Past attack
――エスと名乗っていた彼女。
何処かで声を聞いた事があったが、私の脳内検察に引っ掛かる様子は無い。しかし任務は任務である以上、私はオークション会場に仕掛けを作って天井から会場を見渡せる場所に移動した。オークションが開かれるまで約二時間ある。
その間に出来る事と言えば……館内の見取り図は取ったし、対象の顔を確認して覚えたばかりだ。特に無いのであれば、私は時間までこの場で待機している方が良いだろう。座して時を待つ事も、暗殺には必要な事だ。
「……エス、貴女は誰――?」
自分の記憶に齟齬があるのかもしれないと思い、もう一度脳内で彼女に関する記憶を探った。顔は見えなかったけれど、声は耳に残っているのだから問題は無いはずだ。だがしかし、結果は見つける事は無かった。
ただ一人の為にここまで精神統一を繰り返すのは、いつ振りだろうか。昔、修道院での訓練の時以来だろうか。腐っていた時代を思い出してしまったが、それでもそれ程に精神の疲労感が身を包んでいる。
「……少しだけ」
私はそう呟いて時計を眺め、静かに目を閉じた――。
◆◆◆
――二年前。
『霧華と申します。両親の仕事の都合上、この学園に転入して来ました。至らない所は御座いますが、どうぞ宜しくお願いします』
彼女は目を細めて、台本でも読んでいるのかと錯覚する程の棒読みで挨拶をしていた。だが人形のように整った綺麗な瞳と容姿には、誰もが彼女に惹かれた事だろう。そして私も、彼女への第一印象は良くなったものの、興味はそそられていた。
「あの、霧華さん?」
「ん?」
私の隣に座った彼女に対し、少し警戒しつつ話し掛けたのがキッカケだったのだろう。キョトンとしている呆けていた表情は、彼女が無垢であり、まるで幼い子供のような印象を付ける事になった。
「何か用?」
「あ、ええと……私はシルヴィアと言います。以後、お見知り置きを」
「うん、宜しく」
挨拶していた時よりも冷たく、でも何処か良心が伝わる独特の空気。当時の私は恐らく、この時点で彼女の術中に嵌っていたのだろうと思う。それ以来、私は彼女と話す事が多くなった。日々、隣の席に座る彼女の面倒を見つつ、クラスメイトからも彼女には私が適していると判断されるようになった。
だが彼女が転入してから数ヶ月が経過したある日、私の目の前で彼女の本当の姿を目撃した。
「この写真に写る血に染まった彼女は、本当に貴女なのですか?説明して下さい!!」
「――正解。けど、残念だな」
「っ――!」
その時、私は彼女に無理矢理に唇を奪われ、喉奥にまで何かを流し込まれた。今思えば、それが薬物である事は今なら分かる。一時的に身体を麻痺させ、気絶させる事の出来る薬物。それを投与された私は軟禁され、冷たく笑みを浮かべる彼女に出会った。
「目が覚めた?――ようこそ、黒薔薇の世界へ。シルヴィア・エルフォーレさん」
「っ!」
そして、その後にお父様が殺され、私も殺された。何度も刺されたはずなのに、私はこうして生きている。病院で目が覚めた時、私は誓いを立てた。
彼女――霧華を……いや、キリカ・レイフォードをこの手で殺すという誓いを。
――二年後、ボウマン主催のオークション会場。
「――それではボウマン・ベルフール様、私が持っている情報をお話致しますね」
今日ここで、私が復讐を果たす事が出来るのだ。お父様を殺し、私を刺し殺した彼女に報復と鉄槌を。その為に私は力を付け、遥か西にあるこの場所まで赴いたのだ。
◆◆◆
「……あぁ」
約一時間だろうか。それ程の仮眠を取った事に嘆息しながら、私は微かに見えていた夢を思い出していた。そこにはあの声と同じ少女が居て、私は彼女と笑みを浮かべていた事を思い出した。
エス。……彼女は、シルヴィア・エルフォーレ。
かつて私が任務で潜入した学園の生徒であり、私が何度も刺した少女だったはずだ。どうして生きているのかと思ったが、現代の医学であれば治療は可能かもしれない。だがしかし、あれだけ刺したにもかかわらず人間は生きている物なのだろうか。
同じ場所とはいえ、腹部を数十回は刺したと思うのだが……それでも生きているというのは、ゴキブリ並の生命力である感心してしまう。
「そう、彼女が生きてるんだ。……なら、私の仕事はもう一つ追加ね」
暗殺業で関わった人間は必ず排除しなければならない。彼女が私の事を知っている事は明白であり、これ以上無い程に条件が揃っている。逃す訳にはいかないし、逃すつもりは無い。
あの時に死んだ方が幸せだったかもしれないのに。そう思わざるを得ないが、これも私の責任である事は変わらない。今度こそ、私は彼女を完全に殺す。
「……その前にはボウマンを速やかに排除する必要がある。予定変更、かな」
オークションが始まるまで約一時間弱。その間に別の仕掛けを設置させる為、私は館内の屋根を伝って徘徊した。やがて美術館や音楽ホールの客が減った後、オークションに参加する客だけが残って会場に集められていた。
この時、私は知らなかった。そのオークションの参加者の中に過去の知り合いが、シルヴィア以外にもう一人居る事を。
◆◆◆
「ここが例のオークション会場ですか」
『はい、お嬢様』
「全員配置にて待機しておいて下さい。何か動きがあれば、全部隊の突入を許可します」
『ハッ……お気を付けて、お嬢様』
「(やっとここまで来たよ、レイフォードさん)」




