水の勇者
ムツコとツヨコは知恵の塔の私室で装備を済ませていた。
まず変化の衣をパジャマ形態からギャンベゾンとショースの形態に変える。
ムツコはシュシュで髪を纏めチョーカーを付け、ツヨコはバンダナを巻いて前髪を一房細いリボンで結んだ状態にした。
2人はもう慣れた手付きで、ショースの上からゲートルを巻き、ブーツを履き、ギャンベゾンの上には軽量のミスリルメイルを着込み、ウワバミの腕輪をして、ポーチを付け、ミスリルダガーの鞘をベルトに取り付ける。
後は魔除けのポンチョを羽織って布グローブを嵌めれば完了であった。
「いいなぁっ、2人とも。ボクも連れてけよ?」
部屋にはパジャマにナイトキャップ姿のミリットもいた。ミリットの周りには山のような魔道書が積まれている。
ミリットの額には来たばかりの昨日は傷痕があったが、今は無く、代わりに力を安定させる刻印が印されていた。
化粧も落としたので『額に奇妙な印のある長く尖った耳を待つ子供』といったところ。
「あんたは属性変わって、暴走してた時や魔法に関する記憶も殆んど飛んでじゃってるんでしょ?」
「ムゲンに鍛え直してもらえ」
「あの爺ちゃん資料の指定は的確だけど、指導がぶっきらぼう過ぎるっ! この塔の食事も刑務所みたいだしっ」
口を尖らせるミリット。結局『牛肉』はまだ食べられていない。
「それな」
「まぁ、ねぇ」
苦笑するムツコとツヨコ。
「怪木の宮の後処理が済んだらゼリットさんも様子見にくるんだから、ちゃんとしないとだよ?」
「ヅカイケメンの姉ちゃんに心配かけんなよ?」
「『ヅカ』とはなんだ??」
怪訝な顔をするミリット。
「帰ったら教えてやる」
「厳密には随分違うと思うけど・・」
「じゃあな、ミリット!」
「行ってくるねっ」
私室の出入口に向かう2人。
「・・精々命を惜しむことだ」
「言うねぇ」
「さすが元魔王軍幹部候補っ」
「ボクをおちょっくってるのかぁっ?!」
「ヤベっ」
「行こ行こ」
ムツコとツヨコはいそいそと私室を後にした。
それから知恵の塔の転送門に来た2人。見送りはグルモンとムゲンだけだった。
「チャッホーは別件で出てるからな。今回は御守り役無しだぜ? へへっ」
「あーそう」
「余裕だぜっ」
「グラスレイピアを手に入れたとはいえ、現地で『合流』するまでは2人だけになる。油断しないことだ」
「合流?」
「誰と? ゼリットみたいな現地の人?」
2人で今回のクエストを攻略することは聞いていたが、特定の誰かと合流することは初耳であった。
「言ってなかったのか?」
「え? オイラてっきりムゲンが説明してると思ってた」
「ふむ」
「あれぇ?」
常時省エネ気味のムゲンと、気楽に構えているグルモンは指揮官役としては少々抜けているところがあるようであった。
「何何?」
「なんかこう、紙の資料的なのを毎回渡してくれてもいいんだぜ?」
「いやだから『水の勇者』とだよ」
「そう、それだ。他の『3人』の勇者の内の1人だ」
「・・・」
「・・・」
呆気に取られるムツコとツヨコ。顔を見合せる。
「えーっ?!」
ハモってしまう2人。
「勇者ってチーム制なのっ?!」
「召喚できるの1人って言ったじゃんかよっ??」
「1人の賢者が召喚できる勇者は1人だが、勇者を召喚できる賢者は私の他に3人いる。それだけのこと」
「出たーっ! それだけのことっ」
「先に言ってくれよっ。あたしらだけかと思ってるじゃんかっ?!」
「まぁ毎回、勇者は何人か喚ぶんだよ。魔王が毎回チート過ぎるからさぁ。とにかく、今回は『ラミア郷』で水の勇者と合流な? ワーリザード達とも上手くやれよぉ」
「わかった、けど・・」
「どんな子なんだろな??」
動揺を隠せない2人。
「ついでにソイヤとヨイサも現地でピックアップしてやってくれ。先行させたんだけどなんかラミア族とトラブっちまったみたいなんだよ」
「え~っ、何してんのあの2人!」
「めんどくさっ」
予想外の話を続けて振られ、困惑したまま、2人は転送門の光に包まれていった。
・・ラミア郷東部の転送門からムツコとツヨコは出現した。
転送門は一面に湿り気の多い草が生い茂る平原の高台にあった。
「水の匂いが強いね」
「湖水帯らしいかんな。えーと・・」
ツヨコはコンパスを手にマップを拡げ、確認しだした。
ムツコはウワバミの腕輪から渦巻きマークを付けて加工した琥珀を2つ取り出し、1つをツヨコに渡した。
「はい。『虫避けの琥珀』生成してたんだ」
「おお、サンキュ」
ツヨコはポーチにそれをしまった。
「西・・こっちだっ! 途中、乗っ取られた転送門が1つ、祓い所は2つ。ずっと平地だけど、距離あるのと、草が邪魔で、所々湿地や沼もあるから、気を付けようぜ?」
「探知優先でちょっと速度落とす?」
「ああ~、その方が結局早いかもな。安全だし」
「精々命を惜しんでこうっ!」
「ミリットの言う通りっ! じゃあ・・」
2人は頷き合うと、転送門からは西にあるラミア郷を目指し、駆け出した。
役1時間半後、ラミア郷のある橋の掛かった水の小島が見える丘までムツコとツヨコは到着した。
2人ともバケツで水を被ったように水浸しで、ブーツとショースは泥まみれになっており、2人とも荒い息をしていた。
「はぁはぁ・・なんとか見えるとこまで来たね」
「ああ・・2人だと陽動利かないのと手が足りないから、大したことないヤツでも結構手間取った。なんかあちこち湿ってるから水浸しだしよっ」
「ちょっと待ってね」
ムツコは『乾きの琥珀』を生成し、2人に染み付いた水気を吸い込ませた。
吸い切った琥珀は地面に落ちて砕け、水が溢れて水溜まりを作った。
「便利だな! 琥珀っ」
「泥は砂に変わったから、はたけば落ちるでしょ?」
2人はブーツとショースの砂をはたき落とし、グローブも払い、ポーションの瓶を回し飲みしながらラミア郷へと続く橋へと丘を下っていった。
エルフ郷と違って噎せ返りそうになる甘ったるい香が立ち込める、剥き出しの石材ばかりで生身の人間であれば暮らし難そうなラミア郷の中に2人はいた。
この郷は、1つの宮殿のような建物が郷全体を覆っており、『彼女達』のコミュニティはこの建物の中でほぼ完結しているようだった。
ラミア族は『女』しかいない種族で、人間を始めとした人型種族の男と交配して繁殖する性質があった。
その上半身は犬歯が発達し、闘争心が昂ると目が蛇の瞳に変わる以外は人、ないし交配した人型種族の特徴を色濃く持つ姿をしていたが、下半身は大蛇の尾を持っていた。
下半身も人型に変身することもできたが、窮屈さを感じるらしく特に理由がなければ大蛇の尾のまま過ごす傾向があった。
美貌と強い魔力と生命力を持ち、享楽的思考の種族としてアマラディアでは知られていた。
「ほう・・お前達が『地の勇者』か」
煙管片手のラミア族の族長は、ベッドのような玉座で大蛇の尾をくねらせながら言ってきた。
「そう、みたいです・・」
「あたしらも出掛けに知らされたんだけど・・と、いうかっ! なんとっ、いうかっっ」
ムツコとツヨコは全く話が入ってこなかった。
2人の視線の先にあるのは・・谷間以外を申し訳程度に透ける薄着で覆った、そのサイズたるや123センチメートルはあるラミアの族長の乳房であった。
族長の上半身は人で言えば身長176センチメートルくらいの体格はあった。はっきりとした顔立ちの鍛えた腹筋まで持つ美人で、下着とも寝巻きともドレスともつかないシースルー気味の衣服を纏っている。
異形の種族とはいえ、2人はこれ程のプロポーションを目の当たりにするのは始めてであった。
「ふふんっ、どこを見ている?! ラミア足る者、『豊乳』は当然っっっ!!!」
「おお~っ!!!」
ハモってしまう2人。と、側に控えていた軽く武装した補佐役らしいラミア族が咳払いをした。
我に返る2人。
「あっ!あの『嘆きの水窟』の『ビザーラミアクイーン』を討伐に来たのですが・・」
「水の勇者の人、来てない? 合流することになってんだけど? それから、ソイヤとヨイサも。瓢箪の!」
「・・・」
ラミアの族長は微妙な表情をした。
「?」
「なんかマズいこと言ったっけ?」
煙管で吸った煙を吐くラミア族長。
「ミスリルワーヒョウタンの2人はわらわに対して『デカ乳音頭』なる下品な歌を歌う等の狼藉を働いたので地下牢に閉じ込めてある」
「え・・」
「何やってんだアイツら・・」
「まぁ、ビザーラミアクイーンを見事討ち取った暁にはヤツらも解放してくれよう」
「・・ガンバリマス」
「なんだかなぁ」
やる気を殺がれた2人。
と、ラミアの族長は蛇の装飾の石の灰吹きにカツンっ! と音を立てて灰を落とした。ギョッとさせられるムツコとツヨコ。
「瓢箪どもはどうでもよい。水の勇者『ヂーミン』様は・・」
「ヂーミンさんって言うんですか」
「海外系?」
ラミアの族長は目を閉じ、豊満な胸の前で両手を組んだ。
「??」
戸惑う2人。
「と~~~~ってもっっ、見目麗しい美男子であったぞぉおお~うっ?! しかも強いっ! 礼儀正しい、受け答えも隙が無く、どこか影のある様子で・・わらわのどストライクじゃあぁぁ~~~あんっ!!!!」
身悶えするラミア族長。
「美、男子??」
「男の勇者なんだ」
反応に困る2人。
「ヂーミン様は早々に嘆きの水窟に出発されてしまったが、討伐後は必ず我が郷に立ち寄るよう伝えてくれるかの?」
乙女の顔で聞いてくるラミア族長。
「ええ、まぁ言ってみますが・・」
「ちょっと相手のスケジュールがどうなってるかまではわかんないぜ?」
「とにかく、そう伝えるのじゃっ! わかったらさっさとゆけぇいっ!! 大体お主らは随分来るのが遅いぞっ?!」
「ああっ、はい。行きますけどっ! ビザーラミアクイーンの持ってる『ヴァンプアクス』はもらっていいんですよね?」
「行く前に瓢箪達の様子見に行っていいだろ?」
「好きにせいっ!!」
2人は追い立てられるようにラミア族長の部屋から出ていった。
数分後、ムツコとツヨコはラミア族の衛兵から借りたカンテラを持って郷の地下牢に来ていた。
揃いの丸い兜と魔除けのマントを身に付けたソイヤとヨイサは、念入りに魔術紋様が施された牢に繋がれげっそりとしていた。
「あ、いたよ。ふふっ」
「ソイヤっ! ヨイサっ!」
「っ?!」
ソイヤとヨイサは2人に気付くと弾かれるように飛び付いて牢の格子にしがみ付いた。
「ムツコぉっ! ツヨコぉっ!」
「冤罪なんだぁっ!!」
「なんかスケベな歌でおちょけて怒らせたんでしょ?」
「ただの歌では無いっ!『音頭』だっ。しっかりフリ付きで歌った」
「歌詞もいいんだっ! はぁ~~~デッカいなぁっ!! デッカいなぁっ! そーれそれっ!! こんなお乳は」
「やーめーてっ!」
「歌わなくていいや」
「芸術がわからないのかぁっ?!」
「ダメだっ! 我々を理解するには観客のレベルが足りなかったっっ。ムキィ~~っ!!!」
「調子に乗り過ぎるからでしょ?」
「空気読んどけ」
「何ぃっ?!」
「迎合しろと言うのかぁっ?!」
触れるとバチバチと何やら反発する牢の格子から出てきてしまいそうな勢いのソイヤとヨイサ。
「とにかく討伐が済んだら解放してもらえるように交渉したから」
「後で迎えにきてやんよ?」
「ホントかぁっ?!!」
「勇者よぉっ!! 俺は初めて見た時からどこか骨のあるヤツらだと思っていたぜぇっ!!」
態度が一変するソイヤとヨイサ。
「よく言うよ」
「最初、ボッコボコにしてきたクセによっ」
2人は尚もギャーギャーと格子越しに絡んでくるソイヤとヨイサを置いて牢の前から去っていった。
そのまま郷から出る為に一階に上がろうとすると、地下の廊下の暗がりに顔をヴェールで隠したラミア族が7人待っていた。
「何?」
「何で顔隠してんだ? んっ」
ツヨコは言い終わってから後悔した。
近くでカンテラの灯りで照らして見ると、7人のラミア族の内、2人は人型でも人間やエルフ等とは違う異形系の血統のラミアで、残る5人は老婆、胸が薄い者、極端に小柄な者、極端に大柄な者、太っている者であった。
「あーごめん。なんつーか、お前らのカルチャーとか、よくわかんなくて」
「いえ・・我々はラミアの中では『忌み者』とされております。容姿に恵まれても若い内に一定の地位を築けぬ者は老後、良い扱いは受けません」
「それで、私達に何か用?」
忌み者達は互いに確認し合うような素振りを見せた。
「・・ビザーラミアクイーンはなるべく苦しませず、しかし完全に滅ぼしてあげて下さい」
忌み者達は両手を胸の前で交差させるラミア式の礼で頭を下げた。
「あの魔物が復活して、洞窟から眷属をバラ撒くからお前らも迷惑してたんだろ?」
「ビザーラミアクイーンは、忌み者への忌避感が特に強かった時代に起きた反乱で、敗れた者達があの嘆きの水窟に生きたまま閉じ込められて発生した魔物です」
息を飲むムツコとツヨコ。
「今では我ら忌み者達のコミュニティもありますし、別の土地へ去ることもできます。しかし、我らはあの魔物が哀れなのです」
「・・わかった。ちゃんと倒すよ」
「苦しませずに、っていうのは難しいかもしれないけどな?」
2人は厳しい表情でそう答えた。
嘆きの水窟への道程は、先行したらしい水の勇者ヂーミンが既にルート上の乗っ取られた祓い所と転送門を全て解放してくれていた為に特に障害という程の障害は無く、近い距離ではなかったが比較的短時間で走破することができた。
慣れたこともあって水浸しにはなったものの、泥を下半身に被ることはもうなかった。水は乾きの琥珀で処理した。
周辺は掃討済みらしい嘆きの水窟の入り口前では簡易な祓い所の設置をしているワーリザード達が10数名程いた。
ワーリザード族は2足歩行する擬人化した蜥蜴型の種族。ワーリザード達もこの湖水帯をテリトリーとしており、味方に付く交渉をラミア族と合わせてソイヤとヨイサが事前に進めていた。
外皮の発達したワーリザード達は基準が違うらしく、上半身は皮のベストを直に着て、下半身は皮のショートパンツを履き、足は厚手のしっかり固定するタイプのサンダルを履いていた。
鎧兜は特に特徴は無かったが、作業中の為、見張り以外は手に持つ武器は持っていなかった。
「あれ? 冒険者か?」
「いや、勇者じゃね? 後から来る方の」
「っぽいな」
「おーいっ!!」
ムツコとツヨコは作業中のワーリザード達に招かれる形で入り口前へ来た。
「なんかもう『事後処理』みたいな雰囲気だけど?」
「まさかもうビザーラミアクイーン倒しちまったのか?」
「倒しちゃいないよ? ここは地下4階までなんだが、なんだかんだで地下2階まではほぼ制圧できたんだよ。3階もメインルートは押さえて、ルート脇に魔除けの石をズンズン設置してるとこだ」
「手際いいね!」
「もうあたしら来なくてよくねーか?」
「いや、水の勇者さんが来るまではちょっとヤバかったんだよっ! ほら、ラミア族のヤツらって好戦的だろ? 最初、勇者が1人も来てねーのに勝手に洞窟に突っ込んじまってさ。放置もできねぇから俺らも付き合うハメになって、なんのプランもねーし、消耗戦になっちまって」
思い出してうんざり顔をするワーリザード達。
「あちゃ~」
「ラミア族の人らなんか独特だったしなぁ」
「水の勇者さんがギリ間に合って、あの人、嘘みたいに強ぇから、そっから形勢逆転っ! まぁ現状に至る、ってとこだ」
「じゃあ、一番先頭は今、地下4階?」
「ああ、ラミア族の生え抜き達が水の勇者さんと一緒にアタックしてる。俺らは後詰めで後処理の支度始めてたとこだ。タイゾーっ!」
「は~い」
ワーリザードは一番若手に見えるワーリザードに声を掛けて、呼び寄せた。
「地の勇者さん達を地下4階まで案内してやれっ! 4階からはラミア族のヤツらが引き継ぐだろ?」
「うっす」
タイゾーという名らしいワーリザードは2人の前まで来ると、曲げた右腕の掌を見せる形で頭を下げるワーリザード式の礼をした。
ムツコとツヨコも釣られて軽く頭を下げる。
「タイゾーっす。案内するっす」
「私、ムツコ。よろしく」
「ツヨコだ。よろしくな」
「っす!」
淡白な様子でもあったが、下っ端気質のタイゾーに2人は少し苦笑してしまった。
ムツコとツヨコは、タイゾーの案内で拍子抜けする程安全に地下3階まで来ていた。
「今回、移動は結構あったけど、バトル的には楽チンだなぁ」
「良かったっすね」
「タイゾー君達的にはビザーラミアクイーンってどんな感じなの?」
ムツコは何気無く聞いてみた。
「どんな感じ? ・・まぁ、ラミア族内で昔、色々あったみたいですけど。魔物、ですよね? 正直、街の酒場や図書館に毒蜘蛛なんかが出て騒ぎになった、とか、そういうのとそんな変わんないっす」
「そんなもんかぁ」
「たまたま同じ地域に住んでるだけだもんな」
「薄情っすかね?」
「いや、全然」
「普通だよ」
「っすよね」
『メディアのニュースで悲劇を見ている感覚』は、地球から来た2人にもよくわかった。
そうして4階へ降りてすぐのラミア族達が作った簡易祓い所でタイゾーと別れ、案内を引き継いだラミア族の先導でラミア族の攻略最前線まで来た。
ラミア族達は浅い水辺の広間でラミア族がアンデッド化した魔物『ラミアゾンビ』の群れと交戦していた。
水の勇者らしき者は見当たらなかった。
苦戦している様子なので取り敢えず、『金属の槍』と『絡み付く蔓』を水底から多数発生させて、半数程度のラミアゾンビの動きを封じた。
「っ?! 地の勇者かっ!!」
「遅いっ!!!」
手厳しそうなラミア兵達。
「あ、遅れましたー」
「水の勇者は?」
「ヂーミン様はこの先へ進んで頂いた! 眷属どもはキリが無いっ。頭を叩かなくてはっ!!」
「お前達もゆけっ!!」
「あ、はい・・」
「『ヂーミン様』と『お前達』で結構差があんのな」
「『よくわからん遅刻した女達』と『ピンチを助けてくれたイケメン』の違いでしょ?」
「なるほどー」
「何をお喋りしているっ?!!」
「ああっ、はいはいっ」
「当たり強っ」
2人は慌てて示された洞窟の先へと駆けていった。
道中、既に打ち倒された魔物の山を抜け、強い闇の気配の近くまで来ると、下方に岩がいくつも露出した地下水脈にが見える所に出た。
そこで、金属の身体を持つ巨大蟹の魔物『メタルヘルシザー』3体と、二十歳前後に見える2人と同じくやや耳先の尖った青年が対峙していた。
青年は黒髪で細く鋭い目をしており、しなやかに整い、引き締まった長身の持ち主であった。
上半身にはギャンベゾンの上から中量型のミスリルメイルを着込み、ミスリル製の額当てを付け、フード付きの魔除けのマントを羽織っていた。
グローブは指貫タイプで、ウワバミの腕輪は右腕に嵌め、ミスリルショートソードを右の腰に差していることから左利きと見られた。
長い足にゆったりとしたパンツのブレーを穿き、ゲートルを巻き、ムツコやツヨコが履いている物より重く頑強そうなブーツを履いていた。
両手には龍の装飾が施された強い『水』の力を宿す槍を持っていた。
岩の上で静かに構え取る青年。地下水脈の水が槍の穂先に集まり圧縮しだす。
「うん、どう見ても水の勇者だな」
「ふぁ~~っ、イッケメーンっ!!」
「・・・」
目の色を変えるムツコに若干引くツヨコ。
「ハッ!!!」
青年は圧縮した水を宿した槍を手に超高速で突進し、1体のメタルヘルシザーを粉砕。続けて鋏を振るってきたメタルヘルシザーを鋏ごと粉砕。
最後のメタルヘルシザーは『酸の泡』をはなってきたが、これは槍に纏った水を解放して渦を作って絡め取り打ち消し、『水の上』を掛け抜けて向かって右側の足を切断して体勢を崩した。
「沸騰しろっ!!」
青年がそう叫んで掌で回り込んでいたメタルヘルシザーの背面に触れると、魔物は前身を一度震わせてから猛烈な蒸気を上げ、半ば融解して、湯気を上げながら地下水脈に沈み、流されていった。
「ふぅ・・」
一息ついて、頬まで一筋落ちた汗を拭う青年は、気付いていたムツコとツヨコの方を見上げた。
「やぁっ! 言葉は通じてる?」
「あ、はいっ!」
「日本語・・いや、『言語適応ボーナス』ってヤツか」
2人も地下水脈の岩の上に降りた。
「日高・・ムツコですっ! こっちはツヨコ。妹です」
「妹っ?!」
衝撃を受けるツヨコ。
「私達は地の勇者? ということになりました。貴方も地球から来たんですよね?」
「うん」
青年はやや複雑な微笑みを浮かべた。
「僕はツァイヂーミン。ヂーミンと呼んでほしい。台湾出身だよ? ある日、転生して水の勇者を担うことになったんだ。ゲームもアニメも漫画も、ライトノベル? というのも、あまり詳しくないから最初は本当に困ったよ」
「でもあんためっちゃ強いっ。地球でもなんかやってたのか? カンフー? とか」
「何も。僕の方が10日くらい? 転生が早かったみたいだから、機会は多かったと思う」
「ホントですかぁ? 凄い槍捌きでしたよぉ?」
ヂーミンの乗ってる岩に飛び乗りそうな挙動のムツコ。ツヨコはムツコのギャンベゾンの肘の辺りを摘まんでロックしておいた。
「ホントだよ? 僕は地球では病弱で、死因も病死だから」
「ええ・・」
「ん? それ、ヤバいんじゃないか?」
ツヨコは成り行きながら、魔王討伐の『報酬』のルールを把握しているつもりだった。
「向こうで生き返っても身体がそんなんじゃさ・・。『復活』と『健康』って、両方叶えられるのか?」
「ちょっとツヨコっっ」
いきなり立ち入るツヨコにムツコは慌てた。
「無理だね。願いが2つになってしまう。僕は使命を果たしたら、『残した家族全員に多少の金運』を願うことにしたよ」
唖然とする2人。
「そんな・・くらいでいいの?」
「自分以外で複数だと、そこまで制限が強いのか?」
「僕の家族はずっと貧しさに苦しんできたから。ちょっとズルかな? とも思うけど、これくらいは・・」
ヂーミンは手にした『海皇の槍』をくるり、と1回転させた。水飛沫が円を描く。
「少しはさ、いいことがあっても、ね?」
細い目をさらに細めてヂーミンは笑った。
闇の底で、ビザーラミアクイーンは絶えることの無いどす黒い復讐心の痛みと吐き気に苛まれていた。
闇、闇、闇。復活等したくはなかった。だが、時は来てしまった。破局の主の鼓動が聴こえる。慣れ親しんだ、暗い地の底の、自分等より余程暗い、真の闇の底から喚ぶ声が。
と、ビザーラミアクイーンの巣食う封印の間の扉が開かれ、3つの人影が現れた。それが決して自分と相容れないものであると、一目で知れた。
「勇者か・・『邪悪な魔物』を倒しに来たのか? ククククッ」
「そうだけど、そんなんじゃないんだよっ?!」
ムツコはミスリルカイトシールドとグラスレイピアを構えた。
「言い訳しない。お前を殺しに来たよ? ついでにそのヴァンプアクスももらうよっ?!」
ツヨコはミスリルグレートアクスを構えた。
「一応聞いてみる。君が魔王に協力して、なんの得があるんだい? それともただ悔しくて暴れてるだけ?」
ヂーミンは海皇の槍を構えた。
「魔王が創ろうとしている『次の世界』にも、きっと私の居る場所は無い。だが、せめて私は『今の世界』を破壊する。私を愛さなかった、この世界をっ!!!」
ビザーラミアクイーンは瘴気を纏った骨の上半身と毒蛇の髪、無数の滅びた忌み者達の顔の張り付いた大蛇の尾を持つ魔物だった。その右手には漆黒のヴァンプアクスが握られていた。
「汚されろっ!!!」
ビザーラミアクイーンは封印の間の扉を閉めさせ、封印の間全体に毒沼を発生させた。
「そそり立てっ!」
ツヨコは封印の間に数百本の金属の柱を発生させ。自分とムツコとヂーミンをその上に避難させた。
ビザーラミアクイーンは尾で伸び上がってヴァンプアクスを振るい、ヂーミンに襲い掛かった。
飛び上がって避け、追い打ちしてきた毒蛇の髪を穂先に纏わせた魔力の刃で大きく切断するヂーミン。
距離の近かったムツコもグラスレイピアを振るって『ガラスの弾丸』を放ってビザーラミアクイーンを牽制した。
「ムツコっ! 毒沼のガスがヤベぇっ! 先そっち頼むわっ」
「えっ? う~っっ、わかったっ!」
ムツコはガラスの弾丸を連発して後方の金属の柱に飛び移っていった。
飛び移りながら必要な力を持つ琥珀の生成に取り掛かる。
「どぉりゃっ!!」
ヂーミンとの交戦に気を取られたビザーラミアクイーンの左腕を斧で切断するツヨコ。
すかさずヴァンプアクスを振るうビザーラミアクイーン。
ツヨコはそれをミスリルグレートアクスで弾いたが、斧がヴァンプアクスに触れた瞬間っ! 一気に生命力と魔力をヴァンプアクスに吸われた。
「うっ?!」
力が抜け、金属の柱への着地に失敗しそうになるツヨコ。
「ツヨコっ!」
ヂーミンはツヨコの下方に『弾力ある泡』を発生させてバウンドさせた。
「わっ?! 」
跳ねた先の金属の柱の上に着地するツヨコ。
「ヂーミンっ! 助かったっ!!」
「あの武器に触らない方がいいみたいだよっ?!」
ビザーラミアクイーンがツヨコに追い打ちしないよう、『水の刃』を連打して牽制するヂーミン。
「了解っ!」
ツヨコはエリクサーを取り出して1本、一気飲みした。体力と魔力が回復する。
「ぷはっ! うっ、げほげほっ」
飲み終わった拍子に徐々充満してきた毒沼のガスに噎せるツヨコ。
「ムツコっ! まだかよっ?!」
「今やるとこっ!! それっ!」
ムツコは『拡大し大気を浄化する琥珀』を生成し終わり、封印の間の天井にそれを放った。
天井に刺さった琥珀は見る間に広く大きく拡大してゆき、封印の間の毒沼のガスを浄化し始めた。
「おのれっ!」
琥珀に気を取られた隙に、ヂーミンはビザーラミアクイーンの右腕を槍で打ち抜いて切断した。右手とヴァンプアクスを失うビザーラミアクイーン。
「ぎぃいいいぃぃぃっ!!!!!」
血涙して吠えるビザーラミアクイーン。そこへ、ムツコのガラスの弾力が降り注ぎ、さらに怯ませられた。
「もう一丁ぉおおーーーっ!!!!」
斧を構えて回転しながら飛び込んできたツヨコが、ビザーラミアクイーンの額から腹までを回転の勢いで切り裂き、跳ねて飛び退いた。
「がぁっ!!! っ?!!!」
宙でヂーミンが生み出した渦潮を旋回させる海皇の槍の穂先に圧縮していた。
「君はもう、終わっていいんだよ」
ヂーミンは槍を一閃し、『渦潮の刃』でツヨコが付けた傷口をなぞり、ビザーラミアクイーンを両断した。
「あ、あああああっっっ!!!!!」
裂けた上半身を震わし、身体を崩壊させてゆくビザーラミアクイーン。
ムツコは前衛の金属の柱に飛び乗った。
「今はっ! 忌み者と呼ばれる人達はコミュニティを作ったり、別の土地に移ったりしていますっ! たぶん貴女達の戦いは無駄じゃなかったよっ?!」
「・・私が多数派なら逆のことをしていた。我々に善等無いのだ、勇者よ・・・」
二つに割られた骨の口の端を僅かに歪め、ビザーラミアクイーンは滅びていった。
嘆きの水窟から一番近いすぐ使える転送門に3人は来ていた。
ツヨコの手にはヴァンプアクスがある。
「ツヨコ。それ、使えそう?」
転送門の円形に台座に一人乗ったヂーミンが聞いた。
「うーん、なんかビリビリする。知恵の塔に帰ったらムゲンに調整してもらうよ」
「ヂーミンっ! また他のクエストでも一緒に頑張ろうねっ」
「うん、ムツコ」
完璧な営業スマイルをするヂーミン。
「ヂーミンさ」
収まらないヴァンプアクスを見ていたツヨコは顔を上げた。
「ん?」
「変わりの願いをするつもりにしても、もう帰らないワケじゃんか? 地球」
「ツヨコ! あんたまた」
「いいんだ、ムツコ」
ヂーミンは営業スマイルをやめ、ツヨコを見た。
「わけわかんない、このゲームみたいな世界でさ、どんなモチベーションで戦ってんだ? まぁ家族のこととかはあるんだろうけど」
ヂーミンは空を見上げた。見たこともない怪鳥の群れが大空の下を飛んでいた。
「地球では、ずっと寝たり起きたりの生活だった。僕はたぶん、今、楽しんでるんだと思う。この死後の世界を」
「ヂーミン・・」
ムツコは同情を感じたが、
「死後の世界かぁ・・いいなっ、それっ! なんかお花畑みたいなとこじゃなくて、冒険できて、ぶっちゃけあたしも今、楽しいっ!!」
「ツヨコ??」
「ふふっ、君も変わってるねっ!」
満面の笑顔のツヨコにムツコは困惑し、ヂーミンは釣られて、営業ではない普通の笑顔を見せていた。
しかしである。
「何故ヂーミン様を連れてこないのだぁあああ~~~っ?!!!!」
ラミア郷に2人だけで戻ると当然ラミア族長は大激怒であった。
「いや、なんか忙しかったみたいで・・」
「まぁ、洞窟の魔物は倒したし」
「お主らぁああ~~~さてはぁ」
大蛇の尾で伸び上がって2人に近付くラミア族長。仰け反るムツコとツヨコ。
「ヂーミン様に横恋慕してわらわと遠ざけようとしたなぁーーーっ?!!!」
「いやっ、違いますってっ!」
「なんも考えてねーよっ?!」
「そんな貧しい乳でわらわと競えると思っておるのかぁっ?!!」
2人を抱えてその圧倒的な豊乳で抑え込むラミア族長。
「ぶはっ?! くっ、息がっっ、誤解ですぅっっ・・・」
「むごぉおおおっ?!!」
「白状せいっ!!!」
2人はそれから10分余り、豊乳にて散々攻め立てられるハメになった。
「・・はぁ~っ、圧殺されるかと思ったね」
どうにか解放された2人は、ソイヤとヨイサを連れて帰るべく地下牢の入り口へ向かっていた。
「いやでも、ちょっと『有り』だったな」
「ツヨコっ?!」
等と言って石の廊下を歩いていると、地下牢の入り口近くに行き掛けに会った忌み者達がいた。
入り口の衛兵はムツコとツヨコには離れていてもラミア式の礼をしたが、忌み者達は完全に無視しているように見えた。
「あっ! 皆っ、ちゃんと倒したよっ?!」
ムツコは忌み者達に駆け寄ろうとしたが、彼女達はそれを遮るように深々とラミア式の礼をして、そのまま無言で去ってしまった。
「あー・・そう、だよね。そうなるよね」
ツヨコはムツコの肩に手を置いた。
「ムツコ。勇者ってたぶん、殺し屋みたいなもんなんだよ?」
「うーん、なんか、もっとヒーローしたかった、かも・・」
やるせなそうなムツコをツヨコが励まし、2人は地下牢へ向かうのだった。