VS鳳南高校 1
西女に勝利した後の休憩時間中、鳳南の選手たちと出会う。
「おや、アナタは我が終生の宿敵、猿渡殿ではありませんか」
川上は手足を交差させて変なポーズを取りながら、俺に声をかけてきた。
「……お前、いつからこいつの宿敵になったんだよ」
「知るか。いちいちツッコむのも面倒だ」
困惑した顔で聞いてきた天王寺に、俺も苦い表情で答えた。
川上は構わず話してくる。
「アナタがたの相手は西女ですか。まさか負けたなどとは言わないでしょうね」
「全員一致でこっちの勝利」
「ええ、そうでしょう。ワタシたちも同じく全員一致の結果です! ……我々の敗北でしたが」
「……ああ」
彼らの相手は王麟だ。
妥当というのは残酷かもしれないが、仕方のないことだろう。
「今回こそはルールブックも熟読したと言うのに、無念無想……ではなく、無念極まる思いです」
「いやいやでもセンパイ、オレらもいいセンいってたじゃないスか! 審判やってた人も一人オレらに入れるか悩んだ? とか言ってたスから!」
茶谷がヘラヘラと言って川上を励ます。
「そうでした! そう、ワタシたちにも希望はあったのです! アナタたちも油断していると、次はワタシたちに負けるかもしれませんよ? 何より、現在の鳳南はワタシが部長なのですから!」
「たわけ、だから不安なのだ」
調子付く川上の背を、後ろにいた大林さんが小突いた。
そんな様子に少し困ったような顔をして、菅さんが口を開く。
「――こんな調子だが、ちゃんと練習してきたってのは本当だ。あいつも、あれはあれで上達はしてるぜ。お前たちとも、少しはいい勝負ができるはずだ。よろしく頼む」
まっすぐに俺と目を合わせてそう言うと、軽く握手を交わした。
そして、試合の時間。
会場の観客は50か、60ほどだろうか。思った以上に多く、賑やかな雰囲気だ。
今回の論題は「日本人の朝食にふさわしいのはごはんとパン、どちらか?」の方で、俺たちがパン派、鳳南がごはん派。
形式は今まで通り立論4分、質疑2分、反駁が各3分の構成となっている。
まずは、先手の鳳南の立論――大林さんが壇上へと立つ。ここからが、本当の五校戦の始まりだ。
「よし、我々は、日本人の朝食はご飯、つまり米以外に有り得ぬ! と主張をするものである!
その理由は単純明快。米を食すということは、日本人にとって深く根付いた文化であることに他ならぬ。
言うまでもないことであるが、日本において米は、パンより遥か昔より食されてきている。
我々の使用する凡蔵堂の教科書によると、稲作が日本で行われ始めたのは縄文時代、今より3000年以上前とされている。
それに比べ、パンが日本へと伝わったのは1543年、ポルトガル船より鉄砲と同時に伝わったものとされている。
両者には1500年近くもの歴史の差があるということだ。日本人にとって、米のほうがずっと縁の深い存在であることが分かるだろう。
現代の日本においても、米は遥かにパンよりも親しまれておる。それを示すが、農林水産省の提示する食料自給率の推移である。
これの示すところによると、日本における米の自給率は常に95%以上。近年、平成22年度より29年度にかけても96%から98%。そして、主食用のものは全て100%である。
つまるところ、米に輸入など必要なく、全国民が日本の米を食すことができるのである。
対し、パンの原料となる小麦の自給率は低く、平成22年度より29年度において、わずか9%から15%でしかない。
所詮パンなどというものは西洋の食品であり、日本に根付いたものではないということが見て取れるであろう。
和食と言えば米であり、パンではない。日本食と言えば一汁三菜、米に味噌汁、そして主菜と副菜を組み合わせたもの。これを除いて日本人の食は無いのである。
皆も思い浮かべてみよ! 家庭の味、おふくろの味というものを! それは母の味噌汁であり、炊きたての米であるはずだ!
ハンバーガーだのサンドイッチだのと言ったバタ臭いものでは、断じて無い。米と味噌汁こそが、日本人の食なのである。
……米というものが日本において縁深く、親しまれたものであるということの利点は、まだある。
我々は中学の頃、校外学習において田植えの体験を行ったことがある。農家の方より一区画を借り、生徒自らが水田に稲を植え、育てるのだ。
そうして我々は稲作という行為、ひいては食べ物を作るということ、食と命の尊さというものを学んだのである。
これは身近な地に、我々の触れ合える水田が無数に存在するからこそ可能であったこと。自給率が低く、身近ではない小麦では、こうはいかぬ。
米とはただ食べるだけの存在ではない。食し、育て、触れ合い、そうして付き合ってきた。そして、これからも付き合ってゆける。それだけ日本人にとって深い存在なのである。
西洋より持ち込まれ、ただ食されるだけのパンなどというものとは、全く比較にならない存在であることが分かるであろう。
よって、日本人の朝食は米以外に有り得ぬと言えるのである!」
力強い、身振り手振りを交えた演説。
かつての練習試合、夏の大会のときと比べても、明らかに力の入りようが違った。
それだけ、この五校戦に真剣に取り組んでいる、という事もないではないのだろうが……。
「……ありゃ、完全に最初っから米派だな」
「だろうな」
少々呆れた様子で肩をすくめた天王寺に、俺は同調した。明らかに、あれは私情だろう。
「だが、それだけ熱の入った主張だ。単純な論としての完成度以上に、聞き手は強い説得力を感じているだろうな」
冷静に語る渚先輩。確かにそれは否定できない。
しかし、にこやかに真勇が言った。
「でも、論として崩しちゃえば一緒、ですよね」
「できそうか?」
「もちろん。わたし、弱くないですから」
そう言ってペロッと下を出してみせると、真勇は質疑へと向かう。
どんどんと部内での様子が無遠慮になってゆく彼女だが、今はそれが頼もしかった。
大林さんと真勇が並び、質疑が始まる。
「あの、初めに一つ聞きたいんですけど」
「うむ」
「文化って、どうして守らなきゃいけないんですか?」
「……は?」
「消えちゃってもいいじゃないですか。入ってきた文化に、潰されちゃうくらいの文化なら」
大林さんが面食らう。会場にも動揺が広がった。
「そんな事はあってはならぬ。日本の文化とは、尊いものだ」
「尊いって、何がどう尊いんですか?」
「それはつまり、古来より続く伝統であり、大和魂であり……尊き日本の固有の文化である」
「今、何か得があるわけじゃなくても、昔から続いてるから守るべきだって。そういうことですか」
「む……一応は、そうであるな」
棘のある言い方に解釈されるのは不本意だが、否定はできない。そんな返事だ。
「じゃあ次です。わたしの家はパンの朝食が多いんですけど、これは日本人の家庭として認めてもらえないんですか?」
「ぐむぅ、それは……」
会場に少し、笑い声がする。
「わたしは日本人だし、ずっと日本育ちですけど、家庭の味とかおふくろの味って言うと、やっぱりパンと……あと、コーンスープです。でも、そちらの立論からすると、これはバタ臭くて日本人の食として認めてもらえないんですよね」
「いや、それはその……文化としてどうと言うのと、個人の食卓を否定するというのは……その、パンを食す家庭もそれは一概に悪とは言えぬが、米を食すという日本の文化というものは……」
しどろもどろになって、口をモゴモゴと動かす。この人、立論に向いてないんじゃないか?
「あ、もういいです。じゃあ次なんですけど、田植えの体験ができるってところです。あの、別に普段パンを食べてたって田植えの体験はできると思うんですけど、これって朝食にご飯をを食べるべき理由になるんですか?」
「それは、あくまで、米と日本の縁の深さを語るものであり……直接的に朝食と関わるものでは……ない」
「そうですか、ありがとうございました」
質疑の時間が終わり、二人が席へと戻る。
鳳南の席ではすっかり小さくなった大林さんを他のメンバーが励ましていた。
一方、真勇はウキウキとした様子で帰ってきて、天王寺とハイタッチを交わす。
「先輩たち、あとはお願いしますっ」
「おう、任しとけ!」
だんだんこの二人のノリが似てきた気がする。
「よくやってくれた、真勇。次の立論と合わせ、状況は大きくこちらに傾くだろう」
満足そうに言う渚先輩。
いろいろと言いたいことはあるが……確かに、有利な状況なのは間違いない。
この質疑は勿論、俺たちの立論は相手の一手先を行っている。
俺は天王寺の肩をつついた。
「頼むぜ、副部長」
「おう。……っと、そうだ。ちっと立論、手ぇ入れていいか」
「どうするんだ?」
「今の、ちっとカタいっつーか冷たいっつーか……アレだ、理詰めっぽいのじゃなくて、もうちょい熱くすンだよ」
「お前がそっちの方がいいと思うなら俺は止めない」
俺は一応、渚先輩と真勇にも目を向けた。二人とも、迷わず頷いた。
それを見た天王寺はニヤリと笑うと俺に親指を立ててみせ、立論へと向かった。
農林水産省 食料自給率の推移(http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/012-11.pdf)




