霧の海の戦い
海水と腐臭の合わさった臭いが鼻をつく、霧の中にムツコはいた。ギャンベゾンの綿が重くなり、ショースは塩気を含み湿って着心地が悪かった。
「完全にはぐれちゃったね」
「ボクの初陣なのに、なんか臭くてジメジメしててっ!残念な気分だよ・・」
「何しろ『船の墓場』ですからねぇ。我々ワーフィッシュだって近付きたくないですよ?」
ムツコはユーゴ、ミリット、それから魚系亜人種族『ワーフィッシュ』の男と一緒にいた。
ムツコの装備はこれまでと変わらないが、ユーゴの右手には先日ムツコ達が緑海草原で手に入れた『斬魂剣』が握られていた。
穢れは解かれ再錬成されて霊刀としての力をすっかり取り戻していた。
ミリットは知恵の塔で着ている灰色のローブの上に、氷の属性の『冬将軍のケープ』を羽織り、頭には護りの力を持つ『青水晶のサークレット』を身に付けていた。
両手には短い杖を持っており、右手には『剣のワンド』、左手には『盾のワンド』を装備していた。
ワーフィッシュ族の男は珊瑚や貝殻でできたような鎧兜を着込み、ベルトの鞘に短剣を差し、両手に鉤爪を装備していた。
一行は朽ちたような船の甲板の上だった。ただの船ではない。無数の難破船が海上で密集して、一つの小島のようになった場所だった。
「う~ん、今どこにいるか全然わかんない。・・ミリット、水晶玉で見てみてよ」
「またぁ?」
ムツコに促され、ミリットはうんざり顔で、2本の杖を腰の鞘に戻し、代わりに宙に小さく出した魔方陣から取り出した水晶玉を持つと、魔力を込めて覗きだした。
「ムムム・・」
顔をしかめ、水晶玉に投影される不確かな映像を解析しようと試みるミリット。他の3人も覗き込むが、何が映っているのか? さっぱりであった。
「・・この負の霧の阻害が酷いよ。海の方は見えない。全体もぼんやりしてるけど・・うん、この空間の中枢はわかる。たぶんここに親玉がいる」
「『キャプテン・ザンモン』ですかっ?! 我々だけでゆくのですかっ?」
腰が引けてるワーフィッシュの男。
「元々ソイツを倒しに来たんだし、『黄金羅針盤』てのを回収しなきゃなんだよね?」
平然としているユーゴ。金色の髪の髪質は普段ふわふわしている為、湿ってしまってペッタリとしており、整髪料を塗り過ぎたようになっていた。
「いや、我々は復活した『ザンモン海賊団』を撃退できればそれで・・」
「どっちにしろだよ? ツヨコ達にはヂーミンが付いてるからなんとかしてくれるでしょ?」
「ムツコはあの水の勇者の人の評価が高いよね? オレは初めてなんだけど、そんなに優秀なの? オレ、ああいう自己評価が低そうな人って、話してて疲れる感じがするよ」
「自信満々で、格好つけマンで、本人がいないと結構口悪い元子役より評価してるよぉ?」
「元子役は関係無いよね?」
「ちょっと静かにっ!」
ミリットが鋭く言って、水晶玉を確認し、顔を上げて前方の一角を指差した。
「あっちから結構強い個体が来るっ! 手下を30体くらい連れてる。中枢の力に変化は無いから首魁じゃないと思うっ」
「きっと幹部ですよっ?!」
「ヂーミンの水の蛇で削り切れなかったヤツらか・・」
「親玉を目指せばどうせかち合うし、親玉と共闘されるより各個撃破した方が効率いいんじゃない? 逆に奇襲しちゃおうよ?」
「どうする? ムツコ」
「一旦逃げます?」
「ヤッちゃおうよ?」
「・・最初の攻撃で手下達を減らせるだけ減らそう。ウラシマさんはミリットをカバーしてほしい。ミリットはとにかくガンガン削って!」
「わかったぞっ!」
「わかりました。戦うんですね・・」
やる気に満ちたミリットと、ガックリとしたウラシマと呼ばれたワーフィッシュの温度差はそれなりであった。
「オレは?」
「幹部っぽいのを一先ず引き受けて。私はそれ以外を先に全部片すっ」
「了解。前より勇ましくなったんじゃない? ムツコ」
「私、勇者っ!」
霧の中、ムツコ達は先んじて探知した、ザンモン海賊団の手の者達に先制攻撃を画策した。
・・ザンモン海賊団の幹部『デドー』は魚鱗を持つ人間の大男の左腕が石鯛型の怪魚となった姿をしていた。右手には『海魔戦斧』が握られていた。
難破船の小島を悠然と、時折突撃してくる水の蛇の生き残りを海魔戦斧で打ち砕きながら、デドー自身と同じように水の魔物と一体化した手下達30体あまりを引き連れて進んでいたが、不意に歩みを止めた。
「ケヒッ! 気配が消えやがった。気付かれたか・・野郎どもっ! 勇者は好戦的だっ、逃げやしねぇっ、奇襲に備えろっ!!」
デドーは号令を掛け、手下達は武器を構え、守りを固めた。
「・・・」
気配を探るデドー。
「っ!」
探知したデドーは、その剛力で海魔戦斧を難破船の朽ちかけた船室の一角に投げ付けた。
粉砕された船室の背後にはウラシマとミリットがいたが、ウラシマが籠手も付いた両手鉤爪でこれを弾く。
ガギィイインッッッ!!!!
鉤爪も砕かれたがなんとか弾いたウラシマ。すかさずミリットは軽やかにその場で一回転して冬将軍のケープをはためかせ、ウラシマを巻き込むのを避け、吹雪を巻き起こした。
「凍り付けっ!!」
吹雪はデドーとその手下達を襲った。デドーは怯み、前衛の手下達は凍り付き、砕け散った。
「っ?!」
吹雪に紛れ、バルタンメイルの翼をはためかせてユーゴが高速で飛来し、斬魂剣と強欲のヤタガンの二刀流で怪魚の左腕を切断した。
空中で反転してユーゴは素早くウワバミの腕輪を介して斬魂剣と嵐のカトラスを取り替え、強欲のヤタガンで増幅させて嵐のカトラスの竜巻でデドーを包み込んで釘付けにした。
「大人しくしててねっ!」
ユーゴの竜巻に巻かれてしまう為、一旦、ミリットが吹雪を切ると、後方の船の残骸の陰から姿を出したムツコが竜巻の烈風の中、凍傷を負いながらも生き残っている手下達に突進した。
「わぁあああっ!!!」
最初の1人にマグマの盾を打ち付け、溶岩を噴出させて一気に半数の手下達を吹き飛ばすムツコ。
「シャアァッ!!」
「死ねぇっ!!」
襲い掛かってきた残りの手下達に対し、ムツコは甲板に逆手に持ったグラスレイピアを突き刺し、魔力で満たした甲板からガラスの槍を数十本噴出させて串刺しにして全滅させた。
「ユーゴっ! ミリットっ!」
「わかってるっ!」
「冷たいぞっ?!」
ユーゴは竜巻を細く絞って圧を高め、ミリットは吹雪を竜巻に放ち、『吹雪の竜巻』に変えた。
「ギギギギィッッ!!!!」
凍り付き、削られてゆくデドーだったが、
「っん?!」
「えっ?!」
「なんですっ?」
デドーは突如巨大怪魚に変化し、吹雪の竜巻を打ち破った。しかし、
「なんかすると思ったっ!」
ムツコは生成していた滋養になる琥珀を元に甲板から真っ赤な巨大花を発生させ、その花粉を巨大怪魚化して宙に浮くデドーの頭部に放った。
花粉は爆裂し、デドーの頭部を激しく炎上させた。
「熱ぃいぃーーッッッ?!!」
頭部を燃され苦しむデドーの眼前に、斬魂剣のみを上段で構えたユーゴが飛び込み、3連撃でその燃える頭部を分割し、打ち倒した。
「ふぅ・・凄いね、その花」
「でしょ? 得意技なんだ」
真っ赤な巨大花は力を使い果たし、既に枯れようとしていた。
「ムツコっ! ユーゴっ! これ、使えそうだっ」
ウラシマと一緒に、船の瓦礫を越え身軽に駆けてきたミリットが、ウラシマが抱えた海魔戦斧を剣のワンドで差した。
「拾ったんだ。ふーん・・ちょっと浄化したら、つよ子が使えるかも?」
「あの娘、なんで斧ばっかり振り回すの?」
「ユーゴっ、言い方っ!」
ともかく、ムツコ達はザンモン海賊団幹部、デドー達を退け、ついでに海魔戦斧も手に入れた。
腐臭のする海に発生した渦潮に、ツヨコ達は呑み込まれようとしていた。
「早くなんとかしろーっ?!」
「ギャースッ!!!」
「暴れないで下さいっ!『泡』が割れてしまいますっ」
「ヂーミンっ! 水は得意だろっ? なんとかならないかっ?!」
「今、考えてたところだけど・・」
ツヨコ、ヂーミン、ソイヤ、ヨイサ、人魚族の女は、人魚族の女が造りだした泡に包まれ、渦潮に沈み吸い込まれないように抗っていた。
人魚族は下半身が魚の尾のように、耳は鰭のようになった水棲の亜人種で、整った容姿をしていた。
褐色の肌をしたこの人魚はウラシマと同じく珊瑚や貝殻でできたような軽量の鎧兜を身に付け、大きな真珠の付いた両手持ちの杖を持ち、小振りの短剣も腰のベルトに差していた。
「ザハハハッ!! 勇者どもっ! 腐った海で擂り潰してやるよっ?!」
渦潮を起こしていたのは双手に棍棒を持った。海蠍《海蠍》の下半身を持つ女の海賊幹部『ヤマブキ』であった。
「・・リーダン、泡の一部にだけ穴を開けて僕が外に出れるようにできるかな?」
「ううっ、一瞬ならっ! できますっ。勇者様っ!」
リーダンと呼ばれた人魚は冷や汗をかきながらも、真珠の杖を構え直した。
「1人で? 大丈夫かよ、ヂーミン?」
「大丈夫。何パターンかシュミレーションしたから」
「ヂーミン早くやれっ」
「俺達を助けろっ」
「ふふっ、わかったよ。勇者だからね」
「いきますよっ?!」
杖に魔力を込めだすリーダン。
「どうぞっ」
左手に星影の槍を、右手に海皇の槍を構え、足元に小さく『雲』を発生させて乗るヂーミン。
リーダンはヤスリのような渦潮の表面で泡をキープしながら、表面に穴を開けた。
「ん?」
ヤマブキが怪訝な顔をした瞬間、雲に乗ったヂーミンは泡の外に飛び出し、星影の槍から熱線を放った。
「ギャッ?!」
右目を焼かれて怯むヤマブキ、ヂーミンは雲で突進しながら右手の海皇の槍を水の龍に変化させてヤマブキにけし掛けた。
「おのれっ!!」
水の龍に胴に喰い付かれ、海面から霧の空中へと打ち上げられるヤマブキ。
雲を駆るヂーミンが追い付くと、海蠍の尾で迎撃に掛かるヤマブキ。
「フゥッ!!!」
鋭く息を吐き、星影の槍で突き払って海蠍の尾を砕いて焼くヂーミン。
「痛ぇなっっ、この野郎っ!!!」
空中で、左の棍棒を振るって水の龍を打ち払い、右の棍棒をヂーミンに投げ付けるヤマブキ。
ヂーミンは雲を旋回させるようにして回避し、避けた瞬間、ミスリルショートソードを投げ、ヤマブキの左肩に突き刺した。
棍棒を取り落とすヤマブキ。
「ぐっ?!」
怯み、ヤマブキが気付いた時には頭上で雲に乗ったヂーミンが星影の槍を振り上げていた。
「イェアッッ!!!」
気合いと共に星影の槍を一閃し、ヂーミンはヤマブキを両断して焼き払い、打ち倒した。
「・・初手が入って助かった」
ヂーミンは大きく息を吐き、水の龍にミスリルショートソードを回収させ、手元に引き寄せ、海皇の槍の形態に戻した。
「おーいっ!」
「よくやったぁっ!」
「戦勝の舞いっ!」
「素晴らしかったですっ! 勇者様っ!」
降下すると、霧の向こうから、渦潮が収まった海面で泡を半球状にしたムツコ達が手を振っているのが見えた。
「早く船の島に戻ろうっ! ムツコ達に遅れてるっ」
ヂーミンが呼び掛けると、
「ヂーミンっ、雲乗せてっ! 乗りたいっ」
「乗せろ乗せろっ」
「俺達を運べっ」
「私も、人魚ですが海上でまた魔物に襲われるのはちょっと・・」
「全員?? この雲、あんまり効率良くなくて・・」
ヂーミンが困惑しつつ、ザンモン海賊幹部ヤマブキを撃破し、ツヨコ一行は腐った海の渦潮から脱したのだった。
・・船の墓場の中枢の船室で、海月と蝦蛄と一体化した大男が財宝と人骨で飾り立てた椅子に腰掛け、黄金に輝く羅針盤を眺めていた。
海賊団キャプテン、ザンモンであった。
と、手下が1人、船室に血相を変えて飛び込んできた。
「キャプテンっ! デドーの兄貴とヤマブキ姐さんが殺られやしたっ」
「・・勇者は水の蛇をまた使ったか?」
「え? いえっ! 水の龍に変化する槍は使っていやがったようですが、蛇を一斉に出したりはしてやせんっ」
「ふん・・やっぱ仕様に制限があるようだな。ま、無けりゃわざわざ前線に出張ってくる必要もねーか」
ザンモンは黄金羅針盤をしまい、立ち上がると、手下を押し退けて船外に出た。
「野郎どもっ!!! この腐った海にいる限りっ! 俺達ゃ何度死んでもその内生き返るっ!! 死を恐れるなっ!!! 勇者どもを削り殺してやれっ!!! 最後に勝つのは俺達だぁっ!!!!」
「オオオォォォーーーーッッッ!!!!」
ザンモンの雷鳴のような呼び掛けに、異形の海賊団員達は応えた。
物陰に隠れ、血眼になって探し回るザンモン海賊団員達の様子を伺うムツコ達。
「・・こっちだ。もう幹部のような気配を感じない。雑魚達の相手をしてもしょうがないぞ?」
水晶玉を覗きながらミリットが言った。
「賛成だね」
「なるべく安全に行きましょうっ」
「行こうっ、ミリット! ナビしてっ」
ムツコ達はミリットの案内で、ザンモンの手下達を避けながら、回り道をして船の墓場の中枢を目指し始めた。
「・・ムツコは地球に帰ったら何するの?」
「っ? 急に聞くね」
霧の中を飛ぶように走りながらユーゴが聞いてきた。
「普通に学生。語学とか色々やってみようかなって」
同じく地球に帰るはずのアビシェクのことが頭にあった。
「ふーん・・」
やや間が空いた。ミリットは水晶玉を見ることと走ることに専念し、ウラシマは3人のスピードに付いてゆくのがやっとで、大汗をかいていた。
ムツコは治癒の力でウラシマを軽く回復してやった。
「あ、すいませんっ」
「頑張って。・・あんたは帰れないんだよね?」
この流れで聞かないのも不自然に感じたムツコ。あるいはユーゴは話したいのかとも、
「うん。爆破テロに巻き込まれちゃってさぁ、戻せる限界まで時間を遡っても建物の倒壊で死ぬみたいなんだよ。最悪っ」
「その、テロリスト? 行動がわかっててもどうにもならない?」
「爆弾が壁の中に埋め込まれてるんだ。オレが『偶然手持ち削岩機と工具を持ってる』という改変を追加するのは無理だって。まぁ追加しても十数箇所埋められてるからどうせ間に合わないし・・」
「キツいね。・・他にも被害出たの?」
「みたいだよ。80人以上」
「うわぁ・・」
「『役柄』は勇者になったけど、元は別に正義の味方じゃないって、言っておくよ?」
ユーゴは前置きした。
「でも、オレの『報酬』を使って、爆弾をいくつか『不発だった』ことにして30人くらいは助けるつもりなんだ」
「全員は助けられないの?」
「『他対象』で『複数』で、『生死の改変』だから難しいって」
「そっか・・」
「オレが選別なんてとてもじゃないから、助かる人はランダムにしてもらうよ。ま、本当は『一番ウケた映画の出演シーンを増やす』とか願いたいんだけどさ。選択肢、無いじゃん?」
「だね。・・地球に帰ったらあんたの映画、観るよ」
「それは語弊がある」
「えー?」
「まだ仕事を選べてないし、フィクションとオレを混同してほしくないっ。むしろ勇者としてのオレの活躍を元に小説でも書いて発表してほしいねっ! そしてそれを映画化さっ! 華々しくねっ。地球での、オレの復活っ!!」
「何それ・・やっぱ面倒臭いわ、あんた」
ムツコ呆れて、感じた同情も引っ込んでしまった。
一方、ツヨコ達は・・
「キリが無いよっ?!」
ツヨコはヴァンプアクスとミスリルアクス二刀流で次々現れる海賊団員達と斬り結んでいた。
他の仲間達も交戦している。
「船の墓場の構造は水の蛇で把握済みだからっ」
ヂーミンは騎竜硬貨を投げ、騎龍を召喚し乗り込んだ。
察したツヨコもユニコーンコイン投げてユニコーンを召喚して乗り込み、ソイヤとヨイサもリーダンを2人掛かりで抱え上げて飛び退いた。
「ちょっと?! なんですかぁっ??」
抱えられた意図がわからず混乱するリーダン。
「先行するっ、待ち伏せされても速さで抜いてゆこうっ!」
「了解っ!!」
ツヨコ達はヂーミンを先頭に高速で走りだし、海賊団員達を突き放していった。
「わわわわっ?! ソイヤさんっ、ヨイサさんっ。なんでっ? 私も騎竜かユニコーンに乗せて下さいっ 」
「いや、リーダン、『彼氏』いるし・・」
「悪いね。僕の騎竜、『新鮮な魚介類』が好物なんだ」
「・・・了解です。お二人よろしくお願いします」
「合点承知っ!!」
「速達だぜっ!!」
ツヨコ達は『とんずら戦術』で船の墓場中枢に迫っていった。
先んじて船の中枢に迫ったムツコ達は、数百機並べ立てられた砲台と不気味に一体化した海賊団員達の一斉砲撃を受けていた。
これに対し、
「イヤッホーーーっ!!! この『シーン』引きが強いんじゃないかなっ?『興収』上がると思うっ!」
「『あんたの映画』の話はわかったからっ。集中してっ!!」
ユーゴは強欲のヤタガンで強化した嵐のカトラスとバルタンメイルの力を連動させて『風の神鳥』の力を纏い、ムツコ、ミリット、ウラシマを背に乗せて砲撃の雨の中を高速飛行していた。
ユーゴの周囲には風の宝珠『エアジェム』が4個浮いて付き従っており、ユーゴが砲撃を避け損なって被弾する度に、ユーゴの代わりに砕け散っていった。
「砲台を始末しておけば後から来るツヨコ達も楽だぞっ?!」
「なんでもいいなら早く着陸して下さいっ!! 自分は飛び魚種のワーフィッシュじゃありませんっっ」
「残りのエアジェムはサービスだっ!! ヤッホーっ!!!」
ユーゴは錐揉み回転しながら急降下を始めた。
「うわわわっ?!!」
「効果的な攻撃だぞ?」
「ヂーミンさんの方に行けばよかったぁああっ?!!」
エアジェムを消費しながら、風の神鳥の翼で全ての砲台一体化海賊団員を打ち砕き、神鳥の力を解いて着地し、ユーゴは仲間達を甲板にふわり、と降ろした。
「どう? 最近のCGならいけるよね?」
「ユーゴっ! 調子に乗り過ぎっ!!」
「効果的な攻撃だが、目が回ったぞ? うっぷっ」
「自分もです・・うっ」
ムツコが吐き気を催したミリットとウラシマ、自分も多少は治癒していていると、
「っ! 海から来るっ!!」
まだ手にしていた水晶玉の異変を察知していたミリットが警告し、一同が構え直した直後、海中から吸盤の付いた3本の巨大な触手がムツコ達を襲った。
咄嗟にユーゴが風を操って自分と仲間達を素早く運び、攻撃を回避した。
甲板は砂糖菓子のように簡単に砕かれた。そのままその場でうねる触手。
腐った海中から大蛸型の魔物『船呑み』が巨大な顔を出した。
ムツコ達が反撃に転じようとすると、今度は腐った海から甲板の奥側から銃撃があり、条件反射でムツコはマグマの盾で弾き自分を、ユーゴは双剣で弾き自分とミリットとウラシマを守った。
「ハハハハッッ!!! いい反応だなぁ? 勇者どもっ」
霧の向こうからザンモンがこれまでより手練れにみえる屈強な手下数十人を引き連れて現れた。右手がラッパ型銃と一体化している。
「キャプテン・ザンモンですっ!」
「ようやく親玉のお出ましだぞっ?」
「数、多いね・・」
「このシチュエーションっ! 盛れてるっっ」
ユーゴ以外は危機感を抱いていた。
「蛸っ! オメェはガキと魚を始末しろっ!!」
船呑みは無言でミリットとウラシマに対して攻撃を再開した。
ムツコ達がカバーに入ろうとするとすかさず、ザンモンが銃撃して牽制する。
「コイツっ!」
「そういうのは、盛れてないよっ?」
ユーゴがいち速くザンモンに突進すると、屈強な手下達が殺到し、ザンモンはムツコに絞って銃撃を始めた。
「テメェらはその風の勇者を削れっ! 死んで役立てっっ、片付いたら復活させてやるっ」
「最悪っ! 盛り下がる展開っっ」
手こずるユーゴ。
「雑な死生観しちゃってさっ」
結果的にユーゴからもミリット達からも引き離されるムツコ。
「先代の勇者どもにはしてやられたからよっ、新人に償ってもらうぜぇっ!」
銃撃しながら、両肩の後ろから蝦蛄の両腕を露出させるザンモン。
「っ? キモっ!」
ザンモンは蝦蛄の両腕を伸ばして超高速打撃を連打で放ち始めた。
「ウッソっ? 速過ぎっ!」
銃撃と連打攻撃に防戦一方になるムツコ。
「どうしたどうしたぁっ?! クソッタレな世界を救って下さるんだろう? 勇者様よぉっ?!」
「・・うるっさいっ!!」
避けながら、甲板を強く踏み、甲板から数百の蔓を生やして蝦蛄の両腕を絡め取るムツコ。
「ぬっ?!」
身体と繋がっている為、一時、動きを止められるザンモン。
「焼けろっ!!」
蝦蛄の両腕にマグマの盾を打ち付け、溶岩を噴出させて焼き焦がすムツコ。
ザンモンは舌打ちして蝦蛄の両腕を自ら切り離した。
「ちったぁやるじゃねーか? だが」
ザンモンは左手で黄金羅針盤を取り出した。
攻勢の構えを取るムツコ。
「刺されっ!」
ムツコはグラスレイピアでガラスの弾丸をザンモンに放った。だが、
「っ?!」
黄金羅針盤が怪しく輝き、ガラスの弾丸は軌道を変え、ザンモンの周囲を旋回し始めた。
「返すぜ?」
操ったガラスの弾丸をムツコに向かって放つザンモン。
「何それっ?!」
マグマの盾で身を守りながら飛び退くムツコ。
「黄金羅針盤、便利だろ?! 盗りに来たんだろ? だがよぉ」
ザンモンは全身から一気に負の魔力を噴出させた。
「海賊から物を『盗る』ってんならっ! それなりの覚悟っ、できてんだろうなぁっ?! 勇者様よぉっ!!!!」
ザンモンは右手と一体化した銃を乱射してきた。
ムツコは避けながら防ぎながら、数回、着弾点を工夫してガラスの弾丸を撃ち込んでみたが、全て黄金羅針盤に巻き取られ、撃ち返された。
「これっ、ゲームだったらコントローラー投げちゃうヤツだよっ?」
小声で愚痴り、どうにか打開策をと考えたが、ユーゴまだ手こずっており、ミリットとウラシマは船呑みが甲板にのし掛かるようにして大暴れしているのは見えているが、船呑みが大き過ぎてミリット達の様子がよく見えなかった。
一旦距離を取るか? 強引にユーゴの方に持っていって共闘するか? 考えが纏まらないでいたが、
バキィイイイーーーーンッッ!!!!
前触れ無く、船呑みが大質量の氷塊に頭を貫かれ、打ち砕かれた。
その先には海皇の槍を構えたヂーミンと冬将軍のケープをはためかせたミリットがいた。『水』で『氷』を倍加させた。
さらに背後には事前にユーゴに借りたミスリル刀を杖代わりにして、ウラシマがヘバっている。
「ヂーミンっ!!」
「こっちもいんぞっ?!」
「とりゃーっ!!」
「瓢箪力ぃっ!!」
ツヨコとソイヤとヨイサが屈強な海賊団員達に踊り掛かった。形勢を逆転させ、一気に海賊団員を殲滅した。
「一応ありがとう。でもまたちょっとカッコ悪い感じになったし・・」
不満顔のユーゴ。
「あ、すいません。私もいます」
入るタイミングを逸したリーダンも気まずそうに現れた。
「取り敢えず、ウラシマさんを回復しときますね」
やや離れていたが、真珠の杖を振るってウラシマに治癒魔法を掛けて回復させるリーダン。
「・・おうおう、派手に殺して回りやがって? 悪の魔物ならどれだけ殺しても罪は不問ってか?」
攻撃を一旦止め、不敵に嗤うザンモン。
「法治が通じないんだから、仕方無いんじゃないかな?」
ミリットとウラシマと共に駆け寄ってきたヂーミン。
「後は君だけ。降参したら?」
双剣を構えるユーゴ。
「ザンモン海賊団は船の墓場内では時間経過で復活しますっ! 速く仕止めないとっ」
「ここまで来たらやるだけですっ」
真珠の杖とミスリル刀を構えるリーダンとウラシマ。
「・・気を付けてっ。コイツ、攻撃をあの羅針盤で曲げて跳ね返してくる」
「多方向から押し切るしかなさそうかな? ミリットはウラシマとリーダンと組んで。ツヨコはヨイサと、ムツコはソイヤと、僕とユーゴは・・正面から行こうか?」
「オレはそのつもりだったけど?」
ヂーミンは肩を竦め、一同は素早く配置についた。
「作戦会議を目の前でするってのは感心しねぇな。・・甘いんじゃねーかぁああっ?!!」
ザンモンは銃と一体化した4本の腕を生やし、全ての銃で全方位攻撃を仕掛けてきた。
氷塊を放つミリット。ミスリル刀に水の力を溜めて斬撃を放つウラシマ。障壁の泡を次々発生して守りを固めるリーダン。
魔法石の欠片で回復してからガラスの弾丸を放つムツコ。両手をトゲ付きの籠手に変えてムツコの側でガードに専念するソイヤ。
鉄柱生成で牽制するツヨコ。ツヨコの側で両手を盾に変えてガードの構えを取るヨイサ。
ヂーミンとユーゴは正面で注意を引きつつ、回避し、銃撃を槍と剣で弾き、間合いを少しずつ詰める。
ザンモンは避け切れない攻撃は黄金羅針盤で巻き取ったが、波状攻撃に羅針盤の制御に専念できず、『跳ね返し』の狙いは甘くなっていた。
「お先っ!」
「っ!」
ユーゴはヂーミンと競うように前に出て、強欲のヤタガンで強化した嵐のカトラスの烈風の斬撃を打ち込んだ。
羅針盤で風を巻き取るのに手間取るザンモン。その隙をヂーミンは見のがさなかった。
「ィエイアッ!!!」
双手に星影の槍と海皇の槍を持ったヂーミンは気合いと共に一度に突き込み、黄金羅針盤に更に負荷を掛ける。
「ぐっ!」
5本中、2本の腕で、ゼロ距離でヂーミンとユーゴに銃撃しようとするザンモンだったが、ミリットがユーゴとヂーミンへの射線上に氷の盾を発生させて防いだ。
「っ!」
弾幕が弱まったことで、ツヨコとムツコが突進を始めた。
ツヨコへの攻撃はヨイサが盾で弾き、ムツコへの攻撃はソイヤが拳打で弾いた。
ザンモンは切り替え、2本の腕の銃をムツコとツヨコに向けた。
「どぉりゃああーーーっ!!!」
「わぁああぁーーーっ!!!」
ツヨコはヴァンプアクスとミスリルアクスの二刀流で、ムツコは盾を捨ててグラスレイピアの柄頭を左手を添えて、ザンモンに突き掛かった。
「ぐぅううっっ!!!」
黄金羅針盤の負荷が最大になり、羅針盤自体が弾けた。
「っ!!」
ザンモンは5本の腕を銃から蝦蛄の腕に瞬間的に変え、嵐のカトラス、海皇の槍、星影の槍、グラスレイピア、ヴァンプアクスの攻撃を受け、破壊を腕のみで抑えたが、ミスリルアクスは受けられず、左肩口に打ち込まれた。
衝撃で甲板が抜け船室内に全員が落下したが、中空で、ザンモンは海月の帯電する触手を全身から出し、周囲に激しく放電した。弾かれるミスリルアクス。
ツヨコとムツコへの放電はヨイサとソイヤが身代わりになったが、ツヨコとムツコ以外の者は激しく感電し、ユーゴとヂーミンは武器を弾かれて全員が落下した。
続こうとしたミリット達に向かって海月の分体を7体勢い良く射出して妨害するザンモン。
「・・っっ!」
ムツコは迷わなかった。即座に全魔力で『雷を吸う琥珀』を生成し、ザンモンに投げ付け、帯電を強制解除した。
「なっ?!」
ツヨコも迷わない。ヴァンプアクス1本でザンモンに踊り掛かる。
ザンモンは魚鱗を持つ、腕を2本生やし、1本でヴァンプアクスを受け切り、受けた腕を白骨化させられながらももう1本の腕でツヨコを殴り付け、ヴァンプアクスを手放させた。
「ガキがっ!」
鼻血を出して朦朧とするツヨコをさらなる強打で撲殺しようとするザンモン。が、
「つよ子っ!」
ムツコがミスリルダガーでザンモンの鳩尾を突いた。
「痒いんだよっ!!」
ザンモンは固めた拳の底でムツコの背を打ち、船室の床がひび割れる勢いで叩き付けた。
「げっふぅっっ」
嘔吐するムツコ。ミスリルダガーを指で詰まんで引き抜き棄てるザンモン。
「はぁはぁ・・僥倖だぜ、全く。テメェらが育つ前に始末できるんだからなぁっ・・っ!」
察知したザンモンは起き上がったユーゴが投げたミスリルスローイングナイフを残る腕で弾くが、よろめきながらもユーゴは斬魂剣で切り掛かる。
「風は雷に『耐性』有ったか。だがオイッ、勇者っ! 足に来てんじゃねーかっ?!」
「・・悪役の『出番』にも、『尺』があってね。そろそろだよ?」
ムツコは息も切れ切れ、残る魔力で蔓を1本伸ばし、ウワバミの腕輪から海魔戦斧を引っ張りだし、まだ立ったまま朦朧としているツヨコに差し出した。ツヨコは、
「・・・・・・・っ!」
海魔戦斧を受け取り、目を見開いて鼻血を拭った。
「つよ子はぁっ!」
飛び付くツヨコ。起き上がれぬままミスリルショートソードをザンモンの左腿に投げ付けて突き刺すヂーミン。
わずかに気を取られたザンモンの残る腕を斬魂剣で切断して転倒してゆくユーゴ。
ツヨコは顔を上げたザンモンに海魔戦斧を振り降ろし、両断した。
「強い子だぁっ、この野郎っ!」
膝を突くツヨコ。両断されたザンモンはヴァンプアクスと斬魂剣の効果に耐えられなくなり、瞬く間に風化していった。
「皆っ! 無事・・じゃないぞっ?」
甲板に空いた穴から、分体を片付けたらしいミリットがウラシマとリーダンと共に顔を出して仰天した。
小一時間後、船の墓場から、人魚とワーフィッシュの魔法使い達が、知恵の塔、力の塔、勇気の塔から貸し出された秘宝を使って船の墓場を浄化している光の柱が立ち上がっていた。
負の霧が、晴れてゆく。
それを見詰めながら、一通り回復処置の済んだムツコとツヨコ達は大海亀の背に建てられた家のバルコニーにいた。
後処理がある、リーダンとウラシマとは既に船の墓場で別れていた。
「前からちょっとは思ってたけど、人型の達人タイプの魔物の首魁って、ガチで殺しに来るよね?」
バルタンメイルを脱いで上半身はギャンベゾンだけになっているユーゴ。少しやつれた様子だった。
「同じ身体能力で同じ武器なら、まぁ勝てないよ」
同じくギャンベゾンだけになっているヂーミン。元は病弱だった彼は、この拭い難い疲労を少し懐かしく感じている自分に少し呆れていた。
「私達、ホントに『魔王』なんて勝てるのかな?」
ムツコもツヨコも鎧は脱いでいた。
普段やかましい、ソイヤとヨイサはバルコニーの隅に座って黙って光の柱を見ていたが、ソイヤの持つハンカチの中には拾い集められた黄金羅針盤の部品が揃っていた。
毛布を掛けられたミリットはヨイサにもたれて眠っていた。
「・・やるしかねぇよ。むつ子は地球に帰るんだろ?」
「うん・・やっぱり、生き返りたいよ」
光の柱から吹いてくるような海風に吹かれながら、ムツコはそう呟き、また同時に自分は既に死んでいるんだな、とも了解した。