アブラムシの蟲人
私達は、村でやる事も特にないし、話しかけようにも、完全に見た目が虫な人たちばかりなので、忌避感があった。そういう理由で、そうそうに村の外へ出る事にした。私も千佳も、計画的に物事を進めるような性格ではなかった。それに、ハクも急ぐ必要は無いと言っていたので、初めの調査は数日間で村に帰ってくるつもりだ。目的地は特にないので、村の南側へ向かったが、村の南側がちょっとした崖になっていて登る事ができず、結局西へ向かう事にした。
「お前ら、どこへ行くんだ?」
まだ村から出て、そんなに時間が経っていないというのに、もう第一蟲人に会った。見た目はアブラムシっぽい。しゃべらなかったら、速攻逃げていた。
「えっと、一応聞くけど蟲人だよね?」
「そうだが。お前たちも蟲人だろ? どっから来た?」
「この先にある村からだけど……」
そこまで言ってから「しまった」と思った。この蟲人が敵だった場合、敵に本拠地を教えたも同然だ。しかし、心配は杞憂に終わったようだ。
「俺は、丁度そこへ向かうところだ。本当かどうかは分からないが、自我を持った蟲人が集まる村があると風のうわさで聞いてな。……ところでお前ら、侵略者側じゃないだろうな?」
えっ、私たちの方が疑われるの? と千佳と顔を見合わせる。そして、ハクからタグを貰ったのを思い出した。私たちに、見た目や言葉で敵味方は分からないけれど、タグを見せる前に一応確認する。
「あなたこそ、侵略者側じゃないよね?」
「俺が侵略者に見えるだと! いい度胸だ、ちょっとこらしめてやろう」
「ええっ!」
アブラムシの蟲人は、いきなり好戦的な態度になった。私はまったく戦えないが、千佳は丁度いい腕試しだと前に出てくれる。千佳は元々、こんなに好戦的な性格じゃなかったはずなんだけど、蟲人になってからは変わったみたい。定位置があるわけではないけれど、千佳が一定の距離で止まると、アブラムシは口から液体を水玉で飛ばしてきた。
「俺の必殺技を食らいやがれ! 水球!」
「これが必殺技? 大して早く無いわね。よっと」
千佳はそれを難なく避ける。必殺技と言う割に、べしゃりと地面に弧を書いて落ちる。正直、小学生が投げたボールの方が、まだ速そうだ。千佳はお返しにと、空気を胸の前で集めはじめる。ただ、ハクの家の壁の様に、真っ二つにしたら困るので、空気の固まりだけのようだ。そこだけ、空気の密度が違うからか、なんとなく輪郭が見える。
「いくよっ、空塊」
千佳は、そのまんまのネーミングで、空気の固まりをアブラムシに飛ばす。アブラムシは、見た目通りに表面が柔らかいようで、あっさりと体が凹んで転がる。
「ぐぼっ。ま、参った! 降参だ! 他の蟲人に会ったのは初めてだから、ちょっと実力を見たかっただけなんだ」
アブラムシはあっさりと白旗を上げる。勝負を挑んできた割りに弱い。本気かどうかは分からないが、今はもう戦うような空気ではなくなっているので大丈夫だと思う。こちらには、全く被害が無かったけれど、いきなり攻撃されるのは腹が立つ。
「びっくりしたよ、もう」
「悪い悪い。やっと村に着いたと思ったら、気が緩んだ。許してくれ。ほら、魔法が使えると思ったら、試したくなるだろ?」
「それは分かるけど……それで、村に行きたいんだっけ?」
彼も元は人間だったのだと思うと、これ以上怒る気にもならず、タグを見せて村の正確な位置を教える。そして、お詫びと言う事で、みたことも無い果実を一つくれた。アブラムシは改めてお礼を言うと、村の方へ向かって歩いて行った。
それを見送り、せっかくなのでその果実を千佳と半分こにして食べてみる。お腹は減らないけれど、別に食べられなくなったわけじゃ無い……はずだ。それでも、好奇心からとりあえず口に入れる。
「あっ、洋ナシみたい」
「うん、おいしいね」
見た目はキュウリみたいだったのに……。これからは見た目で判断しないように、食べ物を探していかねば。私たちは、そのまま西の方へ向かって歩いていくことにした。