わたしが2人
日高睦代は高校2年生である。学業、体力、容姿は平凡。
友達の数も人並み。親友と呼べる程の友人はいないが、よく行動を共にするメンバーとは踏み込み過ぎない程度に立ち入った話をすることもあった。
彼氏に関しては小学生時代に熱烈な男性アイドルグループファンだったある種の後遺症で、高望みに高望みを重ねた結果、連敗を重ねて、未だに獲得できずにいた。
ただ最近はさすがに『容姿や人気は程々で良し、性格や頼り甲斐での補完も可』『そもそも自分は普通程度なので、リーチが短いと認めざるを得ない』といった点を了解した為、このまま何事もなければ3年に進級するまでには彼氏の1人くらいはできても不思議は無い塩梅にはなっていた。
反抗期だった中学時代は、些細な口論で兄の美少女フィギュアを粉砕し、父と洗濯を分けるように大騒ぎし、平日の昼間は介護士として働いている為に休日はひたすら高校生時代のジャージを着て寝転がっていることが多い母に「オイっ! そこのベテランJKっ!!」と絡む等していた。
さらに飼っている雑種の保護犬のピロシに「プロレスしようぜっ!」としつこく絡んで怒らせて噛まれて大泣きして、腹いせにベランダの窓ガラスを割って隣の家の人に警察に通報されて騒ぎになる等、それなり荒ぶり様であったが、今はすっかり毒気も抜けた様子だった。
兄からは「『雌ゴブリンか』ら『モブJK』にジョブチェンジしたな」等と言われる程の変化を遂げていた。
『ゴブリン』とは、ゲームやアニメや漫画やライトノベル作品によく登場する邪悪な小人族のモンスターである。児童書の類いにも出ないではない。
作品によっては等身の高い高等な種族であったり、何やら女性登場人物達にけしからん振る舞いをしてみたり、普通の人間だが精鋭軍人部隊の異称として呼ばれていたり、と様々であるが、単に『凶暴な小娘』くらいのイメージであったと思われる。
その元雌ゴブリンにして現モブJKこと睦代は、学校から帰宅し簡単な、しかしすぐ出掛けられる格好に着替え、小腹が空いたので、麦茶もコップに注いでカップ麺を食べていた。
中型犬だが室内で飼っているピロシが足元に寄ってくると、食卓に常備してある『肉味のグミ』のような犬用おやつを1つ投げてやる。
喜んで食べ、ピロシはさらに『もっとくれ、くれるのであればお前と遊んでやってもいい』といった挙動を取ったが、睦代はスルーした。
犬は構うと無限にじゃれてくる生き物であったから。
「・・謎肉の正体、突き止めたいね」
世界の真理について語る、くらいのトーンで独白し、カップ麺のかやくを箸で摘まんで食べる睦代。
と、突然ベランダの窓を開けてほっかむりをして軍手を付け、腰に携帯缶入りの蚊取り線香を装着した睦代の母がヌッと室内に入ってきた。
ピロシは睦代より母の方が好きなので、そちらに向かったが、蚊取り線香の臭いにギョッとして右往左往しだした。犬にも効くようだ。
「わっ?! お母さんいたの?」
「中森さんが法事だからシフト変わるって言ったじゃんよ? あー疲れた」
母はうんざり顔でキッチンの方にゆき麦茶をコップに注いで飲み干した。
「くぁーっ、麦茶っ、生き返るわぁっ!!」
「またオッサン臭いよ」
「睦代はバイト間に合うの?」
「自転車だし」
「出る前に俊夫呼んできて、もう帰ってるから。庭の木の剪定しようと思ったけど、疲れるわ。お母さん昨日老人ホームですーごいっ、ぽっちゃりした人をお風呂に入れたんだけど腰にきちゃってんのよね」
「またコルセットになっちゃうよ?」
「ほんとね。とにかく俊夫呼んできて。アイツ、家に食費入れてるからって家のことなんもしないからっ。ゆるせん!」
睦代の兄、俊夫は実家から大学に通っていたが週4でステーキサンド屋でバイトをしており、毎月家に食費を入れていた。
「わかったー」
睦代はさっさと間食を済ませ、スマホだけ持って2階へ向かったが、階段の所でスマホからポコンとSNSの通知音がした。
見ると家族のグループに父からメッセージが入っており、『出先でフルーツショコラクリームメープル大福をもらったから夜、持って帰る』と現物の画像付きで書かれていた。
「大福に色々入れ過ぎっ」
軽くツッコミつつ、2階の兄の部屋の前まできた。『俊夫家』と掛け札が掛かっている。軽くノックする。
「兄貴ー。入っていいかぁ? 変なことしてない~?」
「してねーし」
鍵は掛かっていなかったので中に入る。
部屋着の俊夫は低速回転モードの電動轆轤の上に女豹ポーズの美少女フィギュア『傀儡少女戦士ルイ』を乗せてじっくりと至近距離で鑑賞していた。
「してるじゃねーかっ?!」
「は? 傀儡少女戦士ルイの鑑賞は日常だろうがよっ」
「うっせっ。そのアニメ、20年越しで去年完結したんだからお前ももう卒業しろよ?!」
「わかってないな睦代」
俊夫は轆轤を止め、睦代を向き直り、やれやれ、といった感じで溜め息を吐いてから語りだした。
「ルイは旅立ったたんだよ? 俺達も同伴者じゃん? 確かに作中、ショウタの主体世界においてルイは聖母となったけど、それはショウタの自己完結だよね? 第5次元の再構成には失敗してしまったけど、トォルシをノスしてパンチャでコンすればまだ可能性はあるっ! 何より主体ルイが旅するワールドもあるっ! つまり、俺達の戦いはこれからなんだよっ?! まず第8次元の真傀儡獣達の来襲も、ダビルデボスディルバの預言の解読によれば、あらゆる改竄の干渉を」
「待って、気が狂いそう」
単純にずっと聞いてるとバイトに遅れそうでもあった。
「なんだよ? なんか俺に用か? この兄にっ」
「お母さんが庭木の剪定代わってくれって」
「え~っ?」
「兄貴は今日バイト無いんだろ? じゃ、よろしくね」
ゴネられると面倒なので睦代はさっさと退散しようとした。
「睦代っ、バイト行くんなら表通りの方から行けよ?」
「なんで?」
「細い方の路地、電灯少ないし、監視カメラも無いし、あそこ変な車が周回してるって噂がある。この間、隣街で子供が車に連れ込まれる事件もあったし」
「んー、わかった。ちょっと遠回りだけど表通りから行くよ」
「帰りだけじゃなくて、行きからなっ」
「へいへーい」
「あとお父さん大福持って帰るみたいだからブラックコーヒーのいいヤツ買ってきてくれ」
「ああ、わかったっ!」
睦代は俊夫の部屋から出て、自分の部屋で財布とバイト用の鞄と自転車の鍵を取って玄関に向かった。
「じゃ、お母さん行ってきまーすっ!」
「俊夫に言ってくれた?」
「言った言ったーっ」
「ワンワンっ!」
「ピロシっ、散歩じゃないよっ」
じゃれてきたピロシを躱し、なんとか1人だけピロシ対策の柵を跨いで玄関から出て、睦代は自分の自転車を押して門を出て、乗って出発した。
程無く分かれ道に出る。左が遠回りの表通り、右が近道の細道。
「安全第一っ!」
睦代は迷わず左へ向かおうとした。しかし、
ピーっ! ピーっ! ピーっ! ピーっ!
防犯ブザーの音が右の細道の方から聴こえ、睦代は自転車を止めた。
「マジっ?」
「助けてぇーっ!!!」
小学生くらいの女の子の叫び声もした。
睦代は自転車の向きを変えてから、ギリギリ冷静さを取り戻してスマホを取り出し、警察に通報した。
早口で場所と状況を知らせた。
「取り敢えずっ、私が行って食い止め」
「待って下さいっ! 近くに巡回車がいるので既に向かわせてますっ。近所の方々の協力を得るのはともかく単独では」
「助けてぇーーーーっ!!!!」
さっきよりも切実な声。
「すいませんっ、行きますっ!」
頭に血が昇った睦代は通話を切り、全速力で自転車を漕いで右の細道に入った。
一車線の道路に黒いミニバンが止められ、営業のような背広を着た年は若そうな痩せた男が、小学生の女の子を捕まえていた。
が、後ろから迫った為にランドセルが邪魔になっているのと女の子が暴れるので手こずっているようだった。
「何してんだオッラァーーーっ!!!!」
内なる雌ゴブリンを呼び覚ました睦代は生まれて初めてウイリーさせた自転車で猛然と背広の男の顔面に突進して吹っ飛ばした。
拍子に睦代も女の子も転けたが、大急ぎで起き上がった睦代は女の子を助け起こし、走るのには邪魔そうなランドセルを取った。
「走って! 大人を呼んで!!」
「うんっ!」
女の子は睦代が来た方に走りだし、睦代も続こうとしたが、後ろからドタドタと重めの足音がしたので振り返った。
さっきは見なかった背の高い小太りの中年男がスタンガンを手に走り込んできていた。ミニバンの中にもう1人いたのだ。
「高校生のババアは引っ込んだろっ!」
睦代は咄嗟にランドセルを男に投げ付け突進の勢いを殺いだが、男が振り回したスタンガンを腕に右腕に受けてしまった。
腕に激痛と高熱を感じ、腕全体が痺れた。
「熱っ?! あにすんだよぉっ」
右腕は痺れても他は雌ゴブリンのままだった。特に格闘技の心得はないが、思い切り前蹴りで男の鳩尾の辺りを蹴り付けた。踵が綺麗に入り、大柄であっても何も鍛えていない男は大きく怯んだ。
「痛ぇっ?! スタンガン効かねぇじゃんっ??」
効いたといっても普通の女子高校生のキックに過ぎないので、せいぜい凄く痛くてちょっと息が詰まる程度のことであったが、男は人から暴力を受けたのが初めてであったので、簡単に半泣きになった。
「漫画とかドラマのフィクションを見過・・っ?!」
「舐めんなぁっ!!!」
前触れ無く、先程自転車の前輪で吹っ飛ばした男が鼻血塗れの顔で、大柄な男とは比べ物にならない殺意ある勢いで突進してきて『何か』を睦代の腹に突き立てた。
激痛が背中まで通り、急速に身体の身体の力が抜け、膝を突いた。腹を中心に身体全体が萎んでゆく感覚を覚えて見ると、腹に刺されたナイフから血が溢れていた。
「オイっ! 刺すことないだろっ?」
「うっせぇデブっ!! 先にコイツがやったんだっ。正当防衛だろうがっ?!」
視界が暗くなり、音だけが聴こえるようになった。パトカーのサイレンがした。
「警察だっ?! ちくしょーっ。俺はスタンガン当てただけだからなっ」
「いいから早く車だせっ」
「お前なんかと組まなきゃよかったっ。俺は盗撮したかっただけなのにっ」
「散々いい思いしたろうがっ、キモデブがっ!」
「くっそっっ、最悪だっ!!」
車が走り去る音がした。
「・・・」
睦代は、音も聴こえなくなってきた。
(ああ、しまったな。ヒーローとかじゃないのに、調子に乗り過ぎた。でも女の子は逃げれたし、これだけのことになったらあの2人ももうおしまいだろう。他に被害に遭った子達も少しは安心、できる、か・・も・・彼氏、選り、好み、せず、作っときゃ、よかっ・・た)
そこで睦代の意識はプツリと途切れた。
気が付くと、睦代は上昇する光の奔流の中にいた。他にも無数の自分と同じ『光』があった。そう、睦代自身も1つの光となっていた。
「あ、死んじゃったんだ。あちゃ~」
睦代は改めて周囲や光の身体になった自分を見てみた。
「なんか、手から光線だせそう。ジュワっ! みたいな。ふふっ、私もテレビとか見過ぎ、か・・」
苦笑する光の睦代。
「というかあの後、皆はどうなったんだろ?」
そう思い至った瞬間、様々な光景が光の睦代の頭の中に浮かんだ。
逮捕されるミニバンの男達。親元に帰った女の子。睦代の葬儀。悲しむ、友人、親族、家族。状況がわからないピロシ・・。
兄、俊夫は蓋が開けられ棺の中で、花に埋もれた睦代のそばに屈み込んだ。
「睦代、カッコつけやがってっっ」
涙ぐむ俊夫。光の睦代も光の涙を流した。
「兄貴っ」
「ううっ、これで・・お前も、寂しくないな?」
涙ながらに微笑んで、俊夫はそっと、棺の睦代の顔の側に女豹ポーズの傀儡少女戦士ルイのフィギュアを差し入れた。
「・・いや、やめろよ。そこはせめてチヲル入れてくれよ?」
チヲルはアニメ傀儡少女戦士ルイの作中の『謎の美少年キャラ』である。
「バカ兄貴っ。ま、私はこんなもんかっ! 次、生まれ変われたら、取り敢えず護身術習おっと」
光の睦代は泣き笑いで言って、それ以上地上の様子を見るのをやめた。
睦代は遥か頭上の、光の奔流の先だけを見ることにした。手を伸ばす睦代。頭上の光は強まり、睦代はその光に引き寄せられ・・
「ちょおっと待てっ!! 召喚が間に合わないっ! 潔過ぎるだろっ?!」
「ふぇっ?」
光の奔流の脇から不意に声が掛かり、光の睦代が振り向くと、奇妙な紋様の円形の陣が発生しており、そこから羅針盤の針のような物といくつもの時計構造を組み合わさったような幼児程度の等身の人型の生き物が上半身のみを出していた。
「これだから『勇者の兆し』を持つヤツはめんどくさいんだよっ。運命に素直過ぎるっ!」
「勇者? スライムとか魔王とか倒すヤツ??」
「大体合ってるけど、お前が考えてるのとたぶん物凄く違うことになると思うぞっ?!」
「何?? え??」
「いいからこっちに来いっ! お前達の世界は神がいないから摂理だけで回ってんだっ。融通が利かないんだよっ!!」
「えーっ?! こんなキラキラしてんのに神様いないのぉっ?!」
「少なくともお前がイメージするようなヤツはなっ!」
「そんなんばっか言うじゃん?」
「いいから来いってっ! めちゃくちゃ疲れるんだよっ、ここに介入すんのっっ」
円形陣から出てきた者はニュルっと腕を伸ばして光の睦代を掴まえ、自分が身体を出していた円形陣の中に引っ張り込んだ。
「えーっ?! 何コレ? 何コレ??」
光の空間から様々な文明の残骸が漂う亜空間に連れてこられた睦代。
「オイラはグルモンっ! 時の精霊だっ」
「?? ・・ポケ」
「違う。カプセルに入ったり出たりしない。いや、できるけどなっ」
「じゃあ、デジ」
「違う。何段階かに進化する電子生命体じゃないっ」
「妖怪ウォ」
「違う。地域の伝承怪異をデフォルメされたモンスターとして時計型デバイスを介して使役して、バトルしたり友情を育んだりする感じでもないっ。というか語尾の『モン』から離れたぞっ?」
「あんたアニメとかゲーム詳しいね」
「『勇者召喚』もこれで20回目だ! 毎回観測してるし、大体時代も一緒。オイラは『現代地球』の専門家と言っても過言じゃないぞ?」
胸を張るグルモン。
「なんかわかんないけど、ベテランなんだ・・というか勇者召喚って何よ? 私もう死んでるんですけどっ?」
「それだそれっ! これからオイラ達が課すミッションをクリアしたらお前を現代地球で生き返らせてやろうっ!!」
「え?? もう火葬された状態から? それってホラーな」
「ああ、違う違う! ちゃんと殺される前に遡ってだ。そうだな、あの近道と遠回りの分かれ道に来た辺り、かな?」
困惑する光の睦代。
「それじゃどっちにしろその後、殺されるじゃんか?」
「成り行きがわかってりゃ対処できるだろ? それにこのミッションをクリアする頃にはお前はバカみたいに強くなってるから。まぁ俺達の世界で獲得した力その物は地球に持ち込めないが、経験は残る」
「よくわかんないんだけど?」
「だからっ! 戻る頃には同じ体力でも武道の達人くらいの技と判断力は身に付いてるってことっ。ぶっちゃけお前を殺したヤツらスライムより雑魚いから。全然いけるってっ」
「ホントかよ~? 柔道部の男子とかでもナイフとかスタンガン持ってる2人組に勝てる?? 無理くなーい?」
「運命には素直なクセに、話すと疑り深いヤツだなぁ。生き返りたくないのかよっ?」
「それズルいっ! そんなんなんも言えないじゃんっ」
「諦めろ。直接交渉できるからゴネてるけど、これも運命だ。大体お前が引き受けないと、俺達の世界はめっちゃくちゃにデストロイだかんなっ! 子供が1人死ぬとかのレベルじゃねーんだぞっ?!」
「何それもー。なんか私じゃなくてプロレスラーとか自衛隊の人が死ぬの待って口説いた方がいいんじゃないの? 私、帰宅部だよ?」
「お前がこの召喚のタイミングでもっとも優れた『光』の適正があった。大丈夫だ。転生後は色々アレしてめちゃんこ強くなるからっ!」
「転生するんだ・・」
転生というワードで自分の知識に照らし合わせてみる睦代。兄はアニメ好きではあったが、『転生物』には関心が薄かった。
だが、文芸部の友人にライトノベル好きの娘がいて、転生物ジャンルについて話していたのを思い出した。
「あっ! アレかっ」
「お? なんだ?」
「『悪役令嬢』だっ! なんか、恋愛ゲームの中に転生したら悪役令嬢役で、それで逆にいいことして人気になって逆ハーレムっ!! みたいな。そういうんだね? わぁ、どうしよ? そういうゲームやったことないし、逆ハーレムかぁ・・デュフフ」
思わずニヤける光の睦代。
「いや違うけど? 最初に勇者って言ったよな? お前、現地で恋愛じゃなくてゴリゴリにバトル担当な」
「えー? 逆ハーレムは?」
「現地で口説きたきゃ口説きゃいいけど、そんな暇はたぶんあんまりねーぞ? RPGゲームの主人公とか思い出してみろ? アイツら、ずーーーーーーーっと戦ってるだろ? マジあんな感じだかんな」
「ブラック職場じゃんっ」
「ホワイトな勇者現場なんかこれまで一度もねーわっ」
「そんなん、私じゃなくて織田信長とか連れてゆきなよ~」
ゴネまくる光の睦代。
「軍勢を率いたら超有能だろうけど、勇者的には不適合だっ!! とにかく、今回はお・ま・え・だ!! 睦代っ」
グルモンは光の睦代をまた引っ張り、今度は文明残骸の亜空間の果てへと加速を始めた。
「うわわわわっ?!」
「出入り口が狭いのと、転生する時その姿だとややこしいことになる。睦代、ちょっと『丸くなれ』」
「丸くなれ?」
「こうだっ!」
グルモンから奇妙な紋様の帯が放たれ、それが光の睦代を覆うと、身体が急速に丸まりだした。
「ふぁーーーっ?!」
「落ち着け。球体になって縮むだけだ」
「落ち着けるかぁーっ!!!」
光の睦代はそのままデフォルメされた睦代の顔の表情が付いたソフトボールぐらいの大きさの光の球体に変えられてしまった。
「よし」
「よし、じゃないわっ! あにすんのよっ?! キューってなってんじゃんかっ?!」
「出入り口に来たぞっ?!」
「えっ?!」
いつの間にか周囲の文明残骸は地球のそれではなく、奇妙な異世界のそれに置き換わっていたが、その先に円形紋様陣で覆われた空間の歪みの渦があった。
中心点は穴になっていたが、せいぜい西瓜程度の大きさしかない。
「小っさっ?!」
「行くぞっ! 俺達の世界、『アマラディア』だっ!! やっほーっ」
「なんか色々納得できなーいっ!!」
グルモンは自らの身体を帯状に変化させ、光の球体になった睦代を巻き込んで中心点の穴へと突入していった。
スポンっ!!!
穴を抜けると、床に大きな円形紋様が描かれた広間に出た。
背後にあった穴と円形紋様はすぐに掻き消えた。
床の円形紋様の中心には2つの緑と銀の美しい布の敷かれた台座があり、そこには輝く木の苗と、輝く鉱物の塊が置かれていた。
また、台座の周囲には様々な宝石のような物が多数置かれていた。
円形陣の縁の所に、法衣を着て杖を持ち、長い髭の先をリボンで結んだ老人もいた。
「ムゲンっ!! 〇〇〇〇〇〇××××っ?!」
最初の『ムゲン』以外は睦代にはわからない言葉で老人に語り掛けるグルモン。
「×××、〇〇〇〇、×〇」
老人も睦代にはわからない言葉を話した。
「何何?」
「おお、そうか、睦代はこっちの言葉がわからいよな? 先に転生を済ませちまおう」
「マジでやんのー?」
「観念しろってっ。ただ今回、依り代にする『神器』が2つも手に入ったから、勇者も『2つ』に分けることにしたからよ? 1人に2つの神器だとパンクしちまうからな?」
「うん??」
光の球体の睦代が戸惑っている内に、グルモンは老人に睦代にはわからない言葉で何か指図をして、光の球体の睦代からスッと離れた。
「なんか、される感じ??」
老人は何事が唱えてから、光の球体の睦代を見据え、杖を振り上げ、それで宙を切るように真っ直ぐ振り下ろした。
と、光の球体の睦代の視界がズレた。
「え?」
声までズレて聴こえる。いや、視界や声だけではない。光の球体の睦代は真っ二つに割られていた。
「ちょーーーーいっ?!」
「大丈夫だ睦代。割られただけだ。それにお前はもう『1人の睦代』じゃないぞ?」
「1人の睦代?」
ハモっていると、割られた断面がぷっくりと膨れ上がって
「うおおっ???」
元の球体に戻った。ただし玉は2つ。睦代から見て右側の球体は銀色に変わり、左側の球体は緑色に変わった。
さらに緑球体睦代のデフォルメ顔の目はタレ目に。銀球体睦代のデフォルメ顔の目はつり目に変わった。
それまで1つの意識が2つに分かれていた状態であったのが、それぞれ別の意識に切り替わり。視界が2つに割れることもなくなった。
緑タレ目睦代球体と銀つり目睦代球体は互いに見詰め合った。
「・・・」
「・・・」
「睦代、お前は『2人』になったんだ。まぁ『双子』みたいなもんだなっ。へっへっへっ」
面白がるグルモン。
「何してんのぉーーーっ?!」
「やめろよぉーーーっ?!」
混乱する睦代球体達。
「まぁこのままガチャガチャ言っても始まらない」
グルモンはまた睦代達にはわからない言葉で老人に語り掛けた。
老人はそれに応え、杖を構え直し、力を高めて、杖の石突きで強く床の円形紋様陣を突いた。
激しく発光する円形紋様陣。緑球体の睦代は輝く木の苗に引き寄せられ、銀球体の睦代は輝く鉱物の塊に引寄せられ吸い込まれていった。
「とぉふっ?!」
「のほぉっ?!」
「××××、〇〇〇〇〇ッッ!!!!」
老人は睦代達にはわからない言葉を高らかに唱え上げた。
陣からの発光がねじ曲がり、収束し、台座の周囲の宝石のような物が全て砕けて2つ分かれ、台座の上の睦代が吸い込まれた木の苗と鉱物の塊に融合していった。
木の苗と鉱物の塊は激しく発光し、それぞれ緑と銀の光その物になり、その2つの光はやがて人の赤ん坊のシルエットに変わり、赤ん坊のシルエットは幼児のシルエットに、幼児のシルエットは10歳程度のシルエットに変わってゆき、最後に10代中盤程度の女性のシルエットに変わって実体化していった。
そこにはやや長い少し尖った耳になった緑色の髪とタレ目をした体型や顔付きが若干シャープになった身体に植物の蔓を巻き付けた睦代と、やはりやや長い少し長い耳になった銀色の髪とつり目をした体型や顔付きが若干シャープになった身体に金属の結晶を纏った睦代がいた。
「・・・??」
「・・・??」
「ほい、鏡」
グルモンはどこからともなく取り出した手鏡を腕をニュルっと伸ばして1つずつ睦代達に渡した。
「・・のやぁああーーーっ?!!!」
「とぅはぁあーーーっ?!!!」
驚き、さらに互いを見比べても驚く睦代達。
「まぁ、無理もない。その内、慣れ」
「めっちゃ可愛くなってるぅううーーーっ!!!!」
「ふぉおおおっ、この状態でダンス動画投稿してぇえええっ!!!!」
「・・・」
グルモンが想定したより俗な反応を示す睦代達。
「身体が馴染み易いように半分はエルフ族をベースに転生させた。アイツら無駄に美形だからな。それより台座にお前達に馴染み易い『変化の布』が置いてあるから、それを服に変えて着ろ。微妙に隠せてないし、ずっと蔓とか金属付けたままウロウロするつもりか?」
「そんなこと・・わぁお、丸出し」
「『睦代自身』を解放し過ぎたなっ。え? これどうすんの??」
「取り敢えず身体の中に引っ込める感じで問題無い。布は簡単な寝巻きでもイメージして着たらいい」
先程まで何を言っているかわからなかった老人が語り掛けた。
一瞬呆気に取られる睦代達。
「どぉわーーーっ?! お爺ちゃんいたんだったぁああっ!!」
「睦代自身がぁああーーーっ?!」
「隣の部屋で待っとる」
老人はうんざり顔で広間を出ていった。
「あの爺さん、『ムゲン』て言うんだけど、そこそこ人当たりは悪いから注意しとけよ?」
「マジで? というかお前はいるのかよっ」
「エッチぃぞ、グルモンっ!」
「お前の裸とか、どーでもいいからっ、とっととしろよっ!」
「くっそぉ~~、勝手に双子にしやがったクセにぃ。絶対生き返ってやるっ」
悪い顔をする緑睦代。
「いやもう、双子とかそういうレベルじゃなくねーか?」
冷静に返す銀睦代。
2人は試行錯誤して、どうにか蔓と金属を身体の中に引っ込め、結果的にグルモンがいる状態で完全に全裸になってしまったので慌てふためいて台座から取った布をパジャマに変えようとしたが、布はイメージ従って変化したが、上手くコントロールできずに2人揃って形の定まらない布と裸で格闘するような有り様になってしまった。
「・・っっ。なーにやってんだよっ?! イライラするっ!! こうすんだよっ」
グルモンが両掌を睦代達に向かって広げ、力を込めると変化の布は嘘のように整然と変わり始め、緑と銀のパジャマとスリッポンに変わった。
「お~、下着とスリッポンまでっ!」
「下着のサイズがピッタリなのがゾワゾワするっ」
「ホント大丈夫かよ? 睦代。というか、名前不便だな」
「私は睦代だよ?」
「あたしも睦代だっ!」
「私のこと『あたし』とか言うなよっ。中学ん時みたいじゃんかっ!」
「あの頃が一番絶好調だったんだよっ?!」
「はぁ?」
「んだよっ、大人しくなったらなんか学校つまんなくなって、帰宅部にしてバイトばっかしてたんだろっ?」
「なんで私が私にディスられてんのっ?!」
「お前はあたしだっ!」
「あんたが私でしょっ?!」
手鏡を持っていがみ合う緑睦代と銀睦代。
「まぁ待て、2人になったんだだからそれぞれ自我も出てくる。これから紛らわしいから名前も分けようぜ?」
「名前?」
「睦代じゃダメなのかよ?」
「ダメだっ。緑のタレ目っ!『世界樹の苗』を依り代にした方は『むつ子』でいいだろ?」
「安易っ!」
「わかり易い方がいいんだよっ。銀のつり目っ!『アダマンタイトの核鋼』を依り代にした方は『つよ子』だっ!」
「いや、もうちょい他にあるだろっ?!」
「これで決まりっ! 2人の勇者はむつ子とつよ子っ!! これからアマラディア世界を救ってもらうからなっ?!」
「もうこの際、善玉令嬢役でそこら辺の村人2人くらいから告白されるとか、ダメ?」
「グルモン。お前、マジ強引だわ~」
非常に低いテンションからのスタートと相成ったが、こうして、双子の勇者ムツコと勇者ツヨコの伝説は始まったのであった。