【続編】王太子である俺が、婚約者となった5年来の悪友にキスをするまで
お待たせしました!ぜひ楽しんでください!
俺は産まれた瞬間から、王になることを期待されて育った。物心がついた頃から勉強勉強勉強。体がある程度成長してからは自衛のために訓練も始めた。そして社交の場に連れていかれては貴族達の長い挨拶と下手なおべっかを聞く。そんな心休まる時間なんて極僅かしかない毎日。
「貴方は王太子なんだから、誰よりも努力しないと駄目なのよ」「ダメですね。王になるなら、この程度はこなせないといけませんよ」「流石王太子殿下。王になる御方はモノが違いますな」
まだ純粋だった幼少期は、周囲の期待に応えようと一生懸命に頑張っていた。でも時間が経つにつれて気づき始める。誰も王太子じゃない俺自身を求めてはいないのだと。俺には王となるしか価値がないのだと。そうして俺の心は消耗していき、ある日突然、限界を迎えた。
それは簡単に言ってしまえば「家出」が正しいだろうか。誰にも見つからないように城を飛び出した俺は、いつも上から見下ろしていた見知らぬ街へと逃げたのだ。
何もかもが初めての冒険だった。王太子として城に押し込められていた時には感じられなかった人々の活気。城にいる気難しい貴族達とは違う、明るく楽しそうな子供達の姿。何処もかしこも笑顔で溢れ、笑い声が響いていた。
そうやって街を散策していると、同い年くらいの男の子達がちゃんばらをしているのを見かけた。全員やんちゃそうな奴らだったけど、無邪気に遊んでいる姿が何処か羨ましくてぼうっと眺めてしまう。
「お前も一緒にやろうぜ!」
その様子に気付いた彼らの一人が、何の気もなく俺を誘って迎え入れてくれたんだ。
彼らと遊ぶのは城で勉強をするよりも何倍も楽しく、久しぶりに心から笑えた。それから俺は、暇を見つけては城を抜け出して彼らと遊ぶ事を繰り返す事になる。
ある日のこと、仲間の一人が好きな子がいるグループにちょっかいをかけた。ちょっとした意地悪だったそれに女の子は泣いてしまい、向こう側は怒り心頭。ついケンカになってしまう。男が多いこちらが自然と勝ったが、気まずくなってすぐにその場を離れた。
そして、アイツがやって来たのはその翌日だった。
「アンタ達の腐った根性、私が叩き直してあげる!」
いつものように遊んでいた俺達の元に、一人の少女が訪ねてきた。自然と視線が引き寄せられる美貌を持った彼女は、こちらを見つけた瞬間、信じられない速度で突っ込んできて俺達を薙ぎ倒し始めたのだ。幸い手加減くらいは知っていたらしく、誰も大したケガをしなかった。しかしあまりの強さにすっかり上下関係を刷り込まれた俺の仲間達は、あっさり彼女の軍門に下ったのだ。
俺はそれが気に入らなかった。王になる為にこれまで生きてきたのに、その俺よりも強く、俺より人を惹き付けるアイツが気に入らなかったんだ。そしてどこまでも羽ばたけるような自由さに、憧れた。
「おい!俺はお前に負けてないからな!」
それから俺は、アイツに難癖を付けては勝負を挑むようになった。ムカつくことに勉強については俺と同程度。そして体術や魔術に於いては彼女が圧倒的に強く、俺がどれだけ頑張っても追い付けるイメージが湧かなかった。
だから俺は元々得意で勝ち目のある勉強を極めようとした。帝王学から始まり、政治、経済、数学、歴史。ありとあらゆる知識を詰め込んだ。全てはアイツに負けない為、一つでもアイツに勝つ為に。王太子ではなく、一人の男としてアイツを越えたかった。
そんな日々を過ごしていた俺達は、やがて悪友となり、彼女の隣に立つ頃には誰にも負けない頭脳を手にした。そしていつの間にか、誰もが認める王太子となっていたんだ。
◇
「何でこんなことになってるんだっけ?」
俺の視線の先でそんな分かりきった質問をしてくるコイツは、つい先日俺の15歳の成人を祝うパーティーにて婚約者となった公爵令嬢。個人の認識で言えば、悪友の戦闘ゴリラだ。
「さぁな。どっかの誰かが加減しないで暴れたからじゃないか?」
ここは王立学園の訓練場内。芝生が捲れ上がり砂埃が宙に舞う彼女の周囲には、虚ろな目をした30人程の男子生徒がぼろ雑巾のように転がっていた。アイツも手加減くらいは出来るし怪我はないだろう。たぶん。
事の始まりは、俺達が入学時に行われるクラス分けテストを受けたことから始まる。この学園は非常にレベルが高く、教育の質や資金力の関係で一定以上の貴族しか入れないような特別な場所だ。故にテスト一つとっても鬼のように難しいのだが、筆記試験では俺が、実技試験ではアイツが共に満点を叩き出してしまったのだ。
俺の場合は以前から公の場に出て実力を示していたし、王太子という立場があるため問題は無かった。しかし、アイツは例のパーティーまで表に出ることが無く知名度皆無。
さらに言うと試験内容が悪かった。簡単に対策されないよう毎年ランダムで決められる試験だが、今年は実技で満点を取ることは不可能とされていたほどだ。
それは、現役騎士団長との一騎討ち。
満点とはつまり、王国最強の一人に勝たなければいけないということだ。そして加減を知らないアイツは、俺に張り合って満点をとってしまった。
この結果が公表された瞬間、アイツには疑惑の目が向けられた。そりゃそうだ。いくら王国の盾と名高いフォール家のご令嬢でも、現騎士団長に勝てるとは誰も想像できないだろう。
そして入学してから何日間も疑惑の目を向けられ、陰で囁かれていた棘のある言葉を複数回耳にした結果。ついにアイツがキレた。
「あぁもう!うざいわね!いいわ、そんなに私の実力が気になるなら全員まとめて相手してあげる!」
ちなみにこの時点で猫被りもばれた。
そして、アイツの実力を確かめたい奴やら化けの皮を剥がしてやるぜな奴を集めて公開処刑したという訳だ。
「それにしても流石は戦闘ゴリラだな」
マジで化け物だよな、コイツ。騎士団長に勝つとか普通に頭おかしいから。
「は?アンタもぼろ雑巾になりたいの?このガリ勉」
そう言いながら俺を睨み付けてくるが、やめてやれ。俺の後ろにいる観戦者達が恐怖に震え上がってるぞ。30人がまるで玩具のように扱われる様子がトラウマになっていそうだ。
「お前こそ口を慎め。というか猫被りはもういいのか?」
一応警告も含めて質問すると、何故か胸を張ってどや顔で言い放つ。
「別にパーティーでもないんだからいいでしょ。普段からあんなしゃべり方してる奴なんていないんだから」
あー、開き直った訳な。だけど後半は少し余計だったな。お陰で変な奴が来そうな予感がしてきた。
「お姉さまと呼ばせていただけませんか!?」
高らかな声が響き渡り、全員の視線がそちらに向く。観戦者のさらに後ろから現れ、俺の前まで移動してきたソイツ。そこには何処かの物語にでも登場しそうな小柄な金髪ツインテドリルお嬢様。
「ワタクシ感激いたしましたわ!その美しい姿から繰り出される力強く繊細な技は、まさに神業!絹のような銀髪が風に揺れる様は、まるで天使の翼が羽ばたいているようで…」
興奮した様子で長々と語っていた彼女だったが、慌てた様子のご友人に引きずられていく金髪ツインテドリルお嬢様。
「ワタクシ決めました!一生ついていきますわ!お姉さまー!」
……。金髪ツインテドリルお嬢様。
「で?普段からなんだっけ?」
「まぁ人それぞれよね」
そうだな。人は多様性を認めるべきだよ。
◇
「お姉さま!こちらのお席を確保しておきましたわ!」
「ん、ありがとねエリー。じゃあ食べよっか」
「お姉さまに名前を…!感激ですわ!」
あれから数日経ったが、何故か俺達の周りをちょこちょこと付いてくるようになった金髪ツインテドリルお嬢様こと、エリザベス嬢。最初は扱いに困っていた俺達だが、街の子供達を相手にする感覚で話したら案外しっくり来てしまった。
「えっと、お二人の仲を邪魔しちゃってごめんなさい…」
そしてこっちはエリザベス嬢の友人のアリス嬢。黒髪のおっとりした感じの少女だ。何かと暴走しがちのエリザベス嬢のストッパー兼保護者だな。
「いや、気にしないでくれ。婚約者として一緒にいるようにしてるが、邪魔だとは思ってないからな」
アイツは意外と真面目な奴だから、俺の護衛のために側を離れないようにしてるんだろう。おかげで周囲からは、お似合いの仲良しカップル的な目で見られて少し鬱陶しい。
「そう言ってくださると有り難いです」
そう言って微笑んだ彼女は、何処か妖艶さを感じさせる瞳で俺を見つめていた。こう言ってはなんだが、俺の周囲に綺麗どころが集まっていて少し居心地が悪いな。
アイツは言わずもがなだし、エリザベス嬢は可愛らしく、アリス嬢はおっとり美人といったラインナップだからな。男ばかりの街の仲間達が恋しくなってきた。変な意味でなく。
「なに鼻の下伸ばしちゃって。アンタの顔キモいわよ」
は?なんだコイツいきなり。突然顔面殴られた気分だ。
「言ってる意味が分からないんだが?」
そう聞くと舌打ち混じりの返事が返ってくる。
「うるさいわね。なんかイラっとしただけよ」
通り魔かよ。そんな思考で人を罵倒するな、普通に怖いからなそれ。最強レベルの通り魔とか洒落にならないぞ。
「お姉さまと殿下は仲が良いのですね」
エリザベス嬢のその言葉につい即座に反応してしまう。おいおいそれは禁句だぞ。
「「なかよくない」」
……。
「「チッ」」
街でも事あるごとに言われてきたから、つい癖で否定の言葉を吐いてしまった。これはもう条件反射として体に染み付いてしまってるのだ。
そっぽを向く俺達を見て、二人が微笑ましそうにしてるのが非常にムカついた。
「殿下とカンナ様は以前から交流があったのですか?とても、その、馴染んでらっしゃるので」
俺達の様子を見て疑問に思ったらしいアリス嬢が、非常に気遣った言葉遣いで質問をしてくる。めんどくさい奴らでごめんな。
「まぁ、そうね」
街で悪友としてつるんでましたなんて言えないから、ぼかした返事になっているな。別に本当のことなんて言わなくて良いんだから、適当に言っとけばいいんだよ。
「確か初めて会ったのは、五歳とかじゃないか?」
「え?」
おいバカ、お前は疑問符を浮かべるな。
「そうなんですね!ということは御二人は幼馴染みであると…尊い…」
アリス嬢はそう言いながら妄想に花を咲かせ始めたようだ。君そういうキャラだったのか。勝手に常識人枠だと思ってた。
「私もお姉さまともっと前から知り合いたかったですわ!そしたら、少しはチャンスもありましたのに…」
「チャンスって何の?」
「それは、その。は、恥ずかしくて言えませんわ!」
恥ずかしくて言えない関係を狙っていたのか。そこそこの頻度で思うが周りのキャラ濃くないか?まだ他にも街の仲間とかがいるんだぜ。
と、そこでチャイムが鳴る。
もうそんな時間か。やっぱり人と食べると時間が経つのが早いな。この学園での授業は、午前はクラス共通で受けて午後からは各々の選択科目を受ける仕組みになっている。だから教室まで少し距離があるので早めに移動しなければならない。
「できるだけ急げよ」
いまだにエリザベス嬢とじゃれてるアイツに一言言っておく。そんなちんたらしてたら間に合わないぞ。確かにエリザベス嬢に構いたくなる気持ちもわからんでもないが。
「アンタに言われなくてもわかってますー」
「ご安心下さいませ殿下。ワタクシが責任を持ってお姉さまを授業に連れていきますわ!」
うーん。微塵も安心できないのが心配だが、二人ともなんだかんだ優秀だし大丈夫だろう。俺は早速選択科目の教室に向かうが、何故かアリス嬢も付いてきた。ん?何か用でもあるのだろうか。
「えっと、殿下達も魔物生態学の選択でしたよね?先週教室でみかけたのですけど…」
なるほどな、授業が被ってたのか。いつもの癖でつい警戒心が湧き出てしまった。
「あぁ、そうだが。アリス嬢も同じか?」
「はい。早めに移動しておきたくて御一緒させてもらおうと思いまして…」
まぁそれくらいなら別に良いか。減るもんでもないしな。婚約者以外と少し話してるだけで騒ぎ立てるような、子供みたいな奴がいなければ何も問題は無い。
「それくらいなら構わないぞ」
そう言うと彼女は嬉しそうに微笑む。
その瞬間ふと女性的な甘い香りが漂い、気付けば彼女が俺に抱き着くように接近していた。
「なっ…!」
反応が遅れた体は彼女が懐に入る事を許してしまい、見開かれた俺の目に怪しげに輝く紫の瞳が写り込んでくる。そして異変が生じ始めた。思考が曖昧になり、身体が熱く火照りはじめ、息が荒くなっていく。視点は定まらず、何かを求めるように宙をさ迷い、見つけた。俺の目に写る彼女が急激に魅力を増す。そこで頭の中が沸騰したように熱くなり、思考が溶ける。
「ごめんなさい」
まともに働いていない俺の意識が闇に落ちる寸前、アリス嬢の申し訳なさそうな声が聞こえた気がした。
◇
暗闇の中、とある記憶が浮かび上がる。
これは俺が5歳になったばかりの頃。英才教育が本格的に始まったこの時、まだまだ純粋だった俺は周囲の期待に応えようと精一杯努力していた。礼儀作法や言葉遣いから始まった勉強。当時の俺にとっては難しく、一つ覚えるだけでも相当に苦労した。しかし、周りの大人にとっては違う。この程度はできて当たり前、そんな空気が漂っていて俺の努力が褒められたことなんて一回もなかった。
そんなある日、父が古い友人に会うと言って俺を小さなパーティーに連れていった。本当に極少数の身内が集まった、ホームパーティーのような雰囲気の場所。
そこで一人の少女と出会った。
父から紹介されたその親子。背の高い黒髪の男性の背中に隠れるようにその子はいた。男性の陰から覗くサラサラとした銀髪が、ぴょこぴょこと揺れる。その様子がなんだかおかしくて自分の挨拶も忘れてぼーっとしていた。
「ほら、挨拶しなさい」
男性の背中から出てくる可愛らしい少女。緊張しているのか、彼女は拙い動きと話し方で一生懸命挨拶をする。
「えっと、初めまして。カンナ=フォールともうします。きょうはおあいできてこうえいです!」
かわいい。そう思ったが、何か不穏な気配がしたのですぐに我に返って挨拶をする。
「ご丁寧にありがとうごさいます。僕はドラセナ王国第一王子のエドガー=ドラセナといいます。僕の方こそ王国の盾と名高いフォール公爵様とそのご息女にお会いできて光栄です」
そう言いながら礼をとる。すると、彼女は宝石のような碧い瞳を輝かせて此方に笑いかけてきた。
「わー!すごく格好いい挨拶だね!」
「え」
「わたしもお勉強してるんだけど、難しくてなかなか出来ないのに…君ってとってもすごいね!」
初めてだった。挨拶をしただけでこんなに褒められるなんて思っていなかった俺は、動揺してつい否定の言葉を吐く。
「すごくない。こんなの難しくなんて無い」
それを聞いて首を傾げた彼女は、此方を見透かすような目で言うのだ。
「なんでそんな嘘つくの?」
その言葉で息が詰まった。普段から張っていた虚勢が、急にひっぺがされたような驚き。今まで誰にも見つからなかった自分が、無理矢理引っ張り出されたんだ。
「でも、こんなの当たり前で…」
なぜだか認めたくなくて、そんな思ってもない大人の言葉を口にする。でも、彼女はそんなの関係無いとばかりに笑い飛ばした。
「当たり前じゃないよ、私できないもん!」
「だからとってもすごい!」
ここが俺の限界だった。気付けば瞳から涙が溢れだし、小さく嗚咽を漏らした。そして、近くで一部始終を見ていた父が俺の頭を雑に撫でてきて一言だけ呟いた。
「よくやったな」
嬉しかった。その言葉が何よりも。
そうして涙を流す俺を優しげに見つめる彼女に、自然と鼓動が高鳴ってしまったんだ。
これが、俺の初恋だった。
再会した時はあまりの変わりように心底ショックを受けたがな。向こうは覚えていなかったみたいだし。ただ、無駄に高い変装スキルのせいで同一人物なのかずっと確信が持てなかった。ついこの前までは。
無理矢理だったとはいえ、あの時ほど父に感謝した日は無い。あれが人生最大のチャンスだった。だからアイツを手に入れるために、わざわざプロポーズ紛いの事までして逃げ道を塞いだんだ。そう、つまり。
5年なんかではない。
俺は、10年前からカンナ=フォールの事が好きなんだ。
◇
急激に意識が浮上する。
先程の異常が嘘のように消え去り、逆に元気が滾ってるような気さえするほどだ。そのまま目を開いた俺は目の前の彼女、アリス=ディオールを睨み付ける。
「な!? なんでもう意識が!」
驚愕と動揺に身体を震わせた彼女。その背後に、気配も無く接近していたアイツが回り込み一瞬で拘束。まぁ、これにて一件落着だ。
「ふむ、こんな感じなのか」
予想してたとはいえ、意外と強力だったな。何はともあれ上手くいってよかった。
「何がふむよ、完全に気失ってたじゃない」
うるせえ。一瞬で戻ってこれたのは十分すごいんだよ。お前が食らったら絶対戻ってこれねぇから。
アリス嬢はいまだに状況に着いてこれてないようで目を白黒している。彼女からしてみれば、俺を襲ったら何事もなかったかのように拘束される事になったんだから理解できなくても当然だろう。
「なんで? って、聞きたそうな顔だな」
そう言うとアリス嬢は気まずそうな顔を浮かべ、コクりと頷いた。すぐ側にいるアイツは、なぜかウンザリした顔をしているが無視だ無視。
「このままなのは可哀想だから、説明してやる」
簡単に言ってしまえば今回彼女が俺を襲ってくる事を事前に予期してたってだけだ。何故その結論に至ったのか。それは、例の30人公開処刑がきっかけだ。
あれはそもそもの話がおかしかったんだよ。確かにアイツは騎士団長に勝って満点を獲得するという前代未聞の出来事を引き起こした。それによって疑念が巻き起こるのもまぁ分かる。しかし、複数人が陰口まで叩くのはやり過ぎだ。
仮にもアイツは公爵令嬢。王国内でも王族に次いで権力を持つ家の一つ、そして王太子である俺の婚約者だ。そんな大半の貴族からしたら雲の上の存在であるアイツに下手な事を言えば、処刑とはいかないが相応の処罰を下される事になるのは当然だ。
その程度の事をこの学園に入学している、幼い頃から英才教育を施されたエリートが理解していないはず無いじゃないか。ならば、そこには何かしらの異常があったと見るべきだ。
そもそも普通は男30人がかりで公爵令嬢を囲んで倒そうなんて、例え煽られてもやらない。そして奴らの目にはどこか光が無かった。これらから、俺はすぐに精神干渉系の魔術や能力が使われた可能性を思い浮かべた。
なにせ、パーティーの場でその魔術がかかった者を見たばかりだったからな。
そして最後に現れた、エリザベス嬢とアリス嬢。彼女達は何故か観戦者のさらに後ろで隠れるように見ていた。あの場で隠れながら見るなんて疚しいことがあるって言っているようなものだ。
だからあの後、すぐさまこの二人についての調査を開始した。結果的に言えばエリザベス嬢は何も関与が見られなかったが、アリス嬢はほぼ黒といっていい状況だった。
彼女の家は家格でいえば、子爵家という中堅貴族。しかし、この学園に入学するにはかなり無理をしなければいけない財政状況だった。それが何事も無く入学しているのだから、何か特別なモノがあることは予想がつく。後は状況的に魅了の魔眼等の対異性の精神干渉が出来ると断定した。
「まあこんなところか」
「長すぎ」
うん、俺もそう思ってたところだ。予想以上に楽しくなってしまった。みんなごめんね。
「というわけで、後は隙を見せて実行犯として捕まえようとしたんだ」
さっきまでのはあくまで推理、推測だ。だから彼女が何かしらの行動を見せてくれるように隙を見せながら動いていた。本来ならアイツが俺の護衛を離れることなんて無いしな。
「あはは、流石は殿下。全てお見通しだったということですか…」
そう言って項垂れてる彼女は、絶望したような沈んだ声を絞り出している。疑惑の段階では、強引な調査は出来なかったから理由は分からない。しかし意識が落ちる前や今の彼女の様子を見ると、何かしら深い理由があったのではないだろうか。
「君の処遇は追々決まるだろうが、素直に協力してくれれば悪いことにはしないから安心しろ」
まあ彼女は何も知らされていないただの実行犯の可能性があるが、希望がないとやってられないだろう。
「そういえばエリザベス嬢はどうした?」
そう聞くとアイツは、少し悲しげな表情する。
「エリーは私が動こうとしたら素直に離れてくれたわ。たぶん何か察してたと思う」
そうか。彼女達は学園に入る前からの友人のようだし、俺達には分からないモノも在るのだろうな。まぁ、これにて今回の事件は一件落着か。
そうして俺達は学園を後にした。
◇
アリス嬢が学園を去ってから、数日が経過した。彼女の背後関係については今のところ調査中。ただアリス嬢を含めた関係者には口封じの為に魔術がかけられているらしく、色々と難航しているようだ。
「結局、大した進展はなしか…」
思わず漏れてしまった声に、アイツが能天気な声で返してきた。
「いいじゃない別に。あのくらい刺激的な学園生活の方が楽しいでしょ?」
いやいやいや、それはおかしいだろ。
「おまえは、バカか。命狙われる俺の身になって考えてくれ。素直に楽しむどころじゃないわ」
こいつ…他人事だと思って好き勝手に言いやがって。一回くらい痛い目見た方がいいんじゃないか? と睨み付けるが、彼女はどや顔を向けてきた。
「どうせ私たちには勝てないでしょ」
一言。何気なく言われたその言葉に、俺は無性に嬉しくなってしまって。緩みそうになる顔を必死に抑えながら、なんとか誤魔化す。
「それでも嫌なもんは嫌だろ」
無理に抑えつけようとしたからか、いつもより少しだけぶっきらぼうになってしまった。
「なによ、男のクセに肝が小さいわね」
「お前の肝が据わりすぎてんだよ」
なんとかなったか。誤魔化しついでに毎度のごとく睨み合う俺達だったが、ふと彼女は何かに気付いたように首をかしげて此方をみてくる。
「そういえばさ、何で魅了が効かなかったの?」
っ…!いらん事に気づきやがったこいつ。そんなのわざわざ説明してられるかよ。そう思った俺は適当に話を合わせてやる。
「あー、あれは事前に魔術的な防御を展開してたんだよ。分かっていれば対策くらいできる」
このくらいで騙されてくれ。頼む。
「嘘ね。正直に言いなさいよ。なんかやましい事でもあるわけ?」
なんでこう、無駄に勘が良いのかねコイツは。だが、俺はまだ諦めんぞ…!見透かすような目をしたコイツに立ち向かう俺。気分はさながら魔王に挑むスライム。
「はぁ…魅了には色々条件があるんだよ」
「まず、対象が異性でないといけない。二つ目は少しでも異性としての好意を抱いていなければならない。そして、魔眼なら目を合わせること」
これらが魅了が発動するための条件。俺はこれを掻い潜ったって訳だ。
「ふーんそれで?」
それでってなんやねん。いいさ、納得するまで続けてやるやよ。
「俺は当然異性だし、咄嗟の事で至近距離から目を覗かれたから1つ目と3つ目に関しては俺は条件が満たされてた」
「だが、二つ目が足りなかったから一瞬しか気を失わないで済んだんだよ」
これでどうだ?
「つまり、アリスさんに対して異性としての魅力を全く感じてなかったってわけ?」
「そう、その通りだ!」
きた!これはなんとか誤魔化せ
「嘘。いい加減本当の事話しちゃいなさいよ」
呆れ混じりの彼女の言葉を聞いて項垂れる俺。まじか…言わなきゃいけないのかこれ?
「ほら、はやく。はーやーくー」
うっぜー、コイツ。ぶん殴りたいところだが返り討ちにされるだけなのが悔しい。仕方ないので諦めて本当の事を言うしかないか。
「魅了を受けない条件は、相手に対して一切魅力を感じて無い事、それともう1つ」
「固く心に決めた相手がいることだ」
そう言うと彼女は驚いたように俺の顔を凝視してくる。そして、やがて顔がニヤニヤとしだし、俺を小馬鹿にするように煽ってくる。
「え、アンタってもしかして好きな人とかいるの?」
だから言いたくなかったんだよ…。もう、絶対にからかわれると分かってたし。マジで子供並の思考回路じゃねぇか。
「ねぇ誰なの?アンナとか?それとも私の知らない人?」
そんな調子で俺の好きな人とやらを探ってくるが、めんどくさいので全て無視だ。こういう手合いは反応したら負けと相場が決まってるんだよ。一生黙って耐えよう。そう決めた時、奴は言いやがった。
「あっ、もしかして私とか?」
ニヤニヤとした顔で放たれた、冗談混じりの言葉。普段の俺なら流せてただろうその戯れ言。しかし魅了のせいで見せられた記憶によって熱されていた俺の心は。一瞬で沸騰した。
「そうだ」
この瞬間、俺は覚悟を決めた。
「俺が好きなのはお前だ」
もう、俺は止まらないぞ。
「え?」
彼女の瞳を見つめ返しながら答えたそれに、彼女は理解が追い付いていないようで。数秒間の沈黙。やがて、オーバーヒートしたかのように白い肌を紅潮させて捲し立てて来た。
「まってまってまって!いきなりなんの冗談!?」
「冗談じゃない」
そう、俺は本気だ。
「なんでいきなりそうなる訳!?嘘よ嘘!絶対に信じないから!」
いやいや、流石に無理があるだろう。俺が本気だっていってるんだから素直に認めろよ。それにしてもどうやって認めさせようか…。
「だいたい何で私なのよ!今までそんなの無かったじゃん!」
お前が覚えてないだけだろバカ。俺には有ったんだよ。ずっとな。
「ならどうやったら本気だって信じるんだ?それくらい教えてくれよ」
俺の問いかけに彼女は。
「そ、それは」
何も言えないで言葉に詰まる。暫くの後、何かを思い付いたように顔を上げる。そして挑発するように笑いながら、最後の命綱を手放したのだ。
「じゃあキスしてみなさいよ。肝の小さ…」
俺は彼女の言葉を遮って、キスをした。
コイツ。本当に馬鹿だな。今の俺にそんなこと言っても逆効果にしかならないだろうに。
味とか感触とかそんな細かい事など感じられない、勢い任せの接吻。一瞬固まった彼女は目を見開き、すぐさま俺から距離をとる。
「な、なっ…!?」
言葉を失う彼女に、俺は畳み掛ける。
「これで信じるしかないな?」
もう逃げ道なんて無いぞ。逃がしてなんてやらない。必ず捕まえてやる。
「覚悟しとけ」
これは俺からの宣戦布告だ。
「絶対に惚れさせてやる」
こうして王太子である俺は、婚約者となった5年来の悪友にキスをした。
靄が見えて欲しいと初めて願った
よければポイント、感想などを送ってもらえると作者が嬉しくてニコニコしちゃいます!