悩める不良たち
修学旅行、二日目。
今日もまた二箇所の寺を回る予定になっているのだが、清水寺と比べると知名度もスケールも劣る場所のため、少々ワクワク感は薄い。
次の目的地に向かう道すがら、俺は二人に五校戦に向けての作戦を語る。
「――つまりだな、奇策だ。経験値でも情報収集力でも負けてる今の俺たちが、真っ向勝負で王麟に勝つのは正直言って無理に近い。何か、普通じゃない方法が必要だと思う」
「ナイフの出番ですか?」
「そういう意味じゃない」
俺が否定すると、冗談だと言うように真勇は笑う。こっちは笑えねえよ。
そこで天王寺が少し不機嫌そうな顔をする。
「ま、言いたいことは分かっけど。やる前から諦めるってのは気に入らねーな」
「真っ向勝負だけが戦いじゃないだろ。搦め手を使って相手を揺さぶって勝つとか、そういうのが必要なんだよ。格ゲーだって、同じ攻め方ばっかりじゃ見切られるだろ」
「んじゃ、てめぇはどういう勝ち方考えてんだよ」
「それを今考えてるんだって」
やれやれ、と天王寺はため息をついた。
「バトル漫画なら、新必殺技とか考えるトコなんだけどな」
「ディベートで必殺技って、作れないですよね……」
真勇も今一つ浮かない顔だ。無理もないが。
とにかくディベートにおいて、「隠し持った切り札で大逆転」というのは難しい。
理由は言わずもがな、「新しい議論」と「遅すぎた反駁」のせいだ。
そもそも後出しの議論が禁じられている以上、切り札なんて物の使い所がない。
また、根拠となる資料の無い論が認められない以上は、土壇場で新しい切り口を思いついたとしても、それが使えるとは限らない。
ならば、あらゆる相手の論に対抗できるよう片っ端から資料を集め、どんな論が来ても対抗できるようにしておく……って、これじゃただの正攻法だ。
「相手の資料を燃やすとか、ジャッジを買収するとか……」
「場外乱闘に持ち込むのはやめろ」
俺が叱ると、真勇はしょんぼりとした。
流石に本気で言っていたわけではないようだが。つまるところ、まともな方法が思いつかないのだろう。
ああだこうだと話しながら、一箇所目の寺を回る。悪いと言うわけじゃないが、これといった驚きもなかった。
まあ、こんなものだろうな、と思いながら次の目的地へ向かおうとすると、不意に天王寺が切り出した。
「ちっと抜け出しちまおうぜ。ちょうどこの辺、いいトコ知ってんだよ」
「おいヤンキー、規則って知ってるか」
「何いまさら模範生ヅラしてやがる。班行動無視して彼女でもない女二人連れ回してるご身分でよ」
もはや言い返す気力も湧かないでいると、真勇が言った。
「先輩、私は大丈夫です」
「お前は修学旅行生じゃないもんな!」
俺はもう、真面目に考えるのがバカバカしくなった。
天王寺に連れられて来たのは、大通りに面した中規模のゲームセンターだった。
「わざわざ修学旅行中にゲーセンかよ」
「ま、いいじゃねえか。それにほら、あれ見ろって」
彼女が指す先に見えるのは、俺たちが普段対戦しているゲームの筐体。
かなり大規模なゲーセンでも滅多に置いていないくらい人気の無いタイトルなのだが、ここには置いてあるらしい。
「お前、わざわざ調べたのかよ」
「この程度把握してなきゃ、このゲームやってらんねーって」
「まあ、確かにな」
「それによ、真勇もそろそろ対戦できるっつってたし。やってこうぜ」
真勇が少し照れながら頷く。
「挫折しなかったのかよ。すげえな」
「エヘヘ、最初は大変でしたけど。動画とか見ながら、練習しました」
そう言えばこいつ、昔はネトゲ廃人になりかけてたんだったか。
だったら、ひたすら格ゲーの練習をするのも大して苦じゃなかったのかもしれない。
早速対戦を始める。
まずは練習がてら、俺と天王寺が戦い……あっさりと天王寺が勝った。
続く対戦は天王寺と真勇。まだ不慣れなところがありつつも、真勇はなかなか善戦していた。
リーチと判定に優れた技をうまく振り回し、天王寺の動きを封じながら体力を削ってゆく。
だが、天王寺はその中の一瞬の隙を見逃さない。必殺技からラッシュを仕掛け、そのまま一気に仕留める。
結局はいつもの俺のように、真勇もストレート負けだった。
「……やっぱり、天王寺先輩は強いです」
「あいつ、ゲーセン魔人だからな」
そんなわけで、次は俺と真勇の対戦だ。
経験は俺の方が多少上だが、それほど大きな差はない。キャラの相性も五分といった所で、けして油断できない戦いだ。
さて、試合が始まり……第1ラウンドは俺が先取したものの、続く第2ラウンドで真勇に取り返される。
そして最終ラウンドは……俺が若干、押され気味になった。
「おいおい、負けそうだぜ天才部長さん」
俺の画面を見ていた天王寺に煽られる。
「クソッ、こういう時こそ奇策だ」
俺は相手の裏をかくつもりで、いきなり超必殺技をぶっ放した。
結果、あっさりガードされて隙を突かれ、そのまま敗北。
反対側の席から、真勇の笑う声が聞こえてくるようだった。
「……つまりな、奇策ってのは裏打ちされた実力と入念な準備があって成り立つもので、単なる思いつきの戦法を奇策と言い張るとこうなるんだ」
「タコ」
天王寺に鼻で笑われた。畜生め。
そのまま二時間ほどゲームセンターで遊ぶと、最後にチラリと目的地の寺に立ち寄って、俺たちはホテルへと帰った。
抜け出したことがバレて叱られやしないかと少しヒヤヒヤしていたのだが、特に何も言われなかったことには安心した。
自販機で買った飲み物を片手に、テレビを眺めつつ、部のチャットで先輩たちに今日の報告……と言うか、雑談。
やはり、この時間が一番落ち着く。
普段と違う場所、環境と言うと大概落ち着かないものだが、ホテルの部屋というのはどうしてこれほど快適なのだろう。
と、俺が至福の時を味わっていると、それを壊すように戸が叩かれる。
まさか教師かと身がすくみ上がりそうになったが、違った。
戸を叩いた主――天王寺は俺が鍵を開けると、無遠慮にずかずかと入り込んできた。
「おっす」
「おっすじゃねえよ。男の部屋に平気で入ってくんな」
「てめぇ彼女持ちだろうが。アタシに手ぇ出せるわけねぇだろ」
「……そういう問題か? そもそも何しに来たんだよ」
「お前がアダルトチャンネルとか見てねーか気になってな」
「見てねえよ」
「ホントかぁ?」
夕那先輩といい、俺を何だと思ってるんだ。
結局、天王寺はそのまま他愛もない雑談をして、気が済んだら去っていった。
それから程なくして、再び部屋の戸が叩かれる。
また天王寺かと思ったが、違った。今度の来客は、真勇だ。
「何か用か?」
「あ、はい。ちょっと、聞きたいことがあって……」
真勇は入り口に立ったまま少し、もじもじとした後、口を開いた。
「あの、先輩って今……アダルトチャンネルとか見てませんか?」
「見てねえっ!!」
そんな調子で、俺の修学旅行の時間は過ぎていったのだった。




