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双子勇者  作者: 大石次郎


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凍結海 後編

あたし、ツヨコ・ヒダカは、どこまで続いてんだかわかんない氷河の海に面した岸に来ていた。

そこには唐突に装飾を施した2本の柱が立ってて、その間には雪に塗れた石碑が置かれて鍵穴もある。ちょっと珍しいタイプの『入口』。


「黄金羅針盤は戦闘で使えるレベルで修理できてないぞぉ? ツヨコとピスカはムツコから離れたらダメなぁ」


近くに停めた雪上船をキープする役回りのジンゴロが言ってきた。


「任せとけ」


「第2夫人を守ってあげなくちゃねー?」


「クドいよ? ピスカっ」


ムツコはたぶんイジられてると思ってんだろうけど、たしかオーガ族は多婚制たこんせいで男も女も妻や夫をたくさん取れる。

『ピスカが素でそのつもり』と気付いてからが厄介だろな・・。ま、あたしは知らんけど。


「守護している巨人の寄生リスクは?」


冷静に聞くヂーミン。コイツは受け身なようでグイグイ仕事進めるところがある。

地球で叶わなかった『働くこと』を叶えて、勇み足気味って自覚は無さそ。


「ここの結界でダメなら、とっくに俺っち達は総崩れさぁ。それから『彼』は好戦的でもないから、対応間違えないでなぁ」


ジンゴロの回答に困惑するヂーミン。困り顔もイケメ~ン。


「試練は? 巨人と戦うって思ってたんだけど?」


気の無い感じで言うユーゴ。イケメンというより、少女漫画みたいな顔してる。で、こういうスカした口調はコイツなりの予防線。

地球での芸能活動は聞かれなくてもペラペラ喋るけど、家族なんかのプライベートの話はダンマリ。

でも、わりとお喋りだからややこしい。


「試練は『精神的な物』さぁ。この先、必ず敵から突かれる。ここで越えとくんだぞぉ?」


「なんか、ヤダな・・ま、そういう『件』ってことだろうけどね」


一瞬、内向的な顔を見せたけど、すぐいつもの1枚マスクを被った表情に戻るユーゴ。なんだかな・・。


「やるだけやるさ。船を頼んだぜ? ジンゴロ」


「頼まれだぞぉ」


ジンゴロから鍵を受け取り、石碑に歩いてゆくアビシェク。

ムツコが一撃でハートを狙撃されたのは置いといて、あたしはコイツが今回の勇者召喚の本命だったんだと思う。

1人だけ強過ぎるし、心も強い。判断もできる。

あたし達はアビシェクが魔王と戦えるようにサポート、いや、もっとはっきり言ったら弾除けなんかじゃないかな、って思ってる。

歴代勇者の記録を読んでみても、毎回『1人』ズバ抜けてたし・・きっと勇者を造り出す、この世界の神様のリソースがそんなに余裕無いんだと思う。


「開けるぜ?」


「アビシェク、気を付けてっ」


「私もそう思った!」


ファン2人に応援されながら、アビシェクは凍結海の鍵を使った。



・・・あれ? なんだっけ?? あたしは隣街のショッピングモールに来ていた。

頬に、温かい物が流れる。そうだ、喧嘩したんだ。友達と。皆、帰っちゃった。あたしが空気悪くした。


「はーいっ!『グッピーU』ありがとうございましたっ。次のチームは・・」


モール内のイベントスペースで、地元の小中高生のダンスチームのイベントが開かれていた。私達も、出るはずだった。

受験終わったくらいのタイミングで、他の中学生部門の子達が、ダンススクールや部活でやってたガチ勢がほとんどでレベル違い過ぎるって気付いて、怖じ気づいて、私達はエントリーを取り消してしまった。

この時間帯は中学生女子。見たことある子達の顔もあった。

同じ学校で、ダンススクールにも通わず別に部活でもないけど、受験の合間にちゃんと集まって練習してた子達もいた。

きっとああいう子達が主人公。


キャップを被ってるあたしは、その子達と目が合う前に帽子のつばをズラして目線を隠してその場を去った。

人気の無いトイレ近くまで来て、スマホを確認する。写真のSNSのDMを開く。

怒ってる子、謝ってくる子、全然関係無いこと書く子、何も送らずに様子見てる子・・色々だった。

あたしは既読にだけして閉じて、スマホをしまった。また泣きそうになったからトイレに避難する。

帽子を取って、洗面台で顔を洗って、ハンカチで顔を拭く。帽子を持って、すぐ出ようとしたけど、鏡は前だけじゃなく、洗面台の横にも全身映るやつがあった。


(あ、カッコ悪い)


手入れが面倒だからってだけの短か過ぎる髪、サイズが大きい以外は小学校の頃と変わらないような簡単な服。洗濯し過ぎてヨレてちょっと白っぽい。

気付いてしまった。もう『あたし』は消えるべきだ、って。だよね。『私』を始められない。

頑張った方だったよ? あたし。後はよろしく、ダンスシューズはせめて捨てずにしまっといてくれよ? 私。


じゃあ、バイバイ。


あたしは、消え始めた。透明になってゆく、私の中に吸い込まれてゆく。これで、むつ子は大丈夫・・


・・・・・・バンッッ!!!


あたしは右の拳で鏡を殴った。少しヒビが入って、あたしの血が滲む。痛みで頭が少しスッキリした。


「なワケねぇっ! 危なっ、リピートするところだったぞっ?! この野郎ぉおおっ!!」


『どの野郎』だか知んないけどっ、あたしの髪は伸びだして銀髪に変わり、瞳も銀色の吊り目に変わった。耳も尖り、エルフに近くなる。

顔を拭いたばかりでアレだけど、取り敢えずハンカチを出血してる右の拳に巻いて結ぶ。と、


「ギィッ!!」


「ギャッギャッ!!」


トイレの中に武装したゴブリン達が入ってきたっ。


「女子トイレだぞ?!」


装備は戻ってない。あたしはトイレの個室の壁を三角跳びしてゴブリン達を飛び越えて、トイレの外に跳び出した。

着地の勢いを殺し切れず、受け身を取って転がる。受け身が下手っ。身体もなんか柔らかいし、重いっ。力が戻ってないっ! これだけの動きでもう心臓がバクバクして息が上がってる。

ゴブリン達も反転してくるっ。床に手をついて金属を生成しようとしたけど、何も起こらないっ!


「クッソっ! 見た目だけかよっ」


あたしは走った。モールに人影は無くなっていた。

走るっ。武器になりそうな物はっ? 雨具売り場っ! 蝙蝠傘っ! あたしは傘立てから1本引っこ抜く。

取り敢えず出口を目指すっ。境界はあるはずっ! 無い場合は別の条件があるはず! 1個ずつ潰すっ。

ゴブリンは普通にボウガンを撃ってくる。『撃ち気』を読むことはできた。普通の人間の力じゃ、とても傘で弾けそうになかったから、避ける。

前方の売り場の側面からもゴブリン達が跳び出してきた。これがゲームならそこそこクソゲーだっ!

あたしは撃ち、投げ付けてくる矢と、手斧ておの手槍てやりとナイフを踊るように避けながら(あたしがあたしだった頃にできたことは全部できるみたいっ!)、前方のゴブリン達に接近した。

そのまま棒高跳びの要領で傘を使って、ゴブリン達をまた飛び越え、今度はなんとか転ばず、着地して走り抜けるっ。

出口近くまで来たっ。と前方脇のエレベーターが開いて中からゴブリン達が溢れる。クソ演出っ!

ちょうど側面から来られる形になってこれは飛び越せないっ。


「どぉりゃっ!!」


あたしは回転して姿勢を低くして、近付いたゴブリン達の先頭の個体の膝や足首を払って転倒させて、後続も躓かせ、足留めすると、曲がった傘を手に出口まで向かい、自動ドアを開き、外に走り込み・・



薄暗い氷の回廊を走っていた。装備は戻り、傘はヴァンプアクスに変わった。

身体が軽く、力強い。試しに足元から鉄柱を生成して乗って、前方に跳び出してみた。


「よしっ! 戻ったっ」


滑る氷の回廊に難なく着地して軽快に走る。と、あたしに並走するように、虚空から、むつ子が飛び出してきた。

殺された時の格好で、確か助けた子のランドセルを持っていたけど、走りながらすぐに元の装備に戻り、ランドセルもマグマの盾に変わった。


「よっ! むつ子っ。お前はあたしに感謝した方がいいぞっ? 毎度なっ」


「何がだよっ?! 酷い目に遭ったよっ? 何この試練っ? 最低っ!!」


むつ子が怒り出していると、今度はピスカが虚空から飛び出してきた。

格好は特に変化は無いけど、なんか走りながら泣きベソかいてるっ。


「ピスカっ! 大丈夫かよっ?」


「大丈夫っ! ピスカはなんともないっ。うわーんっ!!」


「号泣してるしっ、・・おっ?」


周囲に氷できた、出来損ないのゴブリン達が現れだし、迫ってくるっ。回廊も無駄に広くなってきた!


「むつ子っ! 羅針盤使えるかっ?」


「・・行けるっ! 出口を示すよっ」


黄金羅針盤を輝かせる、むつ子。


「ピスカっ! むつ子を守んぞっ?」


「わかったっ! 第2夫人守るっ」


「まだ言ってるよっ」


棍棒は使い切ったあたしは遠距離攻撃手段が無くて、効率悪いけど鉄柱生成で撃退し、ピスカかは見えざる鋏を連発して氷のゴブリン達を撃退しだした。

この子、なんで攻撃が全部鋏なんだろ??


「あそこが出口っ!」


むつ子が示すと、その先に光が見えた。氷のゴブリン達を振り切り、あたし達はそこへ飛び込んだ。



気が付くと、妖しいダイヤモンドダストが際限も無く漂う氷河で埋まった海の上に、私達3人はいた。

近くでヂーミンも疲労困憊の様子で起き上がろうとしていた。


「アビシェクっ!」


最初に、むつ子が気付いた。アビシェクは少し離れた位置で、片手を、倒れたままうなされているユーゴの額に当て、火のエレメントの力を流し込んでた。


「おうっ、ムツコ。全員気付いたか。ユーゴがちょっとヤバそうでよ。引っ張り出せねーかと思って」


アビシェクはユーゴの意識のサルベージを試みてるらしかった。すると、


「うーん・・熱いっ?!」


実際、火花を散らして跳ね起きるユーゴ。


「ちょっ?! アビシェクっ?! 急にゴブリンとか燃えたと思ったらっっ、君っ?」


「いや、中がどうなってるか知らねーけど」


「ああ、まぁ、ありがと」


気まずそうなユーゴ。


「どうにか全員クリアできたようだね。後は、巨人・・」


疲れ切ったヂーミンがセクシーに垂れた前髪を耳に掛けた辺りで氷河が海が隆起しだしたっ。

全員、反応が遅れたピスカは、むつ子が鎧から出した蔓で掴んで隆起から飛び退いた!

海中から、氷河を割って、ゾウアザラシ型ベースの巨人が出現した。デカぁっ! 山じゃんかっ。


「・・よくぞ試練を越えた。勇者達よ。己が死に至る程の弱みと、しかし戦わねばならぬ『意志』、忘れてはならない。・・これを」


巨人はデカい手からすると、あんまりにも小さな光る球を浮遊させて出して、アビシェクに渡した。


「永久凍結のオーブだ。200年掛けて力を蓄えた。この時代の魔王の軍勢にも効果覿面であるはずだ。上手く使うといい」


「・・あんたも一緒に戦ってくれないか?」


アビシェクが笑い掛けた。『山賊スマイル』だね。


「私はもう力を使い果たした。私自身が魔族に利用されぬよう、深い底の結界で眠る。お前達の勝利を夢見よう・・」


巨人は凍結海の底へと還っていっちまった。



あたし達はワーセイウチの郷を目指していた。また襲われるリスクがあるから、全員バッチリ回復済み。


「これでワーセイウチ達も納得して、ここいらの転送門の凍結、解除するに違い無いぞぉ?」


操舵桿を手に上機嫌なジンゴロ。服がモコモコしてるよ。

ワーセイウチ達は元々排他的なとこがあったみたいだけど、郷の周囲の転送門を凍結させることで守ってみたいなんだよ。

因みに祓い所は、放置。おかげでここらは冒険者達も手が付けられなくもなってた。


「なんか、今回は一際疲れたねー」


「むつ子、毎回そんなこと言ってねぇか?」


「しょうがないでしょっ? 毎回酷い目に遭うっ!」


「ピスカもあんまり活躍できなかった・・」


落ち込んでるピスカ。


「むつ子を守ってくれたんだろ? 十分だぜ?」


「・・その褒め方は、ピスカはあんまり嬉しくないっ」


むくれるピスカ。


「むぅ・・」


対処に困ったアビシェク。むつ子を見たけど、ツーンっ! とそっぽ向かれた。


「魔王軍の『物量』対策の秘宝、1つ目は手に入ったね」


アビシェクからもらった林檎を齧ってるヂーミン。『CMの画』になってる。


「あと、1つかぁ。次は普通の戦闘がいいよ」


永久凍結のオーブをしげしげと見ているユーゴ。

『ユーゴのメンタルが思ったより弱い』問題、対策した方がいいんだろな。知恵の塔に戻ったらムゲン達に相談してみよ。


「つよ子」


「ん?」


ハーブ水飲んでたら、むつ子が話し掛けてきた。よくよく見るとタレ目だな、と。緑の髪と瞳。ベースがあたしだから、変な感じ。


「試練の時さ、私の中にあんたがいなくて、勇者の力も使えなくて、ホント、大変だった」


「ああ、まぁ」


「地球でさ、ヤバかった時。たぶん死んじゃった時、以外も何度もあった思うんだけど」


「うん」


「いつも勇気をくれてありがとね」


「・・別に」


ヤバっ、泣きそう。


「え? それ、どういう意味??」


ユーゴが何気に聞いてくる。

あたしと、むつ子は一度顔を見合わせて笑って、あたし達が2人に分かれた経緯を皆に話してみた。

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