Girl breaks up from the past
「はぁ、はぁ、はぁ……」
長時間ではなく、短時間での肉弾戦闘。それ故に実力差があり、経験の差も大きく開いていた結果だ。そもそも彼女がこちら側の世界へと足を踏み入れた時点で、恐らく死ぬ事が前提条件だったのだろう。
そうでなければ、私の事を同じように刺し殺そうとはしないはずだ。冷静さと思いやりのある行動があった彼女の事だから、そんな行動は取らないと勝手に決め付けていたミス。それが仇となって、思ったよりも体力が消耗してしまっている。
オークション会場を出るまでに体力が持たせるつもりはあるけれど、生半可な覚悟では警備網を掻い潜って逃げるしか私が生き延びる方法は無い。それにしても、彼女にこちら側に招き入れた人物が誰なのか気になる所だ。
「……地獄で会おう。エス……いえ、シルヴィア・エルフォーレ」
私は彼女に弾かれたナイフを拾い、オークション会場を出た。屋根裏を伝い、内側から出る事を最優先に行動した。見取り図も頭に入っている以上、警備が手薄な場所を突くのはシンプルイズベストな行動だった。
――そう思っていたのに。
私が向かった先には、既に網が張られていたのである。数十人程度の銃を持った男性と警察と思われる自動車が数台。私の思考を読み、行動を把握して予測したというのだろうか。そんな私の事を執着して調べる存在なんて、この世には居ないはずだ。
「……」
そう思った直後だった。男達が道を開け、中心に誰かを招き入れた。傘を差した誰かが姿を現し、ゆっくりとその傘を下ろして閉じた瞬間に顔が見えた。
「――そう甘くは無いですよ。レイフォードさん」
「……っ!?」
傘が閉じられた瞬間、私は自分の目が可笑しくなったのかと錯覚した。だがしかし、先程までの景色と戦闘を肌で感じていたのだから、これが現実ではないはずが無いという事は自覚している。だが、それでも目の前に居る人物にだけは会いたくなかった。
「お久し振りですね、レイフォードさん」
「美久……どうして、ここに?」
「勿論、私が取れる最善の行動をした結果です。ここまで来るのに苦労したんですよ?それに……」
「っ……」
「凄く、会いたかったから。私の初めて出来た、友達だから……」
――柊美久。
彼女の事は良く覚えているし、未だに脳裏から離れる事の無い程に印象が残っている。彼女の父親は確か、警察と似たような組織と関わりがあったはずだ。自分が取れる最善という事は恐らく、彼女自身がトップとなった結果なのだろう。
引っ込み思案だった事を含めば、彼女の成長は驚くべき事かもしれない。そして何より、ここまで堂々とした佇まいをしているという事は、父親にも負けない程の影響力を持つ事が出来ているのだろう。
勝手な憶測でしかないが、それでも注視すべき事だ。
「……そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、貴女と私では住む世界が違い過ぎる」
「うん、知ってる。だから、私もそっち側に近付く事にしたの。レイフォードさんを……いいえ、霧華さんを助けたかったから」
「私を、助ける?」
「そうだよ。私なら、霧華さんの状況を覆す事が出来るの。自由とは少し違うけど、それでも!」
――ダン!ダン!
私は彼女の言葉を遮る形で、銃声を鳴り響かせた。動揺した男達は、自分達のトップである彼女の身を案じた。だが私は空中を撃ち、目の前で銃を真上へ向けて放っていた。
言葉を遮られた事が気になったのか、それとも驚いたのか動揺し始めている彼女。そんな彼女は私の事を見つめながら、微かに震えた声で言うのであった。
「ど、どうして……私は、霧華さんの事を助けに!」
「言ったはず。私と貴女じゃ、住む世界が違い過ぎるって。確かに貴女は良い人間かもしれないけど、私は貴女とは間逆の存在。だからきっと、貴女の父親は私を連れ戻そうとする貴女を何度も止めたと思う。私が親なら、関わるべきではないと勧めるから」
「そ、それでも私は、友達の為に!」
「私は……」
私はもう一度彼女の言葉を遮り、拳を強く握りつつも言った。
「私は……――貴女を友達と思った事は、一度も無い」
「っっ…………!」
「それじゃ、今度こそ……さようなら、美久」
「ま、待ってっっ!!!」
私が立ち去ろうとした瞬間、流石に周囲の男達が彼女を止めた。私のような暗殺者に大事なトップの一人娘を近付かせる訳にはいかないと思っての行動だろう。酷く彼女は荒れていたが、私はそんな拒否の声を背中に受けながら立ち去った。
「っ……」
「待って」と叫び、私の名前を叫ぶ彼女の声が響く。背中で受ける度、心が痛くなった。苦しくて、悲しくて、振り返りたいという衝動に駆られていた。だが私は振り向かず、押さえられている彼女の声を聞き続けた。
本当ならば捕まえる絶好のチャンスだったというのにもかかわらず、攻めて来なかったのは彼女の命令があったからなのだろう。また助けられたと思いながら、私は西地区の街から身を消した。
プルルルルル……。
西地区を出た所で、ポケットの中で眠っていた携帯が鳴り響いた。画面には非通知と表示されているから、私は依頼主だと推測しながら電話に出る事にした。
『御苦労だった、キリカ・レイフォード。当初の予定とは異なったが、無事に依頼を完遂して何よりだ。報酬はいつもの場所へと既に搬送済みだ。折を見て取りに行くと良い。では、またの依頼まで休暇を楽しみたまえ』
「……」
通話はそれだけで切れてしまい、私が口を挟む余裕など無かった。もしかすれば、あの場に居たから事情聴取を受けているのかもしれない。だから早急に用件だけを伝え、私に電話を掛けたのかもしれない。
あの場所で電話を掛ければ、家族への無事を報告したりと言い訳はいくらでも思い付く。
「……帰ろう。家に」
こうして私は任務を無事に終え、違う地区にある街へと帰って来た。急ぎ足だったからか、到着する時間が向かう時間よりも遥かに速かった。
シャワーを浴び、私はベッドへと倒れ込んで今日起きた事を思い返す。裸のままでベッドに倒れ、思い浮かべる為に目を閉じた。その瞬間、私は今日分の疲労が全身に重く圧し掛かったのを感じたのである。
「起きたら……また、考えよう……すぅ」




