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VS王麟学院 4 勝敗

 様々な思いが交錯する中で、渚先輩が第二反駁へと向かう。

 希望も、不安も、疑問もある。だが何が起こっても、俺たちにとってはこれが最後だ。

 何も言わず、俺たちは壇上に立った渚先輩を見据えた。

 渚先輩が、反駁を始めた。



「我々が主張するカレーの長所は家庭への根付き、そして暖かな楽しい時間を過ごせる存在であること。これは変わりません。

 まず、学校では誰もが給食のカレーに心躍らせ、調理実習や林間学校でカレーを作ってきた。この点への反駁はなく、我々の主張が通ったものと言えます。


 そして、家庭について。

 確かにラーメン側の反駁で主張されたように、日本の家庭とは、大人数の暖かな家庭ばかりではないかもしれません。

 暖かな時間を過ごせない、孤独な家庭が存在することも、また事実でしょう。しかし、そこから目を逸らしてはいけないことと、暖かな家庭の存在を否定することは、また別です。


 ラーメン側は、日本における世帯の過半数が子のいない世帯であることを主張しました。

 50.6%という数字は確かに過半数ではありますが、あくまでギリギリ半数を超えているに過ぎず、子のいる世帯もほぼ半数存在していることを同時に証明しています。

 これをもって、多人数で過ごす家庭は時代遅れな妄言とまで言うのは誇張が過ぎています。


 何より、我々は第一反駁において、家族で一緒にカレーを作り、食べるという経験をした、一つの家庭の例を提示しました。

 これについて、同じ家族構成、同じ経験をした人でなくとも、そこから暖かさと楽しさ、幸せな家族の繋がりといったものは、確かに伝わったのではないでしょうか。

 家族による、幸せな食卓。その架け橋となるカレーの魅力は、少なからず感じ取っていただけたはずです。

 ラーメン側は、日本の家庭は幸せな場所ばかりではないと主張しました。ですが、それを理由に幸せな家庭を否定することはできないはずです。


 日本の家庭における、幸せな食卓を形作る象徴である。これは和食と呼ぶに一切の不足ない資格であり、『海外の知人に紹介する』という局面でも何一つ恥じることなく紹介できる条件です。

 幼い頃から誰もが触れてきた料理。幸せな家庭の食卓の象徴。それが、カレーなのです。

 我々の提示した資料、主張より、そんなカレーの魅力を感じ取って頂けたのなら、カレー側への投票をお願いします」



 渚先輩は、深々と頭を下げた。

 後ろの席から、夕那先輩と小夜が拍手をする。それに誘われるように、まばらな拍手が続く。

 大逆転とか、相手を叩き潰すとか、そんな派手なものではないが、俺たちの主張のまとめとしては、十分なものだったはずだ。


 そして、最後の……相手の第二反駁だ。

 壇上に立つ比嶋さんの表情には焦りもないし、かと言って余裕もない。闘志に満ち溢れているという風でもない。

 渚先輩と同じく、ただ自分の役目を果たしに来た。そんな様子だった。

 最後の反駁が、始まった。



「まず根本的な点として、カレー側は『カレーを優位とする解釈ができる』と話したのみで、わたくしたちの立論に対する反駁を行っておりません。

 ゆえに、わたくしたちの主張した――ラーメンが日本の季節、文化、地域に合わせ発展したということ。そして、これがユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化の特徴に多く当てはまる点、どちらも全て通ったと言えますわね。


 さて、カレー側は第二反駁において、子のいる世帯もほぼ半数いる、と主張しましたけれど。

 その約半数の家庭全てが、彼女たちの言う暖かで楽しい時間を過ごしているという保証はありませんし、その根拠も示されていませんわ。

 そもそもの所、あちらの主張は暖かで楽しい時間を過ごせてこその日本の食卓であり、それを作るもの――今回の例ではカレーが、それに相応しいということでしたわね。

 それが、多く見て半数にも満たない家庭にしか当てはまらないというのは、やはり既に破綻していると言えますわ。


 私達の主張した和食とは、ユネスコ無形文化遺産に登録された和食文化の特徴に倣ったものです。

 これは彼女たちに『堅苦しい定義に則った情報』と言われましたけれど、裏を返せば定義としては正しいと認められたということですわ。

 一方で、結局のところカレー側の主張は、『みんなカレーが好きだから、カレーは日本の料理だ』と言っているに過ぎません。

 歴史的背景や、日本の季節、風土との関わりも一切考えず、ただ今の日本で親しまれているから和食。

 こんな理論が正しいと言えるのなら、かつて日本でブームとなったエリマキトカゲやウーパールーパーは日本の生物となってしまいますけれど、それで納得する方がどの程度存在するのかしら?

 カレー側の主張は総じて、知人に紹介するという点に気を取られすぎて、あえて"和食"として紹介するという意味を、必要性を、全く見失ってしまっていますわ。


 わたくしたちは、日本の自然や季節、あるいは地域に合わせて発展してきたという点から、ラーメンこそが和食として相応しいと主張しました。

 対するカレー側はただ単に、今の日本で親しまれているからカレーが和食だと主張しました。

 和食という言葉の解釈は人それぞれですけれど、一体どちらが正しく、和食というものを理解していたか。

 その答えは当然、一つですわよね」



 比嶋さんが一礼し、最後の反駁を終えた。

 負けたとは思わなかった。だが、勝ったという確信もない。

 希望と不安の入り混じった焦燥感が、肌をピリピリとさせていた。


 少しの時間をおいて、講評が始まる。

 主審の男が軽く咳払いをして、話し始めた。

「いやまったく、この五校戦でのディベートの試合自体が、もう何年かぶりですが、それにしても今回はなんとも、非常に、面白い試合でした。まず"国民食"という言葉の定義からして――」

 それから一つ一つ、試合を振り返りながら、意見を述べてゆく。

 結局、どっちの勝ちなんだ。俺はそんなもどかしさを必死に抑えていた。

「――つまり、ラーメン側は歴史や伝統に則った和食としての正統性を、カレー側は現在の人、特に自分たちの周囲を例として日本で親しまれているということを、それぞれ違った方向から主張してくれたということで、これを、どちらの要素をどれだけ重く考えるか、ということが今回の勝敗の決め手となりました。今回は特にこう、ジャッジの側でもどう判断するか、難しいところでしたが――」

 それから数秒ほど間を開けて、彼は口にした。


「今回は家庭の温かみを大切と考えた者が多く、4対1、東龍学園の勝利とします」



 瞬間、頭が真っ白になった。

 東龍学園の勝利。確かに、そう言われたはずだ。

 ……言われたよな?

「っっしゃああッ!!」

 迷いなく勝利の雄叫びを上げる天王寺の声で、ようやく俺は理解する。


「ああ、勝ったのか」

 口にしながら、自分でも「なんて間抜けな台詞だ」と思った。

 勝利の喜び、念願の叶った達成感。もちろん、それが無いわけじゃない。

 もちろん、勝利することを信じていなかったわけじゃない。

 それでも俺は、実際に直面した"勝利"という事実に面食らって、まるで夢でも見ているかのような浮遊感ばかりに包まれていた。

「勝ったのか、じゃねーよバーカ! もっと喜べっての!!」

「そうですよ猿渡先輩! 先輩のお手柄なんですからっ!」

 普段と大して変わらない天王寺と、少し目を潤ませ、興奮した様子の真勇。

 そんな二人に気圧されるように、相変わらず俺が戸惑ったままでいると、渚先輩が優しく言った。

「ふふ、まあそう言うな、二人とも。本当に嬉しい時というものは、言葉が出なくなることもあるさ」

 多分それは違うと思うんだが、まあ、いいか。


「おめでとー、みんなー。いやー、ホントに勝っちゃったねー」

「お疲れ様です! 皆さん、すごくかっこよかったです!」

 小走り気味にやってきた夕那先輩と小夜に、俺は言う。

「俺たち四人だけの力じゃないですよ。夕那先輩と、小夜の協力のおかげです」

「あははは、ゆー君も部長っぽいこと言うようになったねー」

「全国優勝校に勝った部の部長ですからね。ははっ」

 部員たちと言葉を交わし合ううち、じわじわと勝利の興奮が膨らんでくる。

 けれども俺は、同時に少しの引っかかりを感じていた。


「よォ、やってくれたじゃねェか、猿渡」

 楽しそうに笑いながら声をかけてきたのは、泉水だ。

「……あんまり悔しくなさそうッスね」

「そうでもねぇよ。ただ、俺はやる事はやった。それで負けたんなら、後からウダウダ言やしねぇよ。それに、面白いものも見せてもらったしな」

「俺の反駁ですか?」

「あぁ。あんなもん、思いついても普通やらねぇよ。それで勝ちやがるんだから、大したもんだ」

「でも全員一致じゃないと、勝ちとは言えないんでしょう? それに、あんなの何度も通用する手じゃないっすよ」

「キャハハ、言ってくれるじゃねぇか。なら次は、真っ向勝負で勝ってみろよ。高校出た後だって、戦う機会なんざいくらでもあんだからよ。ま、オレは何度も負けてやる気はねぇがな」

「上等ですね。次も勝たせてもらいますよ」

「ハ、まあ来年はそれより、アイツとの戦いが先だろうが……」

 泉水が周囲を見回す。

 渚先輩と話し込んでいる比嶋さんと、残りの輪に混ざっている八木さんがいた。

「……おい八木、木戸川どこ行った?」

「さっき出ていったと思います。何か?」

「ったく、アイツは……」

 泉水は呆れて息を吐いた。


「……俺、ちょっと探してきます」

 とっさに、俺はそう口にして駆け出した。

「あっ、おい!」

 呼び止める泉水の声も無視して、教室を出る。

 麗沙がどこにいるかの見当なんて全く付いていないが、今、俺が行かなければいけない。そんな確信に似た感情があった。

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