VS鳳南高校 2
壇上に立った天王寺は指をポキポキと鳴らし、それから右の拳を左手にパシパシと打ち付ける。
到底これからディベートをやるようには見えない仕草だが、気合が入っているのは伝わってきた。
これから天王寺が、どう立論をするのか。期待を込めて見つめる。
軽く息を吸い込むと、彼女は立論を始めた。
「アタシらは、日本人の朝食にはパンの方がふさわしいって主張する。
理由は単純明快、今の日本人は『パン食いてぇ』って思ってるからだ!
……ま、これだけ言っても意味分かんねぇと思うから、説明してくぜ。
まず第一に、アタシらは今回の試合に当たって3つの新聞と14種類の雑誌から、米とパンのどっち食うかって書いてるのを見つけた。
んで、例えば最初に見つけた資料には、こう書いてある。
徳人新聞 2017
【パンと違い、ご飯は粒をよく噛んで食べなくてはならないが、この点が重要なのだ。よく噛んで食べることは顎の運動になるうえ、唾液の分泌による消化吸収の促進、さらには満腹中枢の刺激による満腹感の持続など良い事ずくめ。(中略)よって、日本人の食卓には、やはりご飯が必要なのだと言えるのだ】引用終了。
それから、こっちは雑誌の資料。
ULTRA FOODS LIFE 2018
【注意すべきは、このイーストフードという添加物。名称の一括表示が認められているので具体的に何が入っているのか分からないことも多いですね。(中略)塩化アンモニウムはわずか数グラムで動物を死に至らしめるほど危険な物質。リン酸も、骨粗しょう症の原因となることが指摘されています。(中略)なので、こうした危険な添加物のないご飯の方が安全、安心な食事だと言えますね】引用終了。
見ての通り、健康の面からパンよりも米を食えって結論だ。
こいつが、他の資料もだいたい同じような感じで、さっき言った3の新聞と14の雑誌、合計17のうち15はパンよりも米を食うべきだって結論を出してた。
つまり実際どっち食ってるかってことはともかくとして、一般的にはほとんどの奴にとって、『米食った方がいい』って認識があるわけだ。
じゃあ、次はこう思うだろ? みんなそんなに米食ってんのか、ってよ。その調査結果がこれだ。
雑誌『孤高の美食王』で行われたアンケートでは、朝食に米とパンどっち食うかって内容で、『ご飯派だ』と回答したのが合計44%。逆に『パン派だ』と回答したのが56%。
同じく『オレ様流 無敵の食卓』で行われた同様のアンケートだと、ご飯派が51%、パン派が48%。『魔法のテーブル』のアンケートでは、ご飯派が47%、パン派が53%の結果だった。
見てみりゃ分かると思うが、ビミョーにパンが優勢かってくらいで、ほとんど互角だな。
そんで、ここでアンケートの、パン派に入れたやつの理由を見てみる。3つのアンケートの中で書かれた理由を集計すると、一番多かった理由が『パンの方が好きだから』『洋食派だから』って理由だ。
次に多かったのは、『ご飯は手間がかかる』『パンの方が手軽に食べられる』って理由で、この2つが9割近いぜ。
逆に米派の理由を観てみると、こっちは『日本人は米だと思うから』が一番多くて、次が『子供の頃からご飯を食べていたから』だ。これが全体の8割くらいで、『米の方が好きだから』って理由は1割くらいしかねえ。
つまり、米食ってる奴は義務感とか慣習とかで、なんとなく米を選んでる。対してパンは、明確にパン食いてえって理由で選ばれてんのが分かるだろ?
米は健康にいいとか日本の食い物だとか言われても、パン食いてぇって思ってる、それだけパンを愛してる奴が大勢居るって事なんだよ。
なのに米食えって言い続けてる奴なんて、現実見ねーで健康健康言ってるアホだけってことだ。
今の日本人は『パン食いてぇ!』って思ってる。これは変えられねぇ。
……だから! 日本人の朝食はパン一択ってワケだ!」
最後に天王寺は声高に叫んで、ガッツポーズを決めた。
ジャッジや観客席から、おぉ、と納得やら笑いやらの混じった声と、拍手。
大林さんの立論も中々の熱だったが、天王寺は間違いなく、その上を行っている。
立論前に彼女が言った通り、当初の立論はもっと理路整然と、しかし淡々としたものだった。
彼女はそれをわざと荒っぽく、派手に主張した。会場を沸かせ、説得力を感じさせるという意味では、正しかったのだろう。
「へっ、思ってもねぇこと言うのは疲れるぜ」
俺とハイタッチを交わし、天王寺は肩をすくめた。
「まあ、お前は米派だしな。けど、あれだけ堂に入ったアレンジが出来たのは凄いよ」
「うわっ、てめぇが素直に褒めてんの気持ち悪っ」
「失礼だなお前!」
「はは、ジョーダンだよ。サンキュ。んじゃ次、行ってくるぜ」
天王寺は質疑の応答へと向かう。
「ふふふ、猿渡君が部長となったおかげか、秋華の熱さにも一層磨きがかかったな」
「頼れる部長と副部長さんですね。くすっ」
……若干のプレッシャーをかけられながら、俺は質疑の開始を待った。
天王寺、それに茶谷が壇上に立つ。茶谷が口を開いた。
「あのぉ、おにぎりって米っすか?」
「……ん?」
またしても意図の分からない質問に、天王寺が困惑する。
「あれっすよほらぁ、パンの方が手軽? みたいに言ったすけど、おにぎりってもっと手軽じゃないすか?」
「……自分ちで作るなら、結局米炊いて握んなきゃなんねえから手軽じゃないと思いますけど」
「そぉじゃなくて、ほら、コンビニとかの売ってるやつ? なら袋開けて食べるだけっすよね? それがパンと同じくらい手軽みたいな?」
「そこはまあ、そうだけど。そっちの立論で一汁三菜って言ってるし、おにぎりとかは含んでねぇ……含まないんじゃないかと思います」
「あ、そうッスけ?」
驚いた顔をして茶谷は頭を掻いた。こいつ大丈夫か?
「じゃあじゃあ、あのぉ、そっちってパンが健康に悪い? って資料出してたスよね? やっぱパンが健康に悪いなら、お米食べたほうが良くないすか? やっぱ健康にいいほうがいいスよね?」
「イーストフードについては、使用してないパンも沢山あります。ですからイーストフードの有害性については回避できます」
「えー? じゃあよく噛んで食べた方がいいってのはどうすか? お米の方が良くないすか?」
「そこはまあ、大体ご飯が優位って言えますが。けど米だって、あんま噛まずに飲み込む奴もいるし、米なら絶対みんなよく噛むとも限んないから、優位点って言うには弱いでしょう」
「あぁー、そういやオレも、『ちゃんと噛んで食え!』とかよく言われるっすよぉ」
「それによく噛んで食うのが健康にいいとしても、パンの方が好きならそりゃパン食うだろ。そんな微妙な健康効果だけで米食おうって思うか?」
「いや、オレは元々お米の方が好きスからお米食うっす!」
茶谷の謎の宣言と共に、質疑終了のタイマーが鳴った。
相も変わらず、こいつの質疑は色々とおかしい。天王寺もどんどん話し方が雑になってたし。
まあ言っていることの意味が分かるだけ、あの練習試合の時よりはマシになっている……はずなのだが。
――当人たちはともかく、聴衆のウケはそこそこ取れているようで、あちこちで笑い声が聞こえる。
良いことだと喜んでいいのかどうか、ちょっと微妙だが。
「ま、こっちの負けはねぇな」
戻ってきた天王寺は気の抜けた様子で言った。
「……やっぱり『アホウなん』ですね」
「だが、以前よりは成長も見られる。以後の反駁に関しては、あまり油断できないかもしれないぞ」
呟いた真勇に、渚先輩が言う。
フォローになっているような、なっていないような。
「どっちみち、俺たちは全力で戦う。それだけでしょう」
次は俺の反駁だ。油断のしすぎは危険だが、油断しなければ負ける相手ではない。
こんなところで躓いていては、王麟に勝つなど夢のまた夢だ。
叩き潰してやる。俺は強気に、そう念じた。




