと増えてきた野次馬も、のこして。
時は止まりふたりだけのせかい。