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Girl waits for tomorrow

 ――数日前、東京。


 そこにある女学院の生徒である少女は、長期休暇の間に自身の父親が持つデータベースを眺めていた。そのデータには、公共機関を利用した人々の様子が監視カメラで確認出来る映像付きのデータだった。

 そのデータを永遠と見つめ続け、少女は目を細めて明るく点滅する画面へと視線を向ける。しばらく眺めている時、空港の監視カメラに切り替わった瞬間に少女の瞳が動いた。カーソルがそのカメラをクリックし、画面いっぱいにそのカメラ映像を少女は見つめる。

 やがて少女は、目を細めたまま口角を上げて呟いた。


 「……やっと見つけたよ。()()()()()()()()



 ◆◆◆



 ホテルの最上階で日々を過ごした事は、正直に言えば私は経験した事が無い。何故なら私は、今まで『贅沢』という言葉を使用出来る程の行為をした事が全く無い。だから今、こうしてホテルの最上階に宿泊はしているものの、内心はどうすれば良いか困っているのだ。


 「……仕事が無いと、何もする事が思い付かない」


 要するに、そういう事である。仕事がある場合はそれを主軸にして物事を考えられるのだが、今となってはヒントをくれたり、ましてや生活を助けてくれる存在も居ない。極端に言えば……産まれたばかりの赤ん坊を外に放り投げたらどうなるか、という点で考えるようなものだ。

 あるいは、産まれたばかりの動物に『獲物が居るから狩りをしろ』という事と同じだろうか。例え話をした事が無いから、私はこういう説明はあまり得意ではない。

 だがしかし、現状の私がそういう事だろうという事は、どうか伝わっていてくれると嬉しいものである。


 「……義手、メンテナンスしよう」


 着ていた服を脱ぎ、私は裸となってベッドに座る。右腕の肘部分へと手探りし、パチンと外せる止め具を探し続ける。やがて義手が外れ、私は片腕の無いただの少女となった。少し前まではこの姿になるまでに数十分を費やしていたが、今じゃ数分で片付けられるようになった。

 人間は物事に順応する事が出来る生き物だが、繰り返しやる事が無ければ順応は出来ない。強くなりたければ敵を排除し続けるのと同じように、私はこの義手の取り付けを練習して来たのである。


 「かゆい。シャワーでも浴びようかな」


 軽く義手にも付いている汗を拭き取り、私はベッドの上に腕を置いてシャワー室へと入った。見つけると問題が生じる場合があるが、ここのホテルは部屋への用事は内線を利用してくる良心的なホテルだ。

 日本ではノックして入って来る旅館はあるが、正直に言えば返事が無いなら入って来ないで欲しいというのが本音である。私はそんな昔の事を思い出しながら、シャワーを浴びて湯気に包まれた空間で目を細める。

 

 「……」


 やがて目を閉じ、昔の私と彼女がしていたやり取りを思い出す。


 『お姉様、髪を洗いますのでこちらに座って下さいませ』

 『私は良い。マリアが自分の髪を洗えば良い』

 『そういう訳には参りません。私はお姉様のメイドですから、お姉様のお世話も仕事のうちです。ささ、お姉様♪』

 『……』


 過去の記憶から目を開けた私は、自分の髪から足元へと落ちる水滴を見つめる。彼女の手は小さくて、温かくて、気持ちが良かった事を良く覚えている。だがしかし、もう彼女は居ない。

 人間はいずれ死ぬ。過去の記憶が見せた幻影であっても、私は髪に触れていた彼女の手を取りながら呟くように言った。


 「ちゃんと洗えてるかな?マリア……私は今、一人で頑張ってるよ」

 『えぇ、流石ですわ。お姉様♪』

 「ありがとう、マリア」


 そう言葉を返した瞬間、シャワーがタイルを叩く音が耳に騒音を立てる。現実へと引き戻された私はシャワーを止め、自分の失った右腕へと手を添える。綺麗に切断されているが、筋肉の信号であの義手は動いている。

 私の神経と筋肉が生きている以上、私のこの腕は動く事は止めない。大丈夫。まだ動けるし、まだ殺せる。まだ私は、役立たずな人間ではない。


 「……」


 シャワー室から出た私は、裸のままベッドに座って義手の掃除をした。軽い金属とプラスチックで出来ている以上、激しい動きをすればすぐに義手だとバレてしまう。だがしかし、年相応の女子供が出来ない事をこの腕で成し遂げる事が出来る。

 強度的に言えば、車に轢かれる程の衝撃が無ければ取れる事は無いし潰れる事は無い。だが筋肉信号を送る為とはいえ、神経を繋いでいるから急に外れれば激しい痛みに襲われる。胆力が無ければ、慣れていない人間で失神する痛さだ。


 「……オークションの事も確認しておかないと」


 義手のメンテナンスが終わった時、私は机に並べられた資料の山を見つめ直そうとした。だが見つめ直そうとした瞬間、私が持っていた携帯端末に一本の電話が掛かって来た。画面には非通知と表示されており、電話をして来た人間は分からない。

 だがしかし、私はその電話を出る前に誰からの電話を判断した。


 「もしもし……」

 『暗殺の算段は出来たか?』

 「はい、問題はありません」

 『ならば良い。対象のみを暗殺し即時離脱せよ、後始末は我々がしよう』

 「……了解」


 私は短くそう返事をすると、電話口で誰かが話している声が聞こえて来た。いや、これは話し声というより女性の声だろうか。声や話し方を察するに、私とあまり変わらないようだが……誰なのだろうか。


 『……から、……彼女……場所……なさい……!』


 また同業者が増えたのかと思いつつ、私は作戦に耳を傾け続けた。暗殺の決行は明日。ボウマン主催のオークションに潜入し、射殺する事が決定した事で電話は終了したのである。


 「聞いた事がある声……」


 私はそう呟いてホテルの業者が廃棄するよう、情報屋から受け取った資料を全て処分したのである。やがて程よい眠気に襲われた私は、義手を腕に付け戻して眠りに入ったのであった。

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