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毒子回想録

十六

 社会人になってからの話です。

 私は大学を卒業し、新卒で化学メーカーに入社しました。配属先は経理部となり、入社以来退職するまで、経理・財務の仕事を一貫してやってきました。このメーカーは上場企業であり、決算業務は主要な仕事の一つです。経理や財務は、営業とは違って内勤が多いため、私のような性分の人間には向いています。実際、経理や財務をやって、仕事が自分の性に合っており、楽しかったです。

 孤独を愛する私は、会社の色に全く染まりませんでした。同期の社員の中には、週末に会社の連中を誘ってゴルフをやったり、食事会を開催したりしましたが、私は努めて参加しませんでした。そのような会合は、この会社で一生働き続ける者には意味があるだろうが(とりわけ社畜にとって有益)、私のようにキャリアップのための転職も辞さない自由な人間にとっては、お金と時間の浪費以外の何物でもない、と考えたのです。

 では、若かりし頃の私が週末に何をしていたのかというと、ビジネススクール(経営大学院)でファイナンスの研究に打ち込んでいました。当時、私が勤めていた会社は、積極的にM&A(企業買収)を実施しており、社内でのキャリアアップと称して、M&Aを実施するために不可欠なファイナンスの知識を体系的に学ぶことは、会社にとっても有益でした。なので、週末にビジネススクールで学ぶことは、会社からお咎めなしでした。教育は最高の投資です。

 もちろん、自費での学びです。会社のボーナスを全てビジネススクールの授業料に充てていました。しかし、実際のところは、将来的な社外でのキャリアアップを見据えての行動でした。

 おそらく、ビジネススクールで学ぶことがなければ、私は化学業界という狭いフィールドに閉じこもった残念なビジネスマンに成り下がっていたでしょう。ビジネススクールでの学びは、今後の働き方や生き方を考えるうえで、大いに役立ちました。

 新卒で入社しました化学メーカーには、フィリピンで海外ボランティアを始めるまでの約九年間勤めました。会社を辞める決め手になったのは、社内での仕事を通じて学べることがなくなってしまったからです。経理や財務の仕事は、大概のことはやりつくしました。

また、同僚や上司が社内政治や社内調整に明け暮れる様子を見て、彼らは、典型的な日本人サラリーマンであり、残念過ぎるほどのクズ連中だと思いました。少なくとも、孤独を愛する私に言わせれば、社内政治や社内調整に惜しみなく時間や労力を投じるのは、プロフェッショナルな仕事ではありません。ましてや、社内の会議中に結論が出ないからと言って、飲み屋に延長戦を持ち込むようなクズリーマンは、プロフェッショナルの端くれにも置けません。

 ここで意外な告白をしましょう。

 孤独な私ではありますが、ビジネススクールの同期生や会社の上司、同僚などの関係者の私への印象は「寛容」や「優男」といったプラスの印象ばかりです。

 家庭で毒親に虐げられて育った人間は、人の意見をよく聞くようになります。つまり、学校でいえば、先生の教えを素直に学び、会社では、上司や同僚の意見に素直に耳を傾けて仕事を遂行する、といった具合です。これは、幼少期に毒子が毒親に反抗すると、暴言や暴行を受ける、また最悪の場合は、包丁が飛んでくるといった危険に犯され続けた反動です。

 要するに、無意識のうちに相手に服従する態度が心の芯まで染みついてしまったのです。

 そして困ったことに、日本社会ではこのような態度が「善良」とみなされます。つまり、素直に学ぶ子供は先生に褒められる。先生は大いに勘違いして、まじめに学ぶその生徒の家庭では、家庭教育(両親との関係)も非常に上手くいっていると勝手に思い込むのです。

 幼少期から歪な形で育まれた「優しさ」は、表面的な現象からその根本原因を読み解くことができません。

 学校の先生や職場の仲間も、所詮は赤の他人、ということです。

 その当時、私の弟も大学院を修了し、家を出て働き始めましたので、実家には父と母の毒親を残すのみとなりました。父はすでに、もはや毒親と呼べないような「生きる屍」と化して彷徨っていました。そして、母は本格的に宗教にのめり込み始めました。母は、宗教家へと転じたのです。

 母は「生きる屍」への成仏祈願や死後の供養の準備を始めたのかもしれません。

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