VS王麟学院 1 幸運か、運命か
改めて、俺は今日の予定が書かれたプリントを手に、王麟との試合の論題と立場を確認する。
論題は「日本の国民食はカレーか? ラーメンか?」であり、こちらがカレー派。理想的な状況だった。
「ゆー君、どうかした?」
夕那先輩が俺の背にくっついて、肩越しにプリントを覗き込んでくる。
「ああ、いえ。うまく4分の1が引けたと思って」
「4分の1って?」
首をかしげる夕那先輩に、小夜が声をかけた。
「前に作った資料だよ、姉さん」
「ああ、そっか。あれ、カレー側じゃないと使えないもんねー」
ぽんと手を叩いて、うんうんと頷く。
「良かったよね、小夜。せっかく書いたのに使えなかったらもったいないもん」
「あはは、でも、書いてて私も楽しかったですから」
「それにしてもさー、ここで4分の1引けたのって、結構すごくない? 運命ってゆーかさ、漫画だったら絶対勝てるやつだよー」
俺は二人と一緒になって笑う。
そして「運命かどうかは分かりませんけど」と前置きしてから言った。
「こうなったからには、二人の努力は無駄にできませんから。なんとかして勝ちますよ」
「あははは、頼れるなー、ゆー君は」
そう言うと夕那先輩は俺を抱きしめて、頭を撫でたり頬をつついたりしてきた。めちゃくちゃ恥ずかしかった。
王麟との試合開始時刻が近付き、教室を移る。王麟の選手は既に揃っていた。
「や、や、どうも、猿渡さん」
「ああ、どうも……八木さん」
「いやはや、なかなか調子がよろしいようで。結構なことでがすな」
「今度こそ、王麟にも勝たせてもらいますよ」
「へっへ、ウチも負けるつもりはござらんので。ま、ま、勝っても負けても恨みっこなしっちゅうことで一つ頼んます」
「そうですね」
話しながら、俺は王麟の席の方を見る。
泉水と比島さんが二人で何かを話していて、麗沙は相変わらず一人だった。
「何か、気になることでも?」
「あ、いえ。ちょっと麗沙が……」
「へえ、猿渡さんもお姫様に興味が?」
「そういう意味じゃないですけど。……あの、麗沙って、部では最近どんな感じなんですか?」
八木さんは珍しく、強張った顔をした。
「……今も部長としては、問題なくやっとりますね。真面目でしっかりしとって、三年の僕らよりも頭も回ります。しかし何でしょうかね、どうにも不安になる所がありまして。あ、余裕なさそうな感じとか、それと別のことで」
「別のこと?」
「泉水さんとか比嶋さんなんかがそうなんですが、人を言い負かすのが楽しいとか、自分の頭の良さを証明したいとか、そう言う人がこれ、ディベート、やるの多いんですが。麗沙さんはなんと言うか、なんの興味も無いのにやっとるような感じがするもんで」
確か、麗沙がディベートを始めたのは渚先輩の影響だったはずだ。
だが麗沙は、渚先輩を偽善者と糾弾して……でも、少なくとも今は渚先輩のことを嫌ってはいないはずで、けど渚先輩と関わろうとはしていなくて……。
ダメだ、分からん。
「……あと、言いにくいんですが、猿渡さんのことは、えらく嫌っとるようでしたが。何かあったんでがすか?」
「いえ……俺が知る限りでは、全然」
「ううーむ、難しいことでござんすね」
以前、暴力事件を起こしたことで俺を嫌っているということも、無くはなさそうだが。
だとすると、麗沙が言った「全部お前のせいだ」という言葉は何なのだろう。
悩みこむ俺に、八木さんが少しおどけた調子で言った。
「けど、ま、好きの反対は嫌いやのうて無関心や、なんて言う人もおりますから。案外猿渡さんみたいな人が、麗沙さんの助けになったりするかもしれませんね」
「……どうでしょうか」
ただ一つ言えることは、俺のせいで麗沙と渚先輩の関係がこじれたらしいこと。
このまま知らん顔で終わらせたくはない。
俺は制服の胸ポケットの中、クシャクシャになった紙袋を軽く手で触って、決意を固めた。
程なくして、試合の時刻。
心なしか観客の数は増え、今まで以上の熱気を感じる。
今回も立論は相手が先になっている。
八木さんが壇上に上がり、ペコペコと頭を下げると立論を開始した。
「や、今回ですね、まず始めに定義としまして、一つ決めさせていただきます。
いやね、なんせ国民食なんて言いましても、一体何をもって国民食と言えるのか。皆さんハッキリしとらんトコあるんでないかと。
と、いうわけで考えました。今回の論題、『海外の人に"和食"として紹介するなら、カレーとラーメン、どちらが適切か』と。それで、ボクたちはラーメン側と。そうさせて頂くでがす。
自信を持って、『これが日本の食事だ!』と言える。それはもう、和食と言っていいだろうと。そう考えたわけでござんす」
早速、俺たちは顔を見合わせた。
渚先輩から聞いていた通り、今回は先に立論を行う彼らが「定義」を行うことができる。
……だが、今まで何度も試合をしてきたが、実際に定義を行われたのは初めてだ。
もちろん全く想定していなかったわけではないが、ぶっつけ本番……それも今回は少々変わった定義だ。焦るのも仕方ないだろう。
「おい、大丈夫かよ」
小声で言ってきた天王寺に、俺は「聞きながら考える」とだけ答えた。
とにかく今は、相手の立論を聞くこと、そしてそれに合わせたこちらの立論を漠然とでも考えることが先決だ。
「え、で、そういうわけで。なぜラーメンが和食と言えるかと言うと、ラーメンは日本の季節、文化、地域に合わせ発展した、和食と呼ぶべき条件をこれでもかと満たした料理だからでござんす。
まずは和食とは何かということがすが、ありがたい事に2013年、ユネスコ無形文化遺産に『和食;日本人の伝統的な食文化』というのが登録されとります。
ここで、農林水産省の提示しとります和食の4つの特徴を見てみましょう。ここから引用でがす。
【(1)多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重 (2)健康的な食生活を支える栄養バランス (3)自然の美しさや季節の移ろいの表現 (4)正月などの年中行事との密接な関わり】引用終了。
……とまあ、この食材を使ったら和食、こういう調理方法をしたら和食と言うのではなく、あくまで日本の伝統的な文化、風習と繋がっていることが重視されとるわけですね。
ほんで、ここから注目したいのが、冷やし中華です。
いや、『冷やし中華はラーメンと違うやろ、どアホ!』と言いたい人も居るかもしれんのですが、はっきり言います。冷やし中華はラーメンです。それも、日本の気候に合わせて作られた、和食です。
ところで皆さん、冷やし中華がいつ、どこで始まったかご存知ですか。
これ、中華なんて言うとりますけど、日本の料理なんでがす。
ラーメン評論家 窪田 2017
【冷やし中華の発祥地として有力視されている店舗は、2つある。東京の"揚子江菜館"と、仙台の"龍亭"だ。(中略)揚子江菜館の店主は日本のざる蕎麦から着想を得て、富士山をイメージした盛り付けの中華麺料理を作り出した。(中略)当時の組合では、暑い夏にラーメンの売上が落ち込んでしまうことに頭を痛めていた。そこで当時の組合長だった龍亭の店主が中心となり、冷たい麺料理を開発した】引用終了。
というわけで。結局どっちが先に作ったかは分からんのですが、こうして日本で生まれた料理というわけでござんすね。
そして、ここで考えてもらいたいのが、富士山をイメージした盛り付けと、季節に合わせて開発されたという点です。
これはまさに、和食の特徴である自然や季節との繋がりを明確に示したものです。
日本の気候に合わせ、日本の自然をイメージして作られた料理。これはもう、典型的な和食と言えるはずです。
冷やし中華と照らし合わせることで、普通の温かいラーメンも和食としての意味を持ってきます。
つまり、暑い夏には冷やし中華、寒い冬には温かいラーメンと。季節に合わせた食べ方のできる料理と、そう言えるわけです。
それからもう一つ。皆さんご存知の通り、ラーメンと言えば地域ごとに様々な特色があります。
博多の豚骨ラーメンや、札幌のバターコーンラーメンなんかが、特に有名でござんすね。
この、地域による特色を持つこと。そして、多様で新鮮な食材と持ち味の尊重という点。これもまた、和食の条件を満たすものです。
そういうわけで、ラーメンほど和食らしい料理はそうそうないっちゅうのが分かっていただけたと思います。
日本の季節、文化、地域に合わせ発展したラーメン。それこそが、海外の方にも自信を持って『和食』と紹介できるものであると。ボクたちは主張するものでござんすよ」
きっちりと時間を使い切って、八木さんは立論を終えた。
論題の定義付けから、和食の何たるかの解説、そして日本におけるラーメンの発展と定着。
流れるように理路整然としていながら、堅苦しさを感じさせない軽い調子の語り口。
隙らしい隙は、どこにもない。
だが同時に、それは想定内だった。
正攻法の勝ち目が薄いと思ったからこそ、俺は奇策が必要だと判断したのだ。
相手が王道だからこそ、奇策での戦いようがある。
「……定義は相手に従っていい。こっちの立論も予定通りだ」
「大丈夫なのか? こじつけっぽくなるぜ」
「そこはお前の腕を信用する」
「へっ、単に丸投げしてるだけじゃねーか」
そう言いつつも、天王寺は満足げに笑った。
「猿渡君、ルーツや発展という点であれば、小麦粉を使用したルーやジャポニカ米の使用といった点を主張できるが、どうする?」
「主張の幅は広げない方がいいと思います。一点突破でいきましょう」
「ふむ、分かった」
渚先輩にそう伝えて、最後に真勇に言う。
「こっちのテーマは家族だ。上手く繋げられるような情報を引き出してくれ」
「はい」
真勇は落ち着いた表情で頷き、質疑へと向かった。
農林水産省:「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されました!(http://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/)




