決闘! 初めてのディベート5 講評、そして決着
「まず初めに、それぞれの主張に関して一つ言うならば、期間の短さもあって互いにデータの欠けた部分が目立っていた。質疑で指摘された点を考えれば、自分たちでも分かっていることだと思う。
もっとも、期間に対する完成度はむしろ高いものだったし、質疑の際にも十分な応答が出来ていたから、この点も大きな問題と言うほどではない。期間の都合上、仕方が無かったという程度だろう。
お互いの主張についてだが、肯定側は消費増税による福祉の充実を主なメリットとし、それを行うには消費税が適している、という主張だった。
対し、否定側は消費増税による消費の落ち込みと、大幅な増税による混乱が問題だとデメリットを主張した。
今回の争点は、つまり消費増税によって本当に豊かな社会を作れるのか。国民は満足するのか。その点だろう。
否定側の主張していた景気悪化という点については、肯定側の反駁を聞いた限り、ある程度は否定されていると考える。
今までの景気変動からは、消費増税と景気の悪化への因果関係が十分に示されていると言えず、また、100%という税率の場合にも同じような変動をするとは予測できないだろう。
だが、税負担の重さによる生活苦が発生するという理論には説得力があったし、具体的な景気変動は予測できずとも、生活が苦しくなる家庭が増加することは十分に考えられる。
増税に伴う混乱に関しても同様で、規模の予測が付かないとは言え、発生する確率自体は極めて高いと考えられた。
一方、肯定側の主張だが……ここに一つ、問題がある」
そこで一旦言葉を切って、部長は俺の方を向いた。明らかに、こちらに不利な話だろう。
「猿渡君、君は第二反駁で日本の財政破綻の危険性と、増税による少子高齢化の解決という二つの主張をした。
だが、立論では社会保障費の不足に触れはしたものの、増税を行わなかった場合の財政破綻の危険性という点は主張していなかった。
少子高齢化の点についても、現役世代への負担増加の件で触れてはいるが、増税の結果少子高齢化が解決できるというメリットは、立論で主張していない。
よって、この二つはニューアーギュメント……『新しい議論』として、無効となる」
しまった、と思った。
そう言えば、そんなルールもあったな。
同じ主張を繰り返しては勝てないと、変に主張を変えたのが完全に裏目に出ていた。
まさに猿知恵……って、笑い事じゃねえよ。
「それから、もう一つ。肯定側は消費増税により税収が増えれば、それで福祉が充実し、国民幸福度が上がると主張した。
しかし、仮に大幅な税収の増加が起こったとして、その税収がそのまま全て社会保障費、福祉の充実のために充てられると考えるのは、少々短絡的だ。
肯定側は、ここを無意識に前提条件として考えていたようだが、本来ならば『本当に福祉が充実するのか』という点についても考え、データを提示すべきだったろう。
そして否定側も、この点を突けば肯定側に対して、より有効な反駁が可能だったはずだ」
その言葉に、天王寺と三上が、はっとしたような表情をする。
一方、俺は頭を抱えていた。
突貫工事の立論とは言え、素人にしては十分すぎるほどの完成度に仕上がったと思っていたのに、叩けば叩くほど埃が出てくる。
「さて、肯定側の主張した消費税は現役世代に対する負担が軽い、というメリットについては、否定側の生活苦の発生という主張により、ほぼ否定されていると考える。
確かに相対的には現役世代の負担が軽いかもしれないが、それでも100%もの消費税負担に耐えられない世帯は発生するだろう。メリットとは考えにくい。
それでも大幅な増税による社会保障費の確保、そして福祉の充実というメリットは一定の説得力を残しているが、その点のみでデメリットを覆し、プランを採用する意義は見出せそうにない」
話の流れからして、どう考えても、もうダメだろう。
完全な諦めムードに入る俺の前で、部長が予想通りの言葉を口にした。
「よって今回は、あえて現状を変える積極的な理由が無いものとして、否定側の勝利とする」
部長の声だけが、部屋に響く。そして、静寂。
否定側の二人すら、勝利に喜ぶ様子はない。勝って当たり前だと分かっていたからだろうか。
無茶な論題と、短すぎる準備期間。あまりにも、理不尽な勝負だった。
しかし、それでも勝負を受けたのは、他でもない俺自身だ。今更不平を口にするわけにもいかない。
これで良かったんだ。俺は逃げずに戦った。それだけでも、意味はあったはずだ。
そう自分に言い聞かせるようにしながらも、悔しさや失望感は拭えなかった。
結局、俺はここで終わりなのか。せっかく、ディベートの面白さも分かりそうだったのに。
「真勇と猿渡君は今回が初めての試合だったが、二人とも、初心者とは思えないほど良いディベートだった。
それから、猿渡君。今回はルールの都合上、無効な議論だったが、着眼点や発想は非常に良かった。その才能を、是非とも今後の試合で活かしてもらいたい」
部長が再び、俺の方を向いて力強く話した。
俺には、その意味が分からない。
「……今後って言われても、無いでしょう。俺、負けたんですし」
勝負で負けたら入部は認めない。そういうルールだったはずだ。
まさか、この期に及んで忘れたなどと言うはずもないだろう。
不貞腐れたようにする俺の隣、鹿野島先輩がくすくすと笑い始めた。
「渚ちゃんも、人が悪いよねー。ちゃんと説明してあげればいいのに」
先輩の言葉に、部長は少し困った顔をする。
何だ? 一体、どういう意味だ?
戸惑う俺に天王寺が言った。
「てめえの勝ちだ、って事だよ」
「……は?」
あまりに不可解な言葉に、怒りの混じった返事を返す。
そんな俺の様子を気にした風もなく、天王寺はニヤリと笑って言う。
「アタシは、てめえが勝負で負けたら認めねえとは言ったが、試合で負けたらダメだなんて一言も言ってないぜ」
「おい、猿にも分かるように言ってくれ」
「だから、試合の結果なんかどーだっていいんだよ。つーか、こんなクソみてえな論題があるかよ。何だよ消費税100%って。こんな試合無効だ、無効」
自分でその論題にしたくせに、ひどい言い草だ。
「てめえはこの一週間マジメに部活やって、こんなクソ論題なのに、一年ディベート経験してるアタシにギリギリまで喰らいついてきた。こんなもん、ほとんどアタシの負けだろうが。だから、勝負はてめえの勝ちだって事だ」
手をヒラヒラとさせて、天王寺は楽しそうに説明をする。
……結局、そんなオチかよ。俺は安心すると同時に、無性に腹が立ってきた。
「部長、知ってたんですか?」
「ああ。君の実力を知るには、ちょうど良いと思ってな。試すような真似をして、すまなかった」
そう言って、少しだけ頭を下げる部長。
その前を突っ切って、天王寺が俺の席の前に立った。
「とにかく、これでアタシらは仲間だ。てめえがどんな事件起こしてようと、アタシはてめえの味方になる。周りが何言おうと、こんな真面目な部員、逃がさねえよ」
胸を張ってそう言うと、彼女は俺に向かって、右の拳を突き出す。
「ようこそ、ディベート部へ!」
彼女は一層、大きな声で言って、白い歯を見せて笑った。
アホじゃねえのか。何だよ、そのノリ。
大体、そういう台詞は部長が言うもんだろ。
それに、今のお前、最高にスケバンっぽいぞ。
ツッコミを入れたいことが、溢れるように湧き出てきた。だが、俺はそれを飲みこむ。
何も言わず席を立ち、彼女の正面に立って、右手を突き出す。そして、彼女と拳を合わせた。
小さく、パチパチと拍手をする部長と三上。その様子を見て、ケラケラと笑う鹿野島先輩。
暖かな雰囲気が、俺を包み込む。
俺は、ここに居ていいんだ。笑顔で迎えてくれる人が、居るんだ。
その心地良さに、じわりと目頭が熱くなるのを感じた。
そうだ。俺の本当の青春は、ここから始まるんだ。




