トルコ料理編
第九章 トルコ料理編
それから、一週間後の日曜日に、晴斗は小坂さんと一緒にトルコ料理を食べに行くことになった。
その日の正午に、二人はまた蒲田駅で待ち合わせをした。正午になり、小坂さんが駅の改札前にやって来た。それから、二人はお店まで歩いた。
駅から三分ほど歩いた所に、そのお店はあった。早速、店内に入り、すぐに席へと案内してもらう。
席に着いて、晴斗はメニューを開いた。どんな料理があるのだろうと思い、メニューを眺めた。
「ここのオススメは?」
早速、晴斗は小坂さんにそう訊いた。
「トルコと言えば、ケバブですね」
それから、彼女がそう言った。
ああ、ケバブか。ケバブなら晴斗も知っていた。
「パンにお肉とか野菜とかを挟んだやつだよね?」
「そうです。でも、実はそれ、ドネルケバブって言って、日本ではそのようにして食べるんですけど、トルコでは本来そのようにして食べないんですよ」
「え? そうなの?」
彼女のその説明に晴斗は驚いた。トルコで食べられるケバブはそのようにして食べるものだと思っていたからだ。
「はい。トルコだと、チキンにピラフを添えて食べるんです」
それから、彼女がそう言った。
「へー。そうなんだ。知らなかった」
「ですよね」
「うん。その本来のケバブを食べてみたいな」
晴斗がそう言うと、「ぜひ、食べてみて下さい」と、彼女が笑顔で言った。
それから、晴斗たちはチキンケバブのセットを二つとグリーンサラダ。それと、エフェスというトルコのビールを二つ頼んだ。
「ケバブ楽しみです」
晴斗がそう言うと、「おいしいですよ」と、小坂さんが言って、微笑んだ。
「そう言えば、この前話していた世界三大料理の話があったよね?」
それから、晴斗が口を開く。
「はい」
「中国料理、フランス料理はなんとなく世界の料理と言って分かるけど、どうしてトルコ料理がそれなんだろう?」
晴斗がそう言うと、「私も同じことを思っていました」と、小坂さんが言った。「それで、その後調べてみたんです」
「お、それで、どうして?」
晴斗がそう訊くと、彼女が説明し始めた。
トルコ料理は周辺国であるアラブ、ギリシャ、それから、東ヨーロッパの食文化を広く取り入れた料理であるのだという。トルコは十四世紀から二十世紀初頭まで、長らく地中海一帯に勢力をふるっていたオスマントルコ帝国の時代に、各国の料理を取り入れられてトルコ料理となり、それらが逆輸出され、オスマントルコの範図を超えて、ポピュラーになっていったらしい。
「日本にも、ロールキャベツとかピーマンの肉詰めってあるじゃないですか? そういった料理って実はトルコがルーツなんですよ」
彼女がそう言った。
「へー、意外!」
「ですよね?」
「うん。でも確かにそう言われると、トルコ料理が世界三大料理って言われるのもなんだか腑に落ちる気がする」
晴斗がそう言うと、「ですね」と、小坂さんが相槌を打った。
それから、しばらくして、トルコビールのエフィスとグリーンサラダ、それから、チキンケバブセットが届いた。
「乾杯!」
二人は早速、エフィスで乾杯をした。晴斗はそれをごくりと飲む。そのビールは美味かった。エフィスはあっさりしていて、飲みやすかった。
チキンケバブのセットは、チキンとピラフの乗ったお皿に、スープと、ゴマが付いたパンが二つあった。
「これがチキンケバブだね」
「そうです」
「このパンは?」
チキンとライスのケバブなのにパンが付いてきていたことが気になり、晴斗は彼女にそう訊いてみた。
「ああ、このパンは『エキュメック』と呼ばれるパンです。このパンはこっちの『チョルパ』って言うスープに付けて食べるんです」
彼女は丁寧にそれを教えてくれた。
「なるほど。ちなみに、このスープは?」
このスープが何かも聞いてみる。
すると、「赤レンズ豆のスープですね」と、彼女が答えた。
赤レンズマメが何か晴斗は分からなかったが、そんな豆があるのだなと晴斗は納得した。
「冷めないうちにいただきましょう」
それから、彼女がそう言った。すぐに晴斗はチキンケバブから食べ始めた。
そのチキンケバブを一口食べると、マヨネーズの味が広がった。どうやらマヨソースがかかっているようだった。そのチキンケバブの味はとても美味しかった。
それから今度、その横のピラフを食べてみる。食べると不思議な食感に襲われた。それはお米ではないようだった。
それが気になり、晴斗は彼女に「このピラフは?」と訊くと、それはシェリフというお米のパスタだと彼女が言った。
シェリフと言うそのお米のパスタは、バターの風味がして美味しかった。
その後、晴斗はその横にあるマッシュポテトのようなものを口に入れた。
「それは、ひよこ豆をペースト状にしたフムスです」
彼女がそう言った。ひよこ豆と聞いて、どこかで聞いたことあるなと晴斗は思った。
そのフムスはなめらかな食感とひよこ豆の味わいがとても絶妙に感じられた。
それから、晴斗はエキュメックというパンを一口大にちぎり、チョルパという赤レンズ豆のスープに浸して食べた。
食べると、そのスープは酸味が効いていて少し酸っぱい味だったが、そのパンとは良く合っていた。
その後も、晴斗たちはエフィスにグリーンサラダ、チキンケバブにエキュメックとチョルパを堪能していた。
「あの、小坂さん」
ふと、晴斗が口を開いた。
「はい?」と、彼女が訊いた。
「そう言えば、前から思っていたんですけど、小坂さんって、料理のことメチャクチャ詳しいよね? どうしてそんなに知っているの?」
晴斗はそう訊いた。晴斗は前々からそれが気になっていた。
「あー、それは……。私、料理が好きで」と、彼女が言った。
「色々と知っているんですごいなぁって思っていて」
晴斗がそう言うと、「実は私……。」と、彼女がおもむろに口を開いた。
「料理人になりたいと思っているんです」
それから、彼女がそう言った。
「料理人!?」
「はい。私、料理人になって、自分でお店をやってみたいなと思っていて。それで、今の会社を辞めようと思っているんです」
「そうなんだ。それは意外……。ってか、小坂さんって調理師免許とか持っているの?」
晴斗がそう訊くと、「いえ。それが持っていないんです」と彼女が言った。
「そっか。じゃあ、これから調理の専門学校とか通うの?」
「一度、調理の勉強をするのに、フランスに留学しようと思っています」
彼女がそう言った。
「留学!?」
晴斗はその言葉に驚いた。「フランスに? それはどうして?」
「そうです。フランス料理が勉強したくてそこへ行くんです。そこで、調理師免許を取得するつもりです」
そう彼女が言った。
「なるほど」
「山崎さんは、夢ってありますか?」
それから今度、小坂さんが晴斗にそう訊いた。
「夢か……。」
小坂さんにそう訊かれて、晴斗は自分の夢について考える。しかし、晴斗は自分の夢に着いて全く考えていなかった。
「僕、将来、こうなりたいみたいな夢ってないですね」
晴斗がそう言うと、「そうなんですね」と、彼女は残念そうに言った。
「じゃあ、さっきの話だけど、小坂さんは日本に帰ってから、自分のフランス料理のお店をオープンするつもり?」
晴斗がそう言うと、「そうです」と、彼女が言った。
「大変そうだけど、でも素敵な夢だね」
晴斗がそう言うと、「そう思ってくれます?」と、彼女がにやりと笑って言った。
「うん。そう思うよ」
「山崎さんがそう言ってくれて嬉しいです」
彼女はそう言って、笑顔を見せた。
それから、晴斗はもう一つ気になることがあり、彼女に訊いてみることにした。
「フランスに留学するのは、いつ頃なの?」
晴斗がそう訊くと、「一か月後です」と、彼女が言った。
「一か月後!?」
晴斗はこれまた彼女の言葉にビックリした。一か月後に、彼女はフランスへ行ってしまうのだと言う。
それから、晴斗はこの食べ歩きのことを思い出した。晴斗が小坂さんと一緒に居られるのも、後一か月しかないと言うことになる。晴斗は急に不安になった。
せっかく彼女と仲良くなったのに、同じ食べ歩きの趣味を晴斗はまだ彼女と一緒に続けられると思っていたのに、それもあと一か月しかないという。
「食べ歩きの趣味はどうするの?」
それから、晴斗は思っていたことを聞いた。彼女は「ええーっと」と口を開いたが、すぐに黙ってしまった。
もしかしたら、これが最後になるのかもしれない。晴斗がそう思っていると、しばらくして彼女が口を開いた。
「留学するまで、私は続けるつもりですよ」
彼女がそう言った。
彼女が留学するまでは、それを続けられる。晴斗はそれを聞いて、ホッとした。
「分かった」と、晴斗は言った。
会計を済ませて、外に出た後、晴斗たちは駅まで歩いた。
「次は、どの国を食べようか?」
歩きながら、晴斗が小坂さんにそう訊いた。
「うーん。そうですね。あ、今度は山崎さんが決めていいですよ」
それから、彼女がそう言った。
いつも小坂さんに決めてもらってばかりいた。次は自分が決める。晴斗はたまにはそれもいいだろうと思った。
それから、「分かった。考えておくよ」と、晴斗は言った。