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毒親の先には何があるだろう

 友人らしい友人が一人もいない私の父は、ここ十年ほど家に引きこもっています。朝の日課といえば、フライパンで目玉焼きと作ることとオーブントースターで鮭の塩焼きを焼くことで、食事が終わるとパソコンの前に張り付き、午前中はひたすらしがないゲームをします。

 目玉焼きの黄身の焼き加減はいつも同じです。もう何十年も前の話になります。父はそのころ建設会社のサラリーマンでした。そして父は決まって、目玉焼きの黄身の焼き加減がカチカチ一辺倒にこだわる頑固者でして、母の焼いた卵焼きの黄身が少しでも柔らかかったり、生であったりすると食べるのを拒否していました。ところが今は、なぜか黄身が半熟の焼き加減でして、先日、気になりその理由を父に尋ねると、無言でした。たぶん、年のせいで昔の黄身へのカチカチ愛を忘れ去ってしまい、自分で黄身が半熟の卵焼きを作ったところ、これがカチカチよりもおいしかったので、それ以来、ずっと同じ焼き方を続けているのでしょう。繰り返しますが、父は、こういう目玉焼きを一年間三百六十五日、ひたすら作り食べ続けます。

 オーブントースターで焼く塩鮭も曲者で、焼き方、例えば、鮭の身と皮を中途半端に切り離し、毎日同じ焼き時間をセットし、鮭をオーブンで焼きます。どこでこのような焼き方を学んだのかわかりませんが、未だに鮭の身と皮を中途半端に切り離そうとする理由はわかりません。いや、聞いても無言だと確信しているので、聞きません。

 父の朝のもう一つの儀式は、トイレでウンコをすることです。朝方、父の発する言葉といえば「ウンコ」か「卵」か「鮭」の三語のみです。でもこれが不思議なことに、この三語でもって、父と母の間には、会話が成立しています。父が「ウンコ」といえば、母は、下剤の効果を確認できるだけではなく、毎日のウ・ン・コの微妙な言葉の抑揚やニュアンスを母は聞き分けるようで、今朝のウンコは大きいとか、カチカチとかを容易に想像できてしまうようです。ちなみに、毎日、鮭と卵焼きを焼くのは父の仕事、ご飯を炊くのは母の仕事と決まっています。

 ここで父と母のたわいない朝の会話を一つ挙げてみましょう。

「卵のあとはウンコ」

「今日はよく出ますかね?」

「ウンコ、ウンコ」

「頑張ってください」

「鮭はどこや?」

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