Girl seeks a secret
――この世界は残酷だ。
弱き者は強者に運命を捻じ曲げられ、成す術も無く労働を酷使される。強制力のある権力というのは、時には大きな殺意を生む。憎悪が憎悪を呼び、強者を憎んだ弱者が取る行動は二つ。
一つは強者の財力を盗み、自身の欲望を満たす者。もう一つは、強者を憎むあまりに自らの手を汚す者だ。この二つは必ず存在し、いつの時代にも絶える事は無いだろう。誰かが誰かを踏み台にする世の中では、この連鎖を断ち切る事は出来ない。
「……」
だから、だからこそ私が居る。この連鎖を断ち切るのは無理難題だとしても、この二つの行動が出来ない第三の選択肢を弱者に与えるのだ。その為に私は存在し、私が決めた生き方だ。全ては彼等との約束の為、この断ち切る力を途絶えさせない為の契りの為に。
『ボク達の代わりに、弱者の味方であって欲しい。これがボクからの頼みだよ、霧華』
脳裏に焼き付いた彼の言葉。彼との約束の言葉。彼女を殺した事は今でも許せないけれど、最期を見届けた責任は取るのが私の今の流儀だ。殺した者の望みは、私は叶える。
何故なら私は今……――弱者の奴隷だから。
◆◆◆
「ここが西地区。……」
随分と歩いた。三時間と言った所だろうか。少し疲労感が包み込まれている中で、私は日傘を閉じてレストランへ入る。入口の扉を押すとカランカランと音が響き、奥から店員がこちらへとやって来る。
『いらっしゃいませ』
「角で他の方を見渡せる席はあるかしら?」
私は貴族令嬢を演じ、にこやかに笑みを浮かべて店員に問い掛ける。店員は少々考えたが、やがて営業スマイルを浮かべて私を案内してくれた。私の希望通り、レストランの角に当たる席であり、全席が見渡せる場所だった。
私は店員にお礼の意味を込めて、笑顔を浮かべながら言った。
「ありがとうございます。良い席ですね」
『とんでも御座いません。お客様は神様で御座いますから、ご要望に応えるのは当然です』
「素晴らしいお考えですわ。では店員さん、店員さんのオススメを下さるかしら」
『畏まりました。少々お時間を頂きますが、宜しいでしょうか?』
「構いませんわ。時間はいくらあっても足りないのですから」
『畏まりました。ではこちらを、ストレートティーとなっております。では、少々御待ち下さいませ』
「ありがとうございます」
店員は綺麗なお辞儀を私にしてから、奥へと消えて行った。私は貴族令嬢を演じたまま、周囲を観察しながら紅茶に口を付ける。他の客の中にも私と同様に一人でお茶をしている者も居れば、数人でテーブルを囲んでいる者も居る。
時間を考えればお昼時だから、当然と言えば当然だろう。かく言う私も微かな空腹感を満たす為に入った事もあるのだが、目的はそれだけではない。特にこのレストランの噂は、耳に入って来ている。
――レストランの名は『Primula』。赤い花がトレードマークのお洒落な店だ。
このレストランの看板には、その花と思われる模様も描かれている。装飾や店内の雰囲気も悪くないが、私がやって来た理由はその内部の話だ。上辺だけで塗りたくられた仮面ではなく、私は仮面の中身を見にこの場にやって来たのだ。
『――お待たせ致しました。こちら若鶏ときのこのフリカッセで御座います』
「……」
会釈とニコリと笑みを浮かべると、店員はお辞儀をして奥へと戻って行く。私はそれを頂きつつ、周囲の様子を観察し続けた。
『……お客様。随分と長くいらっしゃいますが、どなたかと待ち合わせをしていらっしゃるのでしょうか?』
先程の店員が、疑問を浮かべた表情で私に聞いた。当然だろう。食事も終えているというのにもかかわらず、未だに店内を眺めながら時間だけが過ぎていくのだ。店側も他の客を入れるようにするには、これ以上の無い迷惑行為だろう。
そろそろ頃合いかと思い、私は店員に笑みを浮かべて切り出す事にした。
「ごめんなさい。このお店が随分と綺麗だったもので、心地良い時間に浸ってしまいました」
『それはそれは、恐縮で御座います。ですがお客様、どなたかと待ち合わせで無いのでしたら、これ以上の在席は少々……』
「そうですわね。そろそろ他のお客様もいらっしゃるでしょうし、これ以上は迷惑になるでしょう。ですが店員さん、一つだけお聞きしても宜しいかしら?」
『はい、なんなりと』
「――美の秘密を教えて頂けないかしら」
『っ!……少々御待ち下さいませ』
「えぇ、御待ちしてますわ」
少し驚いた表情となったが、すぐに持ち直してお辞儀をした。これは合言葉であり、私がこの店を選んだ本当の理由である。プリムラの花言葉である「美の秘密」を口にした客には、それに相応しい店員が客の対応をする為に作られた合言葉だ。
今の店員の反応だけで、私は噂が本当だという確証を持つ事が出来た。そうして待つ事数分、先程の店員がやって来て「こちらへ」と奥へ案内してくれた。レストランの奥へと入る様子が気になるのか、他の客の視線が私へと向く。その興味の視線を受けながら、私が案内されたのは椅子が二つ向き合った個室だった。
『こちらでまた御待ち下さい。椅子は奥の椅子へ御座り下さい』
「ええ、分かりましたわ」
案内された個室は四角い部屋で、倉庫のような部屋だった。奥の壁には日差しを通す為だけに作られた小さい窓があり、微かに篭った空気が浮いた埃を光が照らしている。だが、それ以外は綺麗な部屋だなと思える部屋であると私は感じていた。
やがてノックの音が響き、私は「どうぞ」と一言呟いたら扉が開かれた。そこから二人の男が姿を現し、一人が私の目の前の椅子に腰を下ろした。もう一人は付き人なのか、座った男の斜め後ろに立っている。
その光景を眺めていると、座った男は口を開いたのであった。
「初めまして、お嬢さん。さて、知りたい美の秘密は何かな?」
「……とっておきよ。情報屋さん」