Girl feels nostalgic air
ボウマン・ベルフールを暗殺するという依頼を終えた私は、深い眠りに落ちてから数時間も費やしていた。気付けば外は真っ暗な闇に覆われていて、いつの間にか夜になったのかと理解させられる。そこまで疲労感が溜まっているのかと思ったが、一日に様々な事があれば精神的にも疲労するのは当たり前だろう。
「……シャワー」
寝惚けた頭を冷やす為、やや温めのお湯でシャワーを浴びる。ジメジメした空気だった昼間と比べると、深夜帯というのは清々しい程に涼風と思われる。そういう空気というのは、一番好ましいと思うのだが……これはあくまで私個人の意見だ。
この意見と同じだという者が居るかどうかなど、聞いてみなければ分からないものだ。もし誰も居なければ、それはただのエゴでしかない。
「涼しいのが一番、楽……」
ふとした呟きの後にシャワーを止め、私はテレビの電源を点けたら丁度気になっていたニュースが取り上げられていた。それは昨晩の西地区……つまりはオークション会場の様子である。
『昨日西地区で発生した騒動は、犯人の確保と共に終息致しました。主催者であるボウマン氏を殺害した容疑者「シルヴィア・エルフォーレ(21)」の指紋と事件が起きる数時間前までボウマン氏と共に行動していたという事、そしてボウマン氏が裏で行っていたオークション会場で騒ぎを立てた容疑者の姿を目撃されている事から、彼女の犯行だと警察が断定致しました。尚、既に容疑者は死亡しており……――』
依頼主が手を回したのか、ニュース番組内で映し出された監視カメラの映像の中に私は居なかった。彼女が煙幕の中へと突撃している様子の奥には、恐らく暗殺者という存在が居たはずだ。
だがしかし、その映像を偽装したのだろう。相変わらず仕事が早い事には素直に驚嘆してしまうし、評価すべき点だと思うのだが好きにはなれない。何故ならば、実際に手を汚しているのはこの私だからだ。
だからそれ相応の対価を支払っていなければ、私も納得出来る事はそう多くは無いのだ。いずれにせよ、無事に仕事が終わった事は認めるべき案件だろう。
「報酬、取りに行こうかな」
武器を持たず、殺傷能力の低い状態で外へと出向いた私。私が暮らしている街は西地区よりも狭く、そして他の街よりも人口も少ない街だ。だがそれでもこの街の夜には、酒場などが開かれていて賑わっている。
今日も雑音に塗れながら、私は個人ロッカーの場所まで歩を進める。月々数千円の契約で使う事の出来る簡易ロッカーへと辿り着き、私は扉を開けようとポケットから鍵を取り出した。
「……」
「随分と悪趣味なんだね」
だがその手を私は止め、振り向かずに背後から感じた視線へと呟く。振り向いたそこには、傘を差さずに立っている彼女の姿があった。先程、数時間前に拒否したばかりだというのにもかかわらず、彼女はまた私の前に姿を現した。
「柊、美久……自称の友人の次は、ストーカーでも始めたの?」
「それは心外です。私は友達に会いに来ただけです」
その言葉に偽りは無いのだろう。彼女の周囲に護衛の気配はあっても、付近からは人の気配はしない。殺意の込められた視線も感じないという事は、彼女の独断という事なのだろう。そんな事を思いながら、私はロッカーを開けてアタッシュケースを取り出した。
それを開けずに彼女の横を通り過ぎようとした時、彼女はむぅっと不満気な表情を浮かべる。
「何処に行くんですか?」
「家に帰る」
「私の事を友達と呼ぶのはこの際置いておくとして、こんな夜中に一人で行動するのは危険じゃないの?いくらなんでも無防備過ぎ」
「あは、心配してくれるんですか?」
「呆れてるの間違い」
照れたような苦笑を浮かべる彼女を見て、私は溜息混じりに肩を竦めながら彼女に告げる。
「はぁ……とりあえず護衛も無しにここに置いていくのは、不本意だけど着いて来て」
「え?良いの?」
「しつこく付回しておいて良く言う。嫌なら来なくて良い。置いていくだけ」
「え、ちょっと待って下さい!こんな所に一人は勘弁ですっ」
そう言って焦った様子で私の背中を追う彼女。そんな彼女の様子を見ていて、昔のマリアを思い出してしまう。記憶に刻まれているマリアが横切る中、彼女は別人という事を自分の頭に理解させる。
「……」
「あの、怒ってます?」
「もう諦めた。怒っても疲れるだけだし、今回は仕方無く」
「うん、ありがとう」
「……そういえば、どうして敬語を使ってたの?昔は使ってなかったのに」
「立場を維持する為に付いた癖みたいな物です。でも霧華さんの前では極力普通にしたいから、調整してみま……みるね」
あはは、と笑みを浮かべる彼女。そんな様子を見つつ、私は帰路で歩を進める。後ろから着いて来る彼女の他愛の無い話を聞かされながら、私は自分が過ごしている家を目指すのであった。
「――ほえー、ここに住んでるの?」
「うん」
「一人で?」
「うん」
「お、思ってたよりも、贅沢な暮らしをしててビックリ」
「上がらないの?上がるの?」
「上がりますっ!」
「はぁ、どうぞ」
「お邪魔します!」
私は初めての来客を迎えながら、キッチンへと足を運んだ。積もる話はあるけれど、多分彼女が勝手に何かを話すだろう。私はそれを聞いたり聞かなかったりすれば良いだけだ。
「珈琲で良い?」
「あ、うん!大丈夫!」
作り始めた珈琲を見つめながら、私は懐かしい感覚を覚え始めていた。少し前の事だというのにもかかわらず、ここまで懐かしく感じるのかと内心驚いている。
そんな新鮮な驚きを感じながら、私は珈琲を作っている時だった。少し真剣な表情を浮かべながら、彼女は口を開いたのである。
「――あの、一つだけ良いですか?」
「何?」
「私と、契約をしませんか?」




