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双子勇者  作者: 大石次郎
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風の勇者

その少年は左右の手にそれぞれ霊剣れいけんを持っていた。

右手の風の力を宿す剣『嵐のカトラス』左手の増幅の力を宿すやや小振りの剣『強欲のヤタガン』が魔力を宿し、閃く。

対峙する魔物から放たれた汚ならしい触手の連打を、足場の湿地の上を踊るようにして斬り捌いてゆく。

少年の身長170センチ台前半程度。華奢なようで鞭のように鍛えた身体をしており。エルフの血が入っているらしく、耳の先は少し尖っていた。

髪と瞳の色は金。肌は白く少女のような顔立ちであったが、男子である。歳の頃は10代中盤。変声期が終わった辺り。

少年の身体の装備は、上半身はギャンベゾンに翼の装飾のある風の属性の鎧『バルタンメイル』、魔除けのポンチョ、革のグローブ。

下半身はブレーにゲートルを巻き、ブーツを履いていた。

他は左手首にウワバミの腕輪。腰の腹側にポーチ。腰の後ろ鞘にミスリルスローイングナイフを6本差していた。


「私ト踊ッテヨォオオーーーッッ?!!」


少年と対峙していた魔物が吠えた。

その沼地の魔物は、下半身は球根のような肉塊で、上半身は荊の冠をした肥太った肉塊のような女で、髪の代わりに襞状の細い肉の管を生やし、全身から甘ったるく生臭い粘液を止めどなく垂らしていた。

『スワンプブライド』と呼ばれる不運な女の情念から生まれる肉と泥の醜い淫魔いんまであった。

発狂させた美男子から時間を掛けて死ぬまで生命力を吸い尽くす習性を持つ。

スワンプブライドは球根のような下半身からイボのある触手を次々と生やし、少年に襲い掛かったいた。


「欲シイヨォオオオーーーッッ!!!!」


「・・ごめん! ちょっと重いかも?」


少年は触手を避けながら、2本の霊剣を重ね、強欲のヤタガンの力で嵐のカトラスの風の力を倍増させた。

少年の周囲に大旋風が起こり、沼の泥水と触手を吹き飛ばす。


「ヒィイイッッ!! 踊ッテ踊ッテクレナイノォオオオーーーッッッ?!!!」


少年は風の力で速攻で間合いを詰め、スワンプブライドに優しく微笑み掛けた。


「ハッ??」


ときめくスワンプブライド。しかし、球根の下半身の真下から肉塊の眉間まで、2本の霊剣で瞬間的に両断された。


「シュ、シュキナノニィィーーッッッッ?!!!」


烈風に刻まれ、塵と消えるスワンプブライド。


「もう十分踊ったから、勘弁してよ?」


魔物がいた後方には崩れた小さな廟があり、少年はそこから錆び付いた聖印せいいん『聖女のアンク』を拾い上げた。


「・・回収っと。次は雲間の渓谷(くもまのけいこく)かぁ。1日2ヶ所はちょっとツラいよ?」


「愚痴を言ってる場合じゃないぞぉ? ユーゴぉ」


沼地に生える歪んだ木の枝に乗っていた猫型の獣人『ワーキャット族』が少年、ユーゴに話し掛けてきた。

猫獣人は旅装束の下にミスリル製の鎖帷子くさりかたびらを着込んでいた。額当てにルーペとも小型望遠鏡ともつかない鏡筒きょうとうを数個付けている。

右手の中指にウワバミの指輪も嵌めていたが、武装は左の腰に差したミスリル製の峰に波型の窪みの付いた短剣『ソードブレイカー』のみであった。


「地の勇者の双子はニコイチで、あんまり強くないみたいだから、フォローに行かないと序盤のクエストでもあっさり死んじゃうかもしんないぞぉ? 俺っち知らないぞぉ??」


「何それ? ジンゴロ、もっと適性のある人喚べなかったの?」


「それも運命だっ! 毎回全員強い勇者を喚べるワケでもないみたいだぞぉ? よっとっ」


ジンゴロと呼ばれた猫獣人はユーゴの近くの苔むした岩に身軽に跳び降りてきた。錆びた聖女のアンクを猫獣人に投げ渡すユーゴ。

ジンゴロは額の鏡筒を1つ下ろして錆びた聖女のアンクを調べた。


「まぁ、再錬成すれば直せそうだ。こっちは俺っちに任せてとっとと行ってきなよ?『勇気の塔』で待ってるからさ!」


「はぁ~っ、休まず働くなんて、米国人や日本人みたいだ・・」


「はい、愚痴禁止~。『風の勇者』なんだしっ、イケメンも台無しだぞぉ? 役者志望だったんだろう? ニャハハッ!!」


愉快そうなジンゴロをジト目で見るユーゴ。


「役者志望じゃなくて役者だよっ!『寄宿舎の薔薇』とか『小屋とテニスと山羊』とか『死せる蚊の脳髄』なんかで結構注目されてたんだってっ」


死せる蚊の脳髄に関しては、母国以外でも知る人ぞ知るB級ホラー映画であった。

ユーゴは『生きたままシャワー室で脳髄を怪物に吸い殺される美少年』役で作中3分程出演し一部では話題になっていた。


「子役からのし上がってきてたのにっっ。くっそ~っ、向こうで生き返ってもどうせすぐ死んじゃうしっ! なんだってんだよぉーっ?!!」


沼地でジンゴロに面白がられながら不遇を叫ぶ、風の勇者ユーゴなのであった。



この約1時間後、


「いっただきまーすっ」


「いっただきぃ~っ」


蛇行する複数の河川と切り立った多数の石柱のような岩山が際立つ、雲間の渓谷の『ワーバード族』の郷から近い祓い所で、ムツコとツヨコはマスタードの利いた『ビーフカツサンド』を頬張っていた。

祓い所の周囲には先程まで祓い所を占拠していた魔物達の遺骸が容赦無く押し出されていた。


「ん~~~っっ、固めのパン粉を使って余熱を取ってから挟んでるから時間経ってもサクサク~っ!!」


「『濃い口カツソース』も、よくあたしらテキトーな解説でこんな再現できたもんだよっ」


「ミリットは魔法使いより料理人の方が向いてると思うっ!」


先日、ドワーフ郷で買い付けてきた牛肉が大量に余ったこともあり、ミリットにレシピをかなり『大雑把』に解説して作ってもらっていた。

ムゲンに仕える素焼きゴーレム達は主による設定に難があり、簡素な調理にしか対応できていなかった為であった。

純血のエルフである為に見た目より長く生きているミリットは案外料理上手。

アマラディア世界は歴代勇者達や勇者以外に稀に現れる地球からの来訪者達の影響で地球の料理が元々なんとなく伝わっていたこともあり、2人の正確性に欠ける指南でも素養と材料があれば再現可能であった。

因みに濃い口カツソースは少なくともミリットは知らなかったが、ウスターソースやドミグラスソースやグレービーソースは瓶入りで普通に市販されていた為、市販品をベースにすればそれらしい味にたどり着くことはそこまで難しい工程ではなかった。


「魔女っ子も可愛いけどな」


「・・なるべくもう血塗れのバトルから遠ざけたい」


「そこは、まぁ」


「ね」


等と話しつつ、2人は食べ損なっていた朝食を食べ終え、ワーバード族の郷へと向かった。

・・エルフ郷等同様、郷への出入り口で魔物でないかチェックを受けた後、郷へと入る2人。そこは1つの岩山の崖をくり貫いてく造られた郷であった。

階段や梯子は至る所に設置されていたが、住人が『飛べる』ことを前提とした構造で、蟻の巣の断面図でも見ているようだった。


「はぁ~・・凄ぇとこ住んでんな」


「寝惚けたり酔っ払ったりしたらどうすんだろ?」


「それより台風とかヤバくないか??」


「風避けの結界? とか??」


2人は特異なワーバード達の住み処に困惑していた。

ワーバードは鳥型獣人種族であったが、特別な訓練をせずとも、背に翼が生えている以外は人その物の姿を取ることが可能な種族。

足のみ鉤爪を持つ鳥の足に変えたり、人型の両腕と翼を一体化させて翼を強化させたりすることも可能で、逆にピクシー族と同様に翼を消すことも可能であった。

服装は地球で言うところのネイティブアメリカンの民族衣装に近い格好をしていた。形態変化特性を持つ為、その衣服は全て変化の布で造られている。

成人男子は大振りの鍔の無いナイフを腰に1本差し。成人女子は小振りのやはり鍔の無いナイフを腰に1本差していた。

武装した兵は軽量鎧に折り畳み構造の長槍ちょうそう、または比較的軽量のボウガンを装備していた。

槍の折り畳み構造は腕を翼と一体化して高速飛行を行う時の為であった。

2人はまず『旧倉庫』と呼ばれていた部屋に向かった。

特に見張りもいないそこは古道具の類いが仕舞われてる場所で、奥の棚の辺りで、カンテラの灯りを頼りにソイヤが何かを掘り返すように漁って回っていた。

ソイヤは動きが素早く忙しなく、埃も立っていた。


「ちょっとぉっ? ソイヤっ! やりようがあるでしょうにっ」


「後で片付けること考えてねーだろ?」


「遅れてきて説教っ?! いい身分だなっ、勇者様達はよっ!! というかもう見付かったしっ! 俺が見付けたしっ、俺がっ!」


ソイヤは古道具の山から錆びて変形した金属の蓋とも板ともつかない物を差し出した。


「これが??」


「ガラクタじゃん?」


「ガラクタじゃねーよぉっ?? 2代前の地の勇者も使ってた『マグマの盾』だよっ!! ほらっ、さっさと錬成し直して元に戻せよっ」


蔓のような手を伸ばして2人にグイグイ押し付けるソイヤ。


「わかったっ、押すなよっ!」


「鎧のオッパイのとこ当たってるからっ」


「お前乳なんぞ知るかぁっ! 早よしろっ、すぐしろっ、直し終われっ!!」


正直見た目の区別は額のマーク以外でほぼできていないが、せっかちさでいったらチャッホー以上かもしれないと思いつつ、2人は使い物にならなくなっているマグマの盾の再錬成に取り掛かることにした。


「えーと、ガイアジェムとミスリルこうと、ファイアジェム相当の火の素材と・・」


旧倉庫の床に魔力で錬成陣を刻印し、中心に錆びたマグマの盾を置き、その周囲に素材を配置してゆくムツコ。


「むつ子、ミスリル鋼足りてるか? もそっと造るか?」


鉱物はツヨコが生成していた。


「いい。ムゲンのレシピ通りにしよう。・・読み難い字だわ。これ、言語理解ボーナスでなんとかなんないの??」


「下手な字は『下手な字』に変換されるだけだ。言語に関しては、転生ボーナスに頼らず勉強した方がいいぞ?『齟齬そご』が減る。服飾カタログ完コピした時と同じ要領でやりゃ一発だろ?」


「アレやると眠くなるからっ」


「むつ子、集中しとけ」


「つよ子も手伝ってよっ? 金属操作得意じゃん!」


「金属操作と錬成は別だし・・」


「いいからっ」


「ええ~・・」


2人はなんだかんだ言いながらも、素材の配置を終え、陣に揃って手を添えた。


「せーの、錬成っ!!」


声を揃え、マグマの盾の再錬成陣を発動させた。閃光と共に全ての素材が合わさり、反応し、再構成された。

陣には新品同様に輝くマグマの盾のみが残っていた。


「やったっ!」


「いえ~いっ」


ハイタッチをする2人。ソイヤは無言で陣に入り、マグマの盾を拾い上げて仕上がりをチェックした。


「ん~、強度やパワーより軽さと相性優先、ってとこだな。なんか見た目も柔いし。これだからレイワ期から連れてきた勇者はファンシーなんだよ。メイジ期から連れてきた女勇者はもっとゴリゴリ戦士だったぜっ?」


「・・明治とか産まれてないし」


「時代、いつでもいいのかよ・・」


上がったテンションを即、落とされた2人はともかくマグマの盾を獲得し、ワーバードの族長の元に顔を出してから今回のクエストの次の目的地へと急いだ。



3人はワーバードの郷の西南の川のほとりに設営されたカッパ族の野営地へ来ていた。

野営地近くの祓い所と転送門は全て解放済みであった為、道中後半は比較的安全にたどり着くことができた。


「うおっ? ガチで河童だっっ」


「普通に河童だね・・」


カッパ族の野営地なので、当然野営地はカッパだらけであった。

この種族はどことなく擬人化した蛙のような身体を持ち、顔にくちばし、頭頂部には皿のような器官があった。

多くは背に甲羅があったが、ワーバード族の翼同様に消すこともできるらしく、甲羅を背負わずに身軽に歩き回っている個体もいた。

服装は極めて簡単で、下半身は皮のショートパンツ。上半身は女は皮の肩出しトップスの類いを着ていたが、男は基本的に何も着ていなかった。男女共に水掻きのある足元は殆んど裸足で、たまにサンダルを履いている物がいる程度。

野営地なので武装しているはずだが、いずれも手槍や銛、あとは腰のベルトに短剣短刀等を差している程度でいずれも軽装。

よく見ると手首や足首や首に必ず1つは守護効果のアクセサリー類を付けてはいたが、水棲種族であるからか? 重武装をする、という発想がそもそも無い様子であった。


「地球のニホンから来た勇者はカッパ好きだよな?」


「いや好きというか・・」


「河童が、いるんだな、て」


「ふうん?」


2人の感覚がいまいちピンとこないソイヤであった。

フランクな性質らしいカッパ達から「勇者か?」「また若いの来たなぁ」「お揃いにして可愛いね!」「地球のカッパはどんなだ?」等と話し掛けられつつ、野営地のカッパ軍の指揮官のテントに向かうと、ヨイサがいた。

ザルに持ったキュウリをモリモリ食べている。


「ん? ソイヤっ!」


「ヨイサっ!」


「お前ら、遅かったなぁ」


「結構急いだよ? まぁいいけど・・どうも地の勇者です。姉のむつ子です」


『姉』の件に少し引っ掛かりつつ、ツヨコもムツコに続いてカッパの指揮官に挨拶をした。


「同じく地の勇者で、つよ子! ワーバードの所でざっと手筈は聞いたけど、なんか変更ある?」


「カッパの指揮官のミヅキだよ。変更は無いわねぇ・・」


爪を研いでいたカッパ軍の女の指揮官ミヅキ。鎧は付けていないが、籠手と脛当は付けていた。


「最初に別動で潜んだワーバード達と風の勇者が『クラウドグリフォン』とその眷属どもを誘き寄せて、我らが迎え撃つ! 後は勇者達が各個撃破してゆくまで引き付ける。まぁ単純な作戦だ。ただ」


ミヅキは爪を研ぐの止めて、ムツコとツヨコを見た。


「知恵の塔か勇気の塔から秘宝の類いを貸し出してくれたらもう少しやりようがあったと思うのだけれど?」


「いや、それは・・」


「まぁ、勇者が2組来てるしっ」


「塔の秘宝もメンテナンスが大変でよっ」


「そうそう、それそれっ」


ソイヤとヨイサはシレっとしていたが、ムツコとツヨコは冷や汗をかかされた。

雲間の渓谷のワーバードとカッパ族は不仲で、封じられていたクラウドグリフォンが復活して騒動になる寸前まで、死人が出るような小競り合いを繰り返していた。

特に不仲でもないドワーフやワードッグ達でさえ、強力な秘宝を手にすると欲をかく気配を見せたくらいで、余程のことにならない限りは秘宝の貸し出しは避けるべきであった。


「・・まぁいいわ。今日はよろしく、勇者様」


『圧』の強い御愛想笑いに、ぎこちなく微笑み返すムツコとツヨコであったが、かくして『クラウドグリフォン討伐』の今回のメインクエストは開始された。



一方、ユーゴは大きな班は7班に別れたワーバードの部隊の内、最も手練れで構成されたクラウドグリフォンの巣近くの岩山に潜む部隊と共にいた。

ユーゴ達が潜む岩場には認識を阻害するタイプの魔除けの石柱がいくつも設置されている。

監視をする、切り立つ岩山の頂上付近に2つ作られたクラウドグリフォン2体の巣は生木を引き裂いて作った巨大な物であった。

巣でそれぞれ卵を温めているのは雌の個体で、その上の頂上には一回り身体の大きな雄の個体がいた。

クラウドグリフォンは生殖しない限り性別を持たないが、生殖後に孕んだ個体が雌になり、孕ませた個体が雄となる性質を持つ。

雄は小規模なハーレムを構成し、繁殖力は高い。竜等の天敵がおらず餌に困らない環境であれば、一年の内に何度も卵を孵し始末に負えなくなる魔物であった。


「・・・」


ユーゴが眠そうな顔でぼんやりと岩の陰からクラウドグリフォンの巣や山頂で丸まって眠る雄のクラウドグリフォンを眺めていると、


「おい、これはどこを押せばいいんだ?」


「ですからっ、・・ああもうっ、なんで『お絵描き画面』開いちゃうんですかっ?」


「ぬっ?」


ワーバードの分隊長が不慣れらしい、文字や絵を送ることができる魔力充填式の魔法道具『通信石つうしんせき』の使い方を若い隊員に教わっていた。

通話はできずかなりシンプルな機能だが地球のスマートフォンに近い仕様で、それなりに便利であったが、使用には中継機の設置が必須である為に管理の利いた場所でしか運用できない欠点もあった。

アマラディアにおいて通信石以外の工学的な通信手段は、近距離での通話による通信は『無線』、拠点間通信は『電信』が利用されていたが、一般に広く普及しているとは言い難かった。


「こうか? なるほど・・勇者殿っ」


「ああ、はいはい。なんですか?」


我に返るユーゴ。脳内で今の状況にそれらしいモノローグを入れつつ、撮影されている妄想に耽っていた。

撮影ならば、カットが掛かれば現場からさっさと去ることも可能。エージェント会社のワゴン車なり、タクシーなり、電車なり、バスなり、なんなら徒歩や自転車なりで・・


「地の勇者の御二人が野営地のカッパ達と合流できたようですっ」


「あ、そうですか。じゃあそろそろ始めますかね?」


本当は事前に地の勇者の2人がどの程度の技量でどのようなタイプの者達か? 確認しておきたかったが、現地に着いてみると話の流れで最前線の部隊にすぐに同行させられてしまい、それどころではなくなってしまった。


「我々ワーバードの戦士はいつでも構いません! よしっ、各員備えろっ。他の隊にも通達・・えーと、『一斉送信』するのはこれでいいのか?」


「いえ、それは『全削除』ですっ」


「ぬぅっ??」


分隊長が隊員からレクチャーを受けるのに少し間が空いたが、程無く戦闘は始まった。

最初に強欲のヤタガンに利用して瞬間的に風の力を高めたユーゴが、バルタンメイルの背に魔力の翼を発生させて突進。

目覚めて迎撃の為に周囲に旋風を張りだした雄のクラウドグリフォンに、風の勇者に与えられた『大気支配』の力で旋風を無効化して飛び込み、嵐のカトラスと強欲のヤタガンを用いてその鋼のような首を切断し、仕止めた。

続けて岩場に残ったワーバード達がボウガンの矢に風の力を乗せて、ユーゴの強襲に驚いている雌のクラウドグリフォン達に一斉に撃ち込む。


「ごめんねっ!」


ユーゴに気を取られつつ、矢を旋風で作った盾で弾かだした雌のクラウドグリフォン達の隙を突き、ユーゴは溜め直した魔力を使って再加速して、岩山の頂上から飛び降り、1体の巣に突入して神速の二刀流剣技でクラウドグリフォンの足元にある全ての卵を破壊した。


「っ?!」


グリフォン達が動揺した隙にもう1つの巣の卵を別班のワーバードの魔法使い達が放った電撃魔法が貫き全て撃ち砕いた。

このタイミングで、ユーゴはポーチから取り出してスイッチを入れた、『閃光球せんこうきゅう』を間近のクラウドグリフォンともう1体に向けて投げ付け炸裂させた。

凄まじい閃光が周囲にほとばしる。

魔力を大半使い果たしているユーゴはバルタンメイルの翼による飛行で光に紛れて逃れ、他のワーバード達も閃光を合図に腕と翼を一体化させる高速飛行形態に変化して離脱を始めた。


「ゲェエエエェーーーンンッッ!!!!」


雌の1体が吠え、これに呼応して周囲の岩山や川辺の森から無数の鳥系の魔物達が飛び上がりだした。全てクラウドグリフォンの眷属であった。

クラウドグリフォン2体も怒りと復讐心に瞳を燃やして巣から飛び立った。眷属を引き連れ、ユーゴとワーバード達を追い始める。

大空の力を宿すクラウドグリフォンは、纏った烈風から真空の刃を連発しつつ、呼び寄せた暗雲からも時折雷撃を降らせ始めた。

ユーゴは魔力の欠片で力を回復しつつ殿しんがりを務め、9割方の攻撃を引き受けた。


「ライトユーザーはガン無視のデスシューティングゲーム、って感じだよっ!!」


高速飛行を維持しながら、真空の刃と放電の気配を読んで雷撃を避けつつ、少しずつ風の力を溜めるユーゴ。

力は・・・溜まった。


「風よっ!!!」


ユーゴは鋼の刃のごとき大旋風を巻き起こし、後方に放った。

クラウドグリフォン2体の翼を傷付け、眷属の大半を引き裂き、残りを恐慌状態にして退散させた。


「よっしっ! 主演男優賞っ!! パリで一番の店からエクレア10個贈呈っ!」


言いつつ、魔石の欠片を使い直してなおも追い縋るクラウドグリフォンと距離を保ち直した。

クラウドグリフォンは破損して翼を補い、ユーゴの攻撃に備えて纏う烈風の力を増していた。そこに後のことを考えて力を温存する、という思考は無かった。


「状況がさっ、もう1体少なかったらオレ1人だって・・うわっとっ?!」


回避した先を狙って真空の刃と電撃の連打を打たれ慌てて回避するユーゴ。


「ああ、そんな感じね。バカンス中のテニスの試合や、デォベートの授業で友達無くすタイプの了見ね。じゃあこちらも『オレ、2人で』くらいに修正する用意はあるよ?」


ユーゴの軽口等お構い無しに、クラウドグリフォン2体は、徐々にユーゴの回避パターンを読み、連打で詰めに掛かりだした。

途中、ユーゴ達2班以外の部隊も合流し、可能な限り、遠距離攻撃でクラウドグリフォンに牽制したが、もはやクラウドグリフォンはユーゴを墜とすこと以外に関心を向けなくなっていた。


「マズイぞっ?! 勇者殿がっ」


「やはり初手でもう少し削るべきだったっ」


「我々に被害が出るのを気にし過ぎだっ」


「戦士としては幼いっ」


合流したワーバードの分隊長同士は想定より執拗な風の勇者に対するクラウドグリフォンの攻撃に困惑していた。


「ここで風の勇者を失うワケにはゆかないっ、やむを得ないっ! 決死隊を組んで」


「見ろっ!!!」


「前だっ!!」


「作戦と違うっ?!!」


ユーゴから先行する形を取る、飛行するワーバード達の前方から、全てが『水』でできた巨大な龍が飛来してきた。


「カッパ達かっ?!」


しっかり見れば、水の龍の中には多数のカッパ兵達が入り込んで集中し、龍の形態を維持しているのがわかった。

水の龍の頭の上にはムツコ、ツヨコ、ソイヤ、ヨイサ、ミヅキが立っていた。指揮官以外はそれぞれ魔除けのポンチョとマントを風にはためかせている。

通信石を掲げるソイヤ。


「このエリアは通信圏内だぁっ!!」


「全て把握済みぃいいーーーっ!!!」


謎のポーズを取るヨイサ。


「助太刀するぜっ!!」


「高過ぎて怖過ぎるけど一周回ってファンタジーだから問題無いって言い聞かせてるけどやっぱり怖くて自分との戦い中っ!!」


勇者の身体が異様に強いといっても、飛行するジャンボ機の上に生身で乗っているよくな物であった。足がすくむムツコ。


「もっと合理的なやり方があった気がするわ・・」


勢いでこうなってしまったことに不満があるらしいミヅキ。


「地の勇者達来ちゃった?! うわっ、ちょっとオレ、カッコ悪い感じになってるじゃんっ、くっそぉ~っっ」


しつこい攻撃を避けつつ、無理にでも力を溜め始めるユーゴ。


「どうするつもりかわからんがっ、カッパと勇者達に合わせるぞっ?!」


「了解っ!!」


ワーバード達は腹を括ったようだった。


「で? どうするつもり? 勇者様方。すぐ射程に入るけど?」


ややヤケクソ気味に聞くミヅキ。カッパ族に空中戦のノウハウ等無い。


「どうする、むつ子?」


「え? 私??」


ムツコはクラウドグリフォンと風の勇者とワーバード達と自分達の状況や位置をざっと再確認した。


「・・落下に備えて余力を残しつつ、向かって右のグリフォンに、身を守りながら突進っ! 近付いたら私達5人で1体の翼を攻撃して地上に墜とそうっ!!」


「もう1体はどうします?」


「そっちは風の勇者とワーバードの人達に任せようっ。全部は無理っ!! 勇者はチーム制っ!」


「そう・・ま、いいわ」


ミヅキは水の龍の頭部に手を当てた。波紋が拡がる。


「者ども伝わったなっ?! 派手に突っ込むぞっ!!!」


水の龍の中で『任せろポーズ』をするカッパ族達。


「よ~し、まず雷対策だっ」


「うんっ!」


「風の刃は俺達に任せろっ」


ツヨコは生成した『避雷針』を水の龍の頭部に立て、ムツコは『電力で育つ木』を水生成して避雷針に巻き付かせた。

ソイヤは液体化金属化した後『ソイヤ型ガトリング砲』に変形し、それをヨイサが装備した。

ミヅキは水の龍に手を添えたまま操作補助に専念する。向かって右のクラウドグリフォンに進路を合わせた。

ワーバード達はその挙動を了解し、進路を開け、向かって左の個体への牽制に注力した。ユーゴも前方の態勢変化を把握しつつ、引き続き回避しながら力を溜め続ける。

クラウドグリフォンの射程に入り、向かって右手の個体から脅威と見なされ、電撃と真空の刃を放たれだした。

水の龍が避けきれない電撃は避雷針で受け、受けた電撃は電力で育つ木が吸収する。真空の刃はヨイサがソイヤ型ガトリング砲で吹き飛ばしだした。

水の龍はワーバード達と交錯し、ユーゴの横を抜け向かって右手のクラウドグリフォンに迫る。


「いやっ、ぶつけるのっ?!」


焦るムツコ。


「どりゃああーーっ!!」


「ヒャッハーッ!!!」


ノリノリなツヨコとソイヤ式ガトリングを乱射するヨイサ。


「同胞を散々餌にしてくれたお返しだっ!!」


水の龍を操るミヅキもノリノリだった。


ドゴォオオオーーーーンンッッ!!!!


クラウドグリフォンが纏う烈風を噛み砕きながら、水の巨龍は右手のクラウドグリフォンに激突した。


「ゲェエエエェーーーーンンッッ?!!」


ムツコ達は仰け反るクラウドグリフォンの背に飛び乗った。だが水の龍内のカッパ達は、


「どっひぃーーーーーっ!!!」


「分裂して維持しろっ!!」


「ヤバいヤバいヤバいっ!!」


「誰だこの作戦考えたヤツっ!!」


大量の水と共に一旦宙に投げ出されたが、素早く十数体に分かれた小さな水の龍に取り込まれ、地上へと逃れていった。

背に飛び乗ったムツコ達は、混乱し、首元辺りまで振るわれる岩をも削る鉤爪を警戒しつつ、暴れるグリフォンの背の上で体勢を立て直した。両者水浸しであった。

ソイヤ型ガトリング砲を持つヨイサは、


「パーティーだぜぇーーっっ!!!」


右の翼に掃射を始め、ミヅキは周囲の水気を手に持つ銛に集め始めた。

ムツコとツヨコは左の翼に打ち掛かる。


「当たれっ!!」


先制してツヨコのヴァンプアクスの一撃が翼を萎びさせ、


「わぁああっ!!」


続くムツコのグラスレイピアの一撃でガラスの柱を多数発生させて翼を傷付け、さらに、


「燃えてっ!!」


ムツコは追い打ちでマグマの盾で傷んだ翼を打ち据え溶岩を炸裂させ、濡れた状態から一気に焼き払って消し飛ばした。


「弾けろっ!!」


ミヅキは穴だらけになっていた翼の中心に溜め撃ちの水の渦巻きを纏う突きを放って左の翼も吹き飛ばした。


「ゲェエエェーーンンッッッ!!!!」


両翼を失ったクラウドグリフォンは風を支配できなくなり、一気に落下を始める。


「離れようっ!!」


「賛成っ!!」


「とんずらヒャッホーッ!!!」


「まぁなんでもいいわ・・」


4人はムツコが出して蔓に絡められながら地上に落下するクラウドグリフォンから跳んで離脱していった。


「先越されたじゃんっ?!」


ユーゴもワーバード達の集約された支援攻撃を得つつ、空中で攻勢に転じていた。既に右の翼にかなりダメージを与えている。


「アン、ドゥ、トロワっ! っといきたいなっ?!!」


バルタンメイルから魔力の翼を生やしたユーゴを嵐のカトラスと強欲のヤタガンを構え、旋風を纏いながら回転し、クラウドグリフォンが起こす烈風を打ち消しながら交錯し、弱った右の翼を引き裂いた。

その直後、ユーゴが自分の後からも続く旋風に仕込んでいたミスリルスローイングナイフ6本がクラウドグリフォンの顔面を襲い、両目を潰した。


「ゲェエェーンンッッ?!!」


怯んだクラウドグリフォンの左の翼を2本の霊剣で引き裂くユーゴ。両翼を失ったクラウドグリフォンは遥か下方の河川脇の森に落下し、爆音と爆風を上げて激突し、潰れて絶命した。


「ふぅ~~っっ。・・疲れた」


ユーゴが宙でげんなりしていると、


「勇者殿っ!!」


「お見事ですっ!!」


「勇者殿っ!」


「勇者殿ぉっ!!」


ワーバード達がどんどん集まってきた。


「ああ、ハイハイ。どうも、勇者です! この地も平和になりましたね? ハハハッ!!」


一応、勇者らしく振る舞ってみるユーゴ。と、


「お~いっ!!」


「風の勇者ぁ~っ」


緊張感の無い呼び声で、5人乗りが精一杯の一際小さな水の龍に乗ったムツコ、ツヨコ、元に戻っていたソイヤ、ヨイサ、ミヅキが寄ってきた。


「お疲れぇ~、お前可愛い顔してんなっ! 男か?」


「ええっ、まぁ・・」


あまり直には接したことないタイプのツヨコにやや戸惑うユーゴ。


「あたしは日高つよ子っ! 地の勇者だっ。つよ子って呼んでくれ。日本人だっ」


「はい・・」


引いたままではマズいと、咳払いをして、宙に浮いたまま姿勢を正すユーゴ。


「ユーゴ・オルヴィルです。ユーゴと呼んで下さい。フランス人です。地球では俳優をしていました」


「お~っ」


ツヨコだけでなく、その場の全員に感心されてさすがにやや赤面するユーゴ。


「私は日高むつ子っ! 姉だからっ」


「ソイヤだっ」


「ヨイサだっ」


「・・ミヅキ、だ」


「・・・・」


ユーゴにこのタイミングで役者だったと大っぴらに言う必要はなかった、と後悔の念が押し寄せたこともあり、奇妙な間が空いた。


「・・ん? 何? 取り敢えず、地上降りとく?」


「ですね」


ムツコの提案で取り敢えず一同は既にかなり近くまで来ていた、カッパ族の野営地へ降りることになった。



それから約2時間後、ムツコ、ツヨコ、ソイヤ、ヨイサ、ユーゴの5人は知恵の塔の転送門から現れた。

転送門前にはグルモン、ムゲン、チャッホー、ミリットがいた。ミリットは子供サイズのコック服を着ていた。


「おっ帰りぃ~っ。あれ? 風の勇者も来たんだ?」


気楽な対応のグルモン。


「そんなんだよぉ」


「ユーゴが急に来るって言うからさぁ」


グルモンと大差無いムツコとツヨコ。


「他の賢者達の塔も見ておこうと思いましてね。現状を客観的に見ないと」


「へぇ?」


「疑り深いの」


と言いつつ興味は無さそうなムゲン。


「あくまで状況把握ですっ! 他の勇者とも情報を共有しないとっ」


ソイヤとヨイサとチャッホーは構わず互いの調子を褒め合いだしていた。


「少し早いが夕飯はどうするのだ? ボクは対応可能だが」


ミリットがユーゴの前に立ち塞がった。


「あれ? 可愛いコックさんだね? ここのお手伝いさん?」


「・・っっ!」


全身に氷の力を纏いだすミリット。


「ええ~っ??」


怯むユーゴ。


「その子、最近、氷の魔法習ってるから。気を付けて」


「この塔の『地獄の料理番』と恐れられてっからよっ。ひっひっひっ」


「ツヨコっ!」


「・・ちょっと待って、役柄をメモするから1人ずつ確認させて下さい」


筆記用具を取り出して何やら書き込みだすユーゴ。


「役柄て・・」


「ゲーム脳よりメンドクサイな」


見た目は可憐だが、やや難がありそうなユーゴに戸惑うムツコとツヨコなのであった。

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