凍結海 前編
雪上船の魔力障壁を抜けて、風や雪片がいくらか抜けてきていた。
ゴーグルをしてないと怖いくらい。
私、ムツコ・ヒダカが相方、ツヨコとこの異世界アマラディアで勇者を始めて1月半が過ぎようとしていた。
魔王が地下世界から来るという期限まであと1月半くらい。折り返し、なんだろね。
全て上手くいったとして、元通りの『日高睦代』に戻れる自信は、もう無い。
ツヨコに至っては地球に戻るつもりがあるかどうかも怪しいし・・
ま、とにかく今の私達は、運転しているジンゴロと船室で休んでいるユーゴとヂーミン以外、そんなに広くない甲板に全員出てきていた。
どこまで見渡しても雪景色。所々に『氷の木』も生えている。
魔物の姿もあったけど、船の障壁の効果で間近に迫ったりしない限りは殆んど気付かれもしない。
「ミリット、連れてきてやりたかったな」
この間のクエストで手に入れた『戦乙女の鎧』の上から、防寒服を着込んで少し動き難そうな、つよ子。
ゴーグルと防寒服は私達全員装備していた。
「氷属性だし。というか、今日はチャッホー達、手伝ってんでしょ?」
瓢箪達は今は世界中の冒険者なんかの協力してくれる人達と一緒に『細々としたクエスト』の処理に当たってくれていた。
私達が全員揃って大掛かりなクエストのみに対応するようになったからだ。
「俺達も上手く今日中に片そうぜ?」
言いながら、小瓶の酒を一口飲むアビシェク。
普段は合間合間にお酒を飲むはどうなの? って思ってたけど、これだけ寒いと私も飲みたくなった。
この世界での私の年齢はよくわかんないし、法律も曖昧だし、私も一口・・と思っていると、
「いっただきぃ~っ!!」
額の髪の生え際辺りに2本の小さな角を生やした『オーガ族』の、人間で言ったら13歳くらいの褐色の肌の小娘が、アビシェクから酒瓶をヒョイっと盗った。
「こら、水や茶じゃないぜ? これ食っとけ。ピスカ」
オーガの小娘、ピスカは酒を飲もうとしたけど、アビシェクにあっさり取り返され、代わりにウワバミの腕輪から出した林檎を渡されていた。
「もぉ~っ、オーガ族は寿命長いんだよ? アビシェクぅ。あ、美味しい~」
と林檎を齧りつつ、アビシェクに身を寄せて、私の方を挑発的に見てくるピスカっ! 小娘っ!!
「はいそこ、近い~」
私はアビシェクとピスカを引き離そうとしたけど、ピスカはアビシェクにしがみ付いて断固離れないっっ。
「離れなっ」
「離れるかどうかはピスカが決めるっ!」
「自分で自分を名前で呼んでいいのは『マスコット的な人』だけなんだよっ!」
「秩序の塔ではピスカは皆の妹っ!」
絶対離れないピスカ。
この小娘はミリットと同じく闇の祝福を受けた子だったけど、アビシェクとアビシェクの案内人に倒されて正気に戻ったらしい。
そしてアビシェクに、め~~~っちゃっ!! 懐いたっ!
「妹なら兄から、は・な・れ・ろっ!」
「痛い痛いっ!! アビシェクぅ~っ」
「やめとけって」
アビシェクはピスカも私も引き離した。離されても臨戦態勢を解かない私とピスカっ!
私は少し前のクエストで手に入れた『樹海の鎧』から蔓を生やしてピスカを威嚇っ。
ピスカも無属性の魔力を高め、髪を逆立てて威嚇してきたっ。
アビシェクが呆れているけど、ここで引き下がっては女が廃るっ!
「2人ともっ『ワーセイウチ族の郷』が見えてきたぜっ?!」
我関せずのスタンスを取っていた、つよ子が雪上船の進路の先を指を差す。
雪原の向こうに魔除けを施した氷の城壁が見えてきた。
セイウチ型の獣人、ワーセイウチ族は身長が2メートルは越える種族だから、その郷は全ての建物が人間の基準より一回り大きくしっかり作られてた。
屋根は尖っているか極端に斜めになっていて、雁木(通りに沿った雪避けの屋根)も多かった。
道の端の要所要所に、やたら高さのある一面だけ空いた柵が突き出していて、それは流雪溝(除雪した雪を落とす道路下の水路)だった。
除雪は大小様々な氷のゴーレム達が行っていたけれど、たぶん事故対策でゴーレム使いらしいヘルメットを被った同じ制服を着たワーセイウチ族がワンド(短い杖)を持って監督していた。
「ワーセイウチの郷の建物はドアが重いのと、部屋の中があんまり暖かくないから気を付けた方がいいぞぉ?」
口調はのんびりしているのにさっさと先導して歩いてゆくワーキャット族のジンゴロ。着膨れした猫、って感じ。
私達は、道行くワーセイウチ族達の感心あるような、無いような? そんな微妙な視線を感じつつ、族長の家へと歩いていった。
「それが『凍結海の鍵』だ」
ワーセイウチの族長は御付きの同族に、小箱に入った雪の結晶と泡を組み合わせたようなデザインの鍵を差し出させた。
ジンゴロが受け取って額当てに付いた鏡筒を下ろして覗き込んで調べだした。
「にゃっ。確かに」
「今後の対応は、君達が勇者として試練を切り抜けられるかで検討したい」
族長が硬い表情でそう言うと、
「魔王の侵攻の後どうするの?」
ユーゴが何気無い調子で聞いた。
こういう場合、ヂーミンが切り出すことが多いけど、族長はどう見ても手強いタイプで、ヂーミンが真面目に言うと角が立ちそうだから引き受けた、のかな?
「その『鍵』以外、この北の最果ての郷を優先して襲う理由は薄い。勇者は『代替え』可能なはず。この程度の試練を越えられない勇者に早々肩入れする理由は無い」
族長の回答は思ったよりハードだった。
・・私達は『凍結海』と呼ばれる水と氷の力が溢れる場所を目指している。
そこで先代勇者達が後進の為に遺した『永久凍結のオーブ』を回収する為に。
この宝玉は小国なら全土レベルの超広範囲を凍結させる力を発揮するという。
勿論、今回も試練は用意されてるらしい。ただ、私は度々用意される『勇者の試練』は私達を鍛える物なんだと思っていたんだけれど・・
「やはり篩に掛けてるのかな?」
再び出航して雪上船の船室で、ヂーミンが呟いた。
船室内には火の属性触媒のファイアジェムを使ったランタンみたいな暖房器具が取り付けられていたけれど、全員防寒着を着込んでいるから熱量は低めに設定されている。
トロトロと、眠くなるくらいの温度。
「代替えの話は基本的には、『無い』」
操舵桿を握っているジンゴロが淡々と応える。
「相当な秘宝の対価が必要になるし、中途で喚ぶとなると『難があっても、とにかく強い戦闘型の勇者』を選ぶことになるんだぞぅ? 嫌だよ、そんな勇者」
ジンゴロは否定的でも一同ちょっと気まずくなってしまって、それでユーゴが何か軽口で叩く気配で口を開いたら、同時に船の警報が鳴り出した!
「敵だにゃっ! 上空っ、こっちをバッチリ把握してるっ。ムツコっ! 位置を示してっ」
「うんっ!」
私は黄金羅針盤で敵の詳細な位置の探知を始めた!!
2分後には私達は船外に出ていた。ジンゴロは船を守る為に、合流ポイントへと雪上船を操って離れてゆく。
私とピスカは天馬硬貨で召喚した寒冷種の毛足が長い骨太な天馬に乗って飛び上がっていた。
ユーゴと、つよ子はそれぞれ鎧の力で飛行している。
ヂーミンは水の龍に乗り、アビシェクはまた別のクエストで手に入れた『灼天輪』という燃える2つの輪に乗って飛んでいる。
頭上からは巨大な銀龍が3体も降下してきていた。
ニウル島以降、付け狙われてる『負の竜族』だね。しつこいっ!!
私と、つよ子とピスカで1体。ヂーミンとユーゴで1体。属性相性のいいアビシェクで1体を担当するっ!
「アビシェク気を付けてねぇ~」
「おうっ!」
私も声を掛けようと思ったけど、ピスカに先を越されたっ。アビシェクさっさと行っちゃうし、ピスカは見送ったら速効で『先、声掛けて返事してもらった。ドヤッ!』といちいちこっちを見てきた。
ムカーーーーッッ!!!!
一応、味方なのに煽りスキル高くないっっ??
「むつ子っ、集中な!」
背に光の輪を出した、つよ子が空中で擦れ違い様に忠告してくる。
「わかってるよっ?!」
そうこうしてる内に、私達が受け持った銀龍が攻撃圏内に入ってきた。
知性高いはずだから、なんか会話なり主義主張なり有ってもよさそうなもんだけど、銀龍はギロッと私達を一瞥すると、なんのコミュニケーションも無く『メガアイスブレス』を放ってきた。
私達が回避するとそれは地上の雪原に炸裂し、その軌道上に瞬く間に縦長の『氷山』を造りだした。
蚊に対して火炎放射する、くらいの殺意だよっ。
「どぉりゃああーーーっ!!!」
つよ子が先陣を切って、トゲ棍棒数十本(見る度にストック本数増やしてる)を銀龍の全身に投げ付け、ブレスと巨体による『体当たり』を阻止に掛かった。
私も地味に必要な『琥珀』の生成に掛かる。姑息なファイトスタイル・・
「ジョッキンっ、だっ!!」
ピスカは杖を振るって、造りだした『見えざる巨人の鋏』で銀龍の首を切り裂いた。傷口から凍り付く血と吹雪が漏れ出す!
生意気な子だけど、ナイスっ。すぐ再生するにしてもこれで暫くブレスは完封っ! よ~しっ、
「百発百中っ!!」
私は樹海の鎧の『地と草木の力』を借りて1度に十数個造り出した『爆裂する琥珀』を黄金羅針盤で操って、苦痛で宙で暴れてとても近付けなくなった銀龍の大口の中へ放り込んだ。
「っ?!」
戸惑ったってもう遅いっ! 全ての琥珀が炸裂し、口内と、喉の傷口を激しく焼かれ、衝撃を受けて白目を剥く銀龍。動きが止まったっ。
「もらったぁっ!!」
つよ子は両手で持った『剛力』特性の海魔戦斧にアイアンブレーカーの『振動』と、つよ子自身の『分解』の力を足して銀龍の巨大な眉間に振り下ろした。
高い強度を誇る鱗と骨を叩き割られる銀龍っ。頭部を両断された。グロいけど、完勝っ! と思ったら、
ブゥオオオオオゥウウーーーーッッッ!!!!
塔か何かが振り回された勢いで、銀龍は頭部を割られたまま(!)巨体で私達3人に体当たりしてきた。
間近でも素早い、つよ子と、距離が有って黄金羅針盤で『自分の進行方向の操作』も使える私は何とか避けられた。
けど、予想外な上に相手が大き過ぎて距離感を見失ったピスカは遅れてるっ。いや、死ぬでしょっ?!
だいぶ遠いしっ、間が無さ過ぎるけどっ!
「んがっ!!」
私は負荷で黄金羅針盤にヒビを入れながら、ピスカの天馬を操って強引に銀龍の体当たりを回避させた。
巨体で暴れられたから気流も乱れ、私達は体勢を立て直すのに四苦八苦した。
「勇者め勇者め勇者めぇえええっ!!!!」
銀龍の割られた傷口から数百体は見えた、小型のレザーフィッシュが染み出していた。
「寄生されてんのかよっ?!」
「気持ち悪~~~いっ??!」
「最近このパターンの敵、多くないっ?!」
私達3人が、間合いを取り直しながら対策を考えていると、
「オオオオォォォーーーッッッ!!!!」
上空からアビシェクが高速降下してきて、炎の大鎌ハボリムで銀龍の傷口をさらに斬り付け、体の半分まで焼き斬った。
続けて魔法石の欠片2つを対価に火球を連打して傷口を拡げ、完全に全身を両断し、巨体を寄生したレザーフィッシュごと焼き尽くした。
「銀龍もレザーフィッシュもっ、相性いいぜっ!」
振り返ってニッと笑い掛けてくるアビシェク。見れば、離れた位置でヂーミンとユーゴも受け持ったレザーフィッシュ憑き銀龍を倒していた。
「アビシェクぅ~~っ!! ・・ 熱っ?!」
早速、天馬をアビシェクに近付けてボディタッチに掛かったが、戦闘直後のアビシェクの『余熱』で軽く火傷させられるピスカ。
いいよっ、ナイスカウンターっ! アビシェクっ。
「まだ冷めてない、危ねぇぞ?」
「もう~っっ」
「・・なんとかなったね。ふふっ」
天馬を近付かせて、しかし火傷しないようにグラスレイピアの柄頭でアビシェクの鎧をツンツンする私。
「?」
私の謎な接触に戸惑うアビシェク。まぁね。取り敢えず、ピスカにドヤ顔してやろうと思ったけど、
「ムツコ」
ピスカは改まった顔でこちらを見てきた。
「何?」
「さっきは助けてくれて、ありがと。黄金羅針盤壊れちゃったよね?」
やや赤面しつつ、バツの悪い顔をするピスカ。ほほう、
「・・ま、いいよ。黄金羅針盤は後で修理してみる。助けるのは別に普通だし。一応、勇者? みたいな」
なんかこっちまで気恥ずかしくなってきた。
「凍結海の探索にはたぶん必要だからね」
ヂーミンとユーゴも私達の方へ来た。
「あれ? 和解した感じ?」
ニヤニヤするユーゴ。
「別にモメてないよ」
「ピスカが『第1夫人』だからムツコは『第2夫人』ね」
「はぁっ?!」
「俺は独身だ」
「さっさとジンゴロと合流しようぜ?」
再び不穏な空気を醸し出しつつ、私達は取り敢えず合流ポイントへ向かうことにした。




