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双子勇者  作者: 大石次郎
8/23

善きグスタフ

グスタフ王は『星影ほしかげの槍』に最大の魔力と生命力を込め、女の魔神の腹に打ち込んだ。魔神の豊満な胸が揺さぶられる。

熱く溢れる光の力が魔神の内部で炸裂した。


「アアアァァァーーーーッッ!!!!!」


絶叫する魔神。


「魔神よっ、お前達の『王』は既に滅びたっ!! 闇に還れっ!」


魔神の身体は徐々に灰でできた岩のようになり砕け始めたが、魔神はグスタフ王の頬にその穢れた両手を添えた。

消えかけた闇がグスタフ王に纏わり付き、縛る。


「くっ?!」


「小さく、勇敢な・・愛しい人」


グスタフ王は人間の子供のように小柄なフェザーフット族であった。


「勇者ではないお前が、私を滅ぼすことを許そう。ただし」


魔神は嗤った。


「私はお前の眩しい『正義』を持ってゆこう。代わりにお前には・・」


星影の槍がより深く貫くことに構わず、魔神はグスタフ王に口元以外は多数の目玉を持つ漆黒の仮面を被った顔を寄せた。


「私の魂を与えよう」


「やめろっ!・・やめろぉおおーーーーっ!!!!」


魔神は兜を失い、出血する傷のあったグスタフ王の額に口付けをした。

死と闇の祝福の魔方陣が発生する。崩れ去り始める魔神。そして、



・・・ムツコとツヨコは魔除けのポンチョをはためかせ、それぞれ額に角の生えた馬の幻獣げんじゅう一角獣ユニコーン』の背に乗って延々と草に覆われた大地が続く緑海草原を風のように駆けていた。

2人がアマラディアに来てから2週間余り過ぎていたが、これまでの殆んどクエストは『全力ダッシュ』で移動していた。

地球出身の2人にしてみれば、客観的に考えると『何かスポーツでも始めない限り普通の人生3回分は走った』ようなものだったが、今回は平野の地形ながら移動距離が桁違いだったのと、既に2人の走力が十分鍛えられたと認められ、ムゲンからユニコーンの使用が許されていた。


「爽快だねっ! 祓い所とか奪還する時も強いし、賢いし、回復してくれるしっ。ユニコーン最高っ!!」


「高2になっても彼氏できなくて逆によかったな? むつ子っ! コイツらしょ


「あーっ!! つよ子っっ、そこは改めて言わなくていいよっ?!」


「それな~」


むつ子が若干動揺しつつ、ユニコーンを駆る2人は、ルート上の祓い所と転送門を解放しながら目的地『ムージ国跡』を目指していった。



ムージ国跡の朽ち掛けた見張り塔の天辺にヂーミンとアビシェクはいた。

ヂーミンは肩に掛かる程の長さの濡れたような黒髪を草原から来る草の匂いの強い風に流しながら、海皇の槍を手に手摺壁に凭れて煙の上がる広大な廃墟の街の中心部を物憂げに見詰めていた。

火の大鎌ハボリムを抱えたアビシェクは兜は被らず、岩のような筋骨の身体で胡座をかいて固そうな林檎を齧っていた。


「アビシェクは地球に帰るつもりなのかい?」


「ああ。正直こっちの方が楽だが、帰れるのに帰らないってのもなんだろ?」


「かもね」


2人は軽く笑みを交わした。


「ヂーミンはこっちに残ってどうするつもりだ? どっかで国でも造るか? ここの王様みたいによっ」


「勘弁してほしい。勇者の力も返還するようだし、どこかで・・パン屋でも始めようかな?」


「よせよせっ! お前みたいなヤツはあんまり毎日大勢の人間を構うもんじゃない。水の綺麗な所で大人しく隠居してろ」


「今日、初対面だよね? 随分だなぁ、君」


と言いながらもヂーミンは細い目をさらに細め、機嫌の好い顔をしていた。と、ヂーミンは気配に気付き、草原の方を振り返った。

ムツコとツヨコの騎影きえいが見えた。


「来た来たっ。もう見えてるかな?」


ヂーミンが手を振ると、2人もユニコーンの上から右手を振ってきた。

アビシェクも林檎の芯も食べてしまってから立ち上がり、手摺壁の方にのそりと歩み寄った。

ツヨコはさらに大きく手を振ってきたが、ムツコは手を振るのを止め、じっと挑むようにアビシェクを睨んできた。


「ムツコのヤツ、なんだ?」


「可愛いじゃないか? 僕らみたいなのばかり勇者に選ばないのは、賢者達の賢明だと思うよ」


「あんまり自分を下に見るもんじゃないぜ? ヂーミン」


「・・そりゃどうも」


水と火の勇者達がそんなことを話す内に、ムツコとツヨコはムージ国跡へ到着した。


「すげーっ! ここも映画のセットみたいだっ!! お金掛かってるヤツっ」


「もう滅びて随分経つんでしょ?」


2人も見張り塔に登って来ていた。


「チャッホーの話じゃこのムージ国が滅びて150年くらい経つそうだよ? 当初は酷かったんだろうけど、今は『地下迷宮』以外は片付いてたね」


ヂーミンの言う通り、ムージ国跡にはいくつも魔除けの石柱が建てられていた。外部から並みの魔物が入り込む余地は無さそうであった。


「迷宮の入り口までは俺達が片付けといた。殆んど死霊の類いだったな」


「うわーっ、アンデッド苦手だっ。あたしっ!」


「え? そうだっけ? 私、ホラー得意だけど??」


「お前はなっ!」


高校生になる頃、本人格の睦代の趣味はかなり中学時代と変わっており、ムツコはそちらがベースの人格である。


「とにかく、入り口の鍵を管理しているフェザーフット族の郷へゆこう。チャッホーが先乗りしてくれてる」


「お前らの『案内人』はやたら積極的だよな?」


「えー? どうなんだ??」


「私達はあの瓢箪達しか知らないから・・」


2人は他の勇者の案内人とはまだ顔を合わせたことがなかった。



その数分後には4人は4騎の騎影となって緑海草原を走っていた。

ヂーミンとアビシェクは騎竜きりゅうと呼ばれる、馬とそう変わらない大きさの翼を持たない乗用竜に乗っていた。


「・・・」


ムツコは何気なく、といった様子で乗っているユニコーンをアビシェクの騎竜に近付け、光る琥珀を差し出した。


「ん?」


「『魔除けの琥珀』を生成しといた。素材にして、自分の塔に帰ったら鎧とか兜の強化をしたらいいよ」


「おお、悪いな」


「別に。勇者はチーム制だから」


「それっ! むつ子が鼻血が出るまでメチャクチャ気合い入れて造ったヤツだぜっ?!」


面白がるツヨコ。


「つよ子っ?!」


「いいなぁ。僕にもくれないの? ムツコ」


乗ってきたヂーミン。


「いやっ、ヂーミンっ! 今度っ! 今度一緒の時に造ってくるからっ」


「忘れられてたんだね、僕は・・」


「むつ子はそういう女なんだよ、ヂーミン」


「ちょっとっ! 2人ともっっ」


やや赤面しながらも冷や汗をかかされるムツコ。


「ムツコっ!」


「何よっ?! なんだよっ?! 声、大きいんだよっ、あんたっ!」


話し掛けてきたアビシェクにヤケクソ気味に噛み付くムツコ。


「今回のクエスト終わったら俺の秩序の塔に来いよ? なんか美味い飯を食わせてやるぞ? 礼だっ!」


「・・・」


固まるムツコ。


「お?」


「へぇ」


面白がるツヨコとヂーミン。


「行かなーいっ!!! 甘く見ないことだよっ?! 私をねっ!!」


真っ赤になったムツコはユニコーンを進め、ツヨコのユニコーンとヂーミンの騎竜の間に入れてその位置をキープして走り始めた。


「なんだぁっ? ムツコぉっっ。飯だぞっ?! 飯っ!」


ほんとに『美味い飯』を食べさせるつもりのアビシェク。


「・・ぷぷっ」


「・・ふふっ」


ツヨコとヂーミンは笑いを堪えて手綱を操るのにかなり苦労するハメになった。



数時間後、ルート上の祓い所と転送門を解放しながら、4人はムージ国跡中心部にある地下迷宮の入り口の鍵を求め、緑海草原北部のフェザーフット族の郷へ来た。


っさぁっ!」


「可愛い~っっ」


草葺き屋根の平屋が連なる郷は全てが小ぢんまりとした造りだった。

住人のフェザーフット族は成人であっても、皆、小柄である。

住人の服装はどことなく地球のモンゴル民族風ではあったが、彼らは遊牧民ではなく定住民であった。

成人の男は腰の鞘に小型の鉈を差しており、女も小振りのナイフを差していた。

フェザーフット族達は勇者『4人』の訪問に、少なからず困惑している様子だった。


「ムージ国の生き残りの子孫、か・・」


「あれだけの規模の都市を造れた者達の末裔のワリには小さく纏まっちまってるが、それなりの暮らしはできてるようだなぁ」


「お~いっ!!」


郷の奥からチャッホーが、フェザーフット族が扱う驢馬の一種『緑海馬りょくかいば』に乗って、同じく緑海馬に乗った数名のやや身なりを整えたフェザーフット族と共に現れた。


「チャッホーだ」


「小っさい馬乗ってるっ」


本人達には絶対に言わないが、ムツコとツヨコはミスリルワーヒョウタンの3人を可愛いく感じているところもあった。


「ちゃっほっ。揃ってるな? 話はついてるっ! 族長待ってんぞぉっ」


4人はチャッホーについてゆき、族長の待つ郷が集会所として使っている大きな草葺き屋に向かった。


「鍵はここに・・」


フェザーフット族の族長は身なりを整えた者の1人を促し、馬の装飾がされた緑色の金属の鍵を差し出された。

4人は一瞬誰が受け取るか戸惑う気配を見せたが、ツヨコがヒョイっと鍵を摘まみ上げた。

ツヨコは『緑海の鍵』を手に入れた。


「はい、鍵ゲット~っ」


「つよ子っ、ちゃんとしてっ」


垂れ目気味の目を三角にして注意するムツコ。


「・・あたしらに任せてっ! 族長っ。なんだっけ? グスタフ王? 悪霊になっちゃった人、ちゃんと倒してくるからねっ」


族長は小さく溜め息を吐いた。


「『グスタフ・ディラ・ムージ』。先代の勇者様の旅の仲間にして、魔王討伐後にこの緑海草原から魔王軍残党を駆逐し、我らを導き、ムージ国を建国した偉大な王です」


部屋にはグスタフ王の肖像画が飾られていた。


「最後は魔物の呪いを受け自ら国を滅ぼしてしまいましたが、我らの中では未だ、あの方は『善きグスタフ』のままです。どうか我らの王の呪いを解き、せめて安らかな眠りを・・」


族長は神妙な顔をして言ったが、ここでヂーミンが前に進み出た。


「勿論、勇者として使命は果たします。しかし、フェザーフット族からも兵を出してもらえませんか? 事前に幾度も打診したはずですが?」


ムツコとツヨコはやや気まずい顔をしたが、ヂーミンは至って冷静な顔をしていた。


「我らは、ムージ国の滅亡から生き残って以来、静かに暮らしています。なんとか郷の自衛は行っていますが、それ以上のことは・・」


「我々が各地に派遣されているのは、魔物退治や貴重な霊器れいきの類いの回収だけでなく、やがて訪れる魔王軍との戦いに備え地上の人々の結束を高める為ですよ? 族長」


ヂーミンは族長の見据えて言い切った。


「それは・・心得ています」


族長は弱りきった顔をしていた。周囲のフェザーフット族達にも動揺が広まる。


「今回は致し方ありませんが、これは」


ヂーミンはウワバミの腕輪から十数冊の魔法書を取り出し、チャッホーに渡した。

チャッホーは蔓の腕を伸ばして族長の側に控えるフェザーフット族の内、体格の良い者に渡した。


「『力の塔』から持ってきた中級者向けの魔法書です。フェザーフット族と相性の良さそうな属性の物を選んできました。適正のある者達を選び学ばせて下さい」


「・・わかりました。探させましょう」


やや重くなった空気の中、アビシェクが咳払いをしてウワバミの腕輪から不恰好な『芋』を1つ取り出した。


「これは秩序の塔からだっ。滋養のある土に植えて水を撒くと瞬く間に増えるらしい。足しにはなるだろう。ま、無理ない程度によ?」


アビシェクは族長に直接、芋を手渡した。


「ありがとうございます」


少しは安堵した様子の族長。


「私達もっ!」


「あるぜっ?」


ムツコは『癒しの琥珀』をツヨコはミスリル(こう)を一抱え、ウワバミの腕輪から取り出した。


「この癒し琥珀で回復薬をたくさん造れるはずです」


「ミスリル鋼だ! 鉄に混ぜたら強い武器や防具が造れるみたいだぜ?!」


「何から何まで・・」


族長は上に向けた右の拳の甲に左の掌を添えて頭を下げるフェザーフット式の礼をし、周囲のフェザーフット族もそれに続いた。



5人はフェザーフット族の郷から出ると、チャッホー以外はそれぞれウワバミ腕輪からコインを取り出した。

ヂーミンとアビシェクは『騎竜硬貨』、ムツコとツヨコは『ユニコーンコイン』であった。

コインは指で弾かれ、地に落ちると光と共に騎竜とユニコーンが現れた。

4人はそれらに慣れた手付きで乗り、チャッホーは一回り大きな体躯たいくのアビシェクの騎竜の後ろに乗せてもらった。

そうして出発しようという段で、アビシェクが口を開いた。


「ヂーミン、損な役回りさせて悪かったなぁ」


「僕くらいが適任だよ」


ヂーミンは苦笑した。


「でも正直、クエストごとに現地の人達の温度差あるよね?」


「全く協力してくんないパターンもあるもんなっ!」


「ちゃっほっ! 勇者あるあるだぜぇっ?」


「あるあるなのかよ・・」


ムツコとツヨコはクエスト先の郷等を訪ねたら石を投げられるようなこともあった。


「僕ら自身がどこまで現実感を持ってるか? そこもまず怪しいしね・・」


「喚ばれた勇者なんて、毎回そうなんだろ? 俺達なりにやってくしかねーよ」


「あんた、まともなこと言うじゃん?」


「まあなっ、ハッハッハッ!」


「よ~し、気合い入れ直して、なんか運悪そうな王様? 悪霊? 退治しに行こうぜっ?!」


「ちゃっほーっ!!」


今度こそ5人は、一番近い解放済みの転送門に向けて出発していった。

その後、事前に調整しておいたムージ国跡内の転送門と繋いでテレポートした5人は既に煙も消えていた地下迷宮へと下り、入り口の前まで来た。


「じゃ、あたし、開けちゃうよ?」


一度、緑海の鍵で普通に迷宮の入り口の扉の鍵を開けようとしたが、全員の視線を感じ、振り返って軽く舌を出してウィンクして額にピースにした指を当てるツヨコ。


「ふふっ、何?」


「ツヨコ?」


「コラッ!」


「つよ子、ちゃんとしなっ。確かに中学の時、友達相手にそんなおちょけ方してたけどっ! 今さら端から見せられる私のこと考えてっ!!」


赤面して縮み上がりそうなムツコ。ヂーミンとアビシェクは2人は双子と思っていて、同一人物の分離体ぶんりたいとは知らないので、ムツコの言い様に少し不思議そうな顔をした。


「はいはい、ごめんて」


ツヨコは緑海の鍵を使った。扉は緑色の光を放って封印が解かれ、迷宮への道が開かれた。


「お~、自動ドア~」


「カビ臭っ」


「中も陰火燈いんかとうは点いてんな」


「グスタフ、結局倒すことになったなぁ・・」


「次は僕か」


ヂーミンはウワバミの腕輪から蛇の紋様の壺と、『魔法石の結晶』を1つ取り出した。


「手に入れるの大変だったけど、この『水蛇すいじゃの壺』は使えるよ?」


「へぇ?」


「どんな感じなの?」


ヂーミンは水蛇の壺を床に置き、魔法石の結晶を両手で持って構えた。


「行っておいでっ!」


魔法石の結晶を対価に、水蛇の壺を発動させるヂーミン。

その名の通り、壺から無数の水の蛇が噴出し、迷宮の中へと雪崩れ込んでいった。


「カッコイイじゃんっ!」


「凄いっ!」


「いいなコレ」


「勇者が自分で使うのはちょっと珍しいんだぜぇ?」


水の蛇は壺から出尽くした。


「・・ふぅっ、後は行ける所までルートを通してもらおう。チャッホー、マップをもう1度見せてほしい」


「いいぞぉ~。ま、昔と違ってるかもしれないけどなぁ」


チャッホーは液体金属のような身体から古びたマップを取り出し、ヂーミンに渡した。


「じゃあ、待ってる間なんか食べようぜ?」


「そうね」


「ミリットの弁当を今、食べちゃおっか? 全員分作ってくれたしっ!」


5人はその場で食事を取ることにした。ミリット特製の弁当の中身は・・


唐揚げ、ビーフミートボール、鱒の塩焼き、マスタードチーズオムレツ、蒸し野菜のマリネ、ポテトサラダ、紫蘇塩しそじおまぶしのライスボール、蜂蜜シナモンクランベリーパイ、笹茶


であった。ムツコの要望で薄いアルコール水を使ったおしぼりも用意されている。


「ふぁ~っ、パラダイスじゃ~んっ!」


「アビシェク、ビーフ大丈夫?」


「俺は『俺教おれきょう』に改宗したっ! 喰うぞっ」


「ならいいけど」


「米と茶は嬉しいね。笹か・・」


「ふぉおお~っ! ちゃっほーっ!!」


「チャッホー、全員で分けんだかんなっ?!」


5人は美味しく完食した。


「・・フロアは全、7階。5階まではほぼマップ通りだね。水の蛇達は6階までルートを通してくれた。最短でいけば距離的には大した物じゃない」


「よしっ、行くかっ!」


「つよ子は強い子っ!」


「チャッホーっ!」


「皆、勢いだけで突っ込まないようにね?」


一行は善きグスタフの封じられた、地下迷宮へと入っていった。



・・グスタフ王は夢を見ていた。悪夢である。魔人と化した自分が、同じく魔と化した家臣を率いて自ら興した国を滅ぼしてゆく。


止せ、止せ止せ止せ止せっ!!!


いくら叫んでも止まらない殺戮。呪われた星影の槍はその光で愛すべき国民を焼き払っていった。


あああ、あああああ・・・ッッ!!!!


血涙を流して苦しみ自決を願ったがそれも叶わず、沸き上がる悪意の衝動に任せ、全てを蹂躙していった。

やがて、全てを破壊し尽くした頃、懐かしい気配を感じた。


「勇者ヨ、来タカ」


この世界に残った、既に歳老いた勇者と、かつての仲間達だった。


全てが手遅れだった・・


仲間達は、間違えることなく、この魔人を打ち倒した。


「友よ、今の私ではお前の呪いを解くことは叶わない。だが、やがて非情の摂理に従い、新たな勇者がこの地に現れる。その者達ならば、きっと・・」


勇者は落涙していた。この正しき、静かに余生を終えるべき人を哀しませた。それが何よりの、グスタフ王の無念であった。



地下7階には骨を組み合わせた歪な巨兵『フェザーフットボーンゴーレム』と死霊の融合体『フェザーフットレギオン』等が巣くっていた。


「オオォォォーーーーッッ!!!!」


アビシェクはハボリムを振り抜いて爆炎を巻き起こし、魔物の群れを焼き払った。

すかさずムツコが熱と炎をマグマの盾で吸い込み、ヂーミンが大量の水を放ち、ムツコが滋養になる琥珀を砕いて粒子を巻いた上で『陰火でも物凄く光合成する苔』を発生させて増殖させて狭い迷宮内での空気環境をリカバーした。


「私の仕事多くないっ?!!」


荒い息で脂汗をかかされているムツコ。


「キモいけどっ、討ち漏らしは任せとけっ!」


「ちゃっほーっ!!」


ヴァンプアクスを振るうツヨコと両手をトゲ付きの籠手に変化させたチャッホーが掃討していった。


「・・マップ通りなら、このすぐ先だね。グスタフ王が封じられているのは」


「やっとアンデッドだらけから解放だぁっ」


数分後、魔物の群れを殲滅させた一行は小休憩を取っていた。


「あー、疲れた」


「ナイスフォローだったぜ? まぁ、俺は『火の力』で、空気がアレになってもなんともないけどなっ。ハッハッハッ!!」


エリクサーの瓶を座り込むムツコに差し出し、高笑いするアビシェク。


「気楽なもんね」


受け取り、蓋を開けたが、視線を気にしてアビシェクに背を向けて飲みだすムツコ。飲み口に口を付けて上を向くのを見られたくない。


「アビシェク以外も、酸欠や一酸化炭素中毒で勇者がすぐ死ぬってことはないぜ? まぁ、すんごい苦しいけどっ! ちゃほほほっ!!」


「でも、アビシェク。お前、やっぱ潰し利かない感じだから他の武器も必要じゃないか?」


「一応、『ミスリルサイズ』もまだ持ってんだけどな」


アビシェクはミスリル製の大鎌をウワバミの腕輪から取り出した。


「アンデッドは倒し難いから、今回はしょうがなかったね」


「・・親玉との戦いの時は火を『小さく』使ってみるぜ」


アビシェクを2つの大鎌を見比べて呟いた。



グスタフ王の封じられた『善王回帰の間(ぜんおうかいきのま)』の扉を一行開け放ち、中へと入った。

扉はすぐに後ろで閉る。


「待チワビタゾ・・」


左手に呪われた星影の槍を抱え、闇のこびり付く玉座に座っていたグスタフ王は、自らの心臓を貫いていた錆び付いた霊刀『斬魂剣ざんこんけん』を右手で抜き放ち、床に放り棄てた。

闇が、沸き上がり、グスタフ王は立ち上がった。


「間違いなく近接戦の達人だね。チャッホーは盾を持ってないツヨコと組んで! ムツコはガードと支援に専念してほしいっ」


「了解っ!!」


チャッホーはツヨコの側で構え、ムツコとツヨコもそれぞれ構えた。


「ヂーミン! 俺は取りに行くぜっ?!」


フェイスガードを上げたままミスリルヘルムを被るアビシェク。


「君は好きにしたらいい、僕が背を庇おう」


「ハハッ! 頼もしいヤツっ!!」


フェイスガードを下ろしたアビシェクと、ヂーミンは突進した。まず水の刃を飛ばし、ヂーミンが牽制するとグスタフ王は星影の槍を神速で振ってこれを打ち払った。

この隙に距離を詰めたアビシェクがハボリムに『圧縮した炎』を乗せ、斬り払った。

ガード不可と見切ったグスタフ王はこれを身軽に跳んで躱し、そこへ攻撃を合わせようとしたヂーミンには穢れた手裏剣を2枚投げ付けて、槍で受けさせることで挙動を止めた。


「っ!」


間髪入れず、ムツコのグラスレイピアのガラスの弾丸がグスタフ王を襲い、後方へ弾き飛ばした。


「どぉりゃああっ!!」


タイミングを合わせ、着地点にツヨコとチャッホーが飛び込み、ツヨコのみが斧をグスタフ王に打ち込んだ。

攻撃は掠った程度であったが、ヴァンプアクスの力により力を奪われるグスタフ王。しかし、強引に槍を付き出し、ツヨコの心臓を狙うグスタフ王。


ガチィンッッッ!!!!


攻撃せずに控えていたチャッホーが交差させたドリル化させた両腕で槍を弾いた。

そこへアビシェクがミスリルカタールを投げ付けて右肩を切り裂き、ツヨコが斧で真横から斬り付けた。

また浅く掠られて力を奪われながら飛び退き、飛び退きつつ穂先から集約した熱線を放ってチャッホーの胴に風穴を空けるグスタフ王。


「ちゃほっ?!」


「チャッホーっ!!」


グスタフが間近で動揺したツヨコに穢れた手裏剣を投げようとしたが、


「何してんだよっっ?!!」


突進して来たムツコがマグマの盾で突進し、柄で受けられるとマグマを噴出してグスタフ王を焼きながら再び弾いた。

弾かれた先でアビシェクが猛烈な連撃を放つ。身体をマグマで焼かれたまま全て捌ききって、強烈な横蹴りでアビシェクを吹っ飛ばすグスタフ王。この直後、


「せぇあっ!!!!」


水の力を溜めていたヂーミンが穂先から追尾する百発以上の『水の矢』を放つヂーミン。

これを避け、弾き、水蒸気を上げながらグスタフ王は対処したが、死角からムツコにガラスの弾丸を、ツヨコからはヴァンプアクスの投擲とうてきを打ち込まれ、捌き切れずに立て続けに攻撃を受け、弾かれて壁に激突した。


「ッッッ!!! 勇者達ヨッ!!!!」


グスタフ王は闇を広範囲に放ち、追撃を牽制し、ツヨコには火柱、ムツコには水の渦巻き、ヂーミンには電撃放ち、兜を弾かれながらも闇の波動に抗って突進して来たアビシェクには槍の高速連続付きを打ち込んだ。


「オオォォォーーッッ!!!!」


アビシェクも連撃で応戦し、互いに攻撃を持って相手の攻撃を弾き合い、隙を突いてグスタフ王が再度鋭い横蹴りを放つと、アビシェクはその鋼鉄のごとき左腕でそれを受け、


「ゼェアァッッ!!!!」


柄を握る右の拳に炎を宿し、殴り付け、星影の槍の柄を打ち砕いた。

柄を打ち砕かれ仰け反りながらもグスタフ王は自らの影を操り、影の錐を噴出させてアビシェクの両足を床から串刺しにして動きを封じた。が、


「フゥッッ!!!」


鋭く息を吐きながら、グスタフ王が体勢を立て直す前に軽く焦がされたヂーミンが飛び込み、高速で槍を振るって水の刃を閃かせ、グスタフ王の両腕を切断する。

グスタフ王は影を剣のように噴出させて阻もうとしたが、ヂーミンは被弾に構わず突進し、海皇の槍で兜を被った額を突いた。

激流が弾け、グスタフ王の兜は砕かれた。額の呪いの刻印が傷付く。


「っ?!」


電光のように、記憶が巡る。


学ラン姿で滅び掛けたフェザーフット郷に現れた勇者。集まってゆく旅の仲間。過酷な戦い。仲間の死。一時の休息。魔王との死闘。仲間達との別れ。この世界に残り、家族を作って穏やかに暮らす勇者を訪ねたある日。ムージ国の建国。魔神の襲来・・


「どぉりゃああーーーっ!!!」


「わぁあああーーーっ!!!」


分解する掌底をグスタフ王き打ち込む火傷したツヨコ。盾を捨て、左手を添えたグラスレイピアを続けて打ち込む水浸しで切り傷の目立つムツコ。

掌底でヒビの入った身体からガラスが噴き出し始める。


「・・過ぎた、夢を見た」


グスタフ王は呟き、砕け散った。


「はぁはぁ・・倒した」


「うん・・あっ! チャッホーはっ?! アビシェクとヂーミンもっ」


膝を突いていたが、慌てて顔を上げるムツコとツヨコ。


「僕はなんとか」


「俺も足だけだ」


ヂーミンはエリクサーを頭から被り、アビシェクもズタズタになった両足にエリクサーを流し掛けていた。

ムツコは無事そうな2人に安堵したが、


「チャッホーっ?!」


ツヨコの悲痛な声に我に心臓が飛び出るかと思わされた。

胴に穴を焼き空けられたチャッホーは皿の上に放置されて溶けてゆくアイスキャンディーのように徐々に溶け尽くそうしていた。

目に生気が無く、形態変化の途中の液体化とは明らかに違った。

2人は慌てて駆け寄った。


「チャッホーっ!!」


「ちょっとあんたっ! どうしたら一番いいっ?? 助かるよねっ?!」


「ちゃ、ほ・・ミスリルとエリクサーと、治癒と復元でいける」


「わかったっ!」


「ミスリルなっ!」


ムツコはエリクサーを取り出し、ツヨコは抱え切れない程のミスリルを生成して溶けるチャッホーの上にドスンっ! と置いた。


「ちゃほぉっ?! 乗せ過ぎぃーーーっ?!!! とどめかっ?! 雑かっ?!」


「あ、ごめんてっ」


ともかく2つの素材と、ムツコの治癒とツヨコの復元で、チャッホーは案外簡単に復活したのだった。



地下迷宮を出た5人は改めて、ムージ国跡の見張り塔の天辺に登っていた。夕陽を受けた廃墟都市を見詰める。


「魔王を倒しても、それで終わりじゃないんだね」


「なんか、虚しくなっちゃうよな・・」


「無駄じゃないぞっ?! 世界は何度でも蘇るからなっ!! ちゃほほほっ」


これで『3度目』の戦いになるはずなのに全く疲弊した様子の無いチャッホーに勇者達は苦笑した。


「取り敢えず、これで当面この地の魔物の活性化は収まるだろうし、収穫もあったよ?」


ヂーミンは包んでいた布を少しほどいて折られ、まだ完全には呪いの解けていない星影の槍を見せた。


「まぁ、この刀も直したらユーゴのヤツが使えそうだしな」


ツヨコはグスタフ王を封じていたらしい、今では錆びて力を失った斬魂剣をウワバミの腕輪から取り出した。


「先はわからねー。けどよ、1個ずつやってこうぜ?」


「あんたちょいちょいいいこと言うね?」


「だろ? ハッハッハッ!」


オレンジに染まったムージ国跡にアビシェクの高笑いが響き、一行の緑海草原でのクエストは完了した。

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