彼女の暖かな手
「んじゃ、始めるぜ。せーのっ」
俺たちは、一斉に叫ぶ。
「メリークリスマース!!」
修学旅行が終わってからあっという間に日が過ぎ、12月24日の夕方ごろ。
学園は冬休みに入ったが、俺たちは部室へと集まっていた。
目的はもちろん、クリスマスパーティーだ。
「……メリークリスマスって、24日か? 25日じゃないのか」
「細けぇこと気にすんなよ。メンド臭ぇなあ」
不意に素朴な疑問を口にすると、天王寺が迷惑そうに言い返してくる。
「諸説あるようだが、おおむねどちらでも問題ないようだ。第一、日本においては正式なキリスト教の行事というわけでもないからな。さして気にする必要もないだろう」
渚先輩が解説する。まあ、そんなものか。
クリスマスパーティということで、今日の部員たちは全員サンタ服を装備している。
と言っても、下まで着替えるのは手間なので帽子と上着だけだ。俺だけはヒゲまで寄越されたが。
中途半端にサンタ服を着た姿はどことなく電気屋やディスカウントストアの店員を想起させられたが、あまり気にしないようにしよう。
「それじゃ、さっそくパーティーはじまりーはじまりー」
夕那先輩はぱちぱちと手を叩くと、チキンを全員に配ってゆく。それから、シャンメリー。当然ケーキも用意されている。
「小夜も来ればって誘ったんだけどねー。どうせ帰ってから家族で過ごせるんだから、部のパーティーは部員水いらずでやりなって言われてさー」
「ここ最近は、彼女も部の手伝いによく来てくれていたからな。私としても、部の仲間と認識して差し支えないと思ったのだが……本人の希望であれば、仕方がない」
先輩たちは、少し寂しそうな顔をする。
もしかすると、いずれ小夜も東龍に入り、この部を継ぐかもしれないが……その頃には先輩たちどころか、俺たち全員が卒業している。
もちろん俺たちが集まる機会くらい、作ろうと思えば作れるだろうが、現役のうちにこうして過ごす機会は、もう無いのだ。
「もうメシ食いながら、プレゼント交換始めましょうか」
感じた寂しさを紛らわすように、俺は提案する。部員たちが頷いた。
今日は部員たち全員が、一人一つずつのプレゼントを持ち寄ることになっている。
それをランダムに交換するのが、本日最大の楽しみだ。
各自、自分の持ってきたプレゼントを取り出し、並べて番号を振ってゆく。
あとは番号を振った割り箸を引いて、当たったものが受け取れるという寸法だ。
「んー、渚ちゃんと秋華ちゃんのがおっきいねー」
渚先輩のものは丸みをおびた袋、天王寺のものは縦に細長い箱。そういう夕那先輩が出したのは、それより一回り小さな袋だ。
「わたしと猿渡先輩のは、小さいですね」
「まあ、大きさじゃ価値は測れないからな」
俺の方が真勇よりさらに少し小さいので、最小だ。
けど、安くてショボいものではないはずだし、大きさで萎縮する必要はない。
「よっしゃ、一番はアタシだ!」
ジャンケンで順番を決める。最初に引くのは天王寺になった。
「最初に引けるからって、良いもん引くとは限らないぞ」
「へっ、見てろっての。最高の引いてやっからな」
俺の用意したプレゼントは、天王寺が引いてもそれほど喜びそうなイメージはない。もちろん、全くの無駄にはならないものを選んだつもりだが。
彼女が一体何を引くのか。俺自身ドキドキとしながら見守った。
「……お、2番か。2番は――渚先輩のだな」
「ふむ、秋華か……」
微妙な表情の渚先輩。
天王寺がプレゼントを開封すると、出てきたのは――。
「……キティ?」
「うむ、キティのぬいぐるみだ」
渚先輩のプレゼントは、30センチほどの高さのある大きなキティのぬいぐるみだった。
「渚ちゃん、キティ好きだからねー」
「一般的な女子であれば、恐らく嫌うことはないと思ったのだが。秋華の趣味には合うかどうか……」
少々不安げな顔をした先輩だったが、天王寺は意外と満足そうだった。
「ま、アタシも嫌いじゃねっすよ。前にどっかの猿に部屋が殺風景だって言われたトコでちょうど良かったし。ありがとうございます」
そう言って、楽しそうにキティの頭をポンポンと叩いた。
「誕生したな。部屋にキティのグッズ置いてる女子」
「へっ、アタシもメルヘン女の仲間入りか?」
「特攻服とか着せんなよ」
「着せるかっ!」
天王寺に小突かれる。
珍しく、渚先輩がニヤニヤと笑っていたのが印象的だった。
「あ、じゃあ次、わたしです」
二番手は真勇。
引いたのは……3番。天王寺のものだ。
「おっ、アタシのか」
天王寺は自分の持ってきた箱を手にとって、真勇にゆっくりと渡した。
「け、結構、重いですね」
「あー、まあな。持って帰るの面倒だったら、アタシが持ってってやるよ」
真勇が箱を開けると、出てきたのは一升瓶。中に詰まっているのは、醤油だ。
「うちの実家謹製だぜ」
なるほどと一瞬納得しかけたが、俺はツッコミを入れた。
「お前、仕送り品の処分のつもりでプレゼントにしたろ」
「いいじゃねえか! これでも一本3000円くらいすんだぞ!」
「マジかよ」
そう言われると悪くないような気がしてくる。
値段で手のひらを返すのも良くないが、結構な高級品らしい。
「エヘヘ、ありがたく使わせてもらいますね」
真勇も、瓶の重さは厄介そうにしていたが、おおむね満足そうだった。
「――さて、次は私か」
三番手の渚先輩は、5番を引く。
「おー、あたしのだ。はい、渚ちゃん」
夕那先輩のプレゼント。中身は、外国のお菓子の詰め合わせだった。
「デパ地下とかで売ってるちょっと高いお菓子。自分じゃあんまり買わないけど、貰ったら嬉しいかなーって思ってさ」
夕那先輩はネタに走ってくるかと思ったが、以外にも堅実な選択だ。かと言って、退屈なこともない。
見慣れないチョコレートやクッキー、キャンディのパッケージは、見ているだけでも結構、ワクワクする。
「ふふっ、なるほど。なかなかいいセンスじゃないか。さすが夕那だな」
渚先輩は嬉しそうに微笑んだ。
そして、次は俺の番……なのだが。
残っているプレゼントは二つ、俺と真勇のものだ。
「自分の引いても面白くないし、真勇の取っちゃっていいですか?」
何だかズルい気もしたが、中身は分からないんだし別に構わないだろう。部員たちも承諾してくれた。
というわけで、俺が開封した真勇のプレゼントは――ピンクと黒の市松模様の上に、無数の「目」が描かれた、モコモコとした布。
「……何だ、これ?」
「レッグウォーマーです」
言われてみると、確かにそれは一対あり、足を通すための穴も空いていた。
異様にサイケデリックなデザインさえ除けば、普通のレッグウォーマーだ。
「真勇ちゃん、すごいセンスだねー」
「いやあ、その……個性的で良い、のではないか?」
どことなく「自分が引かなくてよかった」みたいな雰囲気を漂わせる先輩たち。
そして修学旅行で"耐性"を付けた天王寺の微妙な表情が、何とも言えなかった。
「……まあ、実用性はありそうだな。サンキュ」
見た目はともかく、物としては普通のレッグウォーマーだ。
満足そうな顔の真勇に礼を言って、俺はありがたく頂戴することにした。
「さーて、じゃああたしが最後かー。ゆー君のプレゼントだねー」
既にお腹いっぱいになりそうな空気の中、いそいそと夕那先輩がプレゼントを手に取る。
自分が選んだプレゼントを開封される。いざその番が回ってくると、かなり緊張した。
夕那先輩が袋を開け、中の缶を取り出す。
「これ……ハンドクリーム?」
「はい。あの……女子なら、まあ、みんな使うかと思って。アクセサリーみたいなのはやっぱ重いし、デザインが気に入らないと困るから、消耗品で――ああ、それで、香りとかも、その、なるべく万人受けしそうなやつを……」
説明と言うより、言い訳をするように口を動かした。
これで「いらない」なんて言われたら、流石にショックだ。
「……ありがとう。すごい、嬉しい」
夕那先輩は柔らかな声で言って、俺に笑顔を見せてくれた。
缶を開け、微かにオレンジの香りのするクリームを、楽しそうに手の甲に伸ばす。
それから俺の隣に寄ってきて、俺の手の甲を、そして頬を撫でた。
「んふふふー、ゆー君にも塗ったげる」
頬に手を添えられ、先輩の顔が近付く。目が合う。キラキラとした、綺麗な瞳。
俺の顔が、にわかに熱を帯びる。
「――おい、このアホカップルはケーキいらねえってよ」
そんな俺達の様子に、呆れ返った様子で天王寺が言った。
「天王寺先輩、猿渡先輩のシャンメリーにお醤油入れちゃいましょうよ」
「お、いいな真勇! やっちまえ!」
勝手に罰ゲームみたいなことを言い出す二人を、慌てて俺は止めた。
「……ふふふっ。今年のクリスマスは、本当に楽しいな」
「うん、ほんとほんと。……あ、渚ちゃん。あたしの分のケーキなら食べちゃっていいよ」
「む、それは嬉しいが……いいのか?」
「あたしはゆー君と半分こするから」
「ははっ、全く。独り身の前で見せつけてくれるなっ」
渚先輩が、夕那先輩のおでこをコツンと叩く。
「おい雄一郎! どっちがチキン先に食えっか勝負しようぜ!」
「やだよめんどくせえ。それにヒゲあるから食いにくいんだって」
「あ、先輩。このチキンにお醤油、意外と合いますよ」
「ねぇゆー君、ケーキ分けてー」
「夕那、君のプレゼントのお菓子、この場でいくつか頂いても構わないかな?」
ああだこうだと騒ぎながら、クリスマスイブの時間は過ぎてゆく。
恋愛によって関係が壊れるかもしれない、なんて不安になっていたのがバカバカしくなるくらい変わらない……いや、今までよりもずっと、幸せな時間。
自分には永久に訪れないと思っていた、明るくて、楽しくて、温かい、絵に描いたような青春を、俺は感じていた。
きっと俺は、この日のことを卒業してからも、ずっと……一生、忘れることはないだろう。




