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双子勇者  作者: 大石次郎


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11/23

夜の魚 前編

闇夜の戦い方は心得ていた。五感と六感、直感力を研ぎ澄ますと共に、両目に魔力を集中して視力を強化し、闇を見通す。

この状態であると突然の閃光に簡単に目が眩んでしまう為、合わせて両目の『光』への耐性も上げねばならず、消耗が早い。

地の力で、夜露に濡れた草地の草花と呼応すればよりシンプルに相手の動きを見切れそうでもあったが、そういった繊細な力の使い方はムツコはあまり得意ではなかった。

構造物の群体として、『草花』というのは水や火や風よりも複雑で、それぞれが生きている為、わかり難いということもあった。


「むつ子っ! ヂーミンっ! 2体そっちに行ったっ!!」


「1体は大きいんだぞっ?!」


闇の向こうからツヨコとミリットの声が鋭く響く。

さらに遠くでは爆炎と竜巻の閃光と轟音も響いていた。アビシェクとユーゴに違いない。

ムツコは右腕に嵌めている『腕輪』の形に錬成し直した黄金羅針盤を油断無く構える。わずかに煌めきだす黄金羅針盤。


「大きな方は僕が引き受ける。もう1体は、任せるよ?」


ムツコの背後を守っていたヂーミンは星影の槍と海皇の槍を双手に構えていた。鎧はミスリルメイルから『霧』と『眠り』の特性を持つ『霞貝かすみがいの鎧』に代わっていた。


「うんっ! 塔でまた、瓢箪達に鍛え直されたからっ」


ムツコとツヨコはニウル島のクエストの後で、知恵の塔でチャッホーとソイヤとヨイサに改めて近接戦の訓練を受けていた。

それはもうコテンパンにされたが、『島で鍛えたミリットにも近接で手玉に取られる』状態は脱していた。


「わかったっ。信じるっ!」


大型個体の気配を既に感知していたらしいヂーミンは、ムツコの背後から掻き消えるように素早く離れていった。

2人一緒に戦わないのは、通常個体と大型個体の波状攻撃に自分は耐えられない、と判断されているとムツコは自覚していたが、脆弱を卑下している暇は無い。

生き返る為には生き残るしかない。


ザババババババッッ!!!


水を荒く掻き分ける音。確かな殺意。闇と水の属性。草地を蛇行するように近付いてくる。

ムツコはマグマの盾とグラスレイピアを構えた。黄金羅針盤の出力も上げる。


「はぁはぁ・・」


呼吸が粗くなる。

水を掻き分ける音は消えた。『潜った』のだ。

だがこれは悪手。『土』は草花よりもまだ探知しやすかった。目を閉じて集中するムツコ。

魔物は地中を『泳いで』旋回しながら徐々に距離を詰め、上昇してきていた。


「・・・」


ムツコの真下辺りまで来ると、魔物は一気に上昇速度を上げた。


「っ!」


「オ前ノ皮ヲヨコセッッ?!!!」


魔物は吠えてムツコの右手側の地面を『闇の水』に変換して跳び出し、その鉤爪のような鰭の周囲に闇の水を激しく圧縮し渦巻かせ、ムツコを切断しに掛かった。

黄金羅針盤の力で闇の水を巻き込んで押し返したが、押し返した闇の水を逆に巻き取られて押し戻され、互いに旋回する闇の水の刃を押し付け合う形になった。

黄金羅針盤の魔力消費は激しく、船の墓場の魔力を吸うアンデッドのザンモンと同じようには多用が利かない。

明らかに能力の相性が悪かった。


「くぅぅっっ!!!!」


「死ネッ、勇者ッ! 死ネッッ、勇者ッ!! 光ニ産マレタ者ハ皆死ネッ!!! 皮ヲッッ寄越セッッ!!!!」


憎悪の言葉を吐き散らす魔物。それは人面の怪魚と大蛇の中間のような姿をしていた。


「っっ、皮皮うるさいんだよっ!」


ムツコは闇の水を渦を押し返すのではなく押し上げて(・・・・・)、ガラ空きになった怪魚の魔物の腹にマグマの盾を打ち込んで溶岩を噴出させ、吹っ飛ばした。


「ギャアアァーーッッ!!!」


ダメージで草地を闇の水に変換する力を失い、地面の上でのたうち、振り掛かった溶岩を撒いて周囲を炎上させる怪魚の魔物。

ムツコは足元から生やした特大の蔓に乗って突進しながら、草地の炎と熱をマグマの盾に吸い込み直して鎮火をし、一気に間合いを詰めた。


「わぁああーーーっ!!!」


グラスレイピアで怪魚の魔物の眉間を貫くムツコ。

魔物は動きを止めた。


「私ニ合ウ人ノ皮サエアレバ、私モ、人間ニ・・」


怪魚の魔物は全身からガラスを噴出させて引き裂かれ、滅びていった。


「・・この世界なら、もっと他にやりようがあるでしょうに」


ムツコは蔓を枯らし、草地に降り、一息ついた。



ムツコ達は、サハギノニア国に来ていた。

魔王の胎動と闇の祝福を受けた者達の暗躍で、この地に封じられていた人に化ける性質を持つ怪魚の眷属『レザーフィッシュ』を操る魔神が復活。

現地や周辺国の冒険者ギルドの協力を得たジンゴロの手引きにより、ムツコ達は怪魚を操る魔神の討伐を目指していた。


「お、ここだここっ!」


「『家型』の祓い所かぁ。オレ、ジンゴロにリクエストしてたんだよ。泊まりの時は野宿はヤダって!」


「俺は外で寝るの好きだけどなぁ」


「だろうね」


その古びた家は怪魚の魔物と交戦した草地から北へ行った林の中にあった。


「早く休もう。黄金羅針盤、やっぱ疲れるよ・・」


「ムツコ。最近、それに頼り過ぎだぞ?」


「そうなんだけどさぁ」


「それより腹減った! というか、ここ、トイレと風呂も有るよな?」


「薪は積んである。まぁ僕かアビシェクが沸騰させればそれで済むけど」


一行はあれこれ話しながら、念入りに魔除けと秘匿ひとくの魔術が施された家型の祓い所へと入っていった。

風呂と食事を済ませ、軽く暖炉に火を灯した居間に集まっていた。

全員、特に申し合わせたワケではなかったが、ミリット以外は私服には着替えておらず、ギャンベゾン姿でベルトに短剣小剣の類いを差した姿であった。

ミリットもパジャマは着ていたが、ベルトも簡単に付けており、腰の後ろの3本の鞘に剣、盾、黒球のワンドを差していた。また、光鱗の鏡を錬成して作ったネックレスも首に掛けている。


「取り敢えず、これがサハギノニア国の王都の地図」


ユーゴがダイニングから持ってきたテーブルの上に地図を拡げた。


「大きな街」


「人間主体の国のデカい街って初めてじゃね?」


「こういう場所は歩き回っている内にうんざりしてくるもんだぞ? 酔うっ!」


「RPGあるあるだね」


「あーるぴーじー?」


「あれ? 変換できてない?」


「『無い物』はできないって、むつ子」


「話、進めていい?」


速攻の脱線にちょっとイラっとしたユーゴ。


「どうぞどうぞ」


「お構いなく~」


「サハギノニアの国もギルドも、ジンゴロが協力は取り付けてくれてるけど、今回のターゲットとその眷属の『人の皮を被って人に化ける性質』が厄介なんだよ」


ユーゴは地図をトントンと、鍛えてなお華奢な指先で叩きながら『厄介なんだよ』言った。


「事前の調べによれば既に王都に住まう人々の3分前後が『乗っ取られてる』状態、だったね?」


話を引き継いだヂーミンは、地球の物とは少し風味が違う、スパイシーなココアを飲んでいた。ミルクはパウダーココナッツミルク(これも変わった風味)を使用しているので、もはや別物であったが。


「3分って・・人口どれくらいの話よ?」


先程のレザーフィッシュの様子を思い出し、ゾッとしながらムツコが聞いた。


「文明水準が近世から近代程度だからあやふやな所があるけど、ざっと見て40数万人はいた(・・)みたいだよ?」


ユーゴが答えた。


「嘘・・」


「ヤベェな」


冷や汗をかくムツコとツヨコ。


「相手は1万2千体はいるってことかっ。こりゃ大仕事になりそうだぜ」


アビシェクはミリットが作った、冒険者達の定番だという『ジャガイモのバター揚げ焼き』の残りをフォークで摘まんでいた。


「対策はしてあるんだぞ?」


テーブルの位置が高いので、踏み台の乗っていたミリットは宙に発生させた魔法陣から一冊の魔道書を取り出した。


「ムゲンに造ってもらった魔物に対する『秘匿の魔術』の書だぞ? これを使えば3日の間は距離を取れば向こうはこちらを上手く認識できなくなる!」


自分が造ったワケではないが、持っているのは自分なのでドヤ顔をするミリット。


「中での活動猶予は3日。その間に親玉を見付けて始末、か・・」


ココアのカップを置くヂーミン。飲み終わったから置いただけだったが、指先まで無駄のない動きと完璧なポージングに、CMみたいだ、思ってしまうムツコとツヨコとユーゴ。

ユーゴは咳払いをして、CMの妄想を意識から追い払った。


「王都周辺の、人の皮に適応できなかった『成り損ない』の内、目立つヤツらはたぶんさっきので最後。あとはギルドの連中に任せて、オレ達は王都に直行だ!」


「現地で聞き込みはもうやらねーんだな?」


「難しいね、アビシェク。ムゲンの魔道書を使っても全く認識されないワケじゃないし、ギルドも国側も、疑心暗鬼になってる。それに僕らなら側までゆけば判別できる。ただ・・」


ヂーミンはユーゴを見た。


鑑定は夜に限る(・・・・・・・)。ヤツらは夜行性で日光に弱いから昼間は被った皮の奥で殆んど眠っていて近付いても判別し辛い。オレらも王都に入ったら、昼間は休息と大まかな監視調査をしよう」


「対象者が多過ぎない?」


「3日で1万2千はキツい」


「目立つヤツ、入れ代わったまま放置すると面倒そうなヤツから調べようぜ? 身動き取れなくなったら、親玉も自分からボロを出すだろうよ」


揚げ焼きポテトを食べきったアビシェク。


「そだよね。まず狙うのは・・ここっ!」


ユーゴは地図の一角、『サハギノニア国冒険者ギルド本部』を人差し指でトン、と叩いた。



翌日のまた夜。サハギノニア国冒険者本部の屋根に張り付いていた。

対象者はサハギノニア国冒険者ギルド幹部『赤拳せきけんのデュノー』『黒剣こくけんのジリク』。そしてギルドマスターの『金杖きんじょうビンシア』。

ジンゴロの下調べではここ半月、不自然に王都に止まり続け、それぞれ公的な職務がなければほぼ王都に持つ別邸や、ホテル等から外へ出ていないはずなのに夜中に目撃例があり、いずれも目撃された場所や周辺で多数の『入れ替わり』が発生していた。

他のギルド幹部はこの3者を警戒し、それぞれ身を隠して、反撃の機会を伺っていた。

デュノー、ジリク、ビンシアは他の幹部が寄り付かないことをいいことに、夜中に、半ば公然と、成り代わり以外を排除した冒険者ギルド本部に集まっていた。

昼間、一行も3者の様子を魔道書の力に加え気配も消し、遠目伺ったが、確かに不自然な所はあった。

いずれも人目の無い所では人形のように固まって動かず、用を足すこともほぼ無く、素振りを見せてもトイレに形跡は無かった。

成り行きで日を浴びることはあっても、極力避けているようでもあった。

何よりも、3者の周囲にいる者達は3者程巧妙に擬態できていない成り代わりばかりであった。

3者が本人であり、資料通りの技量があれば、気付かず、何も行動しないワケがない。


「・・中にはどれくらい? ターゲットはいるよね? 気付かれないようにね?」


屋根に手を当てて『建造物を介した探知』の力を使っているツヨコの耳元でユーゴが囁いた。身をよじるツヨコ。


「耳に息掛けんなっ。集中してんだよっ」


「はいはい、ごめんごめん」


ツヨコは集中し直した。


「・・・雑魚が、200人くらい。3人は、いるっ! 4階のギルドマスターの部屋だ。何してんだ? ちょっと、3人に触らないように部屋構造物を確認する。『生きてる者』はこの3人だけだ。なんだ?? ・・っ?! うっっ」


探知を切って、屋根の上に軽く嘔吐するツヨコ。


「何っ?! つよ子っ! 攻撃されたのっ?」


「ううっ、違うっ! 大丈夫・・まともに探知しちゃったから、キツかっただけ・・」


「食事、かな?」


察したヂーミンが聞いた。


「うん・・人の死骸を凄い勢いで喰ってた」


「確定だな」


アビシェクは浄火の兜を被った。


「人間になりたいんじゃないのっ?!」


悔し気なムツコ。


「・・たぶん、『人』に固執し過ぎると上手く化けられなくて、街の外に棄てられるんだと思うぞ?」


ミリットは水晶玉をツヨコの頭にそっと当て、玉を反応させた。


「ヂーミン。ツヨコが探知した敵の配置をコピーした。雑魚は水の蛇で片付けたらいいぞ?」


水晶玉をヂーミンに渡すミリット。


「・・わかった。ちょっと、やり辛い相手だけど、仕方ない、かな? ツヨコ、大丈夫?」


「ああっ、やってやんよっ! そういえば勇者だったっ。って感じだよっ!!」


ツヨコは立ち上がった。


「このままにしておけないっ。皆、やろうっ!」


ムツコも呼び掛け、一同は意志を確認し合った。


外部から不審に思われないように、申し訳程度に明かりの灯されたギルド本部一階の廊下を2体の成り代わりが見回りしていた。

本部内には人間はいないはず(・・)なので、2体は雑な変化をしており、皮の中身を隠しきれない異様な姿をしていた。

成り代わり2人は雑談をしていた。


「俺モ肉ヲ食ベタイ。モウ3日人間ノ食ベ物シカ食ベテナイ」


「俺ハ皮ヲ取リ替エタイ。黴ガ生エテキタ」


「ソレハ衛生的ジャナイ。社会ニ潜伏デキナイノナラ、オ前モ成リ損ナイトシテ廃棄サレテシマウゾ?」


「ソレハ回避シタイ・・ン?」


「ドウシタ? 痒イノカ?」


通路の向こうから無数の怒れる水の蛇が来襲し、成り代わり2体は為す術無く引き裂かれ、奪われた皮は解放されていった。


「敵襲カッ?!」


建物自体が鳴動していた。デュノー、ジリク、ビンシアの皮を被る者達は夢中で喰らっていた肉から口を離した。その時、


「ッ?!」


ギルドマスターの部屋の出入口が壁ごと粉砕し、逆巻く霞と烈風を纏いながらヂーミンとユーゴがビンシア擬きに突進し、そのまま背後の壁を突き破って中庭の中空へと吹っ飛ばした。

遅れて入ってきたアビシェクはジリク擬きと、ムツコとツヨコとミリットはデュノー擬きと対峙した。


「勇者カ!」


「纏メテ来ルトハッ」


デュノー擬きは身体の肉の中からデュノーの専用武器であった赤い護拳付き籠手『アイアンブレーカー』を取り出して双手で構え、ジリク擬きも身体の肉の中からジリクの専用武器であった黒い大剣『ハウンドテイマー』を取り出して構えた。


「肉を喰って皮を被ると記憶と力をいくらか引き継げるんだって? ・・『元』より弱くなってんだろうなぁっ!!」


ハボリムに燃え盛る火炎を集約させるアビシェク。


「人間に勝ってどうするつもり?」


「飯喰いたいだけか?」


「・・・」


煽りに過ぎないアビシェクと違い、未だ怒りが収まらず会話して納得しようとする気配のムツコとツヨコに戸惑うミリット。

アビシェクとジリク擬きはいち速く斬り合いを始めた。ジリク擬きはハウンドテイマーから幻の猟犬を5体召喚してアビシェクにけし掛け始める。

アビシェクはジリク擬きと交戦しながらより狭く、囲まれ難い廊下に移動していった。


「・・食事ニ関シテハ、ソウダ。我々ハ皮ヲ被ルトソノ同種ノ肉ヲ喰ワナイト酷ク飢エル。強イ個体ハ余計ニ腹ガ空ク。勝ッタ後ノ質問ハ、ワカラナイ。我々ハソノヨウニ主ニ造ラレテ、ソレ以上デハナイ。ナンノ為カハ我々モ知ラナイ。我々ハオ前達ニ対シテ特ニ害意ハナイ」


デュノー擬きは淡々と回答する。相手の質問にそうして応える傾向自体がこの個体の『自我』であったが、デュノー擬き本人はそれに気付いていない。


「・・わかった」


「時間取らせて悪かったなっ」


「切り替えるんだぞ? 敵は『悪』だけじゃないんだぞっ」


ムツコ、ツヨコ、ミリットは構えた。

デュノー擬きはアイアンブレーカーに魔力を込め、一瞬でムツコ達の背後に周り込んだ。


「っ?!」


襲い掛かるデュノー擬き。ツヨコがヴァンプアクスでカウンターの構えを取り、ミリットが盾と剣のワンドで牽制しようとしたが、一手速く、ムツコが黄金羅針盤を発動させてデュノー擬きの右の拳を受けて衝撃を打ち返す。

巻き込まれないよう、ツヨコとミリットは飛び退く。

アイアンブレーカーは砕けなかったが、内部の右腕は肩まで骨等が砕くことに成功した。

だが、デュノー擬きはまるで構わず、潰れた腕を闇の水で補強し、黄金羅針盤の力場を押し続け、同時に左腕を肩も肘も手首も間接を外し、筋肉と筋を伸ばし切って左のアイアンブレーカーで床を打った。

アイアンブレーカーの特性は『振動』。右手の攻撃に気を取られ、床を伝った振動を、ムツコは黄金羅針盤の力場で拾い切れなかった。


「かっはっっ?!」


床が砕けると共に全身に衝撃を感じ、宙に打ち上げられるムツコ。意識が飛びかける。


「むつ子っ!」


「言わんこっちゃないぞっ?!」


ツヨコとミリットはフォローに入ろうとしたが、即、両腕の損壊を回復させたデュノー擬きは高速で突進してツヨコとミリットに連打を打ち込み始めた。

床に強かに落下するムツコ。

ミリットは盾のワンドで作った見えざる盾で防いだが、ツヨコはヴァンプアクスで直に受けてしまい、あっという間にヴァンプアクスにヒビが入り始めた。


「ヤッベっ?!」


慌てて予備のミスリルアクスをウワバミの腕輪から抜いて打撃を分散させ始めるツヨコ。


「マズいっ、コイツ、自分の皮を使いこなしているぞっ!」


ミリットは黒球のワンドを使うべきか? 光鱗のネックレスを使うべきか? このまま氷の魔法で盾と剣のワンドを強化して戦うべきか? あまりの猛攻に判断つきかねていた。



中庭の中空ではバルタンメイルの背に翼を生やしたユーゴと、雲に乗ったヂーミンがビンシア擬きと交戦していた。

ビンシアは宙に多数発生させた闇の水の球体の上を跳び回りながら、金色の長棍ちょうこん雷鳴棍らいめいこん』を手にしていた。

その名の通り雷を操る長棍であったが、ユーゴは元々雷耐性が多少あったことに加えてザンモン戦で懲りて修行で耐性を上げており、ヂーミンも修行していたことに加えて水の龍に変えた海皇の槍を避雷針代わりにして電撃を防いでいた。

それでも、ビンシア擬きの体術と棒術、電撃との一体化による加速特性、そして全身を覆う、闇の水の縄によって引き絞られたその妖艶な熟女の身体は極限まで強化されており、ユーゴもヂーミンも攻めあぐねていた。


「・・というかちょっとセクシーだよね?」


「ユーゴ、まだ若いのにそういう趣味だったのかい?」


「いやいや違うってっ! 一切邪心無いからねっ。客観的見解だよっ?!」


「わかった。そういうことにしておこう」


「ヂーミンっ?!」


動揺して隙を見せたユーゴに、セクシーな(?)ビンシア擬きは呼び寄せていた雷雲から直接引き寄せた雷撃を打ち当てた。


「だぁああっ?!!」


大出力が耐性を上回り、自慢のフワフワ金髪もパンチパーマにされ、ユーゴは中庭に落下していった。


「・・僕としたことが、煽り過ぎてしまった。すまない、ユーゴ」


と言いつつ、苦笑して、ヂーミンは雲の上で水の龍を引寄せながら、帯電し続けるビンシア擬きと宙で対峙した。



アビシェクは既に40体以上の幻の猟犬を焼き払ったが、倒した側からジリク擬きのハウンドテイマーから召喚し直されていた。

一度に召喚できる幻の猟犬は5体が限度のようであったが、それ自体がフェイクである可能性もある為、使役個体数の限度はあまり気にしないことにした。

ジリク擬き本体には既に2撃浴びせてその炎はまだ消えていない。ハボリムの炎の呪いであった。闇と水の魔物であるレザーフィッシュとの属性相性もいい。

問題は・・


「随分逃げ回るじゃねーか?」


ジリク擬きは1撃浴びた時点で、消極的にしか戦わなくなっていた。


「オ前ハ強ク、我々デハ相性ガ悪イ。ダガ」


ジリク擬きの皮の下のレザーフィッシュが醜悪な笑顔を見せた。


「部屋ニ残シタ女達ハ弱ソウダッタ。主カラ、勇者ト仲間ハ『減ラス』ヨウニ命ジラレテイル。オ前達ヲ、減ラスノハ簡単ナヨウダ。アハハハ、アハ、アハハハ!」


ぎこちなく嗤うジリク擬きだったが、アビシェクの火の魔力が増大し、一振りで幻の猟犬5体が焼き払われた。


「アイツらはそんなヤワじゃねーし、俺から長く逃げ回るのも、難しいぜ?」


ハボリムに集まる炎が激しく発光しだす。

ジリク擬きは身震いを覚え、ハウンドテイマーから幻の猟犬を30体召喚した。


「ココデ、オ前達ノ戦力ヲ減ラスコトハ我々ノ存続ニ関ワルト判断シタ」


「賢明だなっ!」


アビシェクは発光するハボリムを手に幻の猟犬の群れに雄叫びを上げながら猛進していった。



ムツコはどうにか起き上がり、飲む気力は無かったので床から生やした蔓でウワバミの腕輪から取り出したエリクサーを、そのまま蔓を使って頭から被り、ある程度体力と魔力を回復した。


「ドジったわ・・」


見れば、ミスリルアクスを砕かれたツヨコは今にも砕けそうなヴァンプアクスと海魔戦斧を双手持ちして、これ以上武器を破壊されないように慎重にデュノー擬きと戦っていた。

ミリットは時折、光鱗のネックレスを小さく発動させてデュノー擬きを牽制しつつ、冷気を纏わせた盾のワンドでさらに身を守りつつ、カウンターを狙い、合わせて黒球のワンドで重力球を造り出してツヨコが攻撃する隙を作ろうとしていた。

2人とも消耗している。


「ここは原点に帰ろうっ!」


ムツコは左手で『治癒の琥珀』を2つ生成しつつ、右手でデュノー擬きの足元の広範囲に大きなイバラの蔓を発生させて一時怯ませ、生成した治癒の琥珀をツヨコとミリットに投げ付けて2人を多少は回復させた。


「むつ子!」


「待ってたんだぞっ!」


「へへっ、ポンコツでゴメンね~」


ムツコはチラリとまだ部屋に残ってる死体の山に目を向けてからマグマの盾とグラスレイピアを構え直した。


「使い所考えるから同時に行こうっ!」


「了解っ!」


ムツコが黄金羅針盤を軽く掲げて言うと、ツヨコとミリットは応じた。

デュノー擬きは加速してムツコ達の左側面を取ろうとしたが、ミリットは既にこの『加速』に慣れていた。

加速した先に光鱗のネックレスで光の鱗の障壁を発生させて弾き、怯ませる。


「っ?!」


そこへヴァンプアクスを投げ付けてデュノー擬きの胴に打ち当て、力を奪うツヨコ。

デュノー擬きはまた、今度は両腕を伸ばしてアイアンブレーカーで床を打ってより強力な振動を伝えようとしてきた。

これにムツコが黄金羅針盤で振動を跳ね返し、無理に伸ばして耐久性の落ちたデュノー擬きの両腕を完全に粉砕する。

ミリットはすかさず黒球のワンドで重力球を造ってアイアンブレーカーを引き寄せて奪う。

デュノー擬きは失った両腕の肩口から闇の水の鞭を生成して3人を打ち据えようとしたが、海魔戦斧を両手でしっかり持ったツヨコが一撃で吹き飛ばし、跳ねた闇の水で飛ばした先の壁を砕いた。


「凍れっ!」


氷の盾2枚をデュノーの両足に撃ち下ろし、凍り付かせて動きを封じるミリット。

向かって右側面からグラスレイピアでガラスの弾丸を撃って注意を引くムツコ。


「どぉりゃああーーっ!!!」


突進したツヨコが海魔戦斧でデュノー擬きの頭部を消し飛ばした。

ヴァンプアクスの力によってデュノー擬きの首から下の身体は干からびていった。

ムツコ達が勝利を祝おうとすると、中庭側の壁がさらに壊されて星影の槍でビンシア擬きを串刺しにして内部から光で焼き払いながら、雲に乗ったヂーミンが飛び込んできた。

続けて廊下側の壁もさらに拡大して壊され、左手でジリク擬きの顔面を掴んで焼き尽くしながらアビシェクが飛び込んできた。


「部屋、壊れるわっ」


疲れていたが、義務感でツッコむツヨコ。


「ムツコ、大丈夫か?」


フェイスガードを上げて言いつつ、有無を言わせずエリクサーをムツコの頭からぶっかけるアビシェク。


「・・・うん。さっき被ったばかりだけど、ありがとう」


「おうっ」


ヂーミンは水の龍を使って中庭でまだよろよろしていたパンチパーマになったユーゴも回収した。


「ユーゴも回収したし、ギルド内の雑魚も水の蛇達が片付けてくれた・・ようだねっ。取り敢えずサハギノニアの冒険者ギルド本部は・・奪還っ!!」


細い目をさらに細くして笑うヂーミン。


「ギルドが機能すれば、国軍を掌握されてもすぐにはひっくり返されない。だいぶ楽になったぞっ!」


一応、自分に魔法石の欠片を使いつつ、勢い付くミリット。


「・・まず、王都内の祓い所に戻って・・ギルドの残存幹部メンバーと連絡を取ろう。・・というか誰か、回復してっ!」


一行は、ユーゴを回復すると、事情を知らない人々でギルド本部周辺が大騒ぎになる中、素早くその場を立ち去った。



ギルド解放の報せに、サハギノニア城は沸きだっていた。

魔除けのネックレスを多数首から提げたサハギノニア国の国王は同じく魔除けを多重に付けた護衛と共に、寝所から寝巻きの上から正装の王のガウンを羽織った姿で玉座の間に現れた。

玉座の間には宰相とその副官、近衛騎士団長とその副官が控えていた。いずれも多重に魔除けを身に付けている。


「ついにギルドが解放されたようだなっ」


「はっ! 国王陛下っ。これより近衛騎士団はギルドと連携し、目星を付けていた成り済ましの掃討を開始しますっ」


「うむっ、では早速取り掛かるのだっ!! 早急にっ! おぞましいレザーフィッシュどもを排除せよっ!!」


「はっ! ではっ」


近衛騎士団長は副官と共に礼をして、足早に玉座の間から立ち去っていった。


「宰相っ! 国軍大将と魔法師団長はどうした?!」


王都にいるはずの二者の姿が無かった。


「はっ、魔法師団長は疑り深い御方で、今は手勢と共にいずこか姿を眩ましておりめまして・・使い魔は城の護りに多数は遣わして頂いているのですが」


「ぬう・・国軍大将はっ?」


「あの御方も、有力貴族の方々や豪商達に王都周辺の手勢を殆んど貸し出してしまわれたようでして、今は体裁が悪いかして、やはり、雲隠れを・・」


「ぬううっっ・・アレは軍人であろうっ?」


「はぁ」


「まぁよいっ。よくはないがっ! 宰相っ、お前は国軍と魔法師団の内、まだ集められる者を用いて近衛騎士団の支援を行うよう、手配せよっ!! ギルドへの金銭支援も確約し、商家の者共にも足元を見られる前に資金を供出させよっ。国軍を借りてる輩は尚更だっ!」


「御意っ。では・・」


宰相は副官と共に礼をして、玉座の間を後にした。

真夜中であるからか? 騒動のせいか? 玉座の間から離れると、城の廊下は奇妙な程に人気が無かったが、宰相の副官は興奮していた。


「いよいよ反撃ですっ! 初動が妙に遅れてしまったことも改めて調査しないとっ。しかし、城の地下に魔神が実在したなんて・・恐ろしいことですねっ? 宰相閣下」


「ああ、本当に、恐ろしいことだ・・」


過労からか? 宰相の顔色が酷く悪くなっていた。


「? とにかくっ! 手配しましょうっ。隣国からも密かに支援の兵や、手練れの冒険者達が来てくれていますからねっ。夜が明けて潜伏される前に、粗方片付けてしまいましょうっ! まず、どこから手配しまいましょうか? やはり、国軍の」


「それは必要無い」


「は?」


宰相は突然、副官の両肩を剛力で掴み、身体を膨らませ、両目と口と鼻と両耳から闇の水を噴出させ、副官の両目と口と鼻と両耳に挿入させ始めた。


「ガボボボゥッッ?! ンボゥッゴォガァッゥッベェウウッゥッゥ??!!!」


最後に数体、口から闇の水と共にレザーフィッシュの幼体を注ぎ込み、『宰相擬き』は副官の肩けら両手を離した。


ゴキゴキィゴキャッッボクゥッッ!!!!


身体中の穴という穴かは闇の水を滴らせながら、副官であった者は身体を激しく振るわせ、やがてそれが収まると、闇の水を身体の中に引き寄せ、表情を失った元の副官と同じ姿になった。


「誤情報ヲ広メ、人間同士ヲ争ワセ、時間ヲ稼ゲッ! 我ハ主ニ伺イヲ立テル」


「了解シタ・・」


副官擬きは無表情のまま去ろうとしたが、


「待テッ!」


宰相擬きに呼び止められて振り返った。


「ナンダ?」


「人間ラシクスルコトヲ忘レルナ!」


「・・・コウカ?」


副官擬きは口が裂ける程の異様な笑顔を見せた。


「大体合ッテイルガ、モウ少シ控エロ」


「ワカッタ・・いや、かしこまりました。宰相閣下」


自然な仕草と口調に調整し、副官擬きは立ち去っていった。


「・・・あめしすとっ!」


宰相擬きが背後の柱の陰に呼び掛けると、認識阻害効果を解いて、ニウル島でムツコ達を監視していた、紫の宝石の目を持つ者が姿を現した。


「気付いていたか。最近すぐに見付かって、自信を無くすね」


「想定ヨリモ勇者達ガ迅速ダッ! 足止メニ負ノ竜族ヲイクラカ貸セッ!!」


「・・要求が多い。お前達の主の復活の手配をし、邪教徒どもを融通し、貴重な魔除け対策の品まで少なからずくれてやった。人の道理では、『欲深い』という物だぞ?」


「眷属ノさんぷるヲ大量ニ渡シタ。犠牲ニ対シ、オ前達ハ我々ニ協力スベキダ」


「『犠牲』か。人のようなことを言うな。毒されているのではないか?」


嘲笑するようなアメシストと呼ばれた者に対し、宰相擬きは両目を異様に拡大させて威嚇した。


「モウ一度ダケ言ウ。負ノ竜族ヲ貸セッ!!!」


「わかったわかった。同じ闇の眷属じゃないか? 協力する。すぐに用意しようじゃないか? これは『親愛』というのだ。覚えておくといい。クックックッ」


アメシストは札を一枚出して転移の魔法陣を展開すると、いずこかへ姿を消していった。


「コノ世界ハ我ラガ主ノ物ッ!! 魔王ニモッ、勇者ドモニモッ、好キニハサセンッ!!!」


宰相擬き言い放ち、は闇の水を逆巻かせて負の力を高め出すのだった。

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