表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

終電車

作者: みゃーもり

水色のワンピース

 終電を待つこの時間は、最悪だ。一緒に待っている連中は死んだ顔をしたサラリーマンか、酔っ払いのうるさい大学生だ。終わりを感じる。そして、明日は来ないんじゃないかと絶望感すら感じる。たかが終電を待っているだけで何を言っているんだと言う話だが、私はこの時間が1番嫌いだ。

 なぜ私が終電を待っているのかと言うと、できるだけ家にいたくないからだ。私は浪人生だ。昼間は予備校に通い、その足で終電までは図書館とハンバーガーチェーンを利用し勉強に勤しんでいる。家に帰ると勉強にならない。それ故に終電まで粘るのだ。

 終電車が到着し、乗り込む。車内はもうまばらで席にも余裕で座れる。こう言う時間帯は学生の近くにいるとうるさいので死んだ顔のサラリーマンたちに近い位置に陣取る。

 こう言う社会人にはなりたくない。死んだ顔で終電まで働いて、いったい何があると言うのだろう。

 私の降りた駅で、或る一人の死んだ顔のサラリーマンも降りた。帰宅の方向も同じだったので、少し後ろを私は歩いていた。彼はある戸建ての門を開けてそこに吸い込まれていった。外灯の方を見ると、こんな時間なのにお嫁さん?らしき人が出迎えていた。さっきまで死んだ顔してたのに、とびきり元気に家の中へ入っていった。そう言うものなのかな。人間って。

 私は家に帰り、既に全員就寝済みの屋内で迷惑にならぬよう細心の注意を払ってシャワーを浴び、自室に着いた。もう少し勉強をしよう。

 ある日、予備校で次の休みにたまには遊びに出かけるか、と言う話をしていた連中がいた。私もたまにはどこか遠出でもしてもいいかもしれない。そうだ、海だ。海がいい。こう言う時は海。なんといっても海。夏だし。海へ行こう。

 両親にその旨伝え、許可をもらったので電車で海へ行くことにした。前日にリュックサックに多少の海行きの準備をして、ノルマ分の勉強をして就寝した。

 朝4時。ほぼ仮眠といえる睡眠時間も何のその、飛び起きて薄ら明るい静かな町へ出て行った。

 駅に着く。始発電車が来るまではまだ時間がある。始発電車を待つこの時間は、最高だ。人はほとんどいないし、まばらにいる人も、1日の始まりの顔をしている。そして、ここに来る電車に乗った私は、予備校でもない、まして会社や学校でもない、海に行くのだ。一人で。そう、一人で…

 電車が来るまでの時間は、魔法のようだった。頼んだ料理が来るまでの時間だったり、ネットでした買い物の商品が届く予定日のそわそわ感に似ている。


 海についた。何をするわけでもない、ただ海を眺めた。海を眺めて、ベタに自分のちっぽけさを改めて痛感して、それで砂浜をふらふら歩く。これでいい。これでいいのだ。もしかしたら、そこに何かあるかもしれないと目的を持ってきたわけじゃないのだ。毎日受験のことや志望校のことにといろいろと考えている、そんな決めなければいけない未来のことはこの際放っておいて、今はこの広大な海と空に身をゆだねよう。水色のワンピースは、我ながらナイスチョイスだった。

 そうやって海を眺めていると、何やら見たことがあるような人がいた。いつぞや死んだ顔をしていたサラリーマンだ。奥さんと思われる人と、小さな女の子と波打ち際で遊んでいる。

 そっか。そういうことなんだな。いつも終電で死んだ顔して帰っても、休みの日にはこうやって大切な人と大切な時間を過ごせるのだ。本当のことはわからない。でも、多分これはあっている。どんな難しい数学の証明問題よりも、正解している自信がある。そんなことを思いながら、その後はかき氷を食べて、海辺感あふれる食堂で焼き魚の定食を食べて、なんやかんやですっかり夕方だ。夕方の東京方面の電車はごったがえしている。仕方がないが辛抱だ。

 満員電車では、人のため息と物理的な窮屈さしか感じない。人間を運ぶ貨物列車かよ。ここでのことに特筆することはない。

 無事最寄り駅につく。夜の9時か。1日ゆっくり休んだな。また明日から、しばらくは勉強だけの生活に戻る。

 人生の終電は待つものではなく迎えに来るものだと思う。人生の始発は、何かを新しくしようと思ったとき、やはり迎えに来るのだ。だからやっぱり、私は終電は大っ嫌いだ。そして、この浪人生活が終わった先に「また新しい始発電車」が私の駅のホームに迎えに来てくれるよう、今は前を向いて生きていこう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ