スペイン料理編
第六章 スペイン料理
翌週の日曜日、午前十一時に晴斗は小坂さんとスペイン料理を食べることになり、渋谷で待ち合わせていた。
十二時になる十分前に、晴斗はハチ公の前に着いた。日曜日ということもあり、渋谷はたくさんの人で賑わっていた。
十二時になり、彼女から「到着しました」とメールが来た。晴斗はそのメールを見て、辺りを見回した。けれど、彼女の姿がどこにも見当たらなかった。晴斗は彼女に電話をしてみることにした。
『もしもし?』
しばらくして、彼女が電話に出た。
「もしもし? 小坂さん、今どちらにいますか?」
晴斗が電話越しにそう訊くと、『今、ハチ公の前にいますよ』と、彼女が言った。『山崎さんは?』
「僕ももうそこにいますよ」
晴斗はそう言った後、すぐそばに電話をしている一人の女性を見つけた。間違いなく小坂さんだった。
「あ、いた」
晴斗が彼女を見つけてそう言うと、彼女もどうやら晴斗の姿に気づいたようで、彼女はすぐに電話を切った。それからすぐに、彼女はこちらにやって来た。
「山崎さん、こんにちは」
彼女が挨拶をする。
「どうも」と、晴斗も彼女に挨拶をした。
「また会えて嬉しいです」
「そうですね」
「山崎さん、お腹空いていますか?」
それから、彼女がそう訊いた。
「はい。お腹ペコペコです」
晴斗がそう言うと、「よかったです。早速行きましょう」と、彼女が言った。
「はい。お願いします」
それからすぐに、晴斗たちはスペイン料理が食べられるそのお店へ向かった。
小坂さんが駅ビルの方へ行くので、晴斗はその後を追った。
そのお店は、その駅ビルの三階にあった。日曜日ということもあり、店内は少し混雑していた。待っているお客さんもいたが、少し待てば入れるようだったので、二人はしばらく待つことにした。
それから、少ししてから晴斗たちは店員に名前を呼ばれ、席へと案内された。
メニューを見ると、パエリアは二種類あることが分かった。一つは「エスタリパ」というパエリアで、もう一つは「イカスミ」というものである。どちらもエビやムール貝などの新鮮な海の幸がごろごろと乗っていて、美味しそうに見えた。
その二つのパエリアの違いは、スープとお米のようである。
「エスタリパは、魚介スープと『マルカ』っていう魚の肝とニンニクで作ったオリジナルスープに国産のバレンシア米を使っているみたいなんです」
小坂さんがそれを説明してくれた。
「へー」
「もう一つのイカスミは、その名前通りで、イカ墨のスープと酸味のあるアリオリソースというものを混ぜていて、お米じゃなくて『フィデウア』っていう細いショートパスタを使っているそうなんです」
「ふーん、そうなんですね」
晴斗は二つのパエリアの写真を見て、どちらも美味しそうだなと思った。
どっちにしようか晴斗が迷っていると、彼女が「最初は無難な『エスクリパ』がいいですよ」と言ってくれたので、晴斗はそれを食べることにした。
その後、「エアバッグ・イベリコハム」という料理もお勧めです、と彼女が言ったので、それも注文することにした。
「何か飲みます?」
晴斗がドリンクメニューを見ながら、小坂さんに訊いた。それから晴斗はすぐにそのメニューの「サングリア」という文字に目が留まった。
「サングリアって、ここでも飲めるんですね」
晴斗がそう言うと、「ああ、そうですよ」と、彼女が言った。「サングリアはスペインのカタルーニャ地方のお酒なんですよ」
「え、そうなんだ! それは知らなかった」
「はい」
「あー、だからここで飲めるんですね」
晴斗が納得してそう言うと、「はい」と言って、それから、「一緒に飲みます?」と、彼女が訊いた。
彼女にそう言われ、「ぜひ」と、晴斗は答えた。
それから、晴斗たちは店員を呼び、エスクリパとエアバッグ・イベリコハム、そして、サングリアをグラスで二つ頼んだ。
しばらくして、サングリアが届いたので、二人で乾杯する。
早速、晴斗はサングリアを一口飲んだ。飲むと、それはミントが香り、爽やかな味わいであった。
「いいですね」
晴斗がそう言うと、彼女も一口飲み、「うん、おいしい」と言った。
それから、五分ほどして、今回の目当てであるエスクリパというパエリアとエアバッグ・イベリコハムがやって来た。
「おお、うまそう!」
晴斗はやって来たパエリアを見て、感嘆する。
「そうですね。早速、食べましょ!」
彼女も嬉しそうにそう言って小皿を取り、パエリアを取り分けた。
「どうぞ」
彼女は取り分けたパエリアのお皿を一つ晴斗に渡した。
「すみません。ありがとうございます」
その後、彼女は自分の分をもう一つの小皿によそった。
「じゃあ、いただきます」
晴斗はそう言って、エスクリパを一口食べた。彼女も「いただきます」と手を合わせて、そのパエリアを一口食べた。
「うん、うまい!」
そのパエリアを一口食べて、その味に晴斗は驚いた。そのパエリアはとてもおいしかった。
「美味しいですよね」
彼女はそう言って、笑顔を見せた。
そのパエリアは、にんにくの香りと魚介スープに染みこんだそのお米が絶妙にマッチしていて、とてもおいしいのである。
それから今度、晴斗は取り分けてもらったエビとムール貝を食べた。エビもムール貝も美味かった。
それから、晴斗はサングリアを飲み干して、もう一杯注文した。
「こっちも食べてみて下さい」
小坂さんがエアバッグ・イベリコハムを指して言ったので、今度はそれを食べてみることにした。
エアバッグ・イベリコハムはクッションのようなパンの上に、イベリコハムが乗っているという料理だった。
早速、晴斗はパンの上のイベリコハムを口に入れる。そのハムは噛むと、ハムの上品な味わいが口に広がった。うまいと晴斗は思った。
今度はそのパンを一口大にちぎり、頬張る。パンは外側が少しサクサクしており、中はフワフワしていた。その食感が楽しいなと晴斗は思った。
「どうですか?」
その後、小坂さんにそう訊かれた。
「パンもハムも普通に美味いです」
「他のハムとかパンに比べて、やっぱり違いますよね?」
「全然違いますね。それに、このパンとハムはお酒にも合いますよね?」
「合いますね」
晴斗は再びそのパンとイベリコハムを食べた。その後、サングリアで追いかけてみる。うん。これは合う。
その後も、晴斗たちはそのパエリアとそのイベリコハムのパンを食べていた。
「ふー、お腹いっぱい」
それらを平らげると、晴斗はお腹いっぱいになった。
「私もです」と、小坂さんも言った。
それから、「デザート食べます?」と、彼女が訊いた。
「もうお腹いっぱいなんじゃないの?」
晴斗がそう訊くと、「デザートは別腹って言うじゃないですか」と、彼女はにやりと笑って言った。
「まあ、そういいますけど……。」
「山崎さんに食べてもらいたいものがあるんです」
それから、彼女がそう言った。
「食べてもらいたい物?」
晴斗がそう訊くと、「バスクチーズケーキです」と、彼女が言った。「知ってます?」
バスクチーズケーキを晴斗は知っていた。
「それって、あの前にコンビニとかで売ってたチーズケーキですか?」
以前、コンビニで売られていたチーズケーキだ。そのバスクチーズケーキはSNSなどにあげられ、拡散されて、売り切れ続出になった幻のチーズケーキであったことを晴斗は思い出した。
「そうです! あ、食べたことありますか?」
「いや、食べたことないです」
晴斗が買おうとした時には、そのチーズケーキは売り切れだったため、晴斗はそれを買えず、気が付けばその商品が終了し、コンビニから見なくなり、結局食べられなかったのだった。
「じゃあ、せっかくですから、今食べましょ!」
小坂さんはそう言って、晴斗にそれを食べるのを勧めた。
「じゃあ、食べます」
晴斗はそれが食べられるのなら、食べてみようと思い、そう言った。
それから、晴斗たちはバスクチーズケーキを二つ注文した。
「そう言えば、バスクチーズケーキも、スペインの料理なんですね。いや、お菓子か」
「そうみたいです。スペインのバスク地方ってご存知ですか?」
「聞いたことはあります。そこのチーズケーキってことですか?」
「はい。まあ、そんな感じです」
彼女はそう言って、笑った。
それから、バスクチーズケーキが届いた。そのケーキはおいしそうだった。
早速、「いただきます」と、晴斗は言って、そのケーキを一口ぱくついた。
「うまっ!」
思わずそう言って、晴斗は笑顔になる。
彼女も一口それを食べて、顔を綻ばせる。
「美味しいですね」
「うん」
バスクチーズケーキは、香ばしいほろ苦さと濃厚なチーズの味が絶妙なチーズケーキであった。晴斗はそのケーキが食べられて、幸せを感じていた。
「そう言えば、コンビニで売られてた時の謳い文句って何でしたっけ?」
ふと、晴斗が小坂さんにそう訊いた。
彼女はうーんと唸っていたが、しばらくしてそれを思い出したようで口を開いた。
「ベイクドでもレアでもない、じゃなかったでしたっけ?」
「ああ、そうだ。それだ!」
晴斗もそれを思い出す。「ベイクドでもレアでもないって、確かに本当ですね」
晴斗がもう一口食べながらそう言うと、「確かにそうかも」と彼女は言って、微笑んだ。
その夜、自宅で晴斗がテレビを観ていると、あるものに目が留まった。
それはバスクチーズケーキだ。
その番組では、ちょうどバスクチーズケーキを紹介していた。東京の白金高輪に「バスクチーズケーキ」の専門店があるのだという。
晴斗はその映像を観て、改めて美味しそうだなと思った。ちょうどその日のお昼に、小坂さんと一緒にバスクチーズケーキを食べたばかりだった。
晴斗はまたそれが食べたくなった。
そうだ。今度、そこへ行ってみようと晴斗は思った。
一人で行ってもいいだろう。そう考えたが、その後すぐに小坂さんの顔が思い浮かんだ。彼女を誘っていくのはどうだろうか。それもアリだろうと晴斗は思い、テーブルの上に置いてある携帯を取った。小坂さんにメールをしようと思ったからだ。
すぐに携帯を開くと、そこにメールが来ていたことに晴斗は気が付いた。何だろうと思い見てみると、それは小坂さんからだった。
早速、晴斗はそのメールを読んだ。
「次、どこに行きましょうか?」
メールを読んだ後、晴斗は考える。次はどこへ行こう。まだ食べていない国はたくさんある。
それから今度、晴斗は次にどこの国を食べようかを考えた。