The girl does not know love at first sight
「初めまして、お嬢さん。さて、知りたい美の秘密は何かな?」
「……とっておきよ。情報屋さん」
貴族令嬢を演じる中で、私は笑顔を絶やさないようにしている。これは交渉する際や相手を油断させる為に使っている行動だが、この情報屋に何処まで通じるかは知らない。正直、男の背後に居る男の人の力量も分からない中で、迂闊な行動や言動は避けた方が良いだろう。
本来ならば、一対一で知る所まで知りたい所だったが、私にも彼等に気付かれる訳にはいかない事もある。例えば私自身が今使っている名前「キリカ・レイフォード」という名前は、恐らく既にブラックリストに載りつつある名前だ。
それが情報屋にバレれば、私は私の情報を漏らしてしまうという結果を生む可能性がある。だが、暗殺対象の情報は必須である以上、ここで避けて通る事は得策でもない。さて、どうしたものか。
「それでお嬢さんが求める情報というのは、どのようにとっておきなのでしょう?我々もこういう仕事をしていれば、多少なりとも対面した者の聞きたい内容等が予想出来るのですが……貴女はどうでしょう。我々は今、貴女がどんな情報を求めているのかが予想出来ないでいる」
「それは問題は御座いません。私も今日、ここを初めて利用致しました。初めてのお客を前々から知っている事は、そうそうある話ではないでしょう?」
「ふむ……まずは私の自己紹介を致しましょう。私の名はバルドという者です。この店のオーナーも勤めておりますので、しばしば席を外す事もあるやもしれませんが宜しいですかな?」
「えぇ、構いませんわ。このお店の店員が仰っていらしたので『お客様は神様』だと。ならば、その考えを優先するのは全従業員にとっても重要な事です。私なんかの為にそれを疎かにする事は、本当の神様に侮辱されてしまうでしょう?」
レストラン営業にとって、最も大事なのは顧客だろう。それが途絶えてしまえば、発注した材料の金額から下回ってしまい、最悪の場合は倒産なんていう事も有り得る話だ。だが私は今、良い事を聞いた。
彼がオーナーなのであれば、この街に店を開く際に政治家とも繋がっているはずだ。今の時代、食事が出来るレストランはそう多くは無い。その上、ここまで有名な料理店ともなれば、社交界等で呼ばれていてもおかしくは無いだろう。
「配慮を感謝致します。……それで、貴女が知りたい情報というのは?」
「この場に身を置き、名の知れている政治家の情報が知りたいのです」
「政治家の?」
「はい。私の家は近々、この地区とも連携を取りたいという話を耳にしましたので、前以て下見に来た次第です。なので、この辺りの情報に詳しいである上、情報屋でもあるという貴方方を頼ったという訳ですわ」
「なるほど。失礼ながら、貴女の家名は何か聞いても?」
その質問をしてくるのは予想済みだ。情報屋であれば知っているかもしれないが、私は自分の素性を話す事は一切無いだろう。家名も全て伏せつつ、私は私の素性を隠し切って情報屋から情報を聞き出す。
幸い、私は今は貴族令嬢を演じている。言い訳等は、何でも思い浮かぶ。そう思いながら私は、申し訳無さを込めた表情を浮かべて首を左右に振って言った。
「……申し訳ありません。今回、私はお忍びという事でお父様から素性を明かすなと」
「いえ、これは失礼。……良いでしょう。――リストをこのお嬢さんに」
「宜しいのですか?政治家となれば、個人情報は秘匿中の秘匿。それを簡単に私のような小娘に渡して宜しいのでしょうか?」
「ご安心を。先程、貴女が申しました通りの代物です。細かい政治家の名前とどの地区に身を置いているかというだけの資料ですので、個人情報等は伏せさせて頂いております。もし個人情報を欲している場合は、料金を頂く決まりとなっておりますので」
「そうですか。では……これで貰える情報を見繕って貰えるかしら?」
私はそれを聞いた瞬間、持って来ていたバッグの中から大きめの筆箱のようなケースを取り出した。私はそれをバルドへ差し出し、笑みを浮かべて呟くように言った。
「中に百万円が入っております。もしこれ以上の額が必要だと仰るのであれば、準備が必要となりますが……ご用意致しましょうか?」
「いえ、十分です。寧ろ、こちらから情報をプラス致しましょう。少々御待ちを」
「えぇ、分かりましたわ。このリストは頂いても?」
「コピーを取りたい場合は、ご自由に。そこに居る彼に御要望を。私は追加情報を持って参ります」
「分かりました。ゆっくりで構いませんよ。時間は有限ですが、作れば無限にあるのですから」
私は助手のような彼からリストを受け取り、各地区で名を馳せている政治家を見つめつつ、暗殺対象である「ボウマン」という政治家を探し続ける。バルドが不在となった時、彼の隣に居た男が落ち着きの無い様子だった。
良く見れば、その男は成人男性ではなく、年若い青年だった。年だけで言えば、私と同じか少し上ぐらいだろう。そんな青年の視線が気になった私は、口角を上げて声を掛けてみた。
「あの、少し宜しくて?」
『は、はい』
「そこまで緊張しなくて良いですわ。私なんかに敬意を抱かれても、困ってしまいますわ」
『い、いえ……あまり人と話した事が無いので、多少緊張しているだけなのでお気になさらず!』
「そうでしたの。一つ、これのコピーを頼んでも良いかしら?」
『は、はい!勿論。バルド先輩の補佐は、僕の役目なので。どちらのページを?』
「この方のページをコピーして下さるかしら。後は――どうか致しましたか?」
リストのページを見せている最中、妙な視線を感じたので問い掛けてみた。その瞬間、彼は慌てた様子でたじろぎ、リストを落としそうになったので私はリストと一緒に彼の手を押さえた。
『っ!?』
「大丈夫ですか?」
『は、はい!大丈夫です!そ、それでは、コピーして来ますので少々御待ち下さい!』
「……(逃げるように行ってしまった)」
私は何かしただろうか。そう思いながら、椅子へと再び腰を下ろした。静寂に包まれた私は、向かい側にある椅子を見つめて口角を上げて呟いたのである。
「――百万円は、ちょっと勿体無かったかな?」