The girl got the opportunity to kill
暗殺対象である『ボウマン』という男の情報を手に入れる為、私は西地区にあるレストラン『Primula』へとやって来た。表向きはただの接客と料理に申し分の無い素晴らしいレストランだが、それには裏の顔も存在している。
それは『情報屋』という裏の顔。人間が出会う人間の顔色を見て、話し方を変えるのと同じように。表と裏を使い分けている。それが今回『レストラン』と『情報屋』となってるだけに過ぎない。どんな時代にも表裏一体が通常運転なのだろう。
『お待たせ致しました。これがリストのコピーとなります』
「はい、確かに受け取りましたわ。ありがとうございます」
『い、いえ……これが僕の仕事ですから』
先程から気になっていたのだが、どうして彼はそんなにも緊張しているのだろうか。キャリアが短いのだろうかと思ったが、最初に部屋に入って来た時はそんな雰囲気は感じられなかった。私と二人きりとなった時から、明らかな動揺をしているような気がする。
「貴方は、女性が苦手なのかしら?」
『あ、いえ、そんな事は無いですけど……』
「そうなのですか。酷く緊張しているようにも見られますし、それに汗が目立っています。そのままでは風邪を引いてしまいますわ。――どうぞ」
『そ、そんな!僕は大丈夫です!貴女はお客様でもあるので、そのお客様からハンカチなど、受け取れません!』
「そうは言っても、この場で倒られたら困ってしまいますから。どうぞ、お使い下さい」
『……で、では、失礼します』
彼は私からハンカチを受け取り、ぎこちない雰囲気で汗を拭っている。その最中ノック音が部屋に響き、彼はハンカチを胸ポケットへと入れて扉を開けた。彼の先輩と言っていたバルドが戻って来たらしく、バルドの手には新しい書類の束があった。
「いやはや、お待たせして申し訳ありません。他のお客様の対応で遅れてしまいました」
「構いませんわ。私がお客様を優先して下さいと言ったんですもの。問題は何もありませんわ」
「リストは既に?」
「はい。先程確認して、貴重だと思うデータのみを頂きました。コピーをしてあるので、もうリストはお返し致します。それで、その手に持っている書類は何でしょうか?」
「こちらは名の知れた政治家の中でも、近々で名が浮上し始めた政治家の情報を集めた書類となっております。こちらは既にコピーですので、貴女に差し上げますよ」
「宜しいのですか?」
「代金を頂いている以上、それ相応の仕事をさせて頂いたまでです。その資料はご自宅に戻ってから、ゆっくりと拝見する事をオススメ致します」
「そうですね。私もそろそろ移動して、ホテルにチェックインをしなくてはなりませんから」
「そうでしたか。いやいやお時間を割いて頂き感謝もし切れません。ホテルでしたら、この店を出て真っ直ぐ向かいのホテルが快適に過ごせると思います」
「あら、それは楽しみですわね」
「また何か欲しい情報があれば、今後ともご贔屓に」
「はい、またの機会に」
私と握手を交わし、バルドと青少年に見送られた私は真っ直ぐにホテルへと向かった。せっかくオススメされたのだから、ここで利用しようとしなければ失礼となってしまうだろう。
私はそう思いながらホテルへの入口を潜り、最上階であるスイートルームを選んだ。少し前の生活では味わえなかった暮らしだが、この街を見渡せる場所となれば金額は惜しくは無い。
「使える物は使うのが、暗殺者の流儀……ですよね、マスター」
一人となった瞬間に疲労感に襲われ、私はいつもの調子へと戻った。フカフカのベッドに倒れ込み、私は受け取った資料を枕元に広げた。横の繋がりを照らし合わせる為の見比べと、私の暗殺対象である『ボウマン』という男の正体を知る為だ。
どうやら受け取った資料の中には、『ボウマン』が何をして来たのかという内情まで事細かく記載されている。あの情報屋を頼ったのは正解だったらしい。私はそう思いつつ、口角を上げて目を細める。
――ボウマン・ベルフール。
小さな企業から発展し、今じゃ大企業の社長ともなっている商人気質の政治家。相当な稼ぎをしているらしいが、その裏では人身売買や闇取引をしているのだと噂も絶えない。だが深く知られていない事から、情報が漏れる前に突き止めた者を消している線が濃厚。
情報屋の持つ情報というのは、表も裏も事細かく洗えてしまう。全てが露見しているとは、恐らく彼等自身も気付いては居ないだろう。もし気付いていれば、この調べた情報屋も私も既に消しているはずだ。
「……?」
集めた資料を見つめていると、一部の資料に意識が集中した。それはボウマンが主催するオークションが開かれるという記述だった。日付は明後日。これを狙わない訳にはいかないだろうが、恐らく……いや、確実に厳重な警備が行く手を阻むだろう。
いや、関係が無い。私にとっては、罠であろうとも警備隊であろうとも、私の邪魔をする者は消すだけだ。私はそう教わっているのだから、彼女――かつて私がマスターと呼んでいた彼女に。
「明日……何しよう」