決闘! 初めてのディベート4 肯定側第一反駁~肯定側第二反駁
「肯定側第一反駁、開始する」
先輩が壇上へと向かった。そして、「始めます」と落ち着いた声で言う。反駁の始まりだ。
「否定側の主張したデメリットは、増税による景気悪化と駆け込み需要による混乱、この二つでした。
でも、この二つはどっちも根拠の薄い予想でしかなくて、説得力に欠けてます。
質疑の時に言いましたけど、消費増税と景気悪化の因果関係を証明するには資料がぜんぜん足りなくて関係を示せてません。
1997年、3%から5%への増税後の不景気は、単にバブル崩壊後の不況を引きずってるだけにも見えるし、2014年の5%から8%への引き上げ後の場合は、そもそも景気が悪化してるかどうかもはっきりしてないです。
なので、否定側の提示した情報で、消費増税が景気の悪化を招くとは考えられないと思います。
それに、食費が増えたのを理由に生活が困窮するって主張してましたが、ここもおかしいです。
文部科学省による平成28年度子供の学習費調査によると、このようなデータが出てます。引用開始。
【幼稚園は公立約23万4千円,私立約48万2千円,小学校は公立約32万2千円,私立約152万8千円,中学校は公立約47万9千円,私立約132万7千円,高等学校(全日制,以下同じ。)は公立約45万1千円,私立約104万円となっている】引用終了。
つまり、もし全部公立を選んだとしても、幼稚園から高等学校までの教育費の合計は148万6000円もかかります。
消費増税で福祉を充実させて、デンマークと同じように教育費の無償化が実現できたなら、この150万円近い出費がいらなくなります。
同じように、医療費の無償化も実現されれば、今まで支払ってた医療費も不要になります。
食費・教育・医療費のバランスは各世帯によって大きく異なりますけど、教育費や医療費の支出の多かった世帯なら、むしろ生活が楽になる可能性もあるし、食費などの増加を理由に生活が困窮するって言い切るのは無理です。
それから、駆け込み需要による混乱についても、おかしい点があります。
否定側が挙げたのは、たばこ税の増税による混乱が起きたって記事でしたが、これは当然たばこだけの話で、消費増税の話じゃありません。
実際に過去、消費増税が行われた1997年と2014年に駆け込み需要は発生したのか、発生したとすればどの程度だったのかって話を一切してないです。
だから本当に混乱が起きるのかどうか分からないし、混乱の発生を前提にした、大きな反動減が発生するって主張もただの予想です。
否定側の主張は、とにかく不確定なことを前提にしてあれこれ言った仮説に過ぎないものばっかりで、私たちの主張を崩すには至ってません。
不足している社会保障費を確保して、福祉の充実による国民幸福度の上昇を目指すためには、やっぱり大幅な増税が――」
そこで、タイマーが鳴った。先輩の言葉が、打ち切られる。
先輩は少しだけ顔を曇らせてから、席へと戻ってきた。
「……ゴメン、時間足りなかった」
「いや、十分っす。相手への反論は終わってましたから。それに、直前に内容付け足したのは俺の責任です」
気遣いではなく、本心からの言葉だ。先輩の反駁は、十分なものだった。
先輩は俺の言葉に、少し困ったようにしながら笑った。
残すは第二反駁のみとなり、俺は今まで以上に精神を研ぎ澄ます。
とりあえず俺の目から見て、これまでの流れではどちらか一方が大きく優勢だとは言えそうにない。
つまり、第二反駁の完成度によって勝負は決するはず。言うなれば、ここからが本当の、俺と天王寺の直接対決になるのだ。
俺はフローシートに目を移し、今までの議論の流れを読み返す。
……今から、北欧をモデルとしたメリットを語るのは難しいだろう。
だが、増税による福祉の充実という理論そのものが、完全に死んでいるわけではないはずだ。
それに、現在の日本の社会保障費が不足しているのは事実。これは、否定側も何も反論できていない。
ならば俺の行うべき反駁は、やはりこの点を中心に――。
「否定側第二反駁、開始する」
そこまで考えたところで、準備時間が終わった。
天王寺が壇上へと立ち、「始めます」と告げる。
俺は素早く頭を切り替え、相手の反駁を聞く姿勢に入った。
「まず、肯定側は消費増税と不況の関連性が示せていないと主張しましたが、これは違います。
これまで肯定側は度々、消費増税を行えば福祉が充実し、それによる社会保障を受けられれば、国民は増税による負担以上の見返りを得られると主張してきました。
もしもこれが正しいのだとすれば、消費増税後には継続した景気回復が見られるはずです。
仮に1990年代がバブル崩壊の影響で元々不況だったとしても、消費増税が本当に有効な政策であるのならば、その後に景気は回復していなければおかしいのです。
しかし、現実には2007年まで長期的な不況が発生しています。消費税に少しでも景気回復の効果があるのならば、これほど不況を引きずっているはずはないでしょう。
つまり消費増税に景気を上向きにする効果が無いことは明白であり、むしろ下降を招いていると判断する方が自然です。
また、2014年の増税後に関してですが、増税した年には大きく消費者物価指数が増加したものの、翌年に上昇幅が鈍り、その翌年には再び下降。
これは1997年の増税後と全く同じ景気変動のパターンです。この点から判断すると、今後消費増税の影響で不況が続く可能性は極めて高いです。
よって、消費増税が景気の低迷を招くことについては、十分な関連性が見られると考えられます。
それから、肯定側は教育費や医療費が不要になれば食費等の増加をカバーできると言いましたが、これにも問題があります。
もし教育費と医療費の無償化を行うとしても、増税と同時に即日で実施することは明らかに不可能です。
税収の変動を確認した上で、無償化が本当に実施できるのか、実施するメリットがあるのか時間をかけて検討し、それから実施しなければなりません。
そうして新たな福祉のシステムを構築するまでの間、国民は重い税負担に苦しめられる期間だけが発生するのです。
食費が突然2倍近くにまで値上がりをすれば、手厚い社会保障を受ける前に生活が立ち行かなくなる世帯は、確実に出ます。
そして、駆け込み需要による混乱にも反駁がありましたが、少なくともたばこ税の増税時に混乱が発生したことは事実です。
消費増税時にどの程度の混乱が起こるか予測はできませんが、混乱が発生する可能性は高いと十分言えますし、100%という異常な税率ならば、大規模な混乱が予測できるはずです。
改めて主張しますが、肯定側が主張する北欧を例にした高福祉・高負担のプランは、日本の消費税率を100%に引き上げるべき理由として成り立っていません。
そもそも100%という税率は北欧諸国比較しても4倍もの差がありますから、これらを比較対象とすること自体が適切とは思えません。
加えて、消費税率の高い国家でも幸福度の低い国は多数存在しますから、税率を上げれば幸福度が上がると単純に結びつけることは――」
早口ながらも明瞭に、力を込めて話す天王寺の声を、タイマーの音が断ち切った。
天王寺は小さく舌打ちをして、席へと戻る。やっぱりスケバンじゃねえか。
だが立論と同じく、反駁はしっかりと行われている。ああ見えて、実は結構真面目なタイプなのだろうか。
まあ考えてみれば、本当にただのスケバンなら間違ってもディベート部なんかに入らないだろうしな。
いや……暴力事件を起こした『猿』もこれから入部しようとしているんだから、スケバンが居ても不思議ではないのか。
……それじゃあ、とんでもない烏合の衆だが。
「ゆー君、大丈夫?」
「あ、はい」
脱線した思考に支配されそうになっていた俺を、鹿野島先輩が現実へと引き戻す。
そうだ、余計なことを考えている暇はない。俺はフローシートに目を移す。
やはりこちらが攻める手は、日本の社会保障費不足の解決と、福祉の充実という利点だろう。と言うより、それしか残っていない。
だが、その点一つだけを主張して勝ちに行くことは、かなり厳しそうに見える。ならば、何か新しい武器を――。
「それでは、肯定側第二反駁を開始する」
部長の声が、準備時間の終わりを告げる。
もう少し考える時間が欲しかったが、今更待ったは言えない。話しながら考えるしかないだろう。
泣いても笑っても、次が最後なんだ。俺は覚悟を決めて、壇上に立った。
「初めに立論で述べた通り、消費税を100%もの税率にすべき理由は、少額の増税では税収不足を解決できないためです。
現在の日本は大幅に社会保障費が不足していながら、改善の目途が全く立っていません。これでは、財政破綻を起こすのも時間の問題です。
では、財政破綻が起こればどうなるか。当然、医療保険制度も崩壊することになります。
現在、保険に加入している国民の医療費負担は3割ですが、もしも医療保険が崩壊し全額負担となった場合、国民が支払う医療費は3.3倍にもなります。
否定側は、消費税を100%にすれば食費が1.85倍になるとアピールしましたが、こちらの方がよほど深刻です。
高額な増税は、国民に大きな負担を強いるかもしれません。ですが、福祉の充実は日本の将来を考えれば、間違いなく有益なことです。
日本では、少子高齢化が進行を続けていますが、福祉を充実させて教育費の無償化が実施されれば、教育負担の大幅な減少により、出生率の改善も期待できます。
つまり増税を行えば少子高齢化の改善が期待できるし、少子高齢化の改善がされれば、税を納める人口も増えます。税収はさらに増加し、より豊かな社会が作れることでしょう。
増税を行わず、少子高齢化を進行させ、いずれ起きる財政破綻による死を迎えるか。それとも、消費増税を行い、一時的な負担増加を受けるものの、明るい未来を手に入れるか。
これを考えれば、誰もが消費増税を行うべきだと言うでしょう。目先の問題だけでなく、未来を見据えた考え方をするべきです」
そこまで話したところで、言うことが尽きてしまった。まだ1分近く、時間は残っている。
これで十分か?いや、違うはずだ。何かないのか、何か……。
俺は全ての脳細胞を叩き起こし、相手の主張を思い返す。そして、何を言うべきか考える。
5秒、10秒。考える間にも、時間は過ぎる。俺は何とか絞り出した反駁を、大急ぎで口にする。
「あー、それから、否定側の主張に妙な点があります。
否定側は、100%の消費税率は北欧諸国の25%という税率と比較しても4倍の差があるから比較対象にならないと主張していました。
そのくせ一方では、過去の2%、3%の消費増税によって景気が上向きにならなかったから、消費増税には景気回復の効果が無いと主張しています。
ですが、100%の税率は2%と比べれば50倍、3%と比べて33倍以上の差があります。
これも倍率が全然違うのに、2%や3%の増税で景気が上向きにならなかったから、100%への増税を行っても無駄だと主張するのは、明らかに矛盾しています。
肯定側は初めから、少額の増税では無駄だから、100%という大幅な増税が必要だと主張して――」
そこで、とうとうタイマーが鳴った。俺は渋い顔で、席へと戻る。
結局、どうにも尻切れトンボな終わり方になってしまった。最後の反駁は、まあ言わないよりはマシだったと思うが……。
今までの議論、主張をただなぞるだけではダメだと、主張の角度を少し変えたことが吉と出るか、凶と出るか。
俺は祈るような気持ちで、部長の判定を待つ。
部長は、しばらくバインダーを眺めて頷いた後、口を開いた。
「――よし、それでは講評を開始する」
文部科学省 平成28年度子供の学習費調査(http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa03/gakushuuhi/kekka/k_detail/1399308.htm)




