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双子勇者  作者: 大石次郎


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13/23

夜の魚 後編

サハギノニア王都が朝陽に染まっていた。

皮を持たない生き残りのレザーフィッシュの内、屋外にいた者達は弱体化し慌てて日を避け物陰に隠れたが、王都のほぼ全域は魔法師団が放った2千体を越えるファントムクロエの『透視の魔眼』の監視下に置かれている。

居場所は次々と看破され、冒険者ギルドや近衛騎士団、国軍、魔法師団、あるいは武装した怒れる一般王都民や国外協力者達によって駆逐されていった。

屋内や下水道等に潜んだ個体や皮を被った個体は厄介であったが、こういった皮無しや手に負えない皮付きは一旦建物や区画ごとに簡易封印された。

大半の残存皮付きは、皮の下のレザーフィッシュが眠って判別が難しくなると、未確認の者は鑑定用の魔法陣へと連行されて招待を見破られ、その場で四方八方から銃撃される等して倒されていった。

皮付きの中にはレザーフィッシュ本体が眠ると『自分が成り済ましだと忘れる個体』も珍しくなく、


「私は人間だっ!!」


と、絶叫しながら、死ぬ寸前まで自分の正体を気付けない凄惨な対応も相継いだ。

破綻少なく暮らす成り済ましや人間の食事にある程度適応する成り済ましもおり、成り済ましと知りながら、利害無く庇おうとする人々もいくらかいた為、状況をさらに複雑化させた。

が、それも大局の中では『誤差』の範囲であった。

サハギノニア王都の人口40数万人の内、成り済ましを除くおよそ7万人の犠牲を出しながらも『地上の』状況は鎮圧された。



「・・スープのポット、もらってきた。ジャガイモっぽい、かな?」


ヂーミンが王城の東塔の屋上に現れ、呟いた。大きめの、湯気の立つポットを双手に持っている。芋とスパイスとハーブと種子系オイル、火の通ったミルク、燻製肉、香菜類の匂いがした。

アビシェクが屋上の手摺壁の内、崩壊していない部位にもたれて瓶入りの蒸留酒を飲んでいた。

近くで座り込んで手摺壁にもたれた貧血気味のムツコはギルドの冒険者達にもらった棒状糧食を噛り、ミリットはムツコにもたれてうつらうつらとしていた。

屋上の床に胡座をかいたツヨコはヴァンプアクスを再錬成して修復することに躍起になっていて、その向こうの床でユーゴが寝転がってぼんやり明るんだ空を見上げていた。


「私達がもう少し早く成長して、戦える霊器も集め終わって、すぐにここに来ていれば、もっと被害少なかったのにね」


「たられば言い出したらキリないよ。これで一幕終わり、それぐらいで行こ」


昨夜犠牲者に苛立っていたことは棚に上げ、冷めた顔を作って起き上がり、ウワバミの腕輪からアルコール水を染ませたお絞りを取り出して手を拭くユーゴ。


「まだ地下の親玉倒してねーしなっ! あたし、パン持って来てるっ」


ツヨコはヴァンプアクスは一旦置いて、ユーゴと同じくお絞りで手を拭き、ウワバミの腕輪から丸パンがたくさん入った紙袋を取り出した。


「俺、林檎持って来てるぜ? お、悪い」


「うん」


アビシェクがウワバミの腕輪から林檎をたくさん入れた布袋を取り出すと、ムツコがお絞りをアビシェクとミリットに渡し、自分の分も出して手を拭いた。


「・・食事と仮眠を取ってから、地下にアタックするんだ・・ぞ」


手を拭きながらもフラフラしているミリット。

ヂーミンは苦笑して、ミリットだけで無く自分を含めた全員の頭部に、空中に発生させた『お湯の玉』を被せて汚れを取り、まだ残っていた屋上の排水口に捨てた。


「ちょっとっ?! ヂーミンっ!」


「さっぱりしたけどなっ」


「ホカホカだぞっ!」


「朝風呂もいいなぁ」


「賛成っ! 塔に帰ったら半日バスタブに浸かってたいよっ」


「はいはい、とにかく朝御飯にしよう。皆、カップやスプーン、飲み物は持ってるよね?」


一行はパンとスープと林檎、それからそれぞれ持っていたハーブ水等で朝食を取った。



玉座の間でサハギノニア王や各団長やギルドマスター代理等の事態収拾の責任者達と今後の方針の申し合わせを済ませた一行は、地下牢の下階にある地下神殿への入口のある広間へ向かっていた。

城の廊下はすっかり傷んでしまい、錬成術で仮補修されていた。と、前方から護衛や従者や女官を引き連れた貴婦人が歩いてきた。扇子で口元を隠しているが、一行の方を油断無く見ていた。

露骨な視線にアビシェクとミリット以外の一行は戸惑ったが、サハギノニアの貴族や王族の中には昨夜の勇者達の手際に、不満を抱く者達もいたようなので、致し方ない、と黙礼だけして通り過ぎようとしたが、


「お待ちなさい。勇者達よ」


高圧的ではあったが、凛とした声で貴婦人は呼び止めてきた。

アビシェクとミリットがこれに応えかけたが、『ラフな受け答え』をするのは明白であった為、ヂーミンがいち早く間に進み出て応えた。


「何か御用でしょうか?」


「地下神殿を攻め落とすのでしょう?」


「ええ、勇敢なサハギノニアの方々にも協力して頂きます」


「王族も1人向かわせます」


面喰らう一行。


「ですが気にすることはありません、何かあれば見殺しにするとよいでしょう」


「っ? いえ、そういったワケには」


「その方がよいのです。王族が勇敢に立ち向かい、戦死する。それで国民の、今回の災いへの恨み辛みも美談と昇華できましょう。それで、よいのです。ホホホッ」


貴婦人は笑って、共の者達を引き連れ立ち去っていった。

困惑しながらも、立礼はして見送るヂーミン。他のメンバーは困惑するばかりだった。


「なんか凄いおばちゃんだったな」


「歳や身なりや口振りからして、ありゃ王族の中でも序列の高い女じゃねぇか?」


「感じ悪いけどさ、まぁ合理的なこと言ってたよね」


「ユーゴ、口悪いよ」


「あの女はサハギノニアの第一王妃だぞ?」


「えー?」


ミリット以外は少なからず引いた。


「その、来るらしい王族の人、というのは気に止めておこうよ? まさかほんとにスケープゴートにするワケにもいかないしね」


一行は留意することにした。



小一時間後、神殿入口の広間には一行を始めとした『攻略隊』がは集まっていた。

ヂーミンが宙に魔法石を1つと水の触媒宝珠『ウォータジェム』を3つを浮かせ、しゃがんで水蛇の壺を構え、その隣に屈んだユーゴが強欲のヤタガンの刀身を水蛇の壺に当てている。

神殿への入口前には魔法師団長とノージン達魔法師達が構えていた。


「ではっ、簡易封印を解きますよっ?!」


「どうぞっ!?」


「いいよっ!」


魔法師団の者達は昨夜、ムツコ達が施した神殿入口の封印を・・解いた。

途端、神殿入口から無数のレザーフィッシュ達が溢れようとしたが、同時に触媒を対価に、水蛇の壺から解放された無数の水の蛇よりも大きな『水の大蛇』達が押し返し、引き裂いていった。

瞬く間に水の大蛇達の奔流はレザーフィッシュ達を呑み込み、地下神殿へと雪崩れ込んでいった。


「ヤッバぁ・・」


「チートにチートで返した感じね」


「ヂーミンの蛇は使い勝手いいぜ」


「初手は取ったぞっ!」


この段では控えのムツコ達は一先ずガッツポーズであった。


「・・ふぅっ、事前に見させてもらった現在の内部想定図通りなら、最下層まで1時間程度です。フルパワーでいったので、僕ら2人は少し休憩しますね」


「強欲のヤタガン、『他対象』だとすんごい吸われるよ・・」


ギルド本部の時とは比でない出力での使役にヂーミンとユーゴはかなり消耗していた。


「お疲れ様でした。後は私達のファントムクロエで取ったルートを補強してゆきます」


魔法師団長達は霊体の烏の使い魔の大量召喚の準備に取り掛かり始めた。


「俺らまず上層の取り零しを片付けてくるからよっ」


「2人は休んでてね」


「任せとけっ!」


「全部終わったら牛肉パーティーだぞ?!」


「気を付けてね」


「よろしく~」


数分後、ファントムクロエが大量投入され、上層のルートが補強とルート周辺の詳細が判明し、ムツコ達と、近衛騎士団と国軍とギルド所属の冒険者の選抜隊が突入を始めた。

と言っても、いきなり最下層までアタックするのではなく、段階を踏んで攻略することになっていた。

神殿には破壊はされているが、後の世の人々が魔神を討伐ないし、再封印できるよう、祓い所と近距離転送門が各所に設置されている。

ルート上のそれらを一通り補修してゆく、それが最初のアタックの目標であった。

一定間隔で、柱のような魔除けのオブジェクト化した水の大蛇と、その間を埋めるファントムクロエのオブジェクトが攻略ルート上だけ見ても、至る所に闇の水がこびり付き、あるいは闇の水が溜まった箇所があった。

陰火燈のみ灯る、廃墟と化した神殿を進むムツコ達と選抜隊。


「・・つよ子、なんか派手な格好の人いるね。ほら、覆面してる人。王族の人っぽくない?」


覆面をしているが派手な鎧を着た、少し動きのぎこちない冒険者ギルド選抜の者を目に止め、小声で囁くムツコ。


「うん? 素人っぽいけど、鎧とかレイピア、めちゃ強力そうっ! ・・王族、かもしんないけど、どっかの道楽息子とかだったりして?」


「女の子じゃないかな?」


「ええっ?」


よく確認したかったが、他の選抜攻略隊員に紛れてしまった。

またその後、2人の気に掛かった派手な覆面冒険者と上層の攻略の戦闘で絡むことも無く、うやむやになってしまった。

取り零しのレザーフィッシュ達の内、ファントムクロエの監視で『強敵』と判断した個体や個体群は、ムツコ達が片っ端から片付けていった。

脆弱な取り零しや、祓い所と近距離転送門の補修はサハギノニア国の選抜突入者達にほぼ全て任せていた。

約40分後、今更宰相擬きに劣る個体に遅れを取るムツコ達ではなかったので手早く上層の強敵判定個体を片付けると、直したばかりの近距離転送門で、城の東塔の転送門に戻り、その足で地下の神殿入口の広間に戻ってきた。


「ただいま~」


「前から出て後ろから戻ってくるの変な感じだぞ?」


「これ、たぶん漫画とかアニメだとショートカットされる件だろな『約40分後』とかナレーション入って・・」


「腹減った! 林檎全部食っちまったのが悔やまれるぜ」


「お帰り」


「なんか眠れそうで眠れなかったよ」


合流後も、選抜隊が上層から引き上げてくるのにさらに1時間以上掛かり、それが『本人なのか?』確認するのにも時間掛かって、思いの外、段取りが遅れてしまった。


「祓い所と転送門の復旧に手間取りましたね」


最新の上層マップを手に眉をしかめる魔法師団長。


「お陰で僕らはすっかり回復できましたけど」


下手に再突入もできず、待ちぼうけになってしまったムツコ達。


「中層の祓い所は、階ごとに前半と後半の2ヶ所で十分じゃね?」


「転送門も階ごとに中間地点の1ヶ所で取り敢えずいいと思う。たぶん上層よりコンディション悪いし、敵も強いだろうから・・」


「特に最下層は取ったばかりのルートが再侵食されてるっぽいから、中層を制圧して、休憩したら、速攻いった方がいいと思うけど?」


「下層への選抜隊突入は止した方がいいな。やっぱリスクが高過ぎる。下層はもう祓い所や転送門は無視して一気に頭を取っちまおう」


「それなら下層の手前からスノーゴーレムを投入してボクは引っ込むぞ? 半端に同伴するより、露払いがいっぱいいた方が効率いいと思う」


一行とサハギノニアの者達は短く協議した結果、概ねツヨコ、ユーゴ、アビシェク、ミリットの案でゆくことになった。

本来下層攻略用に取っていた手練れの交代人員は中層攻略で投入し、一行が請け負う予定だった強敵の半数を引き受け、一行の負担を軽減する手筈となった。

但し、


「この方を中層の行ける所まで同伴させてほしい。ノージンと近衛騎士団のベテランも付ける」


魔法師団長が、ノージンと初老の騎士と一緒に、件の、覆面をしているが妙に派手な鎧をした冒険者ギルドの選抜隊員をムツコ達の方に押し出してきた。


「あ」


「やっぱり」


ムツコとツヨコが気にしていた覆面の選抜隊員だった。明るい所で間近で見ると若い女性のシルエットだった。

隊員は覆面を取った。事情を知らないサハギノニアの者達はどよめきだした。

その顔自体、ムツコ達も見覚えのある顔だった。


「・・っ! たぶん王女っ?! ですね」


ムツコは玉座の間で見掛け、宰相代理にざっと紹介され、軽く会釈していた。

改めて見ると鎧の下はわりと華奢で、15~6歳程度であった。


「たぶんではなく、第3王女のマコトです。お世話になります。詳しくは後程・・」


王女マコトは気まずそうにそう言った。



マコトは装備した『エルフの剣』から魔力の刃を拡大させた。


「ヤァッ!!」


邪教徒2人の皮が融合した皮付きレザーフィッシュを切り裂いて倒す王女マコト。技量はやや上、身体能力は普通程度であったが、武器の火力と鎧から供給されるらしい魔力の総量が相当な物だった。

ピッタリと付いている、ノージンと初老騎士のフォローも的確であった。


「見ててハラハラするけど、ゴリ押しの利く装備だね」


「見た目もいいじゃん? 雰囲気、つーか、ちょっと不本意そうなとことか、グッとこない?」


「つよ子、見方がなんかいやらしい」


「ヒッヒッヒッ」


戦闘中、ムツコとツヨコに観察される王女マコト。


「そらよっ!!」


アビシェクが燃えか盛るハボリムを投げ付けて群体の皮付きレザーフィッシュを相当し、無駄な炎上を年の為にムツコがマグマの盾で吸い取り、一先ず周囲の敵は片付いた。


「・・他の選抜隊からは離れました。オブジェクト化したファントムクロエも近くにありませんし、無関係な人に音声まで拾われることはないんじゃないですか?」


ヂーミンがユーゴとポーションを回し飲みしながら促した。


「読唇術で読まれたりして」


「ユーゴ」


「失礼」


嗜め、改めて王女マコトの方に向き直るヂーミン。


「・・ただのパフォーマンスです。滑稽でしょうね」


俯く王女マコト。ノージンと初老の騎士もいたたまれない顔をした。


「今回、王都で犠牲が出過ぎました。この段で何もしなければ、混乱を招きます。元々、サハギノニアは王家と有力貴族、豪商とのパワーバランスが取れているとは言い難いところもありますし・・」


「国軍もままならないようだしな」


逆さしたハボリムの石突きの方にもたれるアビシェク。


「国軍兵の8割は各貴族からの借り物です。サハギノニアは議会が無く、独裁制でもありません。ことが起これば嵐に舞う木の葉のような体制なのです」


「独裁体制を取らないのであれば議会を採用すればよいのでは? 王政との兼ね合いはそう難しくはないはずですよ? 我々の世界でも珍しくはありませんでした」


ヂーミンには合点がいかないようだった。


「貴族と豪商達が反対しています。議会が発達すれば特権が薄れますし、法治も厳しくなりますから」


「・・うーん、ごめん。それオレ達じゃどうこうできないね。ま、魔物とバトルして見せるパフォーマンスには協力するよ? マコト王女様」


「はい、よろしくお願いします」


突き放したつもりが素直に礼をされて、バツが悪くなるユーゴ。


「でも、他の王子達はどうしたんだ? 末の妹だけこんなとこに送り込んで、酷いんだぞ?」


ミリットが不機嫌顔で聞いた。ムツコもツヨコも、そこが一番引っ掛かっていた。


「母は第一王妃様に疎まれていますので・・」


「そういうワケか」


億劫そうなアビシェク。


「貴女がここで亡くなられた方が都合がよい、という方もいらっしゃいましたよ?」


敢えて言うヂーミン。


「でしょうね・・ですが私は死ぬつもりはありません。王家も守りたいです! どうかゆける所までわたくしも戦わせて下さいっ」


その目の決意の光は強い物だった。



中層域最下層の、一行が担当する最後の強敵個体は邪教徒十数人の皮の融合体3体であった。

交戦フロアは殆んど闇の水に沈んでいたが、神殿の残骸がいくつも水面から露出していた。

1体はムツコとツヨコを付けたマコト王女達が担当し、残る2体はヂーミンとミリットのペアと、アビシェクとユーゴのペアで担当した。

ムツコ達はそれなり苦戦していたが、水で氷の効果を倍増できるヂーミンとミリットのペアと、同じく風で炎を倍増できるアビシェクとユーゴのペアは割合あっさりとこの2体を撃破した。

4人はすぐに苦戦中のムツコ達のフォローに入ろうとしたが、


「アレは石碑だぞ?」


ミリットが闇の水に半ば浸かっていた石碑に注目し、氷を噴出させて押し上げてその全体を水面の上にあらわとした。

他の3人も、ムツコ達が全滅する程ではないのを確認してからミリットに続き、石碑の前に集まった。


「サハギノニアの『裏』建国史だぞ?」


「こりゃまた・・」


「どうしたものかな・・」


「叙事詩には、できないね・・」


ミリット以外の3人も転生言語ボーナスで石碑を読めた。

サハギノニアは700年程前に、独身国家グラコピア帝国を初代国王サハギノニア一世が、周辺の属国連合と協力してグラコピアを打ち倒してこの地に建国した。とされていた。しかし・・


「何してんのーっ?! 手伝ってよっ。マコト達もいるんだよっ?」


「爺ちゃんもう具合悪そうでっ、むつ子の治癒もあんま通らねーしっ!」


ムツコとツヨコはマコトだけでなく、足場の悪さに四苦八苦しているノージンと、腕前はあったがここまでの道中ですっかりバテてしまった初老の騎士を庇って戦うのに、かなり手間取っていた。


「よしっ、ボクとユーゴが行ってくるぞ? それゆけっ、ユーゴ!」


ミリットは身軽にユーゴの背に飛び乗った。


「オレ、馬かなんかじゃないからねっ?」


ボヤきつつ、ユーゴはバルタンメイルの翼を出してミリットを乗せたまま飛び上がり、ムツコ達のサポートに向かった。


「あの姫にも見せるか? このままブッ壊しちまった方が後腐れねぇ気もするがな。今更だろ?」


「いや、王家が判断すべきだよ。僕らが勝手にするのは乱暴だ」


ヂーミンは『道理』を重視したいようだった。

風と氷の合わせ技もそれなりにそれなりに強力で、最後の中層ターゲットの融合体はなんなく削られてゆき、


「ヤァーッ!!!」


ヘバった老騎士の代わりにノージンの援護を受けた王女マコトのエルフの剣で融合体の左腕を破壊し、


「つよ子っ!」


「よしきたっ」


怯んだ融合体をムツコが巨大荊で捕え、ツヨコが頭部をヴァンプアクスで両断して、精気を吸い尽くして打ち倒した。


「はぁはぁはぁ・・」


王女マコトは闇の水から露出した廃墟の欠片の上で青ざめた顔で膝を突き、エルフの剣で身を支えていた。限界の様子であった。

顔を見合わせるムツコ、ツヨコ、ユーゴ、ミリット。


「王女、もう十分だよ。活躍はファントムクロエが記録してるだろうし、騎士さんも泡吹いちゃいそうだし」


ムツコが近くに跳び移って、治癒の力を王女マコトに使いながら言った。

初老の騎士も寝かされて、ノージンに回復魔法で治療を受けていた。


「・・はい。足手まといになってすいません」


幾分かは顔色は良くなったが、原因は事前に充填して魔力を任意で引き出す特性があるらしい鎧の連続仕様の負荷で、すぐ戦えるような物ではなかった。と、


「マコト王女っ! よいですかっ?」


「こっちだぜっ?!」


ヂーミンとアビシェクが石碑の方から呼び掛けてきた。


「向こうでサハギノニアの裏建国史の碑が見付かったんだよ」


「だぞ?」


「・・ゆきます」


王女マコトはツヨコが背負い、初老の騎士はノージンが背負って、一同は石碑の前へ来た。


「これは・・読めません」


王女マコトは教養はあったが、石碑のグラコピア語を読むことはできなかった。


「グラコピア語はこれで翻訳したらいいんだぞ?」


ミリットから水晶玉を渡された王女マコトは、それを使って石碑を読み始めた。そこには・・

サハギノニア一世と属国連合ではグラコピア帝国に勝てなかったこと、

サハギノニア一世の属国連合の指導者達は残存の兵員と国民の7割を魔神の生け贄に差し出して無数のレザーフィッシュを召喚したこと、

レザーフィッシュ郡でグラコピア帝国を襲わせ滅ぼしたこと、

魔神を祀ると騙し地下神殿に誘い込んで封印したこと、が記されていた。


「酷い・・」


絶句する王女マコト。


「手段と目的がごちゃごちゃになっちゃったのかもなぁ」


「グラコピア帝国? の圧政も酷かったみたいだし・・」


ツヨコとムツコもどう判断していいか、大いに困惑させられた。


「使い魔を通して魔法師団には知られてしまったかもしれませんが、取り敢えず隠しはします。後はそちら対応して下さい」


ヂーミンの声は硬い物だった。


「はい・・」


「凍らせて、沈めとくぞ?」


ミリットは石碑を完全の氷で覆い、氷を操って闇の水の中に沈めた。


「そこまでするなら、石碑なんて遺さなきゃいいのに・・」


「割り切れなかったんだろ?」


ムツコの呟きに、アビシェクはそう応えた。



中層域最下層の中間地点の転送門まで引き返し、攻略選抜隊に王女とノージンと初老を騎士を届け、少し休憩をした一行は、再出発しようとしていた。


「ムツコさん」


「はい?」


鎧を脱いで、ムツコが見惚れるような、随分ドレッシーなギャンベゾン姿になった王女マコトは、鞘に納められたエルフの剣を持っていた。


「これは、今回に限らず、今後の戦いに使って下さい」


「いいんですか?」


「元は先代勇者様方の御仲間が使われていたそうです。私ではパフォーマンスにしか使えません。・・是非」


「・・わかりまして。大事に使います。代わりにこれを」


ムツコはエルフの剣を受け取る代わりに、予備に取っておいたミスリルレイピアを王女マコトに渡した。

この後、再び石碑を沈めたエリアまで進み、そこを越えて中層域最下層の下層への侵入口へと来ていた。

元は階段があったはずだが、階段ごとくり貫かれ、角張ったような大穴になっており、幾筋も、闇の水の小川が通って、流れ落ちていた。

そこを水の大蛇とオブジェクトとファントムクロエのオブジェクトが取り囲んでいる。


「下層・・かぁ」


望遠鏡を取り出して覗いて見ているツヨコ。


「ボクはここまでだぞ? 1人で引き返すんだからな」


と言いつつ、ウワバミの腕輪から氷の属性触媒のアイスジェムを4つ、魔法石を1つ取り出して浮かせ、それを対価に雪だるま型ゴーレムを43体生成するミリット。


「ヂーミン、再侵食されたルートは今、どれくらい?」


「ルートをギリギリまで絞っていくらか押し返したから・・侵食されてるのは最下層まで、だね」


「じゃあそこまでの取り零しは全部片付けさせて、あとはいける所まで攻めさせるっ。・・よしっ、皆、突撃っ!! 身体を乗っ取られたら自爆するんだぞっ?!」


過激な条件付けも加え、ミリットは下層へと40体の雪だるま型ゴーレム達を進軍させた。


「凄いね、ミリット。軍団だよっ」


感心するムツコ。


「ふっふっふっ、だぞ? あとは・・」


残した3体の雪だるま型ゴーレムを合体させ、3倍の大きさの『ジャイアント雪だるま型ゴーレム』を生成し、その腹の『蓋』をパカッと開け、乗り込むミリット。

大あくびを1つする。ミリットはもう眠たげであった。


「・・オートで来た道を転送門まで戻るだけ、だぞ?」


「なんか可愛いけど、大丈夫かい? ミリット」


ユーゴは軽い口調だが、心配はしているようだった。


「こっちの台詞だぞ? えーと、ムツコとツヨコっ!」


「ん?」


「お?」


ミリットはウワバミの腕輪からアイスジェム6個と魔法石2つを取り出し、それを半分ずつ魔力で操ってムツコとツヨコに渡した。


「ここまで見た感じ、魔神本体の封じられてるフロアは絶対、闇の水で一杯だぞ? 足場が無いと思う。2人で軽くて頑丈な足場を作ったらいいぞ?」


「うんっ、わかったっ!」


「上手く使ってやんよっ」


「頑張るんだぞ? 男子3人、頼んだぞ?」


「任せろっ!」


「はいよ~」


「勿論だ。気を付けてね、ミリット」


大きな雪だるま型ゴーレムに乗り込んだミリットは、5人に見送られ、転送門へと引き返していった。



ミリットのゴーレム達は見事、神殿最下層まで取り零し達を駆逐し、さらに最下層序盤までも制圧していた。


「マジ、頑張ったなぁ」


「ありがとね、雪だるまちゃん達」


最後の雪だるまゴーレム達は、魔除けのオブジェクト化して制圧エリアを簡易祓い所に変えていてくれている。


「よしっ」


改めてフェイスガードを下ろし、ハボリムを構えるアビシェク。


「それじゃあさっ」


強欲のヤタガンと嵐のカトラスを構えるユーゴ。


「行こうかっ」


海皇の槍と星影の槍を構えるヂーミン。

5人は最下層、闇深き、侵食エリアと突進していった。

ほぼ流動体化した皮付きレザーフィッシュ群体。

巨人化した皮付きレザーフィッシュ群体。

闇の水を取り込んで単純に巨人化した皮無しレザーフィッシュ群体。

皮付きの群体が圧縮し『個』の力を高めた個体。戦士型、魔法使い型、暗殺者型、分類不詳型・・。

負の竜属の身体を乗っ取った皮付きレザーフィッシュ群体。

その全てを打ち倒していった。

魔神の封印された『原始虚海げんしきょかいの間』の扉の前までたどり着くと、


「コイツは効きそうにねーからなっ!」


アビシェクは大剣ハウンドテイマーを床に突き刺し、周囲に幻の猟犬を使った魔除けの柱のオブジェクトを生成し、簡易祓い所を造りだした。


「だぁああ~っっ。疲れたぁああっ。酷い長回しっ! 明らかに『監督』のエゴだねっ」


その場に寝転がるユーゴ。


「いねーよ、監督っ」


義理でツッコむツヨコも、その場に座った。


「無理を言っても、魔法師団長にファントムクロエを数十体は融通してもらうべきだったね」


さすがに疲れたらしくヂーミンも座った。


「アビシェクも座んなよ」


自分も座りながら、辺りをのしのし歩いて警戒しているアビシェクに促すムツコ。


「おう」


一行は、ほんの10分程度、回復魔法道具類の使用と、棒状糧食とハーブ水による食事で休憩をし、改めて原始虚海の間の扉の前に経った。


「ツヨコ、リスキーだけど、内部の扉周辺だけでも2人で探知しよう。開けた途端、闇の水やレザーフィッシュ、あるいはその両方が溢れ出しては敵わないから」


「わかったっ」


ツヨコとヂーミンは揃って扉前の床に手を置き、意識を合わせて構造物探知と『液体探知』を行った。


「・・・っ」


「・・・っ」


2人は冷や汗をかきながら、探知を静かに解き、本能的にその場から飛び退いて他のメンバーを驚かせた。


「つよ子っ?!」


「いやっ、攻撃されたワケじゃないんだけどっ」


「直に触れずとも『いる』のは明白だったのでっ」


「どうだったの?」


「詰まってんのか?」


ツヨコとヂーミンは呼吸を整えた。


「フロアは相当、闇の属性の濃い水に満たされているが、扉より高い推移にはなってない。加減しているというより封印がそういう仕様なんだろう。あの水は魔神の支配域その物のようだから」


「レザーフィッシュは水の中や宙にはいない感じだったけどさ、魔神本体? には蓄えられてると思うっ! なんかこう・・ムジャ~っ! みたいな気配はあったっ」


聞いてるムツコまで冷や汗が出てきた。


「取り敢えず、入ったら足場だねっ。下からの攻撃も緩和できそうだし!」


「群体の放出ならオレの風で少しの間は防げると思うんだ」


「大きなダメージを与えられそうなのはアビシェクだ。僕はアビシェクのフォローに専念するよ」


「あたしとムツコ足場キープとユーゴのフォローだな。状況次第だけど!」


「そんな、感じだね・・皆っ、全体的に、凄い頑張ろっ!!」


「了解っ!!!」


魔神戦の段取りは決まった。



外側からは鍵も無い扉を開けると、ムツコとツヨコは原始虚海の間に満たされた濃い闇の水に両手をかざし、アクアジェムと魔法石を対価に『ミスリル粉塵を含む、氷の巨大荊の園』を生成し、一気に水面に蓋をした。

それに呼応するように壁面の燈台に一斉に陰火が灯った。

一行が原始虚海の間に入り、後ろで扉が閉まると、


『全ク、凶暴ナ奴ラダ』


魔神はむしろ気だるげにテレパシーで語り掛けてきた。


「っ!」


原始虚海の間の中央の宙には無数の穴を持つ巨大な『肉の果実』が浮いており、その頂点に蛇のような長い尾と骨の翼を持つ中性的な人魚が座っていた。その顔面は目も鼻も口もなく、つるりとしていた。

魔神はその青ざめた手に王笏おうしゃくを持っている。


「念の為、聞いてみますがっ! 魔神よっ、貴方は貴方の眷属を引き連れ、貴方の世界に帰ってもらえませんかっ?!」


海皇の槍を変化させた水の龍に乗りながらヂーミンが呼び掛けた。


『別ニ構ワナイガ? コノ世界デ受肉シタ身体ヲ廃棄スル必要ガアル』


意外な回答にヂーミンもムツコ達も出方躊躇してしまった。すると、


ドクンッッッ!!!!!


肉の果実が脈打ち、氷の大荊で抑え込んだ闇の水面が迫ら上がろうとしだした。


「むつ子っ!」


「わかってるっ」


ツヨコとムツコは氷の荊を再錬成して荒ぶりだした水面を抑えに掛かり、アビシェクは炎を、ユーゴは風を練り、ヂーミンは雲を作ってアビシェク浮き上がらせた。


『永ク退屈ヲシタ。少シ戯レテヤロウ。ぐっぐっぐっ・・』


肉の果実から、大海嘯だいかいしょうのようにして無数のレザーフィッシュの群れを放たれた。

ユーゴが慌てて、風の属性触媒エアジェムを取り出して力を高め、刃の烈風で押し返し粉砕する。

雲に乗ったアビシェクはレザーフィッシュの群れを焼き払いながら、魔神に迫った。

ヂーミンはそれを追わず、ムツコとツヨコの近くに降下してきた。


「ヂーミンっ?」


「アビシェクはっ?」


「予定変更っ! レザーフィッシュの規模が桁違いだっ。闇の水は僕が抑えるから、2人はあの肉の果実をなんとかしてほしいっ。龍は下に落とすっ!」


「わかったけど・・」


「どーすんだアレ??」


2人は当惑しながらも、ヂーミンとタイミングを合わせて氷の荊を操ってその半ばまで隙間を空け、ヂーミンはそこに水の龍を撃ち込んで荊の下まで突き通し、2人はすぐに隙間を塞いだ。

ヂーミンはしゃがんで水の龍を操って荒ぶる闇の水を抑え込みに掛かった。


「こっちは暫く持ちそうだっ! ユーゴがパンクする前に、頼むっ!!」


「・・行こうっ、つよ子っ!」


「よっしっ! グラスレイピア貸してっ」


「うんっ」


ムツコはグラスレイピアをツヨコに渡し、2人はユーゴの烈風を避けつつ、肉の果実の下まで走りだした。


『・・私ヲ喚ビ出シタアノ愚カナ男ハ、復讐ニ取リ憑カレテイタヨウダッタ。ぐらこぴあノ支配ハ苛烈ナ物デアッタカラナ、ソレヲ800年ハ繰リ返シタロウカ? 何人モノ勇者達ガ懲罰ヲ与エタガ、何モ変ワラナカッタゾ? ぐっぐっぐっ』


アビシェクの炎の斬撃は何十にも張られ魔力障壁で阻まれ、数枚障壁を破壊しても早々魔神本体には攻撃が届かなかった。

一方で魔神が王笏を振るうと、巨大な魔力の鉤爪がアビシェクを襲った。

雲を操って躱し、ハボリムで打ち払うアビシェク。


『不思議ナコトニ、神ハソレヲ黙認シ続ケテモイタ。あれニハソンナ所ガアル。度ヲ越シタ悪トソノきょくヲ目ニ止メルト、罰シナイコトデ『永遠ト悪逆ニ塗レ続ケル罰』ヲ与エルノダ。あれハ冷酷ナ物ダ、ぐっぐっ』


ムツコとツヨコはユーゴの取り零しのレザーフィッシュ群をムツコが黄金羅針盤でユーゴの刃の烈風の方に弾き、それでも撃ち漏らして突進してきた個体はツヨコがグラスレイピアのガラスの弾丸で叩き墜としていった。

果実に近付く程、取り零しは多くなり、上手く近付けない。


『オ前達モ、一振ノ剣トシテ集メラレタノダロウ? 尊イ、オ前達ダケノ、運命ニ基ヅイタ、気高イ死ヲッ!! 奪ワレテッ! ナントッ! 滑稽ナやつラダッ!!!』


無貌でありながら嘲笑う魔神。アビシェクは発光する程、圧縮した炎を纏ったハボリムで障壁を斬り付けた。

相当枚数砕いたが、まだ半分は残っている。


「随分お喋りじゃねーかっ?! 魔神さんよっ」


カウンターの魔力の鉤爪の連打を捌くアビシェク。兜を弾き飛ばされた。


『話ソウゾ? ・・我ハ生ケ贄トシテ捧ゲラレタ間抜ケナ人間ドモヲ私ノ魚ニ変エテミタ。スルトナ、我ハ何モ指図ヲシナカッタノダガナッ。コレラハドウモ人ニ還ロウトスルノダ。ぐっぐっぐっ!!! 可愛イやつラダッ』


果実の真下にたどり着いたムツコとツヨコは、ムツコが投げ付けた『爆裂する琥珀』でレザーフィッシュ群の攻勢を一時、押し止めた隙に、ツヨコが肉の果実にグラスレイピアを投げ刺し、遠隔操作でガラスの柱を床に向かって生えさせたが、それに2人が潰されそうになって慌てふためいて回避するハメになった。


「どこ狙ってんのっ?!」


「ごめんってっ」


2人はガラスの柱を駆け昇り始めた。


『我ハ人ヨリモ、人ニ成ラントスル者ノ方ガ好マシイ』


レザーフィッシュをヴァンプアクスとマグマの盾で払いながら、昇りきった2人は、ムツコが発生させた蔓で身体を固定し、地の属性触媒ガイアジェムを合わせて8つウワバミの腕輪から取り出して周囲に浮かた。


「せーのっ!」


呼吸を合わせ、ジェムを対価に、2人でグラスレイピアの柄に手を当て、錬成する。


ビキビキビキビキビキィッッッ!!!!


グラスレイピアを媒介に、ガラスの薔薇を肉の果実全体に発生させ、その芯までガラスで侵食させ、レザーフィッシュの無尽蔵な噴出を止めた。


『っ?!』


魔神は障壁で身を包んでいた為に、ガラスの薔薇の奔流によって、宙に弾かれる形となった。


「オオオオォォォーーーッッッ!!!!」


ハボリムを振り下ろし、渾身の一撃を障壁に打ち込むアビシェク。全ての障壁を砕いた。

魔神は王笏を持っていない左手を千切り飛ばして怪魚の如き龍に変えてアビシェクに放った。

ハボリムで受けながら駆っていた雲から吹き飛ばされるアビシェク。

その直後、バルタンメイルの翼の最大加速で突進してきたユーゴが斬魂剣で王笏を切断し、これを崩壊させた。

長い尾を超高速で振るってユーゴを弾き飛ばす魔神。


「くっっ!!」


バルタンメイルの翼を散らしながら落下してゆくユーゴ。


「落ちろっ!!」


気合いと共にヂーミンは雷鳴棍を振るって、いつの間にか魔神の頭上に移動させていた雲から雷を落とし、魔神を感電させた。

しかし既に疲労困憊の様子のヂーミン。


「どぉりゃああーーっっ!!!」


ヴァンプアクスと海魔戦斧の二刀流で雷撃に怯んだ魔神に飛び掛かるツヨコ。

硬質化させた右手で受けられたが、連撃を打ち込み、下へ下へと追い込むツヨコだったが、ヴァンプアクス刃が途中で砕けてしまった。


「っ?! っらぁああーーっ!!!」


海魔戦斧1本持ちに切り替え、強引に連打を続け、遂に氷の荊のフロアに押し込むツヨコ。

ムツコの方は、急いでガラスの柱を駆け降りていた。


「さっき、昇ったところでしょうにっ?!」


『技量稚拙ヨナ』


ツヨコの単調な攻撃を見切って海魔戦斧の柄を硬質化させた右手で払い飛ばす魔神。


「まだまだぁっ!!」


腕輪にしていたアイアンブレイカーの護拳を拳に移し、分解の力を込めてさらに連打するツヨコ。徐々に魔神の右腕にヒビが入る。


「ウッラァーーっ!!!」


遂に魔神の右腕を砕き、続けて左のショートアッパーを脇腹に打ち込み、魔神の胴体にもヒビを入れるツヨコ。


『っ!』


魔神は骨の翼を多数の『骨の槍』に変えて、ツヨコに打ち込み出した。

ツヨコもラッシュで返し、骨の槍の半数を砕いたが、見切られた拳打を抜かれてミスリルメイルに何撃も打ち込まれだし、堪らずガードに専念しだしたところで尻尾の超高速攻撃を腹に受けて吹っ飛ばされた。


「げうっっ?!!」


ダウンするツヨコ。

魔神は追撃の構えを見せたが、


「妹のっ、姉ぇーーーっ!!!」


ムツコがマグマ盾で溶岩を噴出させながら魔神に体当たりをし、生成していた爆裂する琥珀を投げ付け、激しく爆破して骨の翼を全て砕き全身に大きくヒビを入れた。

続けて1人で氷の荊を操って魔神の尾を絡め取るムツコ。


「わぁああーーーっ!!!!」


ムツコは魔法石の欠片3つを対価に、エルフの剣を芯として、巨大な魔力の剣を造りだし、魔神を両断した。


「ムツコっ!」


怪魚の如き龍の頭部を素手で殴り潰して焼き尽くし、倒したアビシェク。


『・・マア、コンナモノカ』


両断され、身体が崩壊しだして、奇妙な光を立ち昇らせる魔神。それは妖しく光る、霊体の、鯨の如き巨龍となり、原始虚海の間の宙を漂い出した。

敵意は感じられないが、唖然とそれを見上げるムツコ達。

魔神の霊体が大きくゆっくりと吠えると、ガラスの薔薇に覆われた肉の果実から無数の光の粒子が立ち昇り、魔神の霊体に付き従い始めた。

光の粒子が全て出尽くすと、肉の果実はガラスの薔薇ごと崩壊してフロアに崩れ落ちていった。


『・・我ハ神ト違イ慈悲深イ。コノ朽チタ神殿ニアル魚達ハ、連レテ行ッテヤロウ。地上ニ散ッタ者ドモハ知ラヌガナ。ぐっぐっぐっ。サラバダ、滑稽ナ勇者達ヨ・・』


魔神の霊体は陰火の灯りを消しながら、地下神殿中から集めた光の粒子を纏い、眩しく輝いて、宙に『入り口』を開くと、そこからいずこかへ去っていった。閉ざされる入り口。

残されたのは、主を失った地下の虚しい闇だけだった。



地下神殿中層域最下層の転送門まで引き返して無事だったミリットと王女マコトや攻略選抜隊に合流したムツコ達は、休息した後、後処理をするという選抜隊と別れて、ミリットと共に先に地上に戻ることになった。


「私達は、王様にちょっと挨拶したらもう賢者達の塔に帰っちゃうけど」


「牛肉パーティーだぞっ?」


「地上にはレザーフィッシュが相当残っていますし、石碑の扱いや貴女の立場等、色々あるでしょうが、どうぞ、気をしっかりと持って乗り越えて下さい」


「どうせつくなら『素敵な嘘』をついてあげたらいいんじゃないの?」


「貴族達より先に、豪商達の方を押さえちまった方がいいかもしれねーな」


「そのギャンベゾン似合ってんぞ? お前が楽しかったらなんとでもなんじゃね? ひっひっひっ!」


転送門の円形の台座の上から、ムツコ達は集まった王女マコトやサハギノニアの人々に笑い掛けた。


「・・はい。ありがとうございました。皆さんっ!」


「お元気で~」


「また会いましょうっ!」


ノージンや魔法師団長にも見送られ、転送門は起動し、ムツコ達は去っていった。

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