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未来

 それから日は過ぎ、3月。卒業式の日だ。


 去年だって当然、参加はした。

 その時は……ただ「立っているのが疲れる」とか、「今生の別れでもないくせに泣くなんてバカバカしい」とか、そんなことだけ考えていた気がする。

 けれど、今年は違った。見送りたいと思う人がいるだけで、ほんの少しでも距離が離れてしまうのが辛いと思う人がいるだけで。

 耳にタコができるほど繰り返し聴き、練習させられた歌も。薄っぺらで長ったらしい言葉としか思わなかった送辞や答辞も。

 何もかもが驚くほど、胸に染み入ってきた。

 それでも、俺が涙を流さなかったのは、泣いたらみっともないとか、そんな事を考えていたからじゃない。

 二つ隣の列で号泣している天王寺を見て、呆れ笑いの方が浮かんだからだ。

 向かい側の列の一番前にいた真勇も、ちょっと赤くなった目をこすりながら、おかしそうに笑っていた。


 乱れのない制服、整った流麗な仕草で卒業証書を受け取り、丁寧に礼をした渚先輩。

 卒業証書を受け取ったついでに、こっそり俺にウィンクを飛ばしてきた夕那先輩。

 ちょっとドキッとした俺が言うのも何だが、場は弁えるべきだと思った。



 卒業式を終えると、俺たちはつぼみの膨らみきっていない桜の並ぶ中、卒業を果たした先輩たちのもとに集まる。

 いるのは当然、先輩たちと俺に、天王寺と、真勇。小夜は中学があるので来られなかった。(もし来られても「まずは高校の仲間たちだけで!」なんて言って来なかったと思うが)

 まあ、それは仕方ないとして……。


「なんでお前が来てるんだよ」

「愚問だな。敬愛する先輩の卒業を祝うのは当然のことだろう?」

「自分の学校の卒業式はどうしたんだよ」

「バカめ、王麟の卒業式は明日だ」

 得意げに言って、憑き物が落ちたように屈託なく笑う麗沙。

 渚先輩と和解を果たした彼女は、当たり前のようにこの場に混ざっていた。

 以前の態度はどこへやら、フランクに話して、よく笑う。

 ……俺に対しては、やたらと皮肉っぽいのが気になるんだが。


「あははは、二人とも仲良くなったねー」

「仲がいい……って言うんでしょうか」

「ゆー君、浮気しちゃダメだぞー」

「それは無いですって」

 からかうように話す夕那先輩の言葉に、麗沙が反応する。

「――そうだ、猿渡! キサマ、渚先輩に告白されたのに断ったという話は本当か!?」

「あー……まあ、事実に相違ないというような」

 こいつの耳に入るとロクな事にならないだろうとは思っていた。誰だ、こいつに教えたのは。

「キサマ、どういう了見だ!? 人類に好かれるだけで勿体無いようなオマエが、よりによって渚先輩からの告白を断っただと!?」

 麗沙は俺の胸ぐらを掴んで揺さぶる。

「あの、でも……木戸川さん、水島先輩と猿渡先輩が付き合っても、怒らないんですか?」

 真勇が俺の思っていたことを言ってくれた。

 すると、麗沙はけろっとした顔で答えた。

「怒りはしないさ。殺すだけだ」

「アホか!!」

 とっさに何のひねりもないツッコミを入れてしまった。

「モテる男は辛いねぇ、"ゆー君"」

「うるせえ」

 ここぞとばかりに煽ってくる天王寺。

 人数が増えると言い返す言葉が追いつかない。

 数の暴力は悪だ。それに引き換え、ディベートのなんと平和なことか。



「――だが、安心したよ。麗沙がこうして……また、楽しそうにしてくれていて」

 やんわりと麗沙をなだめつつ、渚先輩が言う。麗沙は素直に俺から手を話した。

「本当に、ごめんなさい。今まで、たくさん……本当に、ご迷惑をおかけしました。あなたにも……その、周囲にも」

「いいさ。今はこうして、共に過ごせるようになったんだ。彼だって、君を恨んではいないだろう」

「……そう、ですね」

「それに、父とも和解できたのだろう?」

「はい! ……あ、おい、猿渡!」


 わざわざ麗沙は俺を呼びつけて、愚痴を言い始める。

「いいか、よく聞け。うちのクソ親父はな、僕を産んですぐに他界した両親の代わりに僕の世話を押し付けられて、両親のことは言い出せず、まあそれは仕方ないと目を瞑るにしてもだ、僕にどう接していいか分からないからってネグレクト同然の生活を17年近くも……」

「それ聞くの三回目だぞ」

「ふん、お節介バカのオマエには三度話すくらいがちょうどいいだろう」

「大体、もう解決したんだろ」

「普通に話せる程度の関係にはなったさ。けどあのクソ親父め、先週なんか手料理に挑戦するとか言って、カレーの中にイチゴを――」

 ああだこうだと愚痴を言い続ける麗沙の様子は、それでも少し、楽しげだった。


「――とまあ、色々とあったけれど。僕は今回のことで、教訓を得たんだ」

「なんだよ」

「どんな事も、一人で黙っていたらダメだ。ちゃんと相手と腹を割って話してみれば、分かり合えることも多い、ってことさ」

「いいこと言ったふうにして締めようとすんな」

「けど、オマエだってそう思うんじゃないか?」

「……まあ、な」

「ああ、それでいいんだ」

 麗沙は屈託のない顔で笑った。



 そして俺は、渚先輩と向き合う。

「渚先輩。改めて……ご卒業、おめでとうございます」

「うむ、ありがとう」

「第一志望の大学、通ったんですよね」

「ああ。まだ、将来の明確な職業を定めているわけではないが……人と向き合い、助けとなれる。そんな道を歩みたいと思っている。弁護士、臨床心理士、あるいは教師なども良いか……」

「渚先輩なら、何にだってなれますよ」

「ふふ、そうだと良いな。ところで君は……将来のことを、もう考えているのか?」

「俺も、あんまりしっかりとは決めてないですけど。教師になるのは面白いかもって思ってますよ」

「おお! 確かに、君が教師というのも面白いが……何か、なりたい理由があるのか?」

「ええ、まあ」

 俺は大きく胸を張って答えた。

「暴力事件で退学になりかけたような奴に、言ってやるんですよ。『暴力以外の戦いの方が楽しいぞ』ってね」

 渚先輩は照れたような、嬉しいような様子で、「君ならできるさ」と、俺の肩をポンと叩いた。


 何だってできる。そんな確信があった。

 落ちこぼれていた猿だって、月すら掴むことができるのだから。


 ……そうだ。いっそ本当に、月にでも行ってやろうか。

 みんなで情報を集めて、プランを作成したら、俺が演説をしてスポンサーを募るんだ。


 馬鹿げた計画だと思うか?

 けど俺にはそんな事すら、本当にできそうに思えていた。

 だって俺は東龍学園ディベート部の、天才部長なのだから。

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