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新年

「おーい! こっちだ、猿渡君」

 神社に到着した俺は手を振る渚先輩の姿に気付き、駆け寄る。

 大きく手を振る先輩の動きに合わせ、青い振袖がヒラヒラと揺れていた。


 年が明け、新年。

 俺たちが集まった目的はもちろん、初詣だ。

 俺が到着した頃には既に部員たち全員、そして小夜が揃っていた。

 待っていましたと言うように、夕那先輩が俺の腕にしがみ付いてくる。

「あけおめー。んふふ、彼女さんの振袖姿だよー」

「あ、ああ、はい。あけましておめでとうございます」

「むー、感想が薄いよー」

 照れて目を逸らした俺に、夕那先輩が口を尖らせる。


 先輩は、落ち着いた緑を基調とした生地に、鮮やかな蝶の柄の振袖を着ていた。

 地味であるとも、きらびやかであるともつかないのに、不思議とそれぞれが調和している様子は、彼女によく似合っていて……綺麗だった。

 ……だが、それを正面から口に出せるかどうかは別だ。

 そんな感情を見透かしたように、先輩はニヤニヤと笑いながら俺の顔を覗き込んでくる。

「姉さん、猿渡さんが困ってるよ」

「あははは、ゆー君は照れ屋さんだからねー」

 姉妹でニコニコと笑う小夜は、今日も中学の制服のままだ。

 別に着物を着たくなかったわけではなく、姉を立てるために着なかったらしい。見上げた妹だ。

「それで、実際どう思いますか? 猿渡さん」

 小夜が俺に小声で質問してくる。

「それは、まあ……よく似合ってて……いいんじゃないか」

「もう、もっとしっかり褒めてあげないと、いつか彼女に見捨てられちゃいますよ?」

「……善処します」

 ただ、最近は先輩と一緒になって俺を弄ってくるようになったのが困りものなんだが。

 真勇といい小夜といい、最近は調子に乗りすぎだ。


「おいクソカップル一族、モタモタしてっと置いていっちまうぜ」

「ほんとに置いていっちゃいましょうよ。そのほうが幸せそうですから」

「マジでそうしちまおっかな。並んでる人数も増えてっし」

 天王寺と真勇の二人に好き放題言われる。

 天王寺は振袖ではなく、普通の赤い着物を着ていた。

 真勇は修学旅行の日と同じコートだ。今日は少し暖かいのでコートの前を開けており、中には血飛沫の入った黒のインナーと(こいつ、血飛沫の付いてない服持ってないのか?)、紺のダメージジーンズが見えている。

 近くの屋台でたこ焼きを買ってきたらしく、会話の合間に頬張っていた。

「つーか雄一郎、てめぇ今日も同じ格好かよ。万年制服男」

「バカ言え、今日は一味違うぞ」

「あん? どこがだよ」

 俺はズボンの裾を持ち上げ、天王寺に見せる。そこにはいくつもの「目」が覗いていた。

 そう、真勇に貰ったレッグウォーマーだ。

「見えないオシャレってやつだな」

「バカじゃねえの」

 あっさり切り捨てられた。まあ、俺のオシャレなんてどうでもいいだろう。



 参拝客の列に並んで小一時間。ようやく賽銭箱の前に辿り着く。

 各々で賽銭を投げ、来るべき戦い、五校戦での勝利を願う。

 誰もが好き勝手に動いているような部だが、ここで祈ることは誰もが同じだった。


「っしゃあ! アタシは大吉だ!」

 天王寺が、引いたおみくじを嬉しそうに見せびらかす。

「おい雄一郎、てめぇはどうだ?」

「小吉」

「へっ、アタシの勝ちだな」

「おみくじで勝負すんなよ。バチ当たるぞ」

「それでバチ当てるような心の狭い神なんざ、ブッ飛ばしてやるぜ」

 こいつは神とも戦うつもりらしい。


「先輩、先輩」

 トントンと俺の背を叩いたのは、真勇だ。広げて見せてきたおみくじの内容は……。

「凶です! わたし、初めて見ましたっ!」

 心底嬉しそうに、彼女は目を輝かせていた。

「……珍しいけど、喜ぶことか?」

「くすっ、ちょっとくらい悪いものが襲ってきても、今のわたしなら、やっつけちゃえますから」

 すっかり彼女も逞しくなったものだ。

「もし困ったら、あたしたちの運を分けてあげよー」

「私と姉さん、二人とも中吉ですからね」

 夕那先輩と小夜はそう言うと、揃って笑った。

 さて、最後に渚先輩だが……。

「ふむ、二番手だな」

 そう言って見せたおみくじは、「吉」だった。

「……吉って、小吉の下なんじゃ?」

「うむ、最近ではそう考える所もあるようだがな。本来の吉兆においては大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶の順に良いとされている」

「そう言えば、"小吉"が吉より上って、考えてみると変ですよね」

「そうだな。もっとも、このあたりの序列は神社によって異なるようだから、結局は書かれている内容次第というわけだ」

 俺たちが願うは、五校戦の勝利。とすれば見るべきは、「争事」か。


 ○争事 まかせてよし


「なんつー曖昧な……」

「ふふ、くじは娯楽であって、予言ではないからな。やはり己の道は、己で切り開いてこそだ」

「違いないっすね」

 軽く微笑みながら、俺たちは次の戦いへの決意を固めた。



「五校戦、勝てるといいですね」

「ああ」

「お米とパンの戦い、でしたっけ。あとは……」

「カレーとラーメン。どっちになるかは分からないんだけど」

「あ、そう言えば! この間、姉さんと一緒にカレー作ったんですよ」

 小夜は夕那先輩と目を合わせて、微笑む。

「姉さんと一緒に料理なんて、初めてで。姉さん、やっぱりお料理も上手だし、いっぱい助けてもらって、お父さんとお母さんも一緒に食べて……すごく楽しかったです!」

 目を輝かせる小夜と――少し照れたように、それでも嬉しそうに笑う夕那先輩。

 その表情から、その場の光景が目に浮かぶようだった。

「……だから、私としてはカレー派かな、なんて。あはは、でもこういう体験談とかって、ディベートでは使えないんですよね」

「まあ、な。個人の主観的な話は認められにくいし、誰でも情報を確認できる状態じゃないとダメ……ですよね」

 自分がディベートに関して説明をする事に慣れなくて、渚先輩に確認する。

「基本的には、な。もっとも、審査員も人間である以上、判断には個人差があるし、やり方によっては……」

 半ば冗談めかしたような言い方で、渚先輩が一つの方法を提示した。


「……それ。本当に使うこと考えてもいいですか」

 俺は渚先輩にそう言うと、小夜に一つ頼み事をした。

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